1
今、私は牢獄にいる。数時間前に捕らえられた。
抵抗しなかったおかげか、乱暴はされなかった。ただ、じっと誰かが来るのを待っている。
どうしてこんなことになったのか。思いつく理由は一つ。
このジャディアス国での英雄ともいえる聖女に対して暴言を書いた手紙を送ったからだ。侮辱罪なのか、脅迫罪なのか分からないが、とにかく私はこの冷たい地下牢に閉じ込められた。
民から崇め奉られている聖女の悪口なんて送ったのは、きっと私ぐらいだろう。
あんな胡散臭い女の何がいいのか……。
ルナ・マキリスはこの国では珍しい黒髪だった。艶を含んだ髪は長く垂れた髪に、切り揃えられた前髪。伏せたまつ毛の影がはっきりと分かるほどの白い肌。色香をまとった、つり上がった黒い瞳、薄く整った唇の右下には、小さなほくろが一つ。唇を彩るのは、夜を溶かしたような深い色のルージュ。彼女が笑みを浮かべた時に見える犬歯は、整った美貌を際立たせる。
いつも、黒のハイネックドレスを着ていた。肩から腕は大胆に露出しており、どこにいても彼女の存在は見る者の視線を奪った。すらりとした体つきとは対照的に、胸元には女性らしい豊かな丸みがあった。
彼女のその独特な雰囲気と妖艶な美貌は、人々から疎まれていた。
彼女は社会から離れた森の奥で一人孤独に暮らしていた。
そんな彼女を世間はこう呼んだ。
――闇に魅入られた魔女、と。
魔女、はこの国の悪魔伝説に出てくる。
人の心を惑わせ、破滅へと導く邪悪な存在として。だから、この国でその言葉が好意的に使われることはない。
人間で魔法を使える者は限られている。聖女と王族だけ。
王族はともかく、聖女は神託を受ける……らしい。詳しくは私も知らない。
この国にいるマリー・ファースは、十五歳になった日の夜に聖女としての運命を授かった、と本人が言っている。平民から聖女とは、大出世だ。
なぜ聖女が存在するのかと言うと、闇の神ガイウスによって世界が滅びるのを防ぐため。
今は眠っている闇の神がいつかの日か目覚めるのだそう。
数百年前に現れたかつての聖女によって封印されていたらしいのだが、近年その力が弱まっていると聞く。
だから、光の神ルシアが再び聖女を選んだのだろう。
神は神を殺せない。これは、この世界が生まれたときから定められた絶対の理だ。
それゆえ、光の神は、自らの力を託す器として人間の中から聖女を選び、闇の神と戦わせるのだ。
どういう理屈で聖女を選んだのか分からないが、安寧の世を願うのであれば、今すぐマリー・ファースから聖女の称号を神に返上したほうがいい。
はぁ、と私は小さくため息をつき、石壁にもたれる。
「この私をいつまでも牢に放置とはいい度胸ね」
「君こそ民衆から慕われている慈愛に満ちた聖女に死んでほしいと手紙を送るなんていい度胸だ」
私の独り言に対してどこからか澄んだ声が聞こえてきた。コツコツっと靴音が響く。誰かが私の方へと近づいてくる。
「ほぅ、これはまた美しい女だ」
長身の男性は、柵の前に立ち、マントのフードを外した。




