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明日、この命が尽きるのなら、私は今日、笑っていたい。
宝石の輝きも、絹のドレスも、両手に余るほどの富も、最期には何の意味もない。
愛おしそうに私の名を呼ぶその声、愛する者と共に見る景色、私の頭を撫でる大きな手、くだらないことで笑い合う。
そんな名もない一瞬が私の煌めき。
この世界に何ひとつ惜しむことなく、目を閉じるとき。
ああ、よく笑った。
そう思えたなら、それだけで、私の生涯はきっと、どんな宝石よりも美しく輝いていたのだ。
私はサリファー・ゴーズの詩を読んでいた。
絢爛豪華な屋敷から危険な山生活へと変わった。姉が体調を崩し、そのまま命を落とした。家族皆生きていくには、姉のたった一つの形見であるペンダントも売らなければならなかった。宝石は高く売れる。そのおかげで、少しの間は食べていくのには困らなかったそう。
大切なもの、についてサリファーは日々考えた。
…………私の大切なものはなにかしら・
私はページを捲る手を止めて、自分の記憶を遡った。
薬草を採取して、様々な薬を作ってきた。それを時々、街に卸したりしていた。
この卸し方も少し面倒くさく、竜の縄張りから随分と離れた場所に住んでいる同じ森の住人に買い取ってもらっていた。私が作ったとなると、民は嫌がる。だから、ずっと森の獣人を通していた。彼はとても良い仲介者だった。
彼の名はマシュー。ただのマシュー。狩人だ。今にも壊れそうな小屋で一人暮らししている。癖のある赤茶色の髪と髭が印象的な小太りおじさん。
マシューとはたまたま森で遭遇し、お互い何をしているか軽く話し合った。私が薬を作っていると言うと、彼はすぐに見せてくれと頼んできた。
マシューの家にいくつか薬を持って行った。私の家に彼を呼びたくなかったから、私が訪れると言い張った。
そして、マシューは私が作った薬を見るなり、これは良い薬だ、と目を丸くしながらそう言った。狩りでよく怪我をするという彼に熱に効く薬と打撲に効く薬を一瓶ずつあげた。そのお礼に私は彼が狩りで捕まえた熊をもらった。
とんでもなく重たくて、物凄く要らなかったが、満面の笑みを向けるマシューに対して断ることができず、荷台を貸してもらい、必死に持って帰ったのを今でも覚えている。
あれは本当に大変だった。もう二度と熊はもらわない。
薬を渡して数日経った頃に、森でマシューの姿を見つけた。彼はすぐ私に気付き、私の元へ駆け寄ってきた。腹が出ているとは思えない素早い動きだった。
私の前に立った瞬間、彼は豪快に話し始めた。
『ルナの薬はすごい! ありゃ、高く売れる。この国のためにも売るべきだ。安いもんから高いもんまで薬を使ってきた俺が言うんだから間違いねえ。あれは最高品質の素晴らしい薬だ。あんな効く薬、今まで使ったことねえ』
マシューの勢いに押され、私は呆然としていた。
私の薬だとばれたくないというと、俺が仲介するさ、と歯を見せて笑った。マシューは私と違い、社交的で街でも上手くやっている。
私はマシューの話に乗った。それからというものの、私の薬は抜群の評判を誇っていたらしい。マシューは私に会うなり、楽しそうに話してくれた。
皆から仕入れ先を聞かれて、誤魔化すのに困ったらしい。なんて答えたの、と聞くと、彼は「トップシークレット」とウインクした。
ムカつく表情だが、私の薬を渡した相手がマシューで良かったとも思った。
マシューはすぐに最初の倍の値段で薬を買うと言ってきた。流石に私は作っているだけだから、と断った。私からしたら街に行き薬を売る方がよっぽど労力が必要だ。しかし、彼はなかなか譲ってくれなかった。
『良いものには価値がある。たとえ、値段が十倍になってもルナの薬は買われるさ』
マシューはそう言って、強引に私にお金を支払った。そのおかげで、私の家にどんどん銀貨や金貨が溜まっていった。使うところがなく、困るほどだった。
…………そういえば、あの家にまだお金放置したままだ。
一応隠してはいるけど、家宅捜索が行われていないことを祈るしかない。
過去を思い出しても、「大切なもの」というものがよく分からない。
薬草を調合するのは趣味でやっていただけ。キャスとパパと過ごす時間は確かに大切だったけど、もう戻ってはこない。いつまでも過去に執着してウジウジしていてはいけない。
当たり前の日常なんて存在しないことを脳に焼きつけて、前に進まないと。
いつの日か、再び「大切なもの」ができた時に守る力があればいい。
そのためにも、私はもっと強くなる。




