【F2】どうしても声をかけねばと思った。
二回目の狂病が起きた。今回も狂病時の記憶がある。俺は貧民街の住人を皆殺しにする提案をしていた。何ということを宣っているのだ。この凶行を名案だと考えていた自分の心情が脳裏にこびりついている。ルドルフがすぐに連絡を入れ、狂病を治す御使いを呼んでくれた。その御使いのおかげで、俺は正気に戻った。
二回目の発症を報告すると、上官は少し眉根を寄せた。今まで、狂病を再発した者はいないということだった。そもそも発症自体、ほとんど報告されていないという。
「絶対発症を隠してるやつがいるよ。お前もさあ、いくらでも隠せたのに。誰も告げ口しないって」
「他のやつと俺は関係ない。隠すなど、騎士道精神に反する」
……本当は、隠蔽が頭を過ぎった。印象が悪いのは確実だ。発症時にした提案内容もひどい。しかし、事態の隠蔽はこれまでの自分の行いを汚すように感じる。職に誇りがあるからこそ、隠蔽は選べなかった。選べば楽であることは、わかってはいたが。
嫌な予感がする。一回目が起き、二回目が起きた。では三回目も起きるのでは? またとんでもないことを口走るのでは? 不安はあるも、自分ではどうしようもない。非番の日、胸に巣食う思いをねじ伏せ外出する。酒でも飲もう、と思う。少し酔いたい。どの店に入ろうかと辺りを見回す。随分古びた一軒の酒場が目に入る。そこの窓越しに店内が見えた。
「……っ」
胸の中が擽られたように感じる。あ、と思う。彼女だ。2か月前に俺が声をかけた女性。実はこの2か月、彼女をふとした瞬間に探すことがあった。そして、二度ほど姿を見た。しかし話しかけるタイミングは掴めなかった。巡回業務中だったのだ。周りに部下たちもいる中、用もないのに突然声をかけることは躊躇われた。今は非番。声をかけるとしたら、今しかない。
業務関連以外で女性に声をかけることは、正直あまりない。恋愛関係ですらそうだった。過去の交際では求められれば応じたし、必要な恋人としての義務はつつがなく果たしてきた。しかし、自分から誘うということはほぼなかった。そもそも騎士業で多忙だ。そういうことは向いていない。当主になるわけでもなし、俺が独身を貫こうと家は何も言わないだろう。
それなのに、なぜあの女性には声をかけねばと思うのだろう。胸の中は相変わらず擽られているような心地だ。ざわめくようなのに、不愉快さはない。俺は気持ちの向くまま、彼女のいる酒場の扉を開けた。彼女はカウンター席に座り、酒やつまみを楽しんでいる様子。幸い、彼女の隣の席に人はいない。一人で飲みに来ているようだ。
声をかけて隣に座ると、相手はどぎまぎした様子で会釈した。仕方ない。他に空いている場所もあるのに、わざわざ女性の隣に座るのは意図があると思われて当然。店のおすすめを聞くと、答えてくれる。無視されずに済みそうだ。一先ず自分の身分を明かしてから、彼女の名前と職業を聞く。
彼女はサシャというらしい。生業は猟師。女性にしては珍しい職業だ。以前菓子店前で会ったことを覚えているか聞いてみた。あれから割と時間が経っている。忘れられているかもしれない。幸い、サシャは俺を覚えていたようだ。ほっとする。彼女は目線で会話を促した。それで? と無言で問われている。
……それで、俺はどうしたいのだろう? 彼女がずっと気になっていた。どうしても声をかけねばと思った。では、今話したから満足か? 違う。ビールが届いた。ぐっと一気に煽ってから、俺は赴くままに告げる。これからも君と話したい、と。目の前の彼女が顔に疑問を浮かべる。俺は思考する。なぜそう思うのか。どう言えば適切か。自分でも意識しないまま、こう言う。君を見ていると。
「妙な心地がする。例えるなら、心臓を触られているような」
摩訶不思議な発言で困惑させてしまったが、俺とサシャは話し相手になることが決まった。俺との身分差を考慮したサシャが了承したような感じではあったが。




