第十七話 蝙蝠襲来(4)
今回は、ついにあの人が登場します!
蝙蝠編は、これを含めて後三話程です。
「私の狙いは……時間稼ぎだよ」
私のその言葉を聞いた瞬間、ハノンちゃんは大きく目を見開いた。
「時間、稼ぎ……?」
「うん、そうだよ」
ハノンちゃんのその問いに、私はしっかりと肯き返す。
確かに、私達三人じゃあの合成獣に“勝つ”ことは不可能に近い。
けど、“負けない”だけなら、私達だけでも出来る可能性がある。
だからこそ、私は四つの選択肢の中から、この答えを選んだのだ。
が、しかし──、
「あ、彩那ちゃん? 時間稼ぎって……大丈夫なの?」
──ハノンちゃんは、どことなく不安そうにそう聞いてきた。
それもその筈、時間稼ぎという戦法は、“時間が経つと戦況が変わる”ことを前提として戦うモノだ。
じゃないと、時間を稼ぐ意味なんて存在しない。
だから、それを理解しているハノンちゃんは、私にそう質問をしたんだろう。
しかし、それでも私はハノンちゃんにしっかりと肯き、そして聞いてみた。
「ねぇ、ハノンちゃん。何か忘れてない?」
「え? 白鏡さん、それってどいうこと……?」
「……ここって、今は貸し切り中なんだよね。クローに」
「あぁっ!? それって……」
「そう」
何が言いたいか気付いたであろうハノンちゃんに、しっかりと頷きながら私は言う。
「少なくとも、後十分以内には、風紀委員かクローが絶対に来る! だから、それまで何とか持ちこたえるの!」
それからの三人は、見事と言うべき連携で、すぐに態勢を整え始めた。
『焼き尽くせ! “火炎波!』
「ありがとう、ガオンくん! ハノンちゃん、急いでガオンくんの後ろに……あ、いや、出来ればそこの剣を一つ取って来て!」
「分かった! ……え? でも、どんな剣を?」
「ガオンくんが使ってるのと同じヤツを!」
「えっと……これでいい?」
「うん、それでいいよ」
私は、ガオンくんの後ろに回り込みながら、ハノンちゃんから剣を受け取る。
すると、ハノンちゃんは少し首を傾げながら聞いてきた。
「あの……白鏡さん? それ、どうするつもり?」
「え? ……あぁ! ハノンちゃんは知らないよね」
「? 何のこと?」
「えと、まぁ、見てて」
私はそう言うと、躊躇無く左手の人差し指にその剣を滑らせる。
「あっ!?」
ハノンちゃんが驚いた声を上げるが時既に遅く、その剣に私の血液が流れ始める。
その刃と、刀身に走る真紅の刻印に。
それを見た私は、少し狼狽しているハノンちゃんを尻目に、“詠唱”を始めた。
『“風紀委員”彩那・アリア・白鏡の名と血の下に、抗魔刻印の解除を命ずる!』
……と、そう言った瞬間、刻印の色が徐々に、真紅から純白に変わって行く。
すると、それを見ていたハノンちゃんが、目を丸くしながら聞いてきた。
「え!? これってどういうこと、白鏡さん!?」
私は、人差し指の先から溢れ出す鮮血を舌で舐め取ると、ハノンちゃんの問いに答えた。
「今のは、抗魔刻印を解除したの」
「抗魔、刻印……?」
「ほら、その剣の刀身にあった紅いの。他の武器にもあるでしょう?」
「え? あぁ、うん」
「それって、模擬試合で使う武器に刻んであってね、それで付加魔法が“付与”されないようにしてるんだけど」
「その刻印が?」
「そう。それで、生徒会と風紀委員会のメンバーには、その刻印を解除する権限を与えられるの。だから……」
私はそこまで言うと、防御魔法で合成獣を牽制しているガオンくんに、剣を投げ渡しながら言った。
「ガオンくん! それ、普通の剣として使えるから!」
「おぉっ! 助かるぜ!」ガオンくんは、空中にあるそれをキャッチすると、私に向かってそう言い、先程まで持っていた剣を投げ捨てながら“詠唱”を開始した。
『燃やし尽くせ! “炎鞭”!』
その言葉と共に、刀身に魔法陣が展開され、次いで発現された炎が集まり、刀身を鞭状に変化させる。
それを見た私は、ガオンくんに向かって叫ぶ。
「ガオンくん! 合成獣が翼撃を打とうとしてるから、迎撃をして!」
「了解!」
――ヒュンッ!
「――ッギャォォォォウ!」
私の言葉を聞いたガオンくんは、“火炎波”越しに“炎鞭”を振るい、合成獣の翼撃の阻止に成功した。
それを見ていた私は、小さくガッツポーズをした後、二人に次の指示を出す。
「ガオンくん! その方法で十分相手を牽制出来るから、可能な限り時間を稼いで! ハノンちゃん! その間に、私達は魔力の回復に徹底!」
「「了解!」」
二人の返事を聞いた私は、ガオンくんのことを信じて、その場に座って目を閉じた。
そのまま、焦る心を何とか落ち着かせていく。
すると、徐々にだが、体の奥底から魔力が溢れ出してきた。
――瞑想。
感情をコントロールすることによって魔力を回復する、特別な技術である。
中等部の頃、クローにこの技術を教えて貰っていた私は、急いで、しかし決して焦らず着実に、魔力を回復していっていた。
「グッ、ルォォゥ……」
その様子を見て焦ったのか、合成獣が再び翼撃の構えを取ろうとする。
しかし――、
「させるかっ!」
「ギャォゥッ!?」
ガオンくんが鞭を振るい、その行動を牽制する。
それにたじろいだ合成獣が、一旦後ろに退く。
それを見た私達は、一瞬だけ歓喜の表情を浮かばせる。
――が、次の瞬間。
『蠢け――』
合成獣の胸にある蝿の頭が、再び“詠唱”を始めた。
私達は、表情ごと体の動きを硬直させる。
が、いち早く正気に戻ったガオンくんは、私とハノンちゃんに向かって、大声で呼び掛けてくれた。
「ハノン! 風紀委員ちゃん! 防御魔法を!」
「――り、了解!」
「う、うん!」
おかげで、私達も自分が何をするべきか思い出せた。
私とハノンちゃんは、急いで魔法陣を展開させようとする。
――が、その直前。
あることに気付いた私は、ハノンちゃんに向かって叫んだ。
「ハノンちゃん! さっきは“水壁”を使ってたけど、確か闇属性魔法も使えたよね!?」
「え? あ、うん!」
「じゃあ、そっちの防御魔法を使って! 水だと、ガオンくんの火と相性が悪いから!」
「わ、分かった! けど、それだと、白鏡さんの光と相性が悪くならない?」
「大丈夫! 私も闇を使うから!」
そこまで言うと、ハノンちゃんは小さく首を縦に振って、改めて魔法陣を展開し始めた。
私も、急いでそれに続く。
そして――、
『守って! “闇壁”!』
『響き渡れ! “闇壁”!』
『――“錆朽騒音”!』
三つの魔法が発現したのは、ほぼ同時。
しかし、なんとか間に合ったようだ。
“錆朽騒音”は最初から発現してあった“火炎波”と、私の“闇壁”を貫いた。
が、その二つで威力の大半を削ぎ落としたおかげか、ハノンちゃんの発現した“闇壁”と拮抗する。
そして……何とか凌ぎきった。
「よっし!」
「「やった!」」
それを見た私達は、思わず歓喜の声を上げる。
そして、その次の瞬間。
「グッギヤァァァアアッ!!」
「………………え?」
気付いたら、ガオンくんの体が、宙に浮かび上がっていた。
「………………え?」
それを見たハノンちゃんが、先程ガオンくんが漏らした疑問の声と、全く同じ声を零す。
しかし、私はそれを尻目に魔法を展開していた。
『響き渡れ! “陽光防壁”!』
「グギャッ!?」
そして、そのおかげで合成獣の追撃の阻止に成功する。
それだけ確認した私は、アイコンタクトだけで、ハノンちゃんにガオンくんの手当てを指示する。
それを見たハノンちゃんは、私に向かって一度頷くと、すぐに右手に魔法陣を展開させた。
『守って! “治癒”!』
魔法陣から零れ出た淡い水色の光が、ガオンくんの体中にある傷を癒していく。
数秒後、ガオンくんが痛む体を摩りながら起き上がった。
ハノンちゃんが、すぐにガオンくんに聞く。
「大丈夫、ガオンくん?」
「あぁ、大丈夫だ、ハノン。それより風紀委員ちゃん、そっちは?」
「なんとか耐えてるけど、そこまで持ちそうにない」
「……よしっ! 俺に任せろ!」
ガオンくんは、そう言いながら勢い良く立ち上がると、すぐに詠唱を開始した。
『燃やし尽くせ! “炎鞭”!』
「ガウッ!?」
再び、炎の鞭で合成獣を打ち付けるガオンくん。
しかし、先程と違い、合成獣は鞭に怯みもせず、執拗に突進を続けてくる。
「くっ、そ……っ!」
――ヒュヒュンッ!
鞭のスピードを更に上げ、より強い連撃を合成獣に打ち付けていくガオンくん。
これは流石に聞いたのか、合成獣は“陽光防壁”から離れていく。
が、次の瞬間、合成獣は怒りで燃え盛る瞳で私達を睨み付けると、再び突進の構えを取った。
「こんのっ……往生際の悪いっ!」
それを見たガオンくんが、再び合成獣に鞭を振り下ろして……直後、それが失敗だということに気付く。
「ギャアス!」
「なっ!?」
ガオンくんの鞭が合成獣の翼に当たりそうになったその瞬間、突如体を翻した合成獣が、その足で簡単に鞭を掴み取ったのだ。
「くっ……!?」
それを見たガオンくんは、慌てて鞭から手を離そうとする。
が、それより先に、合成獣が新たな詠唱を始めた。
『蠢け! 氷結呪!』
「んなっ……!?」
その詠唱の終了と同時に、ガオンくんが動きを止める。
それを見て嫌な予感がした私は、すぐにガオンくんに聞いた。
「どうしたの、ガオンくん!?」
「か……体が、動かねぇ!!」
「「えっ!?」」
その言葉を聞いた私とハノンちゃんは、揃って驚愕の声を上げる。
どうやら、合成獣が先程使った“氷結呪”という魔法は、相手の動きを止める付呪系統の魔法らしい。
とてつもなく厄介な魔法だ。
私は、急いでガオンくんの傍まで駆け寄ると、魔法陣を右手に展開しながら言う。
「待ってて、ガオンくん! 今から解呪するから!」
「た、頼……って、うわぁっ!?」
しかし次の瞬間、まるで合成獣が解呪の邪魔をするかのように、掴んでいた鞭ごとガオンくんを引きずり始めた。
「――っ!? は、ハノンちゃん!」
「う、うん!」
それを見た私とハノンちゃんは、急いでガオンくんの体を押し止めようとする。
が、女の子二人が、合成獣との力比べで勝てるワケもなく、ガオンくんはそのまま“陽光防壁”の向こう側まで引きずり出されてしまう。
「「ガオンくんっ!?」」
あまりのことに、思わず恐怖の声を上げる私達。
それに気付いた合成獣は、まるで私達を嘲笑うかのように口元を歪めると、最初に使っていた騒音を発し始めた。
「ぐっ!?」「きゃあ!」「いやっ!」
再び引き起こされた激しい頭痛に襲われた私は、抵抗もままならないみに床に膝をついてしまう。
『ひ……響き渡れ!』
私は咄嗟に魔法陣を展開させ、再度“消音波”を発現させようとした。
しかし、その直前で、あることに気付く。
合成獣が、再び魔法を発現しようと、魔力を溜めているのだ。
――今、誰かが助けないと、ガオンくんは合成獣の餌食になる。
――けど、ハノンちゃんにそれは出来そうにない。
――だったら、私がやるしかない。
決断は、一瞬だった。
私は右手に展開していた魔法陣を消すと、両足に新たな魔法陣を展開して、叫ぶように“詠唱”した。
『――響き渡れ! “雷光靴”!』
「「えっ!?」」
二人の驚く声が、耳の中に入って来る。
が、幼馴染の得意とする雷属性の魔法を纏った私は、それを無視して“陽光防壁”を飛び出すと、合成獣の足元にいるガオンくんを突き飛ばした。
「おうっ……と!!」
突き飛ばされたガオンくんは、運よく“陽光防壁”の内側に入れたようだ。
それを見た私は、一度安堵の溜め息を吐くと、最後の目的を果たすため、すぐさま体の向きを反転させる。
それは――、
「急げ! 風紀委員ちゃん!」
「早くこっちへ!」
――私に手を伸ばしてくれる二人の元に戻って、三人全員が無事に帰る為。
だからこそ私は、大きく跳ぼうと足に力を溜めて――、
『――蠢け、“氷結呪”』
――気付いた時には、合成獣の魔法を喰らって、体の動きが止められていた。
「………………え?」
思わず、口元から些か間の抜けた声を漏らしてしまう。
――え? 合成獣が溜めていた魔法って、ガオンくんに止めを刺す魔法じゃなかったの?
――合成獣が用意していたのは、私を捕まえる為の魔法だったの?
――――――もしかして、合成獣は最初から、私だけを狙っていたの?
そこまで考えた瞬間、合成獣がまるで私の心の裡を読み、あたかも“ご名答”と言いたげに口を歪めた。
次の瞬間、
「――――――――――――――――――――――ッッッッッ!!!?」
とてつもない恐怖に襲われた私は、一瞬でパニックを起こして、思考能力を放棄してしまう。
「――ぃやっ! やだっ! 何で!? 嘘っ!? 嘘だよねっ!? そうだよねっ!? ねぇ、そう言ってよ! お願いだからっ!」
「オ、オイ! 風紀委員ちゃん!?」
「白鏡さん、落ち着いて!」
二人が私に何かを呼び掛けてくるようだが、頭の中が真っ白になっているせいで、会話の内容が全く頭に入ってこない。
……けど、ただ一つだけ。
――“絶体絶命”という文字だけが、頭の中に浮かんでいた。
合成獣が、再び魔力を集め始める。
今度こそ、私に止めを刺す為に。
――ガオンくんは、“氷結呪”のせいで動けない。
――ハノンちゃんにも、決定打となる攻撃魔法が放てない。
――だからこその、絶体絶命。
合成獣が、勝利を確信してか、ニヤリと笑う。
私は、心を絶望で支配され、ただあることだけを後悔していた。
――幼馴染に、あの言葉が言えなかったことを。
『蠢け――』
合成獣が、“詠唱”を開始する。
それを見た私は、怖くて、悲しくて、どうしても幼馴染にあの言葉が伝えたくて――呟いた。
「助、けて……!」
その言葉を聞いた合成獣が、その下卑た笑みをより深くさせる。
何故なら、その台詞は本来誰にも届かない筈の、意味のない台詞だったからだ。
しかし、それでも。
――彼は、その願いを叶えてくれた。
『――“錆朽――――』
合成獣が、その魔法の名を告げようとしたその瞬間。
『――“絶攻雷”、スタート!!!』
――突如現れた雷の大槍が、合成獣を背後から貫き通し、思い切り吹き飛ばした。
「「「えっ……!?」」」
ガオンくんも、ハノンちゃんも……そして私も。
一瞬、何が起こったのか分からなかったので、皆一様にポカンとする。
が、次の瞬間には一斉に、雷の槍が飛んで来た方向――扉のある場所を見た。
そして――、
「ぅ……あっ……!」
――そこにいる彼を見た瞬間、私は思わず涙を流してしまう。
気付いたら、私の大好きな幼馴染――神刃 クローが、そこにいた。
活動報告!
先日、新作“シロガネの契約者 〜神白 銀架のComplexion〜〜を投稿しましたので、是非、そちらも読んで見て下さい!
それでは、次回“蝙蝠襲来(5)”をお楽しみに。
以上、現野 イビツでした!