第十二話 国士無双
「いつでも勝てた……? どういうことよ」
震える声で尋ねるレイナに、私は冷ややかに言い放った。
「一局目の『純正九連宝燈』の時よ。あなた達は、自分には不要な『他の二人の当たり牌』を延々と引き、それを河に捨て続けていたわ」
「……あっ」
私の言葉に、娘たちだけでなく、後ろのクズ親たちも息を呑んだ。
「父親から『私からアガれ』と命じられていたせいで、目の前に転がっている『確実なアガリ』をずっと見逃し続けていたのよ。あなた達が仲良しごっこなんてせずに、横の誰かを裏切って『ロン』と言っていれば、自分だけは確実に勝つことができたのに」
私が呆れたように肩をすくめた瞬間。 地下室の空気が、ピシッと音を立てて割れた。
「……お、おい! てめえ、あの時、他の娘が当たり牌を出したのに、なんで見逃したんだ!」
「はあ!? あんたが『あいつからアガれ』って命令したんでしょうが!」
先ほどまで結託していた親たちが、血走った目で互いの胸ぐらを掴み始める。
「あんた、私の当たり牌最初に切ったんだから、あんたが私の借金支払いなさいよ!」
「うるさいわね、あんただって私の当たり牌何度も捨ててたでしょ!」
娘たちもまた、醜い責任のなすりつけ合いを始めた。
私はその滑稽な地獄絵図を、ただ冷たい目で見下ろしていた。
やがて、先ほどよりも大人数の裏社会の債権者たちが重い鉄扉を開けて入ってくる。借金の全額を背負うことが確定した三組の親子は、泣き叫びながら奥の部屋へと引きずられていった。
これで、ゲームは完全に終わった。
* * *
数日後。 淀んだ地下室から生還した私は、自室のベッドで寝転びながら深く息を吐き出した。
あの日、ルール通り『同点最下位』となった三人の親が莫大な借金を背負い、私の父は連帯保証人の枠から見事外れることができた。
「おい、ちょっといいか?」
ドアが開き、父親が顔を出した。借金の重圧から解放されたせいか、数日前まで土下座して泣き喚いていたとは思えないほど、晴れやかな顔をしている。
本当に、この男の呑気さには呆れるしかない。
「いやぁ、お前のおかげで本当に助かった! 今日は祝いだ。奮発して、スーパーでちょっといい酒を買ってきたぞ!」
上機嫌な父が、ドンッと私の机に置いた一本の日本酒の四合瓶。
その立派な筆文字のラベルを見た瞬間――私は思わず眉間を押さえて天を仰いだ。
『特撰辛口 国士無双』
「……お父さん。私、その名前、当分見たくないんだけど」
「え? なんでだ? これ、キリッとしてて美味いんだぞ?」
地下室で私がどんな想いであの地獄をくぐり抜けてきたかなど知る由もない父が、きょとんとした顔で首を傾げる。
国士無双。
麻雀の役の語源となったそれは、元々『国に二人といない逸材』を表す言葉だ。 つまり、国内最強と言える無双の武人。
あの日、イカサマの配牌によって私の元に舞い降りた最強の武人。
もし私が、あの絶対的な力と「勝ち確」の誘惑に溺れ、そのまま剣を振り下ろしていれば、待っていたのは間違いなく私自身の破滅だった。
最強の罠を打ち破るために必要だったのは、最強の剣を振るうことではなかったのだ。
国士無双という無敵の武人の鎧を自ら脱ぎ捨て、一切の飾りを持たない『役なし』という最弱の姿に成り下がること。
それこそが、狂った盤面を支配し、悪意を出し抜く唯一の生存ルートだった。
「……ま、お父さんには一生分からない話ね」
「ん? なんか言ったか?」
「ううん。今日は私、お茶でいいわ。あとお酒は二十歳になってから、ね」
私は目の前の『国士無双』の瓶をそっと遠ざけ、呆れたように、けれどどこか晴れやかな気持ちで小さく笑った。
最強の武人であることをやめ、最弱の姿で勝利を手にした少女の物語。
次に盤面に向かう時は、イカサマのない、ただの純粋なゲームであってほしいと切に願う。
(了)




