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「今日はヒューバートの誕生日だよ~、兄さん」
広い王宮の一角…その部屋で、少年はベッドに横になりながら天井に向かって声をあげた。室内にはこの少年1人しかおらず、話しかけている相手は見当たらない。しかし彼は特に気にした様子もなく、構わずに笑顔で話を続ける。
「当然覚えてるって?ごめんごめん。でもせっかくの誕生日なのに出席出来なくて残念だよね~。可愛い子とダンス出来ると思って楽しみにしてたのに…あーあ、ほんと俺って肝心なトコでいつもツイてない」
そこまで言って深々と溜息を吐きだした。自身の髪をつまみながら、指先で弄ぶ。彼のこの金色の美しい髪は、父親である現王マリウスから受け継いだもの。そして、サファイヤのごとく青く美しい瞳も。昨日まで降り続いた雨も今日は収まり、今は嘘のように晴れ空が広がっている。窓の外を眺めながら、少年は白い二匹の鳥が仲良く戯れながら飛んでいくのを見送った。
「アハハ、いやいや。今回はちょっと風邪をこじらせただけだし、回復してきてるし問題ないよ~。俺なんかより兄さんこそ学園生活大変なんじゃない?聞いたよ、入学したばっかなのに生徒会長になったって。いや~、王族ってのもツラいよね~。俺も入学したらそうなるのかなぁ?まぁ、仮になったにしても俺は兄さんと違って責任重いのとか苦手だから全力で拒否するけどね~…ッ、ゲホッ、ゲホッ、」
会話の最中に突然胸が苦しくなり咳き込む。調子に乗って話過ぎてしまったせいだろう。まだ話したいことが沢山あるのだけれど、これ以上続けて体調が悪化したらただでさえ口うるさい主治医に怒られそうだ。兄の心配する声も聞こえてくるので、とりあえず平気だと伝えて息を整える。…まったく、生まれつきの問題だから仕方がないとはいえど、こうも体が弱いというのは自分でも嫌になる。普段は何のことなく過ごせるのだが、いざという時に体調を崩して寝込んだりしてしまうのだから。
「あー…うん、ごめん、もう大丈夫。でもそろそろ検温の時間だからこのぐらいにしておかないとな~。忙しいのにごめんね兄さん…ヒューバートにも後で伝えておくよ。さっきの音声もしっかり手紙にトレースしておいたしね。じゃあね~」
ひとしきり話し終わった後、少年は指先をパチンと鳴らし、そして力なく手を降ろした。
「はぁ…体調不良の時に魔法音声を使うのはマズかったかー。流石にちょっと疲れた」
少年は瞳を閉じてゆっくりと息を吸い込む。
―…先程、彼が使用していたのは遠く離れた場所にいる者と会話をすることの出来る通信魔法。上級者でなければ扱うことが難しい高度魔法である。今回はその魔法音声で聞こえたお祝いの声をトレースして手紙に焼きつけ、ボイスレターとして弟に送る算段だ。しかしまぁ、予想外に魔力消費が激しい。万全の状態で行えば何のことはなかったはずなのだが…。如何せん今は風邪で体調を崩している。今更嘆いたところで仕方があるまい。チラリ、と時計を見やる。そろそろ医師が検温にくる頃だろう。彼は手紙を掴むと、急いで枕の下に隠して何食わぬ顔で横になる。
「検温の時間ですぞ、リチャード様」
その直後、素早いノックが聞こえてきたかと思うとこちらの返事も待たずにドアが開いた。これではプライバシーも何もあったものではないと思うが、彼は昔からこうなので今更言っても仕方がないことだと理解している。苦笑い気味に肩をすくめた。
「相変わらずノックしてから入室するまでが早すぎるんだよなぁ、オスマンは」
現われたのは彼の主治医であるオスマン・ブルーノだった。背が低くポッチャリした卵型の体形で、そして見事に頭が禿げ…もとい、ツルツルに光っている。口元には立派な髭を生やしており、なんだか昔物語で呼んだことのある塀に座った卵を思い出してしまうので、ひそやかに彼のことを「ミスター・ハンプティ」と呼んでいる。オスマンは髭を弄りながらベッド脇にある椅子に腰かけて鼻を鳴らした。
「それは失敬しましたな、リチャード殿下。では早速検温を。」
「あらー、もはや聞く気がないもんね。はいは~い、分かってるよ。コホッ、」
そんなミスター・ハンプティに言われるがまま、検温計を受け取って脇に挟む。しかし僅かばかりに咳をしただけなのに、彼の瞳がキラリ、と怪しく光った。嫌な予感だ。
「………殿下、もしやまたわたしに内緒で魔法を使っていましたな?」
「んー?さぁ?俺にはサッパリ、何のことだか~」
ほら見ろ。まったく、このタマゴはかなり勘が鋭い。
…でも仕方がないじゃないか。せっかくの弟の誕生日だというのに、列席することが出来なかった。王である父上も忙しくて参加出来ないし、学園にいる兄上だってそうだ。そうなればせめて自分が参加して盛大に弟を祝ってあげなくてはと意気込んでいたというのに、体調不良による不参加。身内の参加者は誰ひとりとしていないのだから、ただでさえ卑屈なところのある弟のことだ、きっとまた自分だけで抱え込んでしまうに違いない。
生まれつき魔力を持たないがために魔法をまったく使えない弟には、魔法音声は勿論使えない。ならばせめて自分がお祝いの言葉を集めて弟に送ってあげなくてはと思ったのだ。だがこの様子では説教が長引いて、彼にボイスレターを渡す事が出来るのは明日あたりになりそうである。
1人でパーティーに参加する弟の姿を想像して、少年…否。ファリドナ王家の第二王子であるリチャード・ファリドナは、端正な顔を歪めて浅く息を漏らした。
「誤魔化しても無駄ですぞ、リチャード様!!!まったく、看病をするこちらの身にもなってみて頂きたいものだ…!そもそも、弱っている時に魔法を使うなど自分の首を自分で絞めているようなものなんですぞ!御身を一番に考えてこそのものだと…………聞いておりますかな!?!?」
…あーあ。
お小言は、まだまだ長くなりそうだ。
***
盛大なファンファーレが鳴り響いたかと思うと、それに伴って室内に一気に拍手喝采が沸き起こる。正直、あまりの盛大さにこっちが驚いてしまったくらいだ。
ゲームをプレイしていたわたしはヒューバートの生い立ちはよく知っている。ファリドナ王家の第三王子でありながら、魔力を持たない愛妾の子。出来損ないとして周囲から冷たくあしらわれ続けたことで将来、根性のねじ曲がった我儘で俺様な男になってしまう…という設定だったはずだ。
そんな前知識があるものだから、てっきり、もう少し静かで侘しい感じだったのだろうかと勝手に想像していたのだが…。思いのほか誕生日パーティーはそれなりに盛り上げっているように見える。
(でも…)
ワッと歓声を上げる大人たちを横目に、わたしは若干の居心地の悪さを感じていた。
…だって、なんだかこの人たち、本当に心からお祝いしてる顔には見えないんだもの。笑顔を張り付けてはいるけど、それがかえって怖い。その笑顔の下にある本音が、黒い影のようにチラついて見える気がして。わたしは大人たちから離れるように一歩後ずさりをして、お母様の隣に逃げた。
そんな私をよそに拍手は鳴りやみ、急に室内が静寂に包まれた。カツカツと大理石を歩く靴音がして、それと同時にまだ幼さの残る少年の声が響いてくる。
「…今日は遠路はるばる、俺の誕生パーティーに集まってくれたこと、心から御礼申し上げる。国王陛下や兄上たちは多忙のため顔を出すことが出来ないとのことだが、皆にはくれぐれもよろしくと申していた」
まだ10歳だというのにこれだけの大人数を前にしてもハッキリとした口調と挨拶。言い方が少しばかりぶっきらぼうであまり愛想が良いとは言えないが、10歳の少年の挨拶にしてはかなりしっかりしている。流石は王子様といったところだろうか。
うーん…というか、肝心のヒューバート王子の姿が見えないのですが…。周りにいるのは皆背の高い大人たちばかりだったので彼の姿はまったく見えない。少しつま先立ちをしてみるものの、そんなものは結局虚しい努力である。わたしは口の中で呻った。
勿論、ゲームの中での彼の姿ならば分かる。唯一攻略したことのあるキャラクターだし、容姿も性格も熟知しているつもりだ。だがしかし、問題はそこではない。忠実では見ることの出来なかった彼の貴重なショタ時代…それを今、この瞬間に拝めるのだ。そこはやはり「マージナル・ラヴァーズ」のいちファンとしては少し…いや。大変、興味がある!
不謹慎と思われるかもしれないが、なにせわたしは腐っても乙女。転生しようが、その転生先が公爵家のご令嬢だろうが、そんなことは関係ない。心の中の真のわたしは隠しきれない乙ゲーファンなのだから。死亡フラグを回避するためにもヒューバートと絡むようなことは避けようと決めているが、せめて遠巻きに眺めるくらいならば許されるだろう。
「シャルロットちゃん、ヒューバート様のご挨拶が終わったらいよいよダンスパーティーよ。素敵な方と沢山交流出来るといいわねぇ」
小声でお母様がそんなことを言ってきたのでとりあえず笑顔で誤魔化しておいたが、わたしは出来ることならダンスなどしたくもないので、極力部屋の端の方で影をひそめていようと心に決めていた。あんな頓珍漢なダンスを披露したら、ランヴィア家の恥になってしまいそうだしな、うん。もともと社交界というのは素敵な殿方と出会ったり、結婚相手を見つけたりする場でもあるらしいが、わたしはそんなこと微塵も望んでいないし。
「…挨拶は以上だ。各々、楽しんでいってくれ」
そんなことを考えているうちに王子の挨拶は終わってしまったらしい。周りの大人たちが一斉に頭を下げたので、状況を飲み込むまでに時間がかかったわたしはワンテンポ遅れてしまった。だがその瞬間、急に視界が開けて、真っ直ぐにヒューバートの姿が目に映った。
そして―…思わず、息を飲んだ。
冬の夜空を零したような深い藍色の髪…そして彼の芯の強さを表すかのような金色の美しい瞳。左目の下の泣き黒子がまた艶っぽい。まだ僅か10歳の少年王子ではあるが、この完成された顔立ちは見る者を魅了するには十分過ぎるほどだ。ゲームの中でずっと追いかけていた推しの幼少時代を、よもや実際にこの目で拝むことが出来ようとは。
(―……ああ、)
間違いない。彼があの、ヒューバートだ。彼の幼少期だ。
……なぜだろう。自分でも理由は分からないが、胸の奥にグッとこみ上げてくるものがあって、不覚にも泣いてしまいそうな感覚に陥る。わたしはしばらく目を離すことが出来ず、茫然と立ち尽くして彼の姿を見つめていた。
こちらの視線に気がついたのか、彼も頭を垂れる群衆から目を離してこちらを見ていたようだった。金色の瞳とバッチリ目があってしまい、そこでようやく自分だけが頭を下げていなかったことを思い出して、わたしは慌てて頭を下げた。次にチラリと盗み見た時には既に退席してしまっていて、もう姿はなくなっていた。
「あれ…ヒューバート様はどちらに?」
「ヒューバート様はお召し物を替えに行ったんだと思うわ。先程着ていらしたのは王家の正装であって、ダンス用にはまた違った服を着ていらっしゃるのよ~。よくあることよ」
なるほど。結婚式のお色直しみたいなものか。お母様の解説に納得していると、次第に会場内には優雅な音楽が流れ始めた。大人たちは皆シャンパングラスを片手に、各々談笑を始めている。わたしがキョロキョロとあたりを見回していると、隣でお母様が思い出したように口を開いた。
「…あ、そうそう。そういえばさっきエドモンド卿とお話してた時にね、シャルロットちゃんもヒューバート様と一曲躍らせて頂けることになったのよ。エドモンド卿はヒューバート様の教育係をしてらっしゃる方で、殿下からの信頼も篤い方なのよ~。ふふ、人脈って作っておくものよねぇ…良かったわね、シャルロットちゃん。仲良くなれるといいのだけど~」
「ああ…そうですね~~~…。って……えっ????」
お母様はにっこり笑顔で言うと白い羽の飾りがついた上品な扇子で口元を隠して優雅に微笑む。対してわたしはというと、突然投下された爆弾発言に完全に思考停止していた。
―…いや。いやいやいや!!!
んん?聞き間違い?わたしの聞き間違いかな、今の。なんだかさっき、お母様の口からとんでもない言葉が発せられた気がしたけど?聞き間違いでなければさっき、お母様は「ヒューバート様と一曲ダンス」とか、不穏なワードを言ってなかった?
……これはあれだ。ダンスパーティーへの強制参加の指示が出た時と同じ。いや~なデジャヴを感じるぞ!!わたしは目を白黒させてお母様に講義すべく首を振った。
「お、お母様!?ヒュバート様とダンスだなんてわたしは何も聞いて…!」
「あらジュリア様ごきげんよう」
「ごきげんよう、ジュリア様!相変わらずお美しくて羨ましいですわねー!」
「あらあら~。これはお久しぶりですわ、ターナー夫人にアメリア夫人。ごきげんよう」
流石は社交界の華と呼ばれるだけのことはある。わたしが猛抗議をしようと声をあげたにも関わらず、気がつけばお母様の周りにはあっという間に人だかりが出来てしまった。わたしはその輪から完全に放りだされてしまい、遠ざかるお母様を前に心の中で絶叫するより他ない。
(かっ…勘弁してよマイマザァァァ~~~~!!!!!)
…圧倒的大波乱の予感。
まだまだパーティーは、始まったばかりです。(死)
いよいよ始まってしまうパーティー。
新キャラも続々登場していきますよ~!
冒頭に第二王子リチャードもチラッと出ました。お気に入りの子なので書くのがとても楽しいです^^
今回はいつもよりも少し長めのお話になりましたが、楽しんで頂けたら幸いです。
それにしてもジュリアお母様はいつも突然爆弾を投下してくる爆撃機のような人ですね。←




