第38話 祝福を装う者たち
目が覚めた。
不思議だった。
前の私は、いくらアラームをかけても時間通りに起きられなかったのに、今は体内時計が驚くほど正確に働いている。
この世界の昼夜の周期に、身体が自然と順応しているのだろうか。
夕暮れが訪れる頃から徐々に目が覚め始め、薄明の時間帯に入る頃には、体の調子が一気に冴えてくる。
もちろん、だからといって日が昇っている間は必ず眠るわけではない。
人間が徹夜で働くこともあるように、ヴァンパイアも昼間や午後に起きていることはできる。
もっとも――
純血のヴァンパイアである私が昼の活動を苦手としていることを思えば、やはり夜の方が身体に合っているのだろう。
その時、外に誰かが控えている気配を感じた。
「魔王妃様、お加減はいかがでしょうか」
産婆アウラだった。
双子の無事を確認しに来たのだ。
(本当に、日ごとに変わるわね)
見た目にはまだ大きな変化はないが、数日もすればそろそろお腹を締め付けない服に替えた方がよさそうだった。
「大丈夫そうよ」
「拝見いたしますね」
アウラの定期検診が始まる。
彼女の魔力がゆっくりと私の身体を包み込んだ。
診察を受けながら、私はまた想像を膨らませる。
真っ白な色調で整えられた清潔な部屋。
そこを子ども部屋にしたい。
朝の陽光が柔らかく差し込む窓。
そよ風に揺れる天井飾り。
双子が眠るベッド。
その隣には五歳児用のベッドと玩具箱。
想像はさらに広がっていく。
……他の子のベッドも必要よね。
ぽん、ぽん。
頭の中でベビーベッドがひとつ増えた。
いや、あの頃には双子もウムカウテに入るはず。
それなら子ども用ベッドに替えるべき?
ぽん、ぽん。
今度は子ども用ベッドが二つ増えた。
そうだ。
その頃にはエリンももっと大きくなっている。
ウムカウテの次の段階。
十二歳ほどの姿になっているはずだ。
どんっ。
エリンのベッドまで大きくなった。
じゃあ他の子は……。
頭の中が急に忙しくなる。
子どもたちが一斉に走り回り、思考が追いつかなくなる。
(……落ち着こう。まずはペースを整えないと)
魔王を励ます前に、私が先に倒れてしまう。
「全員、健康です」
診察が終わり、私はようやく身体を起こした。
「エリンは?」
昼食にカレーを食べたらしい。
私のレシピ通りに作られた料理だ。
美味しく食べたと聞き、自然と微笑みがこぼれる。
あの料理はエリンのおかげで完成したもの。
私たちにとって特別な味だった。
「執事のマハトラは、余計なことはしていない?」
妙な思想を吹き込まれては困るから。
徹底して防がなければ。
「接触したという報告はありません」
……よかった。
過保護と思われてもいい。
子どもたちの未来を知る私にとって、教育は最優先事項だ。
魔王とも話す必要がある。
まずはエリンの様子を見に行こう。
「エリン」
「ママ!」
私を見るなり、エリンが駆け寄ってきた。
「何してたの?」
「本を読んでました」
「本?」
部屋の隅には書物が山積みになっていた。
「どんな本?」
「魔導書です」
さすが魔術師の資質ね。
「誰が持ってきたの?」
「乳母たちが図書館から」
乳母たちが慌てて答える。
「基礎からすべて持ってこいと仰せで……まだ難しいかと思いましたが……」
「よくやったわ。必要な本は全部用意してあげて」
エリンなら、自分でどんどん吸収していく。
オールラウンド・マジシャンの資質は本物ね。
やがて驚異的な魔術師になるだろう。
勇者と戦うためにも、強くならなければならない。
その時、エリンがじっと私を見た。
「二人とも元気?」
「ええ」
私は彼の手を取り、自分のお腹に触れさせた。
「どう感じる?」
「静かに寝てます。もうケンカしてないみたい」
「よかった」
あの激痛が嘘のように消えたのは、本当にエリンのおかげなのだろうか。
その時、ノックの音が響いた。
「エリン様のウムカウテ祝賀のため、ヴァンパイア一族の使節団が出立したとのことです」
「祝賀使節団?」
「三日後に到着予定です」
「一族……」
郷愁はあるのに、故郷の記憶はほとんどない。
思い出せるのは、暗い洞窟で独り過ごしていた記憶の断片だけ。
エステルは故郷で孤立していたのだろうか。
……いじめられていた?
美しき純血のヴァンパイア。
だが性格は冷淡で偏屈。
理由もなく、ああはならない。
祝賀と聞いても、素直には喜べなかった。
その時、魔王秘書室の魔族が現れる。
魔王が私とエリンを呼んでいるらしい。
使節団の件だろう。
外戚の来訪だ。無視はできない。
「……ん?」
そこへ現れたのは――
久しく姿を見せなかった執事マハトラだった。
エリンは反射的に私の後ろへ隠れた。
大丈夫。ママがいる。
私は背中を優しく撫でる。
その様子を、アウラが静かに見ていた。
私の振る舞いは、やはり魔族らしくないのだろう。
マハトラが口を開いた。
「魔王妃様。すでにご存じかと存じますが、ヴァンパイア一族の使節団が来訪いたします」
「ええ。それで?」
「名目は祝賀ですが……実際は、魔王陛下に追加の見返りを求めに来るのでしょう」
「追加の見返り?」
「彼らは強欲です。前例もございます。……もちろん、魔王妃様を指しての話ではありません」
「構わない。続けなさい」
私の知らない情報だった。
祝賀の使節団が到着する。
それは血縁の再会などではなかった。
“祝福”の顔をして、
王と家族を値踏みしに来る者たち。
エステルの瞳から、すっと温度が消える。
(……私の家族を、利用するつもり?)




