規制官《The way I am》⑧
ガラス張りの空港ターミナルに、晩夏の低い陽射しとサングラスのクロエ。ベクターに厳重な釘を刺して戻ってきた彼女を、ユウは飛行場で手を振って出迎えた。
利用客の少ない空港のコンコースを外へと向かって歩く、全身黒ずくめのクロエとラフな私服のユウ。とても同じ職業であるようには見えぬ二人が、横並びに歩きながら話す。
「ところで、僕は――」
ユウの手には小振りのアタッシュケースが1つ。その中には、源世界への持ち帰りを特別に許可された、グレイターヘイムでの思い出の品々――その中にはネストの制服や皆から貰ったお土産などが詰まっているのである。
「あの時ディソーダーを殺してしまったんですけど……あれで本当に良かったんでしょうか……?」
情報犯罪者神堂マナとの戦闘を振り返り、そう尋ねるユウ。
警察であれば凶悪犯を射殺することもあるが、それと同じように規制官にも亜世界での犯罪者殺傷は認められている。しかし戦闘時は考える余裕など無かったにせよ、今思えば無過失の相手に対して自分達に殺す権限があるのだろうか、或いはあって良いものだろうかという疑問が浮かんだのであった。
その疑問に対し、クロエは即答と訂正。
「あれでいい。それに最終的にやったのは私だ」
「それはそうですけど……」
そこまで追い詰めたのは自分である、という認識がユウを苛ませていると。
「何か勘違いしているようだが、神堂マナは死んでいないぞ?」
「――え?」と返すユウに、クロエは呆れた顔で溜め息を吐く。
「亜世界での『死』は源世界のそれとは意味が違う。彼らは死んでも情報が一時的にその世界から隔離されるだけだ。……お前は帰ったらもう一度勉強しておけ」
「はい、すみません……。じゃあディソーダーは――?」
「ああ。源世界に戻れば情報次元から肉体復元されて、本来の人間として復活する。でないと取り調べも更生もできないからな。つまり生かして連れ戻すか、一旦殺して連れ戻すかだけの違いだ」
(そうなんだ……)と、ユウは心の内で安堵した。
「もっとも後者は手続きが面倒だし……、何より禍根を残す可能性があるから、説得するなりして生きたまま連れ帰るのがベストだよ」
「なるほど」と頷いてから、ユウはもう一つ気になっていたことを思い出して尋ねた。
「そういえば――話は変わりますけど、前にクロエさんが言ってた『今回の謎』って何ですか?」
「ああ、あれか――」とクロエ。
「あれは、頭部が丸々残っていたとは云え殆ど人工物に近い神堂マナが、ディソーダーとして覚醒できたことだ」
「ディソーダーは必ず人間、ですもんね」
「広義の解釈でな。正確にはクオリアニューロンを有する知性体だ。……頭部だけで無理やり生かされていた以上、神堂マナは人間と云えなくもないが、人間らしさを残していない者がアルテントロピーを低減させずに保持していたというのは極めて稀――少なくとも私の担当事件では前例に無かった」
「なるほど。……他にも何か?」
「そうだな――神堂マナが脳停止していたのは、恐らく弟クレトが本能的にあれを拒絶したことによる『ウルズの刻』の片鱗だ。しかし単なる亜世界人である神堂クレトが、姉のマナを今まで封印できていたというのは信じ難い。いくら神堂マナが胎児であったとしてもだ」
「それは確かに……。神堂先輩がいくら強くても、お互い産まれる前ですし、神堂先輩は転移者でも規制官でもないですしね」
「ああ。それに双子のクレトはともかく、その封印を解く鍵となる殊能を、プロタゴニストである鑑マナトが保有していた理由も謎だ」
「でもマナト――主人公は、もともと色んなことに関わる人間だって言ってませんでしたっけ?」
それなら当然なのではと、ユウが問い掛けた。
「だからおかしい、というよりも引っ掛かる。……本来殊能の性質自体は後から変えられるものではないし、選べるものでもない。それに転移者というのはこの世界の理の外に在る。その為鑑マナトがプロタゴニストであっても、彼の『関わり過ぎる』という特性はディソーダーには適用されないはずだ。それなのに封印した仕掛けをプロタゴニストが解けるというのは――」
「というのは?」
「少し出来過ぎだ」
クロエは杞憂であればと思いながらも否定出来ない可能性を口にする。
「私の考え過ぎかも知れないが……まるで第三者が神堂マナを封印して、時限的にそれが解けるように仕組んだ――そんなふうにも思える。プロタゴニストとの関わりが深いであろう、神堂クレトに親しい存在を利用してな……(――或いは神堂マナの転移そのものが仕組まれていた、ということか)」
「それってつまり、今回の事件が『仕組まれた犯罪』――ってことですか? そんなこと可能なんでしょうか?」
首を傾げてユウが唸った。すると「不可能とは言えないな」と、残念そうに首を振るクロエ。
「少なくとも転移者の情報や亜世界の知識、プロタゴニストという存在すら把握している、神堂マナ以上のアルテントロピーを持つ者――そういう黒幕がいたとすれば、恐らく可能なはずだ」
「それってまさか――」
ユウはすぐに、彼女のその言葉が示す存在が何であるのかを理解して、躊躇いがちに訊いた。
「犯人は規制官……ってことじゃないですよね?」
「………………」
クロエの沈黙が否定であるのか肯定であるのか、ユウが無表情なクロエの顔からそれを窺い知ることは出来なかった。しかし彼女の中では既に、気掛かりは他の思考に移っていた。
(八重樫やウイングズに確認しても、試合日、要シゲルは会場に来ていないと言っていた。しかしそれならば、私が会話した『あの男』は誰だったんだ――? 殊能による偽装なら意識しなくとも見破れるし、情報体の私に精神干渉の類は効かないはず――。それにミラーズプロジェクトを始めた真榊という男の手記にも、正体不明の人間が1名いる……『《《あの男》》』《《という概念》》以外、何一つ情報の痕跡が残っていないなどというのは不自然過ぎる。アルテントロピーによって自身の情報を消去したのか――?)
「クロエさん?」と、隣のユウが顔を覗き込んだ。
「ん? ――ああ、すまん。考え事をしていた」
二人が空港を出ると、陽射しは更に角度と強さを増した。そこから長く遠くへと続く並木道の先には海の青が観えた。辺りに人影は無い。
「さて。……そろそろ帰るとするか」とクロエ。
「そうですね。なんか名残惜しいですけど」
「まあな」と、クロエが同意するように微笑んでから指先をこめかみに当てると、彼女の右眼がぼんやりと青く光った。
「――ではWIRAに帰還する。……アイオード、次元接続を解除しろ」
透明になって付き従っていた新たなAEODが「了解しました」と応えると、クロエとユウの姿は一瞬にして、その場から音も光も無く消え去った。
後に残ったのは、未だ冷めやらぬ夏の太陽と海辺から流れ来る潮の薫り、そして蝉達の鳴き声だけであった。
(第一章・終)
――次章へ続く





