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王都の別邸での休息



 キルフェンで本当は数日ゆっくり過ごそうかと思っていたのだけれど、滞在中はキルフェンの街人の方々が「せめてものお礼に」と宿代を無料にしようとしてくれたり、食堂での食事を無料にしてくれたりするものだから、なんだか申しわけなくて出立を早めた。


 ヴァールハイトは「好意は有り難く受け取ればいいじゃねぇか」などと言っていたけれど、そういうわけにもいかない。怪我人の方々や街の修復のことを考えると、私たちが長く滞在するのは良いことだとは思えなかった。


「あんたのその真面目なところについてだが」


 黒炎の背中に揺られながら、ヴァールハイトが言う。

 私を背後から抱きしめるようにして手綱を握っているのは相変わらずで、だいぶ馬に慣れてきた私は、もう一頭馬を購入して別々に乗ろうかと提案したけれど、却下されてしまった。


 キルフェンを出立すると、もう王都はかなり近い。

 王都に近づくにつれて街道はより整備された綺麗なものになっている。

 王領は騎士団や傭兵による魔骸の討伐や警備が、他の場所よりも盛んだ。大きな街に近づけば近づくほどに、危険が減るのはどこの領地でも同じだけれど、王領の場合はそれは余計に顕著である。


 王都近郊はそれなので、比較的安全と言える。


「私の真面目なところ……直した方が良いという話?」


 黒炎が軽快な足音を響かせながら、街道を歩いている。王領では街々の流通が他の場所よりも活発なのか、荷馬車や人を乗せた馬車と、何度かすれ違った。

 街道の左右には草原が広がっていて、草原の先には森があり、山がある。

 よく晴れた空には白い鳥が飛んでいて、草むらには小さな白い花がぽつぽつと咲いている。

 魔骸が存在しているとは思えないほどに、穏やかな景色だ。


「いや。かなり好きだという話なんだが」


「そ、そういうことを、いきなり言うのは……そ、その、恥ずかしいから……」


「可愛いな、エルフィ。からかってるわけじゃねぇよ。本当に好きだと思ってな。真っ直ぐで、真面目で……人前じゃ堂々としてるのに、俺が……好きだと伝えるだけで、すぐに真っ赤になるあんたが可愛い」


「あ、あの、その……」


「あんたが、実は恥ずかしがり屋でかなり純情で、案外繊細で、寝る前に一日のことを振り返って反省会をすることがあるって知ってんのが俺だけだと思うと、気分が良い」


「……それって、その」


「酒癖が悪くて、飲むと泣いたり甘えたりしてくるところも可愛い。俺にしか甘えてこないのかと思うと、さらに気分が良い」


「それ、真面目なところが好きなんじゃなくて、普段真面目ぶっているのに、本当は駄目なところが好きなんじゃ……」


「確かに。いや、真面目なあんたも好きだ。……何もかもが面倒な世界の中で、あんただけは輝いてる。俺にとってあんたは、太陽みたいなものだよ。エルフィ」


 ヴァールハイトはそういうと、私の髪に口付けた。

 黒炎の上では逃げることも抵抗することもできない。そんなこと、する必要はないのだけれど──。


「さっさと、王都での用事を済ませて帰ろう? 俺のために盛大な結婚式を挙げてくれ、エルフィ」


「うん。……任せて。みんな喜んでくれる。着飾ったあなたは、とても素敵よね。きっと」


「あんたも、綺麗だろうな、エルフィ。早く見たい。第二王子殿下の結婚式なんて出てる場合じゃねぇだろ、本当は。顔を出して、すぐに帰ろう」


「王都で、少し遊んでいかないの? 劇場もあるし、美味しい料理を食べることのできる酒場もたくさんあるわよ」


「ロングラード侯爵領の方がずっと良い。……エルフィ、子供も欲しいな。大丈夫だ。あんたにばかり仕事を任せたりしねぇよ。ちゃんと働くから、安心して良い」


「……うん。……あなたが、約束を守る人だということは、わかっているわ」


 王都が近づくにつれて、本当は少しづつ気が重くなっていっていた。

 アレク様の顔を見たくない。何か、悪いことが起こるような予感がする。

 元気のない私に気づいているのか、ヴァールハイトは明るい声で、ロングラード侯爵領に帰った後の話をしてくれる。

 

 私も、早く帰りたい。

 用事を済ませて、信頼できる人たちのいる場所に。

 ヴァールハイトと一緒に。


 夕方には、王都のロングラード侯爵邸に到着することができた。

 王都の屋敷を管理してくれている使用人の方々が私を出迎えてくれた。

 ここまで私たちを運んできてくれた黒炎が厩に行く前にその体を労わるように撫でる。黒炎は黒い瞳でじっと私を見ていた。

 ヴァールハイトが「帰りもよろしくな。しばらく休め。また走るぞ、黒炎」と言うと、黒炎はどこか嬉しそうに、尻尾をパタリと振った。


 ヴァールハイトには黒炎の気持ちがわかるのかもしれない。

 軽薄な口調で、本気なのか冗談なのかよくわからないことを言う人だけれど──とても、聡明だ。


「ヴァールハイトは、すごいわね。黒炎に、私はあなたのように声をかけることができなかったのに」


「馬を扱う機会は多かったからな。自然と、わかるようになる。黒炎はあんたのことが好きだぞ。やっぱり、雄だからかな」


「嬉しい」


「浮気は駄目だぞ、エルフィ。それよりも、思ったよりも早く着いたな。用事を済ませるまではまだ時間があるだろう」


 黒炎を馬番に預けて、私はヴァールハイトと一緒に屋敷に入った。

 屋敷の中は使用人たちが管理してくれている。だから、手入れが行き届いていて清潔である。


「そうね。どこかに出かける? 行きたいところがあるかしら」


「いや。どこにもいかなくて良い。エルフィ……ここでなら、ゆっくりあんたを堪能できる。旅の最中は、忙しなかったからな」


「……うん」


 部屋に入ると、腕を引かれて抱きしめられる。

 私はヴァールハイトの背中に腕を回して、目を伏せた。

 王都の使用人たちは、私がヴァールハイトを連れてきたことについて驚いていた。

 けれど皆──エルフィ様が旦那様を連れてきたと言って、とても喜んでくれた。



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