ジョゼちゃんとヴァールハイト
キルフェンで怪我人の方々の救出と手当を手伝っていたら、日が暮れていた。
街の人々が、お礼のための酒宴を開こうとしてくれるのを丁重に断って私たちは宿に向かった。
瘴気を吸って動けない者もいれば、体の一部を失った者、出血が酷い者もいる。
酒宴を開いている場合ではないだろうし、私たちに気をつかって欲しくなかった。
怪我人たちの救出を手伝っている最中のヴァールハイトの指示は的確で、傷病者を重症の度合いによって分けて寝かせて、それぞれの傷についての治療法を指導していた。
騎士団長だったときの経験や、傭兵として長く働いていた経験によるものなのだろう。
キルフェンの自警団の者のうちの何人かは、そんなヴァールハイトの姿を見て「英雄ヴァルト様に似ている」「もしや、ヴァルト様なのでは」と口にしていた。
ヴァールハイトが笑いながら「そんなわけねぇだろ」と否定すると、それ以上何か言ってくる者たちはいなくなった。
酒宴を開かないのならせめて――と、街の宿を無料で手配をしてくれた。
街には壊された建物もあって、これから何かと入り用だろう。
私はお金に困っているわけではないので、きちんと払うと申し出を断ろうとした。
けれど、ヴァールハイトが「好意は素直に貰っておくものだ。有難く泊まらせて貰う。ありがとう」と御礼を言うと、街の方々は安堵したように笑っていた。
「……私は、やっぱり頭が硬いのよ」
用意して貰ったキルフェンの宿の一室で、ソファに座った私は膝を抱えて小さくなっていた。
黒炎は宿に隣接してある厩にいて、馬番の方がお世話をしてくれている。
私は持ち物の中からジョゼちゃんをひっぱりだして、くったりした体を腕に抱いていた。
このくったり感、落ち着く。
「誰の頭が硬いって?」
「私。……優しく言葉を話すことができないのだわ。そんなつもりはないのに、妙に威圧的になってしまうでしょう?」
「そりゃ、気にしすぎだ。そんなことはねぇよ。それに、きりっとしてた方が貴族らしくて、安心感があるだろ。俺一人じゃ、不審者に見えたかもしれねぇし、しっかりしたあんたがいた方が話が早い」
「不審者には見えないわよ。以前のあなたなら確かにそうだったかもしれないけれど……」
「今は?」
「騎士には見えないけれど……護衛という感じはするわね」
部屋に入った途端に着ている服をさっさと脱いでしまったヴァールハイトは上半身裸になると、お風呂のお湯を溜めに行っていた。
ミルケ山脈の麓にあるこの街は、温泉が湧いていることで有名である。
本当は――街にある大きな公衆浴場でゆっくりしよう、などという話をしていた。
観光業で栄えている街なので、いくつかの公衆浴場が整備されていて、大きなお風呂がある。
公衆浴場は湯浴み着を着て男女一緒に入る場所で、セルヴァンと旅をしていたときは、私はどれほど入ってみたいと言っても「エルフィ様はロングラード侯爵なのですぞ。駄目です」と、すげなく却下されていた。
ヴァールハイトなら二つ返事で許してくれると思ったのだけれど、「駄目だな」と一言で却下されてしまったので、ここに来るまでに私たちはちょっとだけ揉めていた。
「ちゃんと護衛に見えるし、不審者とは思われないのではないかしら」
「そういう意味の質問じゃねぇよ。格好良いかどうかを聞いてる」
ジョゼちゃんを抱えて小さくなっている私の背後から、ヴァールハイトは私の体を抱きしめる。
上半身裸なので、当然剥き出しの肌が私に触れる。
しっかりとした筋肉の隆起した腕には、良く見ると蚯蚓腫れのような傷が何本も残っている。
今まで――戦いの場にずっと身を置いていたのだから、傷は残っているだろう。
これ以上、増えたりしないと良い。
ヴァールハイトは強いけれど、人間なのだから。切られれば血が出るし、傷口の跡は体に残る。
「……格好良いわよ。すごく」
「ちゃんと約束を守った。聖痕を使えば、もっと早く終わっていたんだが、使わなかった。褒めてくれ」
甘えるようにヴァールハイトが言ってくるので、私はその右手の甲に浮かんでいる聖痕を撫でた。
「良い子ね。私の言うことが聞けて偉い。……約束を守ってくれて、ありがとう」
「エルフィ」
「うん」
聖痕のある方の手に指を絡めながら褒めると、ヴァールハイトはもう片方の手で私の腕の中からジョゼちゃんを引き抜いて、ベッドに放り投げた。
可哀想なジョゼちゃんは、あっさり私の手から投げ飛ばされて、ベッドの上にぽんぽんと弾みながら落ちて、くたりと横たわった。
「な、なにするの……! 可哀想……!」
「頑張ったのは俺だろ。奇妙なぬいぐるみを抱いてる暇は、あんたにはない。ここにあんたが抱くべき俺がいるだろ」
「ヴァールハイトは可愛くないもの……柔らかくないし……」
「硬くて逞しいだろ。抱きがいがある」
「……ジョゼちゃんみたいにふわふわしていないし。落ち込んでいたのよ、私」
「じゃあ俺を抱きしめながら落ち込めば良い。ちょうど良く風呂に湯も溜まったことだし、心ゆくまで俺を抱きしめて良いぞ、エルフィ」
「え……っ」
ヴァールハイトはさっさと私の体を抱き上げた。
「お風呂、一緒にはいるつもり?」
「公衆浴場で混浴するつもりだったんだろ? じゃあ一緒で良いじゃねぇか」
「公衆浴場は湯浴み着があるもの……!」
「薄い布一枚じゃ、着てないのと同じだ。他の男にあんたのそんな姿を見せるつもりはねぇが、俺は見ても良い。混浴も、大歓迎だ」
「ちょっと、待って、待って……!」
制止の声はむなしく響いて、私は浴室に連れて行かれるとさっさとお洋服を脱がされてしまった。
唖然としながらなすがままになっていた私は――途中から、まぁ良いかしらと、諦めることにした。
街で起った災禍なんてなんでもないように振る舞うヴァールハイトは、こういった戦いに慣れている。
いつもと変わらないその態度が、私を戦いの場の緊張と興奮から、張り詰めていた気持ちを日常に戻してくれるようで。
――好きだなと、思った。
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