暴走《Mirror's Project》②
倉庫を出たクロエは再び指揮所に向かう。長い足でスタスタと足早に歩く間にも、彼女は視界に表示させた手記を読んでいた。
――『一月十六日
何処から知り得たのか、私の研究に手を貸したいと塔金家からの申し入れがあった。きな臭くもあるが、莫大な資金援助と優秀なサンプルの提供は有り難い。彼らはサンプルとなる細胞が誰の物かを明かすつもりはないようだが、これほど強力な殊能量波は見たことがない。有効に使わせてもらうとしよう』
――『三月十四日
サンプルは神堂家の長女マナの物であると、あの男が教えてくれた。神堂の人間のクローンなど畏れ多いことだが、今更実験を中止するつもりはない。あの男の手伝いもあって計画は極めて順調だ。クローンを宿した被験体の鑑マリの健康状態も良好で、来年には問題無く出産できるだろう。』
――『九月五日
クローンのNgLが当初の予想よりも低い数値で推移している。だが問題はそれだけではない。私の記憶に曖昧な点が発生しておりこの手記を読み返してみたが、どうにも腑に落ちないところがある。度々書かれている「あの男」とは誰だ? 私は顔も名前も思い出すことができない』
(――あの男……この頃にはまだベクターは塔金家と関わりを持っていない。塔金ヒデキも自身が最強であることを望んでいた男だ、こんな計画に加担する人間ではない……しかし――)
クロエが4年前にこのグレイターヘイムに来るまでは、この亜世界で情報犯罪が起こったという話は聞いていなかった。
(どうにも不自然さが拭えんな)
そんなふうに考えながら歩く彼女へ、スタンド席の上から彼女を呼び停める男性の声がした。
「外佐! 白峰外佐!」
クロエが振り向くと、彼女と同じ白い軍服を着た男が階段を駆け降りてきた。
「要か――」とクロエ。
白い軍服の男はウイングズの士官、クロエ旧知の要シゲルであった。――かなりの上背があり、比較的高身長のクロエの頭が彼の顎に届かない。その体格はいかにも実戦的な身体付き。
「ご無沙汰しております、外佐」
軍帽を脱いだ頭は五分刈り。若々しく爽やかな顔とその髪型のせいか、軍人というよりスポーツ選手の様なイメージである。
「ネストにいらっしゃるとはお聞きしていましたが、まさか教員であるとは――八重樫には会いましたか?」
「ああ、八重樫には色々と世話になってるよ。お前は青田買いか」
「そんなところです。ここの神堂クレトは隊でも噂になっていますから、どれほどのものかと……ですが、他の生徒も大したものだ」
「そうだな」
「杠葉と朱宮も優秀なネームドでした。特に杠葉という子はウイングズの能力査定を通れるレベルですよ。神堂クレトは――正直強過ぎるぐらいですが、外佐から見てどうですか」
「私から見て、か。そうだな――まあまあといったところか」
「ほう」と、シゲルが目を輝かせる。
「外佐が『まあまあ』と言うからには、相当の逸材ですね」と闊達に笑う彼に、クロエ。
「要、すまんが私は用事がある。積もる話はまた今度だ」
「ああそうですね――お呼び止めして申し訳ありませんでした。外佐も《《色々とお忙しいでしょうから》》、また次の機会に」
シゲルが軍帽を被り直して敬礼すると、クロエも答礼して、彼女は再び足を進めた。
***
ユウとクロエがそれぞれに向かおうという市街エリアの先――4番倉庫には、薄灰色のジャンパーを着た十数名のLEAD研のスタッフと、くたびれたカーキ色のスーツの上に白衣を羽織ったベクター・ランドの姿があった。
倉庫の前には大掛かりな機械を満載したトレーラーが1台止まっており、横開きハッチから伸びた大小様々なケーブルが、庫内で幌を脱いだ試作型アーマードXM1とその機械類を繋いでいた。
「各試合で使用された全ネームドの殊能量波パターン、解析完了しました」
「血液サンプル解凍、NgL活性化確認。XM1コアへの注入準備よし」
「波形モニター接続完了、計器正常。XM1の外骨格動作状況を確認」
スタッフがテキパキと準備していく中で、ベクターは両手をポケットに突っ込んだままその銀鉄色の巨人と向かい合っていた。
(ついに動き出す――あの男が言っていた通りXM1――いや《《神堂マナ》》は、神堂クレトや鑑マナトとの繋がりによって、殊能が未顕現のまま素養だけを成長させていた……)
「NgL注入開始――パターンを反映させます」
(そしてこの大会で得た『ウルズの刻』、そして『アイギスの盾』の殊能パターンを学習させることで、ついにシステムが完成する!)
不気味な笑みを浮かべるベクターの横で、モニターに映し出された複数の異なる波形が一つ、また一つと重なっていく――。
「第一次パターン反映完了……アンチ・ユグドラシル・システム解除します」
するとそこで、XM1の胴体に付いた小さなランプが赤く点灯し、前後左右の球状のカメラが周囲を見回す様に目まぐるしく動いた。
「ん――? おかしいな……」
スタッフの一人が起動に気付いて、タブレットでXM1の動作状況を確認する。先程まで画面に映る各部位の表示は全て、停止を示す灰色であったが、今は起動途中を表すオレンジ色に変わっていた。
「オンライン? おい、まだコアは起動――」
スタッフが周りに呼び掛けた瞬間に、屈んでいたXM1の膝が伸び、それと同時に差し込まれていたケーブルが引き千切られるように外れていった。
「なっ――!?」
直立するXM1――基本的な外観構造はKW9などと同じ人型で頭部は無く、胸部と肩が円盤状に一体化している。KW9は円盤が楕円形であるのに対し、XM1は八角形をしていた。また両腕の先は銃器類ではなく、人間に似た手指である。
「馬鹿者! 誰が動かした!? 早く停めろ!」と、ベクターが叫ぶ。
「誰も――! 操作はマニュアルのままですよ!」
スタッフは言いながら、タブレットでXM1を制止しようと操作するが、命令は全て無効と表示された。
XM1は周囲の状況を確認し終えると、傍にあったアーマード用の大口径電磁投射砲に手を伸ばした。
「武器を――!? おいっ、まだ停まらんのかっ!」
再びベクターの怒号。彼は文句を言いながらも後退り、アーマードから遠く離れる。
「やってますって! 遠隔操作が遮断されてるんです!」
「電波が遮断されるだと……まさか――?」
ベクターは近くのスタッフから「よこせっ!」とタブレットを取り上げると、開発者である彼のみが知る裏コードを使って、他のスタッフには知らされていないXM1の機能を確認する。
(!!)
その画面には『MirroringMode_Activation』と表示され、その横には『Time of Urd』とあった。





