勇者《Ignorance》⑨
「は? 何を――想像の……?」
「なかなかに信じ難いことではあるがな。彼らは我が何らかの罪――彼らの世界基準における罪を犯したことにより元の世界に連れ戻しに来た、ということのようだ」
「………………」
ガァラムギーナに滔々と説明を聞かされたユウらは、その内容に言葉を失っていた。
「故に我は彼らと、彼らが住む源世界とやらに戻ることになった」
ガァラムギーナが話を終えても、沈黙は暫くの間続いた。所々遠くで噴き上がるマグマや、断続的だが終わることのない地鳴り達が、その静寂を饒舌に語るのみである。
レンゾは考え込み、レグノイは憮然とし、ユウは表情を隠すように俯いている――しかし白銀の剣を固く握り締める少年のその手は、抑え切れぬ感情に震えていた。
「……何だよ……それ……――」
か細い声で掠れ掠れに呟くユウの手に、一層力がこもる。
「――けるな……」
ギリギリと奥歯を鳴らす。
「…………ふざけるなっ!!」
顔を上げたユウの目には怒りと、僅かに涙。その怒りは受け入れがたい現実への、やり場の無くなった感情の爆発であった。
「僕が――僕らがっ! どれだけの思いでここまで来たと思ってるんだ! レグノイも、レンゾも、ザナイもイオハも、ミリアもジールも、ロンもエナスも――!!」
目にも止まらぬ速さで剣を抜き放ち振りかぶるユウを、それを予知していたようにレグノイが止めた。幹のような太い腕でガッシリと後ろから抑え、「やめておけ」と一言。
しかしユウの眼は堪え切れぬ怒りを宿したまま、ガァラムギーナではなくクロエに向けられていた。
「離せよレグノイ! この人たちは知ってたんだ、この世界で何が起きてるのか――町が焼かれて、罪の無い子供や平和を願う人たちが殺されているのを知っていた! 知ってて見殺しにしていたんだッ! 分かるだろ⁉」
「解る。解るがやめろ。落ち着くんだ」
「ふざけるなよ、何が想像の産物だ! 皆必死に生きて、戦って、明日を夢見て死んでいったんだ!」
悲痛な顔で叫ぶユウは細見の少年には見合わぬ力強さで、屈強なレグノイの身体をズルズルと引き摺って無理矢理に歩く。
「自分たちに都合が悪くなったからって、いきなり現れて――源世界? ディソーダー? それが何だっていうんだ! そんなもののために、人の世界に土足で入り込むなよ!」
「やめ、ろユウ……やめるんだ……!」
御し切れぬレグノイの腕を解き、ついにユウが突進しようとした時、その彼の出鼻を挫くようにクロエが歩み出た。
「⁉」
激昂する彼とは対照的に、クロエは静かな黒い瞳でユウをじっと見つめる。そして彼が何かを言う前に素早く手を伸ばし、ユウの額にトンと指を当てた。途端にユウは意識を失って、ドサリとその場に崩れ落ちた。
「ユウ⁈」
「心配するな、眠らせただけだ」
クロエは言いながら、ユウの身体を片手で軽々と持ち上げ、肩に担ぐ。
「悪いが勇者も預かることにする。このまま放っておくと、今度はこいつが情報犯罪者になりかねん」
「なんと……」
「安心しろ。然るべき処置の後、またこの世界に戻してやる」
クロエがそう言うと、しかしレグノイが一瞬俯いてから「いや――」と首を振った。
「その必要はない。異なる世界の人よ」
「……何?」
「戻さなくていい、と言ったのだ。貴殿らの言葉は生半に受け入れ難いものではあるが、それが嘘ではないということは眼を見れば解る。こう見えて俺もそこのレンゾも、それなりに修羅場を潜り抜けてきたのでな。だがそいつはまだ若い。勇者としてどれほどの力があろうとも、不都合な真実と向き合えるだけの強さは身に着けておらん。だからこそ貴殿らに頼みたい」
レグノイはレンゾと目を合わせる。その言葉の続きを察してレンゾが頷くと、彼は再び口を開いた。
「ユウを――その少年を導いてやってくれ。結末はどうあれ、そいつは間違いなくこの世界で、勇者としての務めを果たした。だがそれは俺達が、或いはこの世界がユウに望んだ道であって、そいつ自身が選んだ道ではなかったはずだ。だからユウには今一度、その源世界とやらで真実と向き合い、正しく自分の道を生きてもらいたいのだ」
レグノイが深々と頭を下げると、レンゾもそれに倣う。
二人の真摯な態度にクロエは小さく頷いてから「了解した」と返した。
「んじゃ、まあとりあえず帰還するけど? いいかいクロエ?」
アマラが、ようやく話が片付いたかと息を吐いて、大きく伸びをしながら尋ねる。
「ああ問題ない。帰るとしよう」
クロエは短く言ってから、こめかみに指を当てる。すると次の瞬間には、音も光も発することなく彼女らの姿は消失していた。
「………………」
依然としてマグマの熱と音が残った大空洞――。
残された二人は、想像していたよりも淡白で素っ気無い転移に対して少し切ない笑顔を見せつつも、やがて今までの想い出を振り返り終えたレンゾが、ポツリと切り出す。
「なんか、大冒険の終着点にしては、随分とあっさりしてるねえ」
「そうだな。終わりというのは存外こんなものなのだろう」
レグノイがユウ達の消え去った宙空から顔を逸らすことなく答えた。
「まあ僕らにとって終わりでも、ユウにとっては始まりなのかもしれないけどね。――また逢えるかな?」
「逢える……ような気がする。ユウや彼らとは再び逢い、いつかともに戦う日が来る――そんな気すらしてならん。もっとも俺は魔法使いでも預言者でもないので、何の根拠も無いがな」
未来を見据えるように遠くを見つめながらレグノイが言うと、レンゾは頭を掻きながら苦笑した。
「後半については、その予感が当たらないことを切に願うよ。戦いなんてのは、僕はもうまっぴら御免だからね」
「フッ、確かにな……。――さて、ではレンゾ」
「うん、帰ろうかレグノイ。皆のところにね。僕らには僕らの、世界と物語がある」
「何より伝説の後始末が待ってるからな?」
「そうだね」と笑顔のレンゾ。
それに対してレグノイは、肩をグルリと回して張り切る素振りを見せつつも。
「よしレンゾ、皆への説明はお前に任せたぞ。俺は残党狩りの指揮や終戦処理があるのでな」
「えーっ?! それはないよ、僕だって正直まだこの状況に混乱してるのに。大体ねえ――」
「言い訳は無しだ。頑張れよ、宰相殿」
「そんな……それは酷いよ。ようやくゆっくり昼寝ができると思ったのに」
文句を言い続けるレンゾを後目に、レグノイは足早に帰り始めた。それに追いすがるレンゾの愚痴は、結局二人が地上に戻るまで続いたのであった――。





