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1:プロローグ『死神』

 空は、不吉なほどに赤く染まっていた。


 商業都市バンクロッタ。かつて大陸中の富が集まると謳われたその街は今、魔王軍の放った獄炎獣たちの咆哮と、逃げ惑う人々の悲鳴に包まれている。


「終わりだ……この街も、俺の商会も、すべておしまいだ……!」


 豪商マイザーは、燃え盛る倉庫を前に地面に突き伏した。

 だが、彼を絶望させているのは迫りくる魔物の軍勢だけではなかった。


 彼の目の前で、炎に巻かれる商品目録を冷徹にチェックしている男がいた。


 帝国の特使。

 仕立ての良いスーツを纏い、片手に帳簿を抱えた「外交官という名の取り立て屋」である。


「……マイザー殿。第七倉庫の絹糸は全焼と見なし、残存資産からは除外します。代わりに、未だ延焼を免れている北側の穀物庫ですが、これを我が国の『緊急防衛条項』に基づき、今この瞬間をもって差し押さえます。……承認のサインを」


「な、何を言っているんだ!魔物が、すぐそこまで来ているんだぞ!?今はそんな、商売の話をしている場合じゃ……!」


「いいえ、今だからこそです」


 特使は事務的な手つきで、燃え盛る炎の中で書類を差し出した。


「我が国の軍事的支援は、貴殿の商会が保有する『海上シルクロードの排他的営業権』を担保とした、いわゆるアセットバック証券として組成されています。我々の関心は貴殿の生命ではなく、毀損しつつあるこれら担保物件の残存価値を速やかに確定させ、流動性を確保することにあります。……サインを。手続きが遅れれば、戦域の不確実性がリスクプレミアムとして指数関数的に上乗せされ、貴殿のクレジットクオリティは回復不能なデフォルト状態へと陥るでしょう」


 マイザーは混乱した。

 魔王軍という暴力の嵐の中で、この男は「経済」という名の別の嵐を淡々と押し付けてくる。

 しかもよくわからない横文字が多い。

 なぜ高級なスーツをきた奴らは横文字を使うんだ!

 狂っている。かの王国、いや今やその経済帝国は、魔王よりも、炎よりも、ずっとずっと狂っている。


 マイザーが震える手でサインを走り書きした、その時だった。


 焼かれた街の赤いヴェールを切り裂き、二つの影が広場へと舞い降りた。


 一人は、銀色の髪を月光のように靡かせる、極めて背の高い青年だった。

 身長はかなりの長身。しかし、その身体は痛々しいほどに細い。

 頬はこけ、瞳の周囲には深い隈が刻まれている。

 身に纏う薄い黒の衣装は、彼の白い肌を際立たせ、まるでこの世のものではない「死神」のような退廃的な美しさを放っていた。

 その場にいるすべての戦士たちが、血と誇りにまみれたこの戦場にそぐわない美しさに息を呑む。

 嘲笑う者などいない。彼の放つ圧倒的な負の気配と、今にも消えてしまいそうな儚さが、敵も味方も見る者すべての本能に死の予感を植え付けていた。


 そしてもう一つ、その隣には静かに鎮座する、白く、あまりに巨大な”何か”があった。

 それは遠目には、陽光を弾く白磁の小山のようにも見えた。

 だが、近づけば誰もが、その異様な密度に肺を押し潰されるような錯覚を覚えるだろう。

 白く滑らかな皮膚に包まれ、あらゆる光を吸い込むかのように肥大したその輪郭。

 あまりにも太った女だった。

 それはもはや、肉体というよりは、莫大な魔力を封じ込めるために築かれた「生ける貯蔵庫」であった。

 彼女がそこに佇んでいるだけで、大気は重く淀み、周囲の空間が物理的な質量に耐えかねて歪んでいるかのような錯覚をマイザーに抱かせた。


 銀髪の青年は動かない。ただ、死神のような虚無を瞳に宿し、静かに戦場を俯瞰している。

 代わりに、その隣の「白き山」が、ゆっくりと、しかし確かな意思を持ってその両手を掲げた。


 瞬間。世界から音が消失した。


 衝撃波でも、爆発音でもない。

 高密度に圧縮された魔力が一気に解放され、大気そのものが悲鳴を上げて圧壊したのだ。

 鼓膜を震わせる低周波の振動が骨の髄まで揺さぶり、広場を埋め尽くしていた魔族たちの姿が、一瞬の閃光と共に、紙細工のように事象の彼方へと掻き消えた。


「な……っ……あぁ……」


 マイザーは喉を鳴らすのが精一杯だった。

 魔王軍の先遣隊が、塵一つ残さず「消去」されたのだ。


 だが、安堵の溜息をつく暇さえ与えられない。砂煙の向こう側、白いモノリスのように佇む女を見て、マイザーは幻覚を見ているのではないかという疑念に囚われた。


(あれ、先程よりも……縮んだのか?いや、そんなはずは……)


 魔法を放った直後の彼女の輪郭が、先ほどよりも僅かに、削ぎ落とされたように見えた。


 だが、それを確かめるよりも早く、広場の空気が凍りついた。


 空から、絶望が降りてきた。

 先ほどの爆発的な魔力の余波さえも冷たく鎮めるような、圧倒的な「死」の気配。 



「あっ……あぁ……ヴィ、ヴィクタスだっ……」



 広場に残っていた数少ない騎士たちは、握っていた剣を石畳に落とした。


 彼らの瞳からは光が消え、膝はガタガタと震え、もはや戦う意志どころか、生きようとする本能さえも霧散していた。

 民衆は悲鳴を上げることすら忘れ、魂を抜き取られた抜け殻のように、その場に崩れ落ちる。

 瓦礫の山の上に、その男はいた。漆黒の甲冑から溢れ出す瘴気が、バンクロッタの街を重く、冷たく塗り潰していく。



「……ネズミどもが、我が軍の猟犬を焼いたか」


 魔王軍幹部『ヴィクタス』。


 彼がそこに佇むだけで、周囲の温度は劇的に下がり、石畳は凍てつき、生き残っていた騎士たちの瞳からは完全に光が消えた。

 それはただの殺気ではない。存在そのものが「死」という確定した未来を突きつける、逃げ場のない絶望の重圧。


 マイザーは、心臓を冷たい指で直接掴まれているかのような錯覚に陥り、呼吸の仕方を忘れた。


 ヴィクタスが右手を掲げると、空を覆う赤い雲が渦を巻き、瘴気が凝縮された巨大な大剣がその手に成った。

 一振りすれば、街の半分が消し飛ぶだろう。誰もがそう確信し、祈ることすら止めた。


 絶望が支配する静寂の中、傍らにいた「白き山」が、音もなく動いた。

 彼女がその巨大な両手を、祈るように胸の前で組む。



 刹那。


 地鳴りのような、低い共鳴音が響き渡った。

 彼女の巨体から、目に見えぬほどの高密度な魔力が、奔流となって銀髪の青年へと流れ込む。

 青年の周囲の大気が物理的な重さを伴って激しく震え、彼が纏う黒い衣装が、内側から溢れ出す輝きに焼かれるように激しくなびいた。


 青年は、磁器のような白い指を、ゆっくりと腰の鞘にかける。


 ヴィクタスは、心底退屈そうに鼻で笑った。

「……それが貴様の最後の足掻きか。よかろう、その細い腕が折れる前に、我が漆黒の剣の錆としてくれる」


 魔王の幹部が、絶望の一撃を振り下ろそうとした、その刹那。

 青年は柄を抜き放った。


 鞘から現れたのは、鉄の塊ではない。

 銀色の、あまりにも細く、あまりにも儚い、一条の光。

 それは灼熱の風に吹かれ、心許なくヒラヒラとなびいているようにも見えた。

 武器と呼ぶことさえ躊躇われるほどに薄く、繊細な、輝く「何か」。


 青年が、微かに唇を動かす。言葉は、マイザーの耳には届かなかった。


 次の瞬間。音はなかった。


 ただ、空間に一本の、光の「糸」が引かれた。


 あまりにも細い、黒い身体が、事象の隙間をすり抜けるようにヴィクタスを通り過ぎる。

 それは、幹部の漆黒の甲冑を、背後の巨大な大剣を、そして彼が拠り所にしていた「格上の余裕」さえも、等しく等分に切り裂いた。



「…………がっ……?」



 ヴィクタスの声が、空気の漏れるような音に変わる。

 魔王の幹部という圧倒的な存在が、その銀色の糸の前では、ただの「切り分けられるべき対象」に過ぎなかった。


 彼が自らの身体に何が起きたのかを理解するより早く、その漆黒の肉体は、切断線から微細な塵へと崩壊し始めた。


「……はぁ……」


 青年が静かに残心を解く。

 その直後、彼の手の中で銀色に輝いていた「何か」は、パキ……と、澄んだ音を立て、文字通り「粉々」に砕け散った。

 あまりにも脆く、あまりにも美しいその刃は、たった一撃の負荷にさえ耐えきれず、役目を終えた光の塵となって夜風に溶けていく。



 静寂が戻った広場には、ただ、燃える建物の爆ぜる音だけが響いていた。


 魔王軍幹部が跡形もなく消え去った現実を、マイザーの脳は拒絶していた。


 あの恐るべきヴィクタスを、あんな「光の糸」一本で?


 呆然とする彼の横で、特使は何事もなかったかのように帳簿を閉じ、万年筆を胸ポケットに収めた。


「……聖剣の毀損を伴う執行ですか……。まぁ対象が幹部級個体というダウンサイドリスクを鑑みれば不可避なコストですが、ポートフォリオの流動性を維持するには、想定を大幅に前倒ししたアセットのマネタイズを断行せねばなりませんね……」


 特使は、消滅したヴィクタスの残滓には目もくれず、空を仰いだ。

 その視線の先、はるか遠くの玉座に座す、この経済的地獄の支配者へと思いを馳せるように。


「我が主は仰せです。――『英雄の剣戟一振りは、国民の万人の飢えを生み出し、千人の目を殺すのに等しい……ゆえに、一銭の不足も、わたくしは許しません』」


 特使はマイザーに向き直り、冷徹な微笑を浮かべた。


「さて、マイザー殿。魔王軍という『短期的なリスク』は排除されました。次は、我が国への『長期的な負債』をどう処理するか……じっくりと話し合いましょうか」


 マイザーは悟った。魔王軍は去った。

 だが、自分たちの前には、魔王よりも慈悲がなく、魔王よりも計算高く、そして世界を美しく飲み込んでいく「資本主義」という名の死神が君臨し始めているのだ。



 銀髪の青年――メアは、夕陽に向かってアンニュイな溜息を吐き、崩れ落ちそうになる身体を辛うじて支えながら、ふらりと歩き去る。

 そしてその隣には、どこで現れたのか白い肌をした絶世の美女、白い要塞ーーーカロリアが彼を支えようとしていた。


 この地獄の中でもその二人はただただ美しかった。

はじめまして!がんばります!がんばります!

プロローグ以外はギャグです!20話くらいで完結目指します!

お付き合いよろです!

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