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第37話 次代の王、その覚醒

厨房の者たちは、慌ただしく動き回っていた。


「飯は炊き上がったか!」

「先にソースをかけろ!」


魔王妃様が考案された“魔族式カレー”の大量調理が進められている。


完成した料理は保存魔法を施した容器に詰められ、

炊きたての白米とともに特級転送陣で各地へ送られていった。


それらは“魔王の下賜品”の名のもとに、

各一族の代表者およびそれに準ずる者たちへ届けられる。


魔族式カレーの噂は広まりつつあったが、

島の大半の魔族たちは冷ややかな反応を示していた。


「ヴァンパイアの作った料理など信用できん」


――そんな空気が支配的だった。


そこでギルガオンは、

言葉を尽くすよりも、

「一度食べてもらう方が早い」と判断し、

自ら調理した料理を各地へ送り始めた。


そして――それが大当たりする。


ひと口味わった瞬間、流れが一変したのだ。


味への絶賛が相次ぎ、

やがて――


「我らの料理人を派遣する。レシピの伝授と技術指導を願いたい」


という要請が殺到した。


様子を見ていた他の一族も、

競うように下賜を求め始める。


その結果、厨房はかつてない忙しさに包まれていた。


「危ない!」


副料理長が叫ぶ。


火加減を担当していた人間の女性が、

突然、制御器を取り落としたのだ。


ごうっ!


膨れ上がった炎が、彼女を包み込もうとした――


「ディファイア!」


炎が霧散する。


「気をつけてください」


エリンだった。

炎を止めたのは彼だ。


「ありがとうございます……!」


一歩間違えば命を落としていた。

女性はかろうじて助かった。


「急に……手首を叩かれた気がして……」


彼女が手を見せる。

甲には青痣が浮かんでいた。


衝撃で手を離したのだ。


「大丈夫か!」


騒ぎを聞きつけ、料理長も駆けつける。


「無事です! 皆さん、作業を続けてください!」


「エリン様……どうやって魔力を遮断されたのです?」


料理長は信じられない様子だった。


「こうすればいいんじゃない?」


エリンが指を軽く鳴らす。


ぱちん。


小さな火花が円を描き、

空中に浮かび上がった。


炎は宙で踊る。


驚異的な魔力制御。

炎の流れそのものを“掴んだ”のだ。


「なんと……」

「信じられない……」


精密な魔力操作がなければ不可能。


それを、ウムカウテを迎えたばかりのエリンが成し遂げた。


「さすが魔王様と魔王妃様のご子息……」

「お見事です」


くるり。


エリンは振り返り、料理長に告げた。


「今後、火の管理は副料理長が直接行ってください。

人間に任せて事故が起きては困ります」


魔族が担当せよ――という意味だった。


いつしか人間の使用に慣れ、

本来自分たちで行っていた作業まで任せきりになっていたのだ。


「承知しました」


幼いながら、

まるで魔王の巡察のような威厳があった。


乳母も護衛たちも同じ印象を抱く。


魔王妃様と一緒にいる時には見せない、

別の雰囲気。


「美味しそうなカレーですね。

お母様ほどではないでしょうけど……

昼食にいただきます」


「はい!」


城内用に用意された分を受け取る。


「私の乳母と護衛の分もありますよね?」


配下への配慮も忘れない。


魔王妃といる時の無邪気な姿とは別人のようだった。


魔王家の長子に相応しい、

指導者の姿。


厨房を出ると――


執事長マハトラが姿を現した。


密かにエリンを見守っていた存在。

マハトラだ。


姿を見せた瞬間、

護衛と乳母が緊張する。


「お前たちは下がれ」


マハトラが手で制す。


だが、動かない。


「我らの主は魔王妃様。

あなたの命には従えません」


「ほう?」


マハトラは静かに目を細めた。


だが――


ごうっ。


彼の顔の周囲に炎球が生まれる。


「なぜ厨房の女の手を打った?」


事故は仕組まれていた。


「偶然の事故では?」


熱波の中でも平然としている。


「事故だと?」


「おかげでエリン様の卓越した魔力制御を確認できました」


炎が消える。


「母上の前でくだらぬ真似はやめろ。

次は生きて帰れないぞ」


「承知しております。魔王妃様は本当に恐ろしい方ですから……」


その瞬間――


氷が足元から這い上がり、

マハトラを拘束した。


エリンが微笑む。


「母上じゃない。僕が殺す」


「……承知しました。

十分にお力は確認できました」


ぱきん。


氷が砕け散る。


「この人たちは?」


呆然と立ち尽くす乳母と護衛。


ぱちん。


光が彼らの頭部を包み込む。


記憶消去。


「見事な精神魔法……」


「僕が望んだ“魔王”の姿だ」


マハトラは深く頭を下げた。


次の瞬間、姿を消す。


「……あれ?」

「え?」


護衛と乳母が我に返る。


「行こう?」


「はい、エリン様」


無邪気に駆け出すエリン。

その後を追う者たち。


静寂。


闇の中から、

再びマハトラが姿を現す。


「杞憂でしたか……」


魔王妃エステルが不適格なら、

計画は破綻していた。


だが結果は――大成功。


「余計なことは言わなくて正解でしたね」


喉元を撫でる。


あの場で余計な発言をしていれば、

命はなかった。


「しかし……興味深い」


人の姿をした魔王妃が、

最強の魔族を生み出した。


「人間のやり方で戦争に勝つ、か……」


呟く。


「体制を覆そうとする者たちが、

素直に従うとは思えませんが」


現魔王を排し、

エステルと子らを傀儡にする計画。


魔王の婚姻も、

マハトラの着任も、

その一環。


決意は揺るがないはずだった。


だが――


心に生じた、僅かな亀裂。


そこへ、

魔王妃の言葉が静かに染み込んでいく。


エステルは、

人間側の運命だけでなく――


魔族の運命さえも、

書き換え始めていた。

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