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ソファラ神殿大司教ラミア



 どこに行くのかと尋ねてくるラシャーナに適当に返事をして、私は家を出た。

 久々の休暇だ。部屋で寝ているつもりだったが――そうも言っていられなくなってしまった。


(ヴァルトが生きている? そんな、馬鹿な。……私は、ソファラの導き通りに……!)


 王都の南方に聳えているソファラ大神殿に足を踏み入れると、神官たちが恭しく頭を下げる。


「ラミア殿にお会いしたい。グレンが来たと伝えてくれるか?」


 内心の焦りを隠し、私はにこやかな笑みを浮かべた。

 ――シャルムリッター騎士団長であるグレンは、皆に優しく驕り高ぶらない英雄である。

 それを、崩してはいけない。

 ややあって、神殿の奥に通される。

 背の高い柱が何本も並んだ荘厳な神殿は、天井画や石像を劣化から守るためなのだろう、真昼でも薄暗い。燭台に何本もの蝋燭が焚かれていて、巡礼者たちを照らしている。


 神殿に置かれている女神ソファラの像に祈りを捧げる列から外れて、私は関係者以外は入ることのできない神殿の更に奥へと通される。


 巡礼者たちが通りすがりに「グレン様だ……」「英雄グレン様……」と、小さな声で囁いている。

 全てが――憂鬱だ。

 骸竜を打倒したのはヴァルト。私は、その英雄を殺した。

 

 愚かな民は、何も分かっていない。

 何もわからず――ただ私を、妄信している。


 神殿の最奥に、巨大な女の白い石像が鎮座している。

 両手を祈るようにして天に捧げているその石像の手の平からは、黒い水が湧き出している。

 黒い水は、石像の足元にある大きな水受けに溜まっていく。

 それは水受けではあるが、まるで――池か湖のようにも見える。


 その前に、大司教ラミアが立っている。

 かつてヴァルトに――ソファラの聖痕について話した女だ。あの時は、私も共にいた。

 白く長い髪と白い顔、法衣を羽織り、顔を半分ほど金の縁取りのあるフードで覆っている。

 ラミアは女神ソファラ様の代弁者。ソファラ様の意思を伝える者。


 私はラミアに向かい礼をすると、口を開いた。


「全て、ソファラ様の思し召しのままに」


「ええ。全て――ソファラ様の思し召しのままに」


 祈りの言葉を捧げると、ラミアは涼やかな女の声で言葉を返した。


「……ラミア殿。あなたの言うとおりに、してきた。そうすれば全てうまくいくと、信じて」


 ソファラの聖像のあるこの場所には、ラミアと私しかいない。

 心の底に隠していた全てを吐き出すように、私はラミアに詰め寄った。


「ヴァルトが生きていると……! 約束が、違うではないか! ソファラ様の思し召しのままヴァルトを殺し、ラシャーナを娶った。けれど私は……何一つ、うまくいかない。ラシャーナは子を生めず、今だにヴァルトに懸想している。その上ヴァルトが生きているだと!? 私は……どうなるのだ……!」


 激高しているうちにどうしてか体の力が抜けて、私はラミアの足元に膝をついた。

 古くから続く名家であるエジール侯爵家は、女神ソファラへの信仰心が強い。

 ソファラ様を崇めることは、私にとっては呼吸をするぐらいに当たり前のことだった。


 だから――ヴァルトが英雄として骸竜を討伐に出かけた後にラミアに呼ばれ


『骸竜を討伐したヴァルトを、殺しなさい。誰にも知られないように。あなたは英雄になるのです。ラシャーナも、あなたのもの』


 と言われたときに、何の疑いもなくそれを受け入れた。


 ヴァルトに、嫉妬していた。

 あんな孤児がどうして──と、思っていた。

 けれどそれだけで殺そうとは思わない。全ては、ソファラ様の意思だ。

 そうすれば――私は幸せになれる。

 全て、上手くいくと教えられた。


「……全てはソファラ様の思し召し。全てはこの国を守るため。この国の人々を守るために、少しの犠牲を。少しの悲しみを。そして、呪いを」


 ラミアは歌うようにそう言って、跪いている私の前に膝をつくと、私の頬に白く嫋やかな手で触れた。


「ヴァルトは生きている。……これもソファラ様も思し召しなのです。……ヴァルトは骸竜にならなかった。……あなたが贄になるのです」


「どういうことです?」


「絶望、怒り、憎しみ、堕落。……負の感情を与えられたヴァルトは……瘴気を吸い込み、骸竜に。それはこの国の浄化。そうなる筈でした。全てはソファラ様の思し召し。ヴァルトがうまれたときから定められた運命の予言。……けれど彼は強い。あなたは、弱い」


 ラミアは、私に──骸竜になれと、言っている。

 瘴気が魔骸を作り上げる。その瘴気を吐き散らす、瘴気の塊である骸竜は――。


「嫌だ……! 何故私が、そのような……!」


「嫌なら、あなたに代わるものを探しなさい。それはヴァルトでも……別の誰かでも良いのです。それが、ソファラ様の望み」


 別の、誰か――。

 それは、一体誰だ。

 私は頭を押さえた。別の誰かを、私に代わる別の誰かを探さなければ──。



 ◆◆◆







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