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2:凍てつく筋肉

「オラオラオラァ!! 筋肉が唸る! 大胸筋が熱いッ!!」


 俺の名前はサルコ・メア。

 見ての通りの超絶マッチョだ。

 人類の希望を、肩のショベルカーに背負った勇者パーティの戦士である。


 自慢じゃないが、今の俺の体脂肪率は驚異の3%。

 今朝、鏡の前で三十分かけて入念にポージングしながら測ったから間違いない。

 全身に張り巡らされた血管は、まるで世界地図のように浮き出ている。

 俺が呼吸をするだけで大胸筋がピクピクと躍動し、一歩踏み出すたびに、魔王城の分厚い石畳が「バキン!」と悲鳴を上げて砕け散る。


 これだ……これこそが戦士の極致ッ!

 筋肉こそが、すべてを解決する。

 圧倒的なバルク! 完璧なカット! そして爆発的な筋肥大!

 これらこそが、この混沌とした世界に平和をもたらす唯一の道なんだ!!


 愛剣『マッスル・デストラクション3000000』。

 重量はなんと、驚異の300キログラムである。

 刀身は無駄に分厚く、装飾には意味もなく純金が使われ、使いやすい重心なんてものは完全に無視されている。

 常人なら持ち上げようとした瞬間に脊髄が粉砕される代物だが、俺にとっては最高のダンベル……いや、最高の武器だ。

 質量がすべてを薙ぎ払う!!


「ウオオオオォォッ!!! 喰らえ魔王! 正義と、俺の筋肉の結晶を!!」


 俺は最前線で、喉が裂けんばかりの咆哮を上げた。

 まずは自慢の大胸筋をこれでもかと膨らませ、敵にその美しさを見せつける。

 うん、今日もいいハリだ。

 そして一度スッと力を抜き、今度は広背筋と腹直筋にバキィッ!と再度力を込め、300キロの大剣を上段から渾身の力で振り下ろした。


 なぜわざわざ大胸筋を膨らませるワンクッションを入れたのかって?

 やはり大胸筋が一番カッコいいからな!!

 戦いは力だけじゃない、美しさ……いや、筋肉の魅せ方も重要なのだ!

 これこそが頭脳と筋肉をどちらも鍛えた俺の答えだ!!


 俺の先陣を切る攻撃に合わせ、後方で聖女ユーフィリアが祈りを捧げる。

 彼女は、透き通るような銀髪に、純白の聖衣を纏った、まさに神の使い。

 ただしその聖衣、俺からすると質量のないその服は布切れ同然だが、無駄にフリルとリボンが多く可愛らしいくも清楚だ。

 あまり詳しくはないが、その清楚さから神聖さを生み出しているのだろう。流石だ!


「希望の翼、お願い……みんなを守って…!」


 ユーフィリアが両手を胸の前で組み、涙ぐみながら天を仰ぐ。

 ああ……完璧な角度だ。


 すると彼女の背後に、魔力で編み上げられた巨大な6枚の光の翼が現れた。

 その翼から溢れ出すキラキラとしたオーラが、パーティ全員を包み込み、俺たちの心に圧倒的な無敵感を与えてくれた。

 なんかスゲェ守られてる感が俺の筋肉にいいリラックス効果を与えてくれる。


 魔法使いのカロリアも優雅なステップを踏みながら杖を振るう。

 彼女は、誰もが振り返る絶世の美女だ。

 完璧なプロポーション、透き通るような白い肌。

 そんな彼女が魔法を放つ姿は、その美貌も相まって「まるで一枚の絵画のようだ」と吟遊詩人たちから絶賛されている。

 うん……筋肉の良さしか分からない俺でも、その美しさはなんとなくわかるぞ!


「行くわよ…これが千年の魔法体系の極意…!」


 カロリアの赤い唇から、艶やかな声が紡がれる。

 彼女の持つクリスタルの杖から、繊細な魔力線が放たれた。

 その線は空中で七色に分かれ、まるでリボンのように舞い踊り、そして複雑に重なり合いながら、緻密で美しい幾何学模様の魔法陣を編み上げていく。

 魔法陣の角の一つ一つ、魔力線のカーブの美しさに至るまで、一切の妥協がない。

 王国誕生以前より塔の学徒によって研鑽され続けた魔法理論の最後のピースを、自身が導き出した最後の方程式を用いて、彼女は最も優雅な大魔法を繰り出そうとしている。


 そして……

 新緑の風を思わせる輝く存在の彼が、バサァッ!とマントを翻し、聖剣を天に掲げている。

 もちろん、風など吹いていない魔王城の地下深くなのに、なぜか彼のマントは常にカッコよくはためいている。

 髪はサラサラとなびき、その整った顔立ちは、どんなに絶望的な状況でも主人公のオーラを放っている。

 俺達の主人公、全人類の希望「勇者エアロ」だが、その力を解き放とうとしていた。


「聖なる裁きを……! 『ジ・エンド・オブ・ディザスター』!!」


 エアロが、無駄にキレのあるポージングと共に必殺技の名を叫ぶ。

 嗚呼ーーーカッコいい。

 名前も、演出も、エアロの金髪のなびき方も。

 文句の付け所がない、まさに完璧な「勇者の一撃」だ。


 彼の掲げた聖剣の刃からは、直視できないほどの純白の閃光が溢れ出し、空間を震わせている。

 ユーフィリアの光の翼、カロリアの七色の魔法陣、そしてエアロの聖剣の閃光。

 そこに俺のテカテカに光る筋肉の汗が加わり、パーティの連携は最高に頂点に達していた。


 俺たちの勝利を、この輝きが証明している。

 魔王城の最深部、常に闇に包まれている禍々しいはずの玉座の間は、もはや俺たちの放つ光の洪水で何も見えなくなっていた。

 勝利は目前だった。


 いや…これはもう、勝ったな!


 これで世界に平和が訪れ、俺のこの究極の筋肉は、世界を救った伝説の肉体として後世に語り継がれるのだ。

 銅像を建てるなら、大胸筋は三割増しで盛ってもらおう。


 誰もがそう確信した、その時だった。



「―――弱いな」



 その声は、爆音でも怒号でもなかった。

 だが、地鳴りのように俺たちの腹の底に、いや、魂の底に響いた。

 まるで絶対的な冷水に頭まで沈められたような感覚。

 空間を埋め尽くしていた俺たちの光の奔流が、一瞬にして、ひび割れ、砕け散り、どす黒い「闇」に塗り潰されていく。


「な……にっ!?」


 俺は思わず動きを止めた。

 突如吹き出した闇。

 そして微かに届いく視界に映ったものは、まさしく「絶望」という概念が実体化したかのような存在だった。


 山のように巨大な体躯。

 俺の三倍以上はあるだろうか。

 漆黒の重厚な甲冑からは、ドロドロとした、呼吸するだけで肺が腐りそうな瘴気がとめどなく溢れ出している。

 兜の奥で赤く光る双眸は、怒りも、憎しみも宿していなかった。

 そこにあるのは、ただの冷徹な観察者の目。

 俺たちを、道端の「虫ケラ」としか認識していない、絶対者の眼差しだった。


 これが……魔王軍の頂点。

『魔王デセンテス』……。

 理屈なんて存在しない、純粋な悪の化身。


「我の覇道を妨げようと名乗りをあげたのが、貴様らのような羽虫とはな……ああ……嘆かわしい……」


 魔王デセンテスが、玉座からゆっくりと立ち上がった。

 ただそれだけで、空間の圧が跳ね上がる。

 バキンッ!という甲高い音が響いた。


「え?」


 ユーフィリアが展開していた、あの神々しい6枚の光の翼。

 それが、魔王が立ち上がったというただそれだけの余波で、ガラス細工のようにパリンと砕け散ったのだ。


「きゃあぁぁっ!?」


 翼を失った反動で、ユーフィリアが悲鳴を上げてその場にへたり込む。

 絶望感が彼女を襲い、無敵感が文字通り粉々になった。


「ユーフィリア!!」


 勇者エアロが血相を変えて叫ぶ。

 だが、魔王はもう動いていた。


 速いなんて次元じゃない。

 巨体が動いたはずなのに、風切り音一つしない。

 空間そのものを跳躍したかのように、巨大な魔王が、次の瞬間にはエアロの目の前に立っていた。


「聖なる光?……笑わせるな」


 魔王の、それこそ丸太のような太さの腕が、無造作に振るわれる。

 そこには、エアロのような華麗な剣技も、必殺技の叫びもなかった。

 ただの裏拳。

 だが、そこに乗っている力は、俺たちの想像を絶するものだった。


 ガァァァァァン!!


「がはっ……!?」


 鈍い打撃音と共に、勇者エアロの身体が、くの字に折れ曲がった。

 風にはためくマントごと、彼は砲弾のような速度で吹き飛び、魔王城の分厚い石の壁を三枚ほどぶち抜いて、瓦礫の向こうへと消えていった。


「嘘……だろ……」

 あの無敵の聖剣が、飴細工のようにへし折れ、カラカラと虚しい音を立てて床に転がる。

 世界を救うはずの光が、あっさりと消え失せた。


「え、エアロォォォ!!」


 俺の頭に、カーッと血が上った。

 筋肉が怒りに打ち震える。

 仲間を……俺たちの勇者をよくもッ!!


 俺は300キロの大剣を構え直し、魔王に向かって全力で突進した。

 床が砕け、俺の巨体が弾丸となって迫る。


「ふざけるな魔王! 俺の大胸筋が生み出す、超重量級の一撃を―――」


 俺が渾身の唐竹割りを振り下ろそうとした、その時だ。


「目障りだ。それに……」


 魔王デセンテスは、俺の方を見向きもしなかった。

 ただ、冷たい視線をチラリとこちらに向け、呆れたような、ひどく理屈っぽい声で言った。


「大剣を上段から振り下ろす動作で大事なのは背中と腹筋だ。先程から見ていると、貴様、無駄に『大胸筋』を意識して胸を張っているだろう。そんなことをしている時点で、フォームが根本的に間違っている。筋肉の魅せ方にこだわって、力の伝達効率をドブに捨てているな。非効率の極みだ。」


「……えっ?」



 俺の動きが、ピタリと止まった。

 魔王の……いや、筋肉の真理を突いた完璧なダメ出し。

 図星だった。

 大胸筋をアピールしたいがために、俺のフォームにはコンマ数秒の無駄があり、さらに力のベクトルが分散していたのだ。


 精神的にも、物理的な筋肉の連携にも、致命的な隙が生まれた瞬間だった。


「何より、筋肉などーーー無駄だ」


 魔王が、指先からドス黒い炎の塊を、まるであくびでもするように放った。


 ドッゴォォォォン!!


「ごふぁっ!?」


 熱い。痛い。重い。

 俺の自慢の肉体……いや、見栄えだけを重視して鍛え上げた筋肉の鎧が、全く機能しない。

 炎の衝撃が腹直筋を軽々と貫通し、内臓を揺さぶる。

 俺の巨体は、ボロ雑巾のように宙を舞い、エアロとは反対側の壁に叩きつけられた。


「サルコッ!?」


 カロリアの悲鳴が響く。

 彼女の顔は蒼白だったが、それでも震える手でクリスタルの杖を構え、彼女の身に宿ったありったけの魔力を解き放った。

 彼女の周囲に展開された魔法陣へ、一つ一つが違う属性に完璧に偏極された魔力が七色のラインとして注がれた。


「大いなる魔の源泉よ、今こそ我が声に……! 味わいなさい、究極魔法―――セブンス・プリズム・エクリプスッ!!」


 極度に編曲した属性が魔法陣を通して再び収束される。

 そして放たれた輝きとしか表現できない魔力の本流が魔王を襲う。


 しかし、


「なんだその魔力量は……少なすぎる……雫ではないか……」


 魔王デセンテスが、心底ウンザリしたように溜息をつき、その魔力の本流をはらった。


 そう、鬱陶しい虫を避けるかのように片手で払ったのだ。


 カロリアの顔が、絶望に歪められる。

 人類が作り上げた魔法の最終到達点が、魔王にはまるでなんの影響も与えなかったのだ。


「あ……そんな……」


 魔王が顎をしゃくると、天井から無数の黒い雷が、カロリアめがけて雨あられと降り注いだ。

 それは、美しい軌跡も、派手な演出も一切ない、ただ「対象を破壊する」という絶望的な魔力の奔流だった。


「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」


「カロリアァァァ!!」


 俺は地面に這いつくばりながら、彼女の方へ手を伸ばした。

 だが、当然届かない。筋肉がピクピクと痙攣し、全く力が入らないのだ。


 鼓膜を破るような轟音と、焦げ臭い匂い。

 煙が晴れた後、そこには、見る影もなくボロボロになったカロリアが倒れていた。

 透き通るような白い肌は煤にまみれて黒ずみ、いつも完璧に手入れされていた美しい金髪は、チリチリに焼け焦げて鳥の巣のようになっている。


「……あ、あぁ……私の、お肌が……トリートメントが……」


 彼女は、自分の焼け焦げた髪に触れ、ポロポロと涙を流しながら、そのまま崩れ落ちて意識を失った。


 たったの一分。

 いや、数十秒だったかもしれない。


 俺たちが血の滲むような修行で手に入れた「誇り」と「強さ」が、

 正義だと信じて疑わなかった勇者パーティの威信が、

 それらすべてが、魔王デセンテスの圧倒的な暴力と、身も蓋もない「合理的な指摘」の前に、文字通りチリと化した。


「……脆い。あまりにも脆いな、人間よ」


 魔王が、地響きを立てながら、床に這いつくばる俺たちを見下ろす。

 その赤い瞳には、憐憫すら浮かんでいなかった。

 ただ、粗悪品を見つめるような、冷たい感情だけがあった。


「人間とは愚かなものだ……世界の理を知らず、ただの虚飾を纏ってここまで来るとは……」


 魔王デセンテスが両手を広げると、魔王城全体がズズズ……と低く鳴動し始めた。

 空間そのものが圧縮されるような、息もできないほどの圧迫感が俺たちを襲う。


 負ける。

 完膚なきまでに。

 俺たちが信じてきた正義……いや、筋肉は、ただの見せ筋であり、俺たちの戦いはただの「ままごと」だと、残酷なまでに突きつけられたかのようだった。


 意識が、遠のいていく。

 俺の、美しい大胸筋の時代が、終わる……。


 静かに目を閉じようとした、その時だった。


「もういいかな? ではこのゴミ達を掃除することにしよう」


 魔王デセンテスの冷酷な声が、薄れゆく意識を強引に引き戻した。

 薄く目を開けると、魔王が倒れ伏したカロリアに向けて、ゆっくりと右手を掲げているところだった。


 その手のひらに収束していくのは、黒い炎。

 先ほど俺の腹直筋を容易く貫通した、あの理不尽な熱量だ。

 呪文の詠唱も、魔法陣の展開もない。

 ただ「消去する」という目的のためだけに最適化された、純粋な暴力の塊。


(や、やめろ……ッ!)


 俺は叫ぼうとしたが、口から出たのはかすれた空気の音だけだった。

 筋肉が言うことを聞かない。

 指一本、ピクンとも動かせないのだ。


 黒い炎が、魔王の手から放たれた。

 一直線に、意識を失いかけているカロリアの可憐な姿へと迫る。


 ああっ、ダメだ!

 あの美しい金髪が! 完璧なプロポーションが!

 俺たちに美の何たるかを教えてくれた、あの芸術作品が燃えてしまう!!


「……駄目……駄目ッ!! させませんッ!!」


 その時、凛とした声が玉座の間に響き渡った。


 俺の視界の端から、ボロボロになった純白の聖衣を翻し、聖女ユーフィリアはカロリアの側で両手を前に突き出す。


「『ホーリー・イージス・リフレクター』!!」


 彼女の叫びと共に、淡い、しかし強固な光の壁が展開された。

 幾何学的な光の六角形が組み合わさった、聖なる防御シールド。


 ドッゴォォォォン!!


 黒い炎がシールドに激突し、凄まじい衝撃波が巻き起こった。

 熱風が吹き荒れ、ユーフィリアの銀髪が激しく煽られる。


「くぅぅっ……!!」


 ユーフィリアが、歯を食いしばりながら耐えている。

 彼女の細い腕が、震えていた。

 だが、シールドは破られていない。


(おおっ! ユーフィリア!!)


 俺は心の中で喝采を叫んだ。

 流石は俺たちの聖女だ!

 普段は後方で祈っているだけかと思っていたが、いざという時の防御力はハンパじゃない!


「ほう……? 苦しみを神の力へと変換したか」


 魔王デセンテスが、少しだけ感心したような声を上げた。

 だが、その赤い瞳に焦りの色は微塵もない。


「しかし、エネルギーの変換効率が悪い。まだまだ精神に依存しているせいで、出力にムラがありすぎる」


 魔王はそう呟くと、ほんの少し右手に力を込めた。たったそれだけでーーー


 ピキッ……。


 嫌な音がした。

 ユーフィリアの展開する光の壁に、亀裂が走ったのだ。


「ああっ……神様、どうか、力を……!」


 ユーフィリアが必死に祈りを捧げるが、亀裂は容赦なく広がっていく。

 光の六角形が一つ、また一つと砕け散り、黒い炎がジリジリと彼女の体に迫る。


「無駄だ」


 魔王は空いている左手をゆっくりと持ち上げた。


「次で終わらせよう」


 左手のひらに、今度は氷のように冷たい、青白い光球が生まれ始めた。

 炎と氷、二つの異なる属性を同時に、しかも無詠唱で展開しているだと!?

 どんな魔力回路をしてやがるんだ、こいつは!


「……させ、ないわよ……ッ!」


 見ると、倒れていたはずのカロリアが、フラフラと立ち上がっているではないか。

 顔はススだらけで、自慢の金髪はチリチリだが、その碧眼にはまだ闘志が宿っていた。

 カロリアが、ひび割れたクリスタルの杖を魔王に向かって構える。


「私の……究極の美を汚した罪……万死に値するわ……!」


 彼女が深く息を吸い込む。

 頼むぞ、カロリア!

 お前のその美しき魔法で、魔王の追撃を相殺してくれ!


「喰らいなさい! 『スターライト・ミラージュ……』!」


 カロリアが杖を振り下ろした。

 俺は、眩い光の奔流が飛び出すのを期待して、目を細めた。


 ポスッ。


 杖の先から、情けない音が鳴り、線香花火のような小さな火花がチロッと出た。

 それだけだった。


「…………え?」


 魔力切れだった。


 魔王デセンテスが、呆れたように溜息をつく。



「ここまでだな。さらばだ、虚飾の英雄たちよ」


 魔王が左手を振り下ろそうとした、その時。


「やめろォォォォォォォォッ!!!」


 瓦礫の山を吹き飛ばし、黄金のオーラを纏った男が立ち上がった。

 勇者エアロだ!!

 マントはボロボロになり、自慢のサラサラヘアーも砂埃にまみれていたが、その瞳の光は失われていなかった。


「俺たちの絆は……ッ! 俺達の旅路は……ッ! こんなところで終わらない!!」


 エアロが、折れた聖剣を握りしめ、魔王に向かって一直線に突進してくる。

 カッコいい! まさに主人公だ!


 だが……。


(……遠いかも)


 そう、遠いのだ。

 先ほどの魔王の裏拳で、エアロは壁を三枚ぶち抜いて彼方まで吹き飛ばされている。

 ここから魔王にたどり着くまでに、最低でも五秒くらいはかかる。


「……はぁ…」


 魔王の左手から、ため息と共に青白い光球が放たれた。

 狙いは、ユーフィリアとカロリア。

 その後ろにはちょっと遠い勇者。


 俺の頭の中で、走馬灯が駆け巡った。

 幼い頃のカロリアとの冒険。

 筋トレに明け暮れた日々。

 プロテインの最適な配合を研究した夜。

 勇者と聖女との初対面。

 勇者に大胸筋の形を褒められて、嬉しくて朝までポージングしたあの日。


 俺の筋肉は、ただ見せびらかすためのものだったのか?

 いや、違う!

 筋肉は、誰かを守るために鍛えるものだ!!


「ウオオオオオオオオオォォォォォッ!!!」


 俺の体の中で、眠っていた最後の筋細胞が目覚めた。

 火事場の馬鹿力。あるいは、筋肉の奇跡。


 俺は跳ね起きた。

 そして、床を蹴り砕き、カロリアの前に、弾丸のような速度で突進した。


「俺がッ! 俺の筋肉がッ! みんなの盾になるッ!!」


 そうだ、俺のこの分厚い大胸筋なら、魔王の魔法の一つや二つ、弾き返せるはずだ!

 俺は両腕をクロスさせ、胸の筋肉を極限までパンプアップさせた。

 完璧な防御フォームだ。

 さあ来い、魔王! 俺のバルクを見せてやる!!


 俺の巨体が、仲間の背後から、光のシールドの真横をすり抜け、最前線に躍り出ようとした。


 その時だった。


 俺の隆起した上腕二頭筋が、味方を守る光の壁に、ほんの少しだけ触れた。


 パリーンッ!!!


「…………え?」


 俺の耳に、ガラスが木っ端微塵に砕け散るような、派手な音が聞こえた。


 ユーフィリアの、あんなに魔王の炎に耐えていた絶対防壁。

 それが、俺の筋肉がかすった瞬間、内側から、いともたやすく粉々に砕け散ったのだ。


「えっ……? 私の、シールドが……?」


 ユーフィリアが、信じられないものを見るような目で、俺と、何もない空間を交互に見ている。

 俺も、自分の腕と空間と大胸筋を交互に見た。


「あ……」


 現実は非情だった。

 俺の突進によって、防御壁は完全に消失。


 シールドという障害物を失った魔王の黒い炎と青白い光球が、満を持して、俺たち三人に向かって真っ直ぐに飛んでくる。


「クソッ!! みんなッッ!」


 遠くから走ってくる勇者エアロの、絶望に満ちた叫び声が響く。


 魔王デセンテスでさえ、この予想外の展開に一瞬だけ目を丸くしていた。


「……」

「……」

「間に合ええええッッ!!」


 言い訳させてくれ!

 俺はただ、守りたかっただけなんだ!

 俺の筋肉が、なんか知らんけど異常な力を発揮してしまっただけなんだ!!

 筋肉よ!皆を守れ!がんばれ!


「ウ、ウオォォォォ……」


 魔王の左手が振り下ろされた。

 俺の最後の抵抗虚しく、黒と青の魔法の光が、俺の自慢の大胸筋に直撃した。


 ズガァァァァァァァァァァァンッッッ!!!


 魔王城の地下が、真っ青な光と、凄まじい爆発音に包まれる。


 熱と衝撃が、俺の肉体を、ユーフィリアを、カロリアを、そして遅れて突っ込んできたエアロを、まとめて呑み込んでいった。


 あぁ……。

 なんてこった。


 俺の、完璧に仕上がっていた筋肉が。

 俺たちの、正統派勇者パーティの栄光が。


 全部、全部凍りついていく。


 強い衝撃に吹き飛ばされながらも、すぐ背後に居たカロリアを抱き止める。

 ユーフィリアとエアロが青の奔流に飲み込まれ凍てついていく。


 すべての熱量が奪われ、絶対零度へと落ちていく。


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