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14 亀裂よりいでしもの-1

 安心なところ、などと言われても勇一にはそれがどこかさっぱりわからない。とりあえず自分の天幕で横になっていたものの、どうにも落ち着かなかった。

 彼は外の世界に興味を持った。ここを出るとなれば、それはいずれ何かと戦うかもしれないことを意味している。

 それはいつになるかわからないが、早い方がいいのではないだろうか。そうだ、経験は早く多い方がいい。

 自分に何ができるかわからないが…遠くから弓を射つことくらいはできる。

 そう考えるといてもたってもいられなかった。

 大丈夫、何日かだけだが弓の練習はした。最初こそ明後日の方向にばかり矢を飛ばしていたが、今は当たるようになった……五回に一回くらいは。


「よし…」


 柱に寄り掛かった弓を肩にかけ矢筒を背負い、深呼吸。外に出て亀裂の方をみる。


「まだ、あるな…」


 上空から垂れ下がった光の筋はまだ存在している。勇一はもう一度深呼吸し、一人森の中に駆け出した。



 ***



 森の中をひたすら歩く。光の筋は思ったより大きいようで、その方角をみるとずっとそこにあるのだが、歩いても歩いても中々近づく気配を見せなかった。いつもなら聞こえる鳥たちのさえずりや、獣の鳴き声が聞こえない。みな一様に隠れているのか、森の中は木々のさわさわとした音しか聞こえない。

 …間違いなく異常だ。

 勇一は確かに大きくなっていく鼓動を感じながら、もうすぐ、もうすぐだとこぶしを握り締め再び足をあげようとした、その時だった。


 ―――――――――――!!

 ―――――――!!

 ――――――――――!


 遠くから聞こえる獣のような叫びと怒鳴りつける声。声の方は間違いなく竜人(ドラゴニュート)達だ。

 勇一は弓と矢を手に持ち、怒声と獣の声がまじりあう方向へ駆け出した。



 ***



 空中のヒビが地上に達し、ヒビが広がり亀裂となった場所。そこには地獄が広がっていた。

 地面に飛び散る黒ずんだ液体、片方には竜人達が各々の武器を振り回している。数は十人ほどだろうか、サラマとガルクもそこにいた。

 もう片方には竜人の股下程の高さもない濃い緑色をした生き物が多くいる。…いや、「多くいる」などというものではない。地上に届いたヒビが亀裂となった場所から、ゴブリンたちは圧縮から解放された液体のようにあふれ出る。波のように押し寄せるそれを、竜人達がどうにか防いでいた。


 ガルクは凄まじい筋力でもって、片手で鉈剣を軽々と振り回している。もう片方の手には時々ビクビクと手足を痙攣させるゴブリンを鷲掴みにし、それでほかの奴等を殴打していた。ブンッ!と鉈剣を一度横に振りぬいただけで頭や腕が空に舞い、一呼吸置いて断面から汚い色の血液がふき出す。


 ジズは両手にもった細身の剣を、まるで踊っているかのように振り回している。彼女が一度回転すると少なくとも三つ以上の断末魔が聞こえた。無駄のない斬撃は(のど)や手首を確実に切り裂き、やがて奴等は自ら流れ出たものの中に倒れた。


 サラマは槍を振り回している。彼女がそれを右から左に薙ぐと不自然に折れ曲がったいくつもの肉塊が、近くの草むらに降り注いだ。薙いだ勢いのまま回転し、今度はその太い尻尾で奴らを弾き飛ばす。再び正面を向くとガチンガチン!を牙を鳴らし、ゴブリンの集団に向かって大きく口を開いた。突如、轟音とともに凄まじい火球が緑の集団を包む。その熱気は周囲の植物を焼き、火球が過ぎ去った後には炭となった人の形の何かしか残らない。


 竜人たちは一人一人圧倒的な力でゴブリンらと戦っていたが、それをもってしても数の差は埋められない。

 竜人達の集団の右端、サラマが戦っている場所に奴らが押し寄せる。回り込まれまいとサラマは炎を放射状にまき対応しているが、どうも連続で炎は出せないようで焦りの表情が見て取れた。

 炎の壁と壁の間、わずかに空いた隙間から一匹のゴブリンが彼女にとびかかる。槍の対応が間に合わないと判断したサラマは素手でそれを空中で叩き落す。二匹、三匹、四匹とその手刀は確実にゴブリンの首や頭蓋を叩き折り、そうして地面に落ちた奴らは例外なく再び立ち上がることはなかった。

 途切れた炎の壁を作るべく、サラマが息を吸い込んだときだった。


「アトルマ!左だ!」


 どこからか聞こえたジズの怒鳴り声。と同時に、一つの竜人の影に無数のゴブリンが飛びかかる。アトルマと呼ばれた者は身体に牙を突き立てるゴブリンどもを必死に引き剥がすが両手では足りない。そうこうしているうちに腐肉にたかるハエの如く更に身体にとりつくゴブリンが増え、そしてついに重さに耐えきれず地面に倒れた。


「アトルマ!」


「行くな!もう遅い!」


 周囲の数十のゴブリンは倒れた竜人に一斉に襲いかかった。硬い鱗のない柔らかい場所、喉や腹を爪や牙で引き裂き肉や内臓を喰らっている。血飛沫を撒き散らしながら絶叫していたアトルマはやがてゴボゴボと血の泡を吐き出し、それきり動かなくなった。

 赤い肉と骨にたかるゴブリンども、気の逸れたサラマは炎の壁を作るのを一瞬失念してしまう。そうするうち更に広がった壁の隙間から同時に複数のゴブリンが飛び掛かった。

 我を取り戻したサラマは二匹を拳で落とすが、二匹の陰に隠れて飛んできたもう一匹に気付かなかった。腕を伸ばし向けられた爪がサラマの眼に吸い込まれる。

 サラマは咄嗟に目を閉じたが…それはいつまでたっても来なかった。恐る恐る眼を開くと目の前にいるはずのゴブリンは消え、視界の端、側頭部に矢が刺さった「それ」が地に落ちているのが見えた。


「あ…当たった……」


 聞き覚えのある声がする方向をみる。

 そこには、確かに安全なところにいるように言ったはずの男がいた。


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