STORY 12
耳に告げられた甘い囁きに、足の力が抜ける。
かくんと膝の力が抜け、佐伯の驚いた声と共にしっかりと抱き抱えられた。
「おい、大丈夫か?」
優しい佐伯の声に、耳まで赤くなった俺は顔を上げられずに頷く。頭上で、佐伯の低い笑い声が聞こえた。
「ちゃんと聞こえたか?」
笑いを含んだ声に、再度頷く事しか出来ない。
「・・・俺の好きな奴が誰だか解ったか?」
笑を引っ込めた真剣な声に、さっきの言葉が実は空耳なのではないかと疑心暗鬼になってしまって、素直に頷けなかった。
ぴたりと止まる俺の頭上で盛大な溜息が聞こえる。
「俺の、真剣な告白が、お前には届かない、とそう言う訳か・・・?」
少し責めるような、少し悲しいようなそんな言葉に胸が締め付けられた。
それでも、真実がその裏にあるのではないかと勘ぐってしまう。
「・・・でも、だって・・・」
何かを言わなければと思うけれど、言葉にならない。そうしたら、更に強く抱き締められた。
「初めてお前を見た時、随分と綺麗な顔の奴が来たな、と思ったよ。身体も細いし、ほら内の仕事って何気に力仕事多いだろ?」
“綺麗な奴”と言う所には納得できないけれど、確かにBeach Soundの仕事は見た目と反して力仕事が多い為、素直に頷く。
「もつのかと心配したけど、元来負けず嫌いなんだろうな。がむしゃらに頑張る姿を見て、なんだか嬉しくなったんだ。そしたらもう視線が外せなくなって・・・。そんな自分の反応に名前が付けられなくて困ってる時、柊から言われたんだ」
何を?と顔で問うと、佐伯の顔が苦渋に満ちた。
「“因幡っちの事が好きなんでしょ"って」
その言葉が浸透してくると、ふとこの前の柊と慧の姿が浮かぶ。
「・・・あの、この間柊さんから連絡があって、慧と3人で食事をしたんですけど・・・」
まさか、あれには其れが絡んだ意味があるのか、と思った。
「あぁ、お前が飛び出して行った日、あの2人にくどくどと言われたんだよ。“何やってるんだ”って」
その時を思い出しているのか、苦笑を浮かべながら佐伯は言う。
と言う事は、あの2人は全てを知っていたと言う訳か。
なんだか無性に腹が立って来て、思わず眉間に皺を寄せてしまった。佐伯が困ったふうに笑い、その皺を伸ばしてくれる。
「そんな顔するな。あの2人も悪気があった訳じゃない。お前の事が心配で、慧なんか柊に止められるまでくどくどと文句言ってたな」
あの夜の慧の言葉を思い出す。
確か、しっかり話あえ、と言っていたな。確かに物凄く心配されていたのは解っていた。あの2人の顔が脳裏に思い浮かんで、自然と口角が緩んだ。
「そう、お前の・・・永久の笑顔をもっと見たい。だから、何処へも行くな・・・」
真剣な声に、どきりと鼓動が大きくなる。
言葉の端々で、佐伯の想いが伝わった。信じて・・・いいのだろうか?
しかし、オーナーの千葉と昼の店長如月に嘘の理由を付け辞める事を伝えてしまっている。今更、店に戻る事は出来ないと思った。
「でも、俺店に嘘吐いて辞めてしまったから戻れません・・・」
佐伯の近くに居たいけれど、それはもう叶わない事。其れを伝えると、一瞬ぽかんとした後大きな笑顔となった。
「あぁ、それなら心配ない。オーナーも如月も永久の嘘はお見通しだ。お前の退職は既に撤回されてるよ」
そんな事を言う。今度は自分がぽかんとする番だった。
「だから、なんの心配もなく明日からバイトに来てくれ」
あの日の如月と千葉の顔を思い浮かべる。
その顔が不敵な笑顔に変わり、俺は苦笑を浮かべたのだった。
「因幡っち、オーダー上がったよ!」
ギャルソンエプロンをはためかせながら、柊が声を上げる。
俺は大きな返事をし急いでオーダーされた物をシルバーのトレーに乗せ、客の元に向かう。
素早くテーブルに乗せると、常連客の女性が破顔した。
「因幡くん、暫く見なかったから寂しかったわ。元気だった?」
そんな事を言われ、口ごもってしまう。
「えと、ちょっと大学の方に行かなければならなかったもので・・・」
初めに吐いた嘘を、さらっと言ってみる。女性は笑みを広げて喜んでいた。
素早く挨拶をし、その場を後にする。振り向いた先に佐伯の姿を確認し、自然と頬が緩む。佐伯も俺に気付いたようで、軽くその手を挙げた。
昨日の如月と千葉の言葉を思い出し、秘かに笑ってしまう。
恐る恐る声を掛けた俺に
『あぁ?漸く佐伯が告白したか。まったく面倒臭い』
吐き捨てるように言う千葉に、如月が苦笑を浮かべた。
『また諒さんそんな事言って・・・。因幡くんが居なくなった後の音羽を一番気遣ってたのは諒さんじゃなかったでしたっけ?』
茶化すような如月の言葉に、千葉は嫌な顔をする。
『何でも良いが、兎に角仲良くしてくれ。これ以上あいつの湿気た顔なんぞ見たくないからな』
そんな事を言っていた。
佐伯が自分の言動で、千葉の言う“湿気た顔”をしていたのかと思うと、嬉しさと恥ずかしさでにやにやと笑ってしまう。
あの後、沢山口づけされ、『もう我慢できない』と言う佐伯と熱い肌を交わした。ベッドの中で佐伯は何度も自分の名前を囁き、そうして名前で呼ぶよう強要したのだ。
恥ずかしさと困惑の中、2人だけの時ならと約束してしまったけれど、はっきり言って自信がない。
自分と佐伯は出会ってからまだ時間が浅い。
如月との時間を見れば比べ物になどならないのだ。自然と佐伯を名前で呼ぶ如月に、羨ましい、と思う反面イッチョマエに嫉妬しているのだと自分でも解ってしまって戸惑う。
だけれど、自分と佐伯の時間はこれからなのだ。
長い時間を、多分一緒に歩いて行く中で、衝突も沢山あると思う。
歳が10近く離れている事も、きっとネックになっていくはずで・・・。
だけれど、何故だか今の自分はきっとそれを乗り越えて行けるはずだと核心している。
何時か大勢の前で、佐伯の事を名前で呼べるように日々頑張って行こうと強く思い、軽い足取りでフロアーに戻ったのだった。
やっと、終わりました・・・。
じれったかった・・・、この2人。
漸く、お互いの気持ちを確認できて、本当によかったです。
拙い文でしたが、最後までなんとか書けました。
最後まで読んで下さった方、ありがとうございました<m(__)m>
今後は、もっと上手に描けるよう頑張っていきます。
ほんとうに、ほんとうに、ありがとうございました!!