暴走《Mirror's Project》④
不満を込めたユウの問いに「そういうことだ」とクロエ。
[そういうことって、そんな……だって彼らは――]
ユウの異論をクロエが遮る。
[勘違いするなよ? お前のクラスメートを害する存在がいても、それがディソーダーでないなら敵もお前が云う『亜世界の人達』なんだ。――『蜘蛛の巣の蝶』を助ける権利は我々には無い]
[――はい、了解しました……]
ユウの心情が、彼の発した了解と真逆であるのはクロエも理解していたが、彼女はこの場でそれを追及するつもりはなかった。
[……私は一旦八重樫と合流する。軍人という設定上最低限の行動は取るが、ディソーダーに関わりがなければ私もそれ以上のことはしない]
クロエがそう言ってOLSの通信を終えると、ユウは彼女の指示に従うべくリコに離席の旨を伝える――彼のその硬く険しい表情から、リコはすぐにそれが規制官の仕事であると理解して頷いた。
表向きは『用を足しに行く』ということにして、ユウが市街エリアに向かって少し進んだ所で、後ろから彼に声を掛ける者があった。
「トイレはそっちじゃねえっつーの」
ユウが振り返る。
「マナト……とヒロ」
ユウを呼び止めた二人の顔を意外そうに見る。
「オマケみたいに言うんじゃねえよ」とヒロ。
「ごめん」と、ユウが笑って返す。
「二人とも、どう――」
「したんだってのは、俺らのセリフだぜ?」とマナト。
ヒロも「そうそう」と頷いた。
「トイレ行くのに、あんな真剣な表情してく奴いるかよ? どんだけ硬えんだって話だ。――何かあったのか?」
ヒロの問いに、どう答えたものかと悩むユウ。
(もし彼らにアーマードの暴走のことを言えば、絶対についてくる……。特にマナトは朱宮さんが心配だろうし。でもそれで彼らに被害が及ぶことがあったら、僕は――)
手出し無用とクロエから厳命された以上、迂闊に危険に飛び込ませるような真似はしたくはない、というのがユウの気持ちである。ユウがそんなふうに考えているところへ、更にぶらぶらと気怠そうに歩くシキが登場した。
「あん? 女湯ノゾキ隊じゃねえか。なんだ、お前らも市街エリアに行くのか?」
「なんすか、そのネーミング……」と、突っ込むヒロ。
「お前らも――って先輩、市街エリアに行くんですか?」
ユウの行き先を知らないマナトが、逆にシキに尋ねた。
「ああ。モニターがいきなり消えた時点でおかしいとは思ったけどな……個人戦は終わったはずなのに、さっきからまた銃撃戦やってるぜ? しかも1対多数……10人てところか」
シキは飛翔体の絶対感知能力により、遠方でXM1とSSF隊員が放つ銃弾を感知しているのである。
「ドンパチって――誰かと戦ってるってことですか? 朱宮達が?!」
マナトが興奮して大声を出した。それをシキが諌める。
「静かにしろ。――周りの様子から察するに箝口令が出てんだろうからよ。戦り合ってるのは多分、SSFだよ。そんで相手はアーマードだ」
(そこまで判るのか……)という、ユウの思考と同じ事をヒロが訊いた。
「ああ。敵の弾速が速すぎるからな。スピードからしてレールガン――それも相当大口径だ。人間が扱うサイズじゃねえ」
そこまで判っているなら最早隠しても無駄だろうと判断し、ユウが口を開いた。
「天夜先輩の言う通りです……。今、市街エリアでは新型のアーマードが暴走していて、多分それをSSFの人達が食い止めているところです」
「やっぱりな」と、シキが得意気に言った。
「僕は姉さんから連絡があって、そこに――」
「助けに行くんだな?」とマナト。
「…………」
しかしそれを肯定できないユウは俯いた。
「まあいざとなりゃ、あっちのエリアには神堂も杠葉もいるんだ。アーマードの1体や2体、どうってことないだろ」
シキは呑気に笑っていたが、ホノカを案じるマナトは急かす様に言った。
「それでもとにかく行こう。……ユウ、案内してくれ」
***
市街エリアにいた各校の生徒達は、第一校を残して平地エリアに向けて避難していた。残された三人は個人戦の時のスーツやプロテクターを着けたままである。
当初は当然全員が避難する予定であったが、避難の最後に、クレト達三人を乗せた軍用車が出発して間もなく、上空から弧を描いて飛来したレールガンの弾丸に、三人の乗る車は破壊されたのである。そしてXM1の進路と避難妨害から、SSFのヒロミツはXM1の標的がどうやら彼らであるようだと判断した。その為、彼らを市街エリアに残し、防衛線を張る作戦を取ったのである。
しかしデフコンAから約5分――前線はクレト達が目視出来る所にまで迫っていた。
「クソっ、何なんだこのアーマードは!」
10人程いたSSFは既に半分が犠牲となっている。その最たる理由は、殊能者でない彼らSSFの隊員には、XM1の『オレルスの弓』で弾道変化するレールガンと、伸縮しコンクリートの壁すら斬り裂く『ヘイムダルの頭』に対処する術が無かった為である。
「畜生が、これほどのバケモノだとは!」
立ち並ぶ建物の陰から指示を出していたヒロミツが、壁を叩いて口汚く罵った。
「何なんだあのアーマードは――糞野郎っ!」
ヒロミツは鼻息荒く、奥歯が欠けそうなほどの歯軋りをした。
「――大尉殿」と、静かにクレト。
その声で、目の前に生徒達がいる事を思い出して、ヒロミツはハッと我に返った。
「……見苦しいところをすまない。――何か用かね?」
ヒロミツが、自分とは対照的に涼しげな顔の少年を見た。すると落ち着き払った様子でクレトが言う。
「前線のSSFを退いてください。俺が戦います」
「――なに?」とヒロミツ。
「あのアーマード――どんな仕組みかは解らないが殊能を使うようだ。失礼ですが大尉殿、殊能に対して通常の兵器しか持たない貴方達では勝ち目が無い」
「それは解っているが……しかし、いくらネームドと云えど生徒を――しかも神堂家の嫡男である君を戦わせるわけには……」
「だが現状でXM1に対抗できるのは、俺だけだ」
そこに横からコノエが口を挟む。
「そこは『俺たち』ですよ、神堂君。……私も戦います。この学園での傍若無人な振る舞い、生徒会長として見過ごすわけには参りませんから」
「ううむ」と唸るヒロミツは、立場を考えればそれを良しとは言えなかったが、状況を考えれば他に手が無いのも確かであった。
ヒロミツの答えを聞かぬうちに、クレトとコノエはSSFの武器を準備し始めた。
――以前クロエが殊能で作り出しシキに使わせたPFA(ParticularFrameArms)は、銃身や機関部、銃床や持ち手などが、全て同一規格で個別に造られていて、それを自由に組み合わせて使える可変銃火器である。
1分とかけずにクレトが短機関銃、コノエが中距離狙撃銃を組み上げた。そして二人がヘルメットを被ろうとした時に、ホノカの覚悟を決めた声が、クレトの手を止めた。
「お義兄様! 私も行きます!」
クレトはホノカをじっと見つめて、彼女の個人戦での奮闘ぶりを思い返した。
「…………。いいだろう、だが無茶はするな。お前は朱宮の大切な跡取りだ」
お義兄様に止められるかと思っていたホノカは、その言葉が自分の力を認めてくれたものだと感じ、笑顔で応えた。
「はいっ!」
クレトは手近な、既に大口径小銃として組んであるPFAを取ると、弾薬が十分なのを確認してからそれをホノカに渡した。
「接近戦は俺がやる。お前たちは中距離以遠で援護しろ。……行くぞ!」
掛け声とともに三人は建物の影から飛び出した。





