第1章 第18話 神の本質
前回は
①七光の雫を採取後、魔龍を討伐する
②七光の雫の採取のみ行う
の選択肢の得票数が同数となりました。この結果に基づいてストーリーを進めます
「「……」」
トールさんとウォレスさんが顔を見合わせ、何やら難しい顔をし始めたであります。どうしたのでありましょうか?
「……どうなるのだ?」
「知るか」
何やらコソコソとささやき合うおっさん二人。なんだか気持ち悪いでありますね。
まあそれはともかく、あの水晶魔龍とやらには手を出さない方が得策でしょう。
ウォレスさんの言う通り、まともに戦えばかなり危ないことになりそうな雰囲気がプンプンするであります。
「……ここは大人しく『七光の雫』を採取するだけにしておきましょう。少なくとも冒険者失踪の原因が分かるまでは余計なことはしない方がいいであります」
皆さまにそう提案したところ、特に反対する方もいませんでした。
「そうそう、その方がいいわ!」
ケティさんがやたらと嬉しそうにそう言いますが、ウォレスさんが「はっはっはっ!」と笑いながら彼女の肩を叩きます。
「ケティ君!分かってるとは思うが、この小遣い稼ぎはこれで終いにした方がいいぞ!」
ケティさんは、一瞬うっと言葉に詰まると、すぐに「……分かってるわよ」とそっぽを向きます。
「うん……私も手を出さない方がいいと思う。あの子とはなんだか知らないけどあまり戦いたくないかな」
ファテリナお嬢様も珍しく神妙な顔で頷きます。この娘なりに何か嫌な予感のようなものを感じるのでしょう。
「そういう勘は大事にした方がいいでありますよ、お嬢様」
危険に対して鈍感な者はこのダンジョンでは生き残れないであります。そして僅かの油断も命取り。出来うる限りの対策は取るべきでありましょう。
「ケティさん。改めて今までやってきた採取の方法を教えて欲しいであります」
「……採取自体は簡単よ。例のアイテムであの水晶魔龍を泣かせるわ。雨みたいに降り注ぐからそれを直接採取するのもいいけど、あの魔龍の居座っている水晶の台座の隙間から滴ってくる分を採取するのが一番手っ取り早いかもしれないわね」
「その間、あの魔龍が襲い掛かって来ることはないのですね?」
「魔龍は泣き叫ぶだけでこちらに攻撃を仕掛けてくるわけでもないし、大量のトカゲはこのアイテムに引き寄せられてくるけど、近寄って来る奴らは『水壁』の魔法でほとんど無力化できるから問題ないわね」
モンスターへの対処はそれほど難しいものではないようでありますが……一番の懸念はケティさんに言ったというガストの言葉であります。
「……もう一度確認するでありますよ?あの魔龍に近づいても、何かおかしなことにならないのでありますね?」
金貸しのガストがケティさんへ行ったという忠告。『死にたくなければ近づくな』という本当の意味であります。
「……実際に採取していた冒険者たちに妙な異変が起こったりはしなかったわよ。少なくともその場ではね。採取を終えて普通に帰還しただけ。だから、連中の失踪の噂を聞いた時は、あの魔龍に近づくことで何か妙なステータス異常でも貰ってるのかもと疑ったりもしたわ。だから、私は絶対にあいつには近づきたくない」
そこで、ケティさんは何かを思い出したかのように、あっと小さく声を上げました。
「なんであります?」
「……関係あるか分からないけど……連中言ってたわね。何か『声』が聞こえたって」
◆◆◇◇◆◆
『世界の選択肢』の結果が割れた。
その事に、俺は少なからず動揺していた。『選定の神』の裁断が割れた時、大抵ろくなことが起きない。
神の意思は世界の意思。忌々しいことに、それは絶対だ。人の意思では覆しようがない。神の意思に介入できるのは神だけだ。ならばどうなるか。
考えるまでもない。おそらくあいつが――
「――トールさん。どうしたらいいと思うでありますか」
「……あ?」
ふいに猫娘に声をかけられて俺は我に返った。猫娘は半眼で呆れたような様子で俺を見ていた。
「あ?じゃないであります。採取はどうしたらいいと思うでありますか」
「あ、ああ。採取な」
水晶魔龍の巣の外で、猫娘を中心に『七光の雫』の採取方法について、ああでもないこうでもないと話し合っていた俺たち。しかし結局のところ、誰かがあのモンスターに近づいて採取しなければならないという結論になった。問題は誰が行くか、ということ。
冒険者の失踪とやらは、ほぼ間違いなくあの魔龍が関係しているのだろう。不用意に近づけば次の行方不明リストに自分の名が載ることになるかもしれない。そんな面倒なリスクは当然避けたいところだ。
「……しょうがねえ。俺が行ってやるよ」
俺がそう言うと、ウォレス以外の皆がギョッとした様子で俺を見た。
「……何か妙なものでも拾い食いしたでありますか?」
「おじさんが、おかしくなった」
「退かない志は素晴らしいですが、ステータス異常を疑うべきかと」
「さっさと行って死ねハゲ」
素晴らしい仲間たちの信頼に満ちたコメントが返って来る。逆の意味で。
やめるぞこのやろう。
「……俺だけなら大抵のことなら対応できる。お前らがどうこうなる事の方が面倒だ」
なにしろ俺には「状態異常耐性」がある。あらゆるステータス異常を「ほぼ」無効化できる。「ほぼ」というのが本当に鬱陶しい。だが、何が起こっても、最悪の事態にはならないだろう……たぶん。
恐ろしく気が進まないが、結局俺が一人で行ってさっさと採取を終わらせて帰るのがベストだ。
「で、ですが……」
さすがに気が引けるのか、躊躇するような態度を見せる猫娘。しかし、ウォレスが笑いながら猫娘の背中を叩く。
「はっはっは!大丈夫だ!トールなら殺されても死なんからな!」
いや、それ普通に死ぬけどな?
「……ウォレス。何かあったら速攻で俺をエレナのところまで担ぎ込め。分かってるな」
「うむ!任せておけ!」
ウォレスが満面の笑みでドンと胸を叩く。こんな変態でもかつては共に死線を潜り抜けた仲だ。そういう意味では絶対の信頼がある。そんな互いの「分かってる感」がすごく気持ち悪い。
「じゃあ、これ。人数分の採集用の瓶」
ケティがストレージから小瓶を取り出して一つ一つこちらに手渡してくる。口にはコルクの蓋がしてある手の平にすっぽりと収まる程度の陶器製の小さな瓶だ。なにやら複雑な文様が描かれている。俺はそれを受け取りながら自分のストレージに放り込んでいく。全部で6本。
「この瓶で保管しないと『七光の雫』として使えないらしいから割らないでよ。死ぬなら無事に瓶を回収し終えてから死んで」
「へいへい」
ケティの減らず口に繊細なおっさん心を僅かに傷付けつつ、グレートソードをストレージから取り出して準備が整ったと頷いてみせた。
ケティはそれを見てストレージから黒い袋を取り出し、「いくわよ」と皆の顔を見回すと、静かに袋の口を開いた。
その瞬間。
――ウォオオオオオン……ウォオオオオオオオオオン……――
耳をつんざくような水晶魔龍の咆哮が響き渡った。水晶魔龍は耳を塞ぎたくなるような大きな声を上げながら、その短く太い首を伸ばして頭を持ち上げると、尻尾と共に前後左右に振り始めた。
――ウォオオオオオオオン……ウォオオオオオオオオオン……――
そして水晶魔龍は、その腫れぼったく膨れた瞼の奥から、大量の涙を流し始めた。その涙は比喩ではなくまさに滝の如く流れ出して、首が振られるたびに周囲に雨のように降り注いだ。
巣を埋め尽くすパープルブルーの水晶の光に怪しく輝きながら、おびただしい量の涙の雨が地面を濡らしていく。
その濡れた地面を這うように、台座や周辺にいるトカゲ型モンスターどもが、こちらへとのそりのそりと近づいてきていた。
『水壁!』
ケティが魔法を展開して周辺に水の壁を作り出した。
「おっさん!」
そのケティの声を合図に、俺は水壁の外に飛び出して水晶魔龍のいる台座へ向かって突進する。
一匹のトカゲ型モンスターの横をすり抜けるが、こちらにはまるで反応を示さない。本当に人間には害意を持っていないようだ。
それを見て取った俺は、行進する大量のトカゲの間を縫うように一気に走り抜け、水晶魔龍のいる台座の元へと辿り着いた。
見上げると、巨大な水晶魔龍が声を上げながら狂ったように頭や尻尾を振り回していた。普通に恐ろしい。
辺りを魔龍の涙が降り注ぐ。とたんに俺は濡れ鼠だ。辺りを見回して水晶の台座の隙間から漏れ出ている涙を見つけると、ストレージから小瓶を取り出して栓を抜き、一つ一つの瓶に涙を採取していく。
小瓶は6本もあったが、涙はあっという間に集まってしまった。『七光の雫』の採集、完了だ。
確かに拍子抜けするぐらい、採取自体は簡単だった。しかし問題はこれからどうなるか、だ。俺は自分の水晶魔龍の涙で濡れそぼった自分の体を見る。
……もしかしなくても……やっぱりこの涙が何かヤバイんじゃないのか……?
その時だ。
『――』
ふいに俺の頭の中に声のようなものが響いたような気がした。
「? なんだ……?」
俺はその声に耳を傾ける。その声は、人間の言葉じゃなかった。
弱々しく囁くような声だが、言語のように意味のあるものとは思えなかった。言ってみればただのうなり声。
だが、俺にはその声がどんなことを言っているのかがなぜだか分かった。分かってしまった。
その声は悲痛なまでに同じことを繰り返し言っていた。
『――お母さん――』
「はいっ!そこまでーーーー!」
突然耳元で声がして、俺はハッとした。
目の前の視界が突然開け、辺りの風景が目に飛び込んでくる。
7層と思しき水晶の間。今までいた水晶魔龍の巣だ。しかし、その景色には違和感があった。
当然だ。
パープルブルーに輝いていたはずの水晶の間全体が、まるで白黒写真のようなモノトーンに変わっていたのだから。
音という音が消え、周囲に降り注いでいた涙の雨が空中に静止している。水晶魔龍やトカゲ型モンスターはもちろんのこと、巣の入り口にいる猫娘たちまでもが、その動きを完全に止めていた。
「……来やがったか」
「うんうん。来やがりましたよー」
俺の目の間に踊るように一人の幼い少女が姿を現す。
白と黒を基調にした分かりやすいゴスロリファッション。長い金髪をツインテールにまとめた、あざといばかりに可愛らしさを演出した10歳程度に見えるその少女は、後ろ手を組みながら心底楽しそうな笑顔で俺を見つめていた。
「久しぶりだねっ、トールくん」
「……こっちはあんまり久しぶりっていう感じはしないけどな、クソ神」
「やだなあ、クソ神だなんて。ディレットちゃんって呼んでよー」
そう言って少女はクスクスと笑う。目は全く笑っていないが。
俺をこの世界に引き込んだクソ神こと、『享楽の神』ディレット。
実際にこうして会うのは久しぶりだが、毎度毎度鬱陶しい『世界の選択肢』を投げかけてくるおかげで久しぶりという感じがまったくしない。
俺は拳を握り、腕まくりをする。
「よし、ディレット。とりあえず一発殴らせろ」
「あはは。久しぶりに会ったか弱い少女に対していきなり殴らせろだなんて、トールくんってやっぱり頭おかしいよねえ」
「誰がか弱い少女だ。それに頭がおかしいのはお前ほどじゃない……何しに出てきやがった」
「ふふふ。分かってるくせに」
ディレットはふわりと身体を浮かせると、まるでダンスを踊るかのように俺の周りをふわふわと回り始めた。
「ご存知のとおり、選定の神様たちの意見が割れちゃったんだよねー。困っちゃうよねえ。絶対わざとだよー」
「……お前も大概だが、選定の神様たちってのも訳が分かんねえな。毎度おかしな選択ばかりしやがって」
「クスクス。だって、神ってそういうものだもの」
ディレットは突然俺の目の前に顔を出すと、ニンマリと笑った。
その瞳は俺を映しているようで誰も見ていない。俺に笑いかけているようで、実は誰に対しても笑ってはいない。そんな不気味さを感じる笑顔に俺は思わず息を飲む。
「――どこまでも慈悲深く、どこまでも残酷で、どこまでも無邪気で無関心。何かを全力で慈しむこともあれば、道端の花を手折るような気楽さで命を奪うこともある。こんな風に」
パチンとディレットが指を鳴らす。その瞬間、バシンッという激しい音が頭上から聞こえた。
俺は上を見上げると、その光景に唖然とした。
突然、水晶魔龍の首の中ほどが鋭利な刃物で斬られたかのように両断され、頭がぐらりと落下しそうになる。しかし、すぐにその頭は周囲の他のものと同じように静止してしまった。
「――これが神様というものだよ」
「お前……」
クスクスクスクス。
俺がディレットの方を振り返ると、幼い少女の姿をした享楽の神は、心底楽しそうに嗤っていた。たった今奪った命を嘲るかのように。しかし、その眼にはどこか悲しみも湛えていて。
……こいつのことを見ていると頭がおかしくなりそうだ。
「――神の意思、世界の意思には人は逆らえない。今回の選択では、君は魔龍を倒さなきゃいけないし、倒してもいけなかった。となると」
ディレットは、横ピースをしてペロリと舌を出す。
「ここは神であるディレットちゃんが魔龍を倒して帳尻合わせ!ってことでどう?ここは一つ!」
「知るかよ」
コロコロと変わるディレットの態度や雰囲気に付いていけず、こちらはほとほと疲れてしまう。だからこいつの相手をするのは嫌なんだ。
「さて、じゃあ目的も果たしたことだし、ディレットちゃんはそろそろ退散しようかなー」
「……待て」
俺は去ろうとするディレットを呼び止める。俺が止めることをディレットは分っていたかのようにニヤリと笑った。
「……ふふ。分かってるよ。トールくん」
ディレットは俺の方に手を差し出すようにしながら、宙にふわりと浮かぶ。
「――君との契約は絶対だよ。それが神と人との契約というものだもの」
ディレットの姿が次第に消えていき、世界に色が戻っていく。
「――約束は守るよ。だから、せいぜい私を楽しませてよね。――愛しているよ。トールくん――」
ディレットの声が聞こえなくなった瞬間、世界に完全に色が戻り、静止していたものが一斉に動き出す。
ズシンッ……!
俺のすぐそばに水晶魔龍の頭が落下してくる。ディレットが切断した頭だ。
その落下した頭は、バキバキと音を立てながら一瞬で一塊の結晶と化してしまう。頭上の魔龍の体も、同様に結晶化してしまった。
「ど、どういうことでありますか!?」
巣の入り口からそんな猫娘の驚くような声が聞こえてくる。
そりゃそうだろう。何の前触れもなく突然、魔龍の首が落ちれば誰だって驚く。
騒然となっているパーティー一行のいる方に顔を向けた時、今度は俺が驚きに声を上げる番だった。
「な、なんだ?!」
目の前にいる無数のトカゲ型のモンスター。おびただしい数のモンスターの体が急に淡い緑色に輝き始め、その大きさが2倍ほどに膨れ上がった。そして、一斉に頭を上げると、水晶魔龍のような声を上げ始めたのだ。
ウォオオオオオオオオオン……ウォオオオオオオオオオン……
これだけの数のトカゲの大合唱だ。耳が潰れるかと思うほどの大音響が水晶の間に響き渡る。
そして、魔龍と同じようにその眼から涙をとめどなく流し始めた。
「……!?」
しかし、それだけでは終わらなかった。涙を流すトカゲたちは、やがて俺や、巣の入り口にいる猫娘たちに顔を向けたかと思うと、突然一斉に襲い掛かってきたのだ。明らかに殺気を帯びながら殺到してくるモンスターの群れ。
その時。
『――せいぜい頑張ってよねー』
慌ててグレートソードを構える俺の脳裏にそんな呑気な声が響いた。ディレットの奴の声だ。
……ちくしょう!覚えてろあのクソ神!
今回は選択肢の投票はありません。




