【序】この人は今までに二回、私に殺されている。
5月下旬のある日。夜の闇が深い暗い道を歩く。荒げた声が聞こえてくる。さらに進む。声はどんどん大きくなる。騎士さまが5人いた。制服をきっちりと着こんでいる。身に着けている装備も立派。貴族出身者のようだ。それを示す飾りが制服についている。そのうちの一人が今この瞬間にも怒鳴り声をあげている。
「俺のやり方に文句があるっていうのか!? 平の野郎どもは度胸ってやつが足りないんだ。少しくらい危ない目に遭った方が、実力は伸びる!」
「しかし団長……! まだ魔物との実戦が数回しかない新人に、ワイバーンの討伐は無理があります。死傷者が出ます!」
怒鳴り散らす男、騎士団長さまの後ろに立つ。ああこれは、とわかる。間違いない。私の殺しの対象だ。騎士さまの一人が私に気付く。黙ったまま私を見ている。私は懐から相棒を取り出した。刃渡り20cmほどのナイフだ。騎士さまの一人が小さく頷く。ちなみに私は両利きだ。後ろからなら左手でやろう。
「死傷者? 上等じゃねえか! 死ぬような軟弱者は騎士失格だ! いいか、この騎士団の団長は俺。全権も俺にある! わかったら」
ナイフを怒鳴る男に突き刺した。女の力でも、躊躇いさえなければ深くまでグサリ。位置は完璧。肺を通り過ぎて、心臓へ。びっくりした心臓の脈動が微かに伝わった。ぐっと力を入れる。心臓を抉るように、ナイフを回す。団長と呼ばれた男の全身から、真っ赤な煙が噴き出した。この煙は、私以外の人にも見えるものである。と同時に、彼は糸が切れたようにドウと倒れた。ナイフは反動で抜ける。俯せの身体を見る。いつもながら不思議な光景だ。制服にはナイフの通った切り口が残っている。だが血は一滴も滲まない。私はこちらを見る4人の騎士さまに言う。
「殺しました」
「ありがとうございます。御使いさま」
「すぐに目を覚ますはずです。それでは」
もう用はない。踵を返す。うう、という唸り声が微かに聞こえた。団長! 気が付かれましたか!? と騎士さま達が呼びかける声。それに掠れ声で答える男の声からは、先ほどの荒々しさはすっかり消え去っていた。
ふう、終わり終わり。魔法のフードを外す。これは母の形見で、認識阻害の効果がある。体格を隠すローブもくるくる巻いて鞄にしまう。あー、と声を直す。こうすればほら。あっという間に平民の娘に早戻り。早く帰ってご飯食べて寝よ。そう思いつつ帰路を急いでいたところ。
サシャ、と呼び止められる。おっと。振り向くと、そこにいたのは立派な身なりの騎士さま。恵まれた体躯。一部の隙もない着こなし。短い黒髪に凛々しい黒目を持つ、男前な顔立ちだ。しかし、いかにも堅物といえる雰囲気が近寄り難さを印象付ける。胸元には貴族出身を示す飾り。私の喋り友達だ。
「一人か? 夜道は危険だ。ここで会ったのも何かの縁。途中まで送ろう」
「フェリックスさま、お勤めご苦労さまです。お気になさらず。巡回中なのに、お手を煩わせるわけにはいかないです」
「遠慮するな。民の安全を守るのも騎士の務めだ」
「……」
うーん、大丈夫かな。さっきグサリとやったこと、ばれていないよね?
「安心しろ。夜道を男女二人で歩くことはしない。俺の部下も一緒についてくる」
フェリックスさまが後ろを示す。いたのはフェリックスさまの部下数名だった。全員顔見知りだ。彼らは各々挨拶してくる。さあこちらへ、とフェリックスさまが来るように手振りする。頷き、横に並んで一緒に歩く意志をみせる。それにしても、妙な縁だよなあ。この人は今までに二回、私に殺されている。




