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英雄の再臨



 ヴァールハイトに向かってクローリゲルたちが一斉に襲いかかっていく。

 それは、まるで無数の赤い目のある黒い滝のように見えた。

 瀑布に押しつぶされるようにしてヴァールハイトの体が視界から消える。


「ヴァールハイト!」


「逃げるんだ、やっぱり駄目だッ! いくらあんたが聖銃を持っていても、勝ち目はないッ!」


 自警団の男性が大声で私を呼ぶ。

 私は聖銃を構えた。ヴァールハイトを助けないと……!

 けれどクローリゲルたちが一塊のようになっているせいで、どこに聖弾を打ち込んで良いのかわからない。


 聖弾は浄化の力もあるけれど、殺傷能力もある。人間に打ち込めばそれはただの弾丸となり、命を奪うこともできる。

 ヴァールハイトの体に傷をつけるわけにはいかない。

 銃口が忙しなく動いてしまう。照準が定まらない。これでは、撃つことができない――!


「獣程度が俺に勝てると思うな、消えろ……!」


 それは、あまりにも一瞬のことだった。

 ヴァールハイトを押し潰す一つの大きな塊のように見えたそれ。

 けれど一匹一匹の獣が唸り声と口から黒い涎を垂らしながらヴァールハイトを食いちぎろうとしている。

 その獣の塊が──弾け飛ぶ。


 散り散りになった獣、クローリゲルの中心で、ヴァールハイトが剣をまるで風車のように回転させている。

 目視できないぐらいの早さで回転する剣により、クローリゲルたちの体が切り裂かれて、傷口から黒い霧状の瘴気を吹き出している。


「エルフィ!」


 ヴァールハイトに名前を呼ばれて、私は我に返った。

 人は――圧倒的な強さを前にすると、まるで何かの呪縛にかかったように動けなくなってしまうものなのだろう。

 クローリゲルの群れを歯牙にもかけないヴァールハイトの姿があまりにも、神々しくて。

 私ははじめてヴァールハイトが戦っている姿を見たとき、まるで戦神のようだと思ったけれど。

 本当に、そうだ。あまりにも強くて、見惚れてしまいそうになる。


 けれど、呆けているわけにはいかない。

 弾き飛ばされた獣たちに震えていた銃口を向けて、照準を合わせて打ち抜いた。

 真っ暗な夜空に風穴があいて青空が現れるように、聖弾に打ち抜かれたクローリゲルたちは白く輝く大きな穴をあけながら、そこに吸い込まれるようにして消えていく。


 街の自警団の方々が敵わなかったクローリゲルの群れを、ものの数分でヴァールハイトは全て打ち倒した。

 それは、そうだろう。

 ヴァールハイトは恐ろしい巨大な竜である、骸竜を倒しているのだ。

 それに比べたらクローリゲルの群れなど、たいした敵ではないのだろう。


 ヴァールハイトによって致命傷を負わされたクローリゲルに聖弾を撃ち込むのは、そう難しいことではなかった。

 全てを浄化し終えると、ヴァールハイトは剣を鞘に戻した。

 街には平穏が戻り――禍々しい気配も全て消え去った。


 青空には白い鳥が飛んでいる。日が落ちるまではまだ数刻あるだろう。


「ヴァールハイト、大丈夫!?」


 私は聖銃をしまうと、ヴァールハイトに駆け寄った。

 両手を広げて私を待っていたヴァールハイトは、駆け寄った私を当たり前みたいに抱きしめた。


「どうだった、エルフィ? 格好良かったか? 惚れ直しただろう」


「もちろん格好良かったけれど、怪我はない? 体に纏わり付かれていたでしょう? どこか、噛みつかれたり、引き裂かれたりしていない?」


「この通り無事だ。顔に傷もねぇだろ? 男前に傷がついたら、あんたが悲しむからな」


「それはそうよ。無事で良かった……!」


 私はヴァールハイトの顔や体を触って、どこにも怪我がないことを確認すると、安堵の息をついた。

 良かった。クローリゲルに襲われた時には、心臓が止まるようだったけれど。


「エルフィ。あんたも無事か?」


「うん。大丈夫。あなたが、わざと目立つように動いてくれたから。クローリゲルはあなたを襲ったのね」


「やつらは知能のない獣だからな。派手に動いたり騒いだりしてる人間を、率先して襲いにいく。性質を知っていれば、案外簡単に誘導できる」


 軽快な足音が私たちに向かってくる。

 顔をあげると、黒炎が森で出会った女性と赤子を背中に乗せて戻ってくる姿が見えた。

 街の人々が、恐る恐るといった様子で家々から出てきている。

 怪我人を運んだり手当てをしたりする人の姿。

 それから――泣き声。

 無事を喜び合う声。


「――英雄だ!」


 ヴァールハイトの戦いを近くで見ていた自警団の男性が、大きな声で叫んだ。

 いつの間にか私たちは、人々に囲まれていた。

 拍手と歓声が響き渡る。

 黒炎から降りてきた女性が私たちの前に駆け寄ってきて、膝をついて深々と頭をさげた。


「ありがとうございます、ありがとうございます……! あなたたちがいなければ、この町はきっと滅んでいました……この子も私も、助からなかった……!」


「ありがとうございます、英雄――ヴァールハイト様、エルフィ様!」


 涙をこぼしながら御礼を言う女性の横に膝をついて、自警団の男性も言った。

 私は、私を片腕で抱きしめているヴァールハイトをそっと見上げる。

 居心地が悪い顔をしているのかと思った。

 森の駐屯地では、そうだったから。


 けれど――今は、その表情はいつもと変わらない。

 自信に満ちあふれていて、堂々としている。


「凄いだろ、俺のエルフィは。こんなに聖銃を扱える者は滅多にいない。もっと褒めてくれても良い」


「い、いえ、私は……それよりも、クローリゲルに傷つけられた怪我人が沢山いますよね。御礼は良いですから、怪我人を助ける方が先決です」


 自慢げに、本当に自慢げにヴァールハイトが私を自慢してくるので、私の方が困ってしまった。

 私はたいしたことをしていない。致命傷を負ったクローリゲルに弾を撃ち込んだだけなのだから。


 御礼も、賞賛も必要ない。

 今は一人でも多くの者が助かる方が大切だろう。

 私が厳しい声で言うと、街の人々は怪我人の救出に戻っていった。

 正しいことを言ったつもりだけれど――可愛げも、愛想もないわね。


 もう少し違う言い方が、できれば良いのだけれど。本当は。


「……落ち込む必要はねぇよ。あんたの気持ちぐらい、皆分かってる。俺と一緒に、魔骸に立ち向かったあんたの姿を、多くの者が家の中に隠れながら見てるんだからな」


「……うん」


 私はヴァールハイトの背中に手を回すと、甘えるようにその胸にぽすんと顔を押しつけた。

 すごく、安心する。

 ヴァールハイトが無事で良かった。

 何かを失うのは、とても怖いことだから。

 当たり前にあると思っていたものは、ある日唐突になくなってしまうことを、私は知っているから。


 ――良かった。


 大人しく私たちの傍にいた黒炎が、私の体を鼻先でつついた。


「黒炎も、頑張ってくれたわね。ありがとう」


 私はヴァールハイトの体から離れると、黒炎の額を撫でる。


「エルフィ。黒炎は雄なんだが」


「知っているわよ」


 拗ねたように言いながら私の腰に腕を回してくるヴァールハイトの仕草が子供染みていて、私は肩の力を抜いてくすくす笑った。






お読みくださりありがとうございました!

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