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「どうしてみんな、俺のこと馬鹿にするんだ」


ふと呟いた言葉に、椅子に座っている白髪の女性が本のページをめくる手を止めた。窓の外は晴天で、金で縁どられた絢爛な窓から穏やかな日差しが差し込んでいる。隣に座る少年はその日差しを睨みつけると、憎らしげに吐き捨てた。


「どいつもこいつも、見下したような目をしやがって。俺が出来損ないだから、だからこんな…。………みんな嫌いだ。大嫌いだ!!!」


少年がそう叫んで椅子の上で膝を抱えて丸くなっていると、読みかけだった本を閉じて膝の上に置いてから、女性は眼鏡をはずして顔をあげた。白髪の老女ではあるものの、顔立ちはとても整っており、黙っていても品性を感じさせる。彼女は少し困ったように笑うと、自分の隣で俯いて黙りこくってしまった少年の頭をソッと撫でた。


「…そんな悲しいことを言わないでちょうだい、ヒューバート。今は辛くとも、いずれ貴方もきっと、貴方自身を認め信頼してくれる人に出会えるわ」


「そんな奴、いるわけない」


すっかり拗ねてしまった様子の少年は、むすっとした顔をして唇を尖らせた。しかし女性は優しい笑みを浮かべたまま、なおも続ける。


「いるわ、必ず。貴方を信じ、傍にいてくれるそんな人が。わたしには分かる」


「……。本当、に?」


もはや確信していると言わんばかりの彼女の頑なな口調に、少年も眉根をひそめつつ顔をあげた。…本当にそんな人など現われるのだろうか。生まれてからこの方、王宮内でもずっと見下され馬鹿にされてきたこの自分のことを、見てくれる人なんて。出来損ないだと言われ続けてきた、この哀れな王子の傍にいてくれる人なんて。


不安げな少年の頭を優しく撫でると、老女は満面の笑みを浮かべた。


「ふふ、勿論よ。お祖母さまが言うのだから、信じてちょうだい。可愛いわたしの孫、ヒューバート。貴方が心から愛することの出来る、そんな人がきっと、必ず―…」


その時、彼女は今までに見たどんな笑顔よりも優しい笑顔をしていた。

少年(ヒューバート)の唯一の心の支えであった先代の女王テレサが、長い闘病生活の末亡くなったのは、それから僅か三日後のことであった。



「ヒューバート様」



窓際に寄りかかってボンヤリと眼下に広がる庭を眺めていると、ふと声をかけられ我に返った。数年前に亡くなった祖母のことを突然思い出してしまったのは、今日が自分の誕生日だったからなのだろうか。祖母がよく愛用していたこの部屋は、今でもヒューバートの書斎として使わせて貰っている。


温かな日差しが差し込む窓の外から目を離すと、側近の1人の男がにこりと笑顔を向けた。


「そろそろお時間ですよ。皆さま続々とご到着なされておるようですのでご支度下さい」


「………ああ、分かってる。今行く」


誕生日なんて、本当は誰も心から祝ってなんていないクセに。こんなことするだけ金と時間の無駄だということがなぜ分からないのだろう。まぁ、紛いなりにも自分はこの国の王子なのだからこれも仕方がないのかもしれないが。それでも所詮は王位継承権の低い第三王子だ。形だけのお祝いの言葉も、うわべだけのお世辞も。そんなものだけが溢れた中にこれから行かなくてはならないのは正直、とても憂鬱だった。


でも行かないわけにはいかない。主役の自分が出て行かなくては、それこそ愛想を尽かされてしまうだろうから。「出来損ないの王子は()()()()()()()()()だった」と言われるのは辛い。ヒューバートは瞳を閉じて息を吸い込むと、側近の後に続いて部屋を出た。



***



「すっかりお天気になってよかったわねぇ~」


馬車に揺られながらお母様はほんわかスマイルを浮かべながら窓の外に広がる空を見上げ、いつものようにのんびりした口調でそんなことを呟いた。というのも、昨日までは嵐の影響で毎日のように雨風が降り注いでいたためである。馬車で王宮に出向くということもあるので、道中嵐では…と数日前からもお母様は心配していたようだったが、今日は先日までの嵐など嘘のようにすっきりと晴れ渡り青空を見せている。


「王宮に行くのなんて久しぶりだから、なんだかワクワクしちゃうわぁ。ついついドレスも新しいものにしちゃったのだけど…なんだか気合い入れすぎちゃったかしらねぇ…?」


「いえ、そのようなことはありません。ジュリア様に大変よくお似合いのドレスです。華やかでありながら上品さを兼ね備えた、とても素敵なお召し物だと思います」


「ふふ、ありがとうアステリオ。貴方は本当によく出来た子ねぇ。それにしてもごめんなさいね?貴方にまでパーティへの参加を付き添わせてしまったりして…でもシャルロットちゃんがどうしてもというものだから…」


「お気になさらないでください。わたしはシャル様の執事ですので、お傍にいるのは当然のことです。むしろ…同行をお許し頂き、大変光栄です」


「ん~~~…でも本当はあまり執事に頼りすぎるのは良くないのだけれどねぇ…。んもう、シャルロットちゃん!これ、貴女のことなのよう?聞いてるの?」


「……ハハッ…モチロンデストモ、」


アステリオとお母様の会話を聞きながらもわたしの意識はぶっ飛びかけていた。焦点の合っていないどこか遠い目をしながらわたしは乾いた笑い声と共に返事を返したが、内心大きな舌打ちをして憎らしげに窓の外の青空と太陽を睨みつけた。


先にも話したとも思うが、つい昨日までは大変な嵐で酷い状態だったのだ。叩きつけるような雨は降るわ、雷鳴は轟くわで、それはそれは、大層な嵐だったのだ。とてもじゃないが王宮にまで馬車で向かうことなんて出来ないであろう状態だった。悪天候のためやむを得ず欠席、というのはほぼ確定しているであろうことだったのだ。


―…だというのに、朝目覚めてみればこの快晴だ。カーテンを開けて眩い日差しと青空が見えた時の絶望感ときたら!!!この世の終わりかと思ったほどだ。小学校の時、パン食い競争に参加するのが嫌過ぎて、逆さてるてる坊主を吊るしたりと散々雨乞いの儀式をしたにも関わらず、翌日澄み切った晴れ空を見たあの時の感覚と同じだ。


(ああっ…こんなハズじゃなかったのに…!)


わたしは頭を抱えた。なぜならダンスのレッスンはあれからも毎日継続して続けてはいたが、結局スムーズに踊ることは出来ず仕舞いだったのだ。日中のダンスのレッスンが終わってからもアステリオに頼み込んで一緒にダンスの練習はしてみたものの、どうしても優雅に踊ることが出来ない。何度やっても華麗なステップが踏めない。相手の足を踏んずけるわ、ターンのタイミングは間違えるわ…散々だ。改めて自分にはダンスの才能がないのだとまざまざと知らしめられた気がして、わたしの心はズタボロだった。


それでも、パーティの一週間ほど前から悪天候が続き、台風のような激しい嵐に見舞われた。第三王子のパーティに参加しなくてはならないという最悪なミッションだったが、このままうまくいけばそのイベント自体がなくなるかもしれないじゃないか!自分のあまりにの不甲斐なさに公爵令嬢としてのプライドなど木端微塵にぶち壊された状態だったわたしは、意気揚々と、それこそ毎日のように逆さてるてる坊主を吊るして雨乞いをした。それはかつての自分が運動会の前日にやっていたそれと全く同じである。


しかし、当日になってまさかの突然の逆さてるてる坊主の裏切り。腹いせに、コツコツ毎日ひとつずつ作り上げていた可愛らしいてるてる坊主を全てゴミ箱の中に放り投げ、奇声ともとれる悲鳴をあげたのが今朝のわたしのハイライトだ。


逆さてるてる坊主(アイツ)は肝心なところでいつも役に立たないわ…あの裏切り者…」


「?何か言ったかしらシャルロットちゃん」


ええい、憎き逆さてるてる坊主め!!!つもりにつもった苛々がたまって、思わず口にしてしまっていたらしい。ぶつぶつと独り言を言っている娘の様子が気になったのか、お母様は口元に手をあてて首を傾げながら怪訝そうな顔をしている。わたしは慌てて笑顔を作ると、首を横に振った。


「い、いいえ!なんでもないですわ、お母様。パーティ、とても楽しみです」


内心そんなことは1ミリたりとも思ってはいないのだが。お母様は満足げに笑みを浮かべると、また窓の外に視線を移した。それを確認した後、わたしはバレないように浅く溜息を吐きだしたのだが、その瞬間、目の前に座っていたアステリオと目が合ってしまった。思わず苦笑いを浮かべる。


「…大丈夫ですよ、シャル様。僕も出来る限り全力でサポート致します」


「ありがとうアステリオ。お願いね…」


小声でそんな優しい言葉をかけてくれる執事に本気で感謝するしかない。気付けば窓の外の景色は田舎道からすっかり賑やかな街並みに変わっている。段々と近づいてくる王宮を前に、心臓がバクバクと音を立てていくのが嫌でも分かってしまう。


「さぁ、シャルロットちゃん。もうすぐよ~」


お母様の声。わたしは右手を胸のあたりに充てると深く息を吸い込んで深呼吸をした。…もう、後には引けない。参加しない、という選択肢は儚くも崩れ去ってしまったのだから。だったら甘んじてこの事態を受け入れるしかあるまい。せいぜい恥を晒さないよう、出来るだけ目立たないように隅っこにいることにしよう。頭の中でそんなことを考えてから、わたしは決心したように目を開けた。



***



(デッ…!!!!!)


デカイ…!!!!

王宮に着いたわたしが一番最初に思った感想がコレだ。王宮に来たことなんて人生一度もない(勿論前世でもない)。確かに前世で子供の頃に「お人形さんのお城」というアミューズメントパークには行ったことはあったが、それとも比較にならないくらいに大きいし煌びやかだ。そこかしこにある絢爛豪華な調度品たち。廊下に飾ってある大変デザインセンスのあるツボや、キラキラした彫刻…これはもう完全にRPGファンタジーの中の世界だ。ランヴィア家も公爵家、かなり爵位ある家柄なので屋敷は相当広いし豪華だと思っていたが、やはり王宮ともなると規模が違う。


「ごきげんよう、エドモンド卿。この度はご招待頂きありがとうござます」


「これはこれはお久しぶりです、ジュリア様。お待ちしておりましたぞ」


感嘆の声をあげてキョロキョロとあたりを見回していると、お母様は慣れた感じで恰幅のいい男性に声をかけた。多分偉い人なのだろうが、まったく知識がないので誰が誰なのかさっぱりだ。エドモンド卿、と呼んだ所を考えるにかなり身分ある人なのだろうが…。わたしの視線に気づいたのか、そのエドモンドという男はこちらを見て目を丸くした。


「おお、おお!まさかこちらのお嬢様は…?」


「ええ、娘のシャルロットですわ。今年で10になりました。ほら、シャルロットちゃんもご挨拶なさい」


「ご、ごきげんよう、エドモンド卿…わたくしシャルロット・ランヴィアと申します。この度は記念すべきパーティにご招待を頂きありがとうございます」


不意に自分にふられたものだから頭の中が真っ白になった。だがそこは前世で伊達に年も社会経験も重ねていない。初めて会う人にこそ、最大限好印象を与える挨拶をしなくては。わたしは咄嗟に挨拶をしてドレスの端をつまんで優雅に一礼する。よくファンタジーとかでお姫様が挨拶するときにやるアレだ。挨拶の文言はなんとなくお母様のものを真似たが、これはなかなか自分でも好感触な感じだ!


「これはこれは…ご丁寧な挨拶を頂きありがとうございます、シャルロット様。すっかりと大きくなられて…もう立派なレディですな。ジュリア様に似て大変美しくあられる」


やだもう!このおじさんお世辞とはいえ嬉しいこと言ってくれるじゃないの!内心小躍りしたいがそんなことしてはせっかくのイメージがぶち壊しなので、今はグッと堪えてにっこりと笑顔だけ浮かべておく。勿論、わたしの顔は悪役顔なので出来るだけ愛想よくしたつもりだ。


それからお母様とエドモンド卿は何やら話しこんでいるようなので、わたしから視線が逸れたのをいいことにホッと一息をついた。後ろで一連の様子を見ていたアステリオはわたしの傍まで寄ってくると優しい笑顔を向けてくれる。それだけで緊張が少し和らぐから不思議だ。見知らぬ場所に行くのは緊張するが、今日はアステリオが傍にいてくれるのだから心強い。


「先程のご挨拶、流石ですシャル様。シャル様は本番に強いお方ですね」


「ふふ…伊達にOLやってたワケじゃないもの、挨拶は社員として基本だからね」


「…?OL?とは何のことですか…?」


「あっ!ううん、な、なんでもないわ!気にしないで頂戴!」


うっかりOLだなんて言ってしまった。不思議そうな顔をするアステリオに早口で言い訳をした。そして唐突に鳴り響くファンファーレ。会場内で各々話に花を咲かせていた人々の視線が、一気にレッドカーペットの先―…赤色の立派な椅子の方に向く。


「第三王子、ヒューバート様からのお言葉です」


その言葉と共に、本日の主役が姿を現す。第三王子ヒューバート…いずれシャルロットの婚約者となる人物。…この人が、わたしの。忠実でわたしを、殺す人なのだ。ゴクリ。わたしは自然と生唾を飲み込んだ―…。



更新が1カ月以上も滞るとは何事…!(土下座)

大変お待たせしてしまい申し訳ありません;

私生活で色々と事件があったりして更新が遅くなってしまいました。

お待ちくださった皆様、本当にすみません;;

少しでも楽しんで頂けたら幸いです^^

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