7-4 フジが持っていた幸福要素
まずは散乱するプラモデルたちと、散らばる本を棚に戻すところから始める。
「本は似たような種類を一緒にしてくれればいいよ。
プラモデルも、適当に立てておいてくれればいいし、パーツはあとでくっつけるから」
「フジくんはぁ、どれがどの部品なのか覚えてるんですねぇ」
慎重な手付きでプラモデルを拾い上げて、棚へと運びながらナズナは感心した声を上げる。
「一応は。共通するパーツもあるから、どれつけても同じってこともあるよ」
「よく分かりませんがぁ、フジくんがすごいのは分かりますぅ」
ナスナのマイペースな言葉にフジは乾いた声で笑いながら、倒れた軍艦プラモを直していると、
「センさん?」
プラモデルを拾い上げ、その顔をぼーっと見つめているセンがいた。
不思議に思い、フジは声をかけるが、センの赤い瞳が、プラモデルの赤い目を見つめたまま返事がない。
「なにか気になることでもありました?
それとも神様のお告げとか?」
「――うん。このプラモデル――神の使いみたい……」
「センさんが御神体にしてるロボットと敵対してるロボットですよ。
まあこっちのが主人公のロボットだし、天使の名前がついてるから、それっぽいけど」
「なんて名前?」
センは早口に質問した。
「メタトロンだけど……」
妙な食いつきにフジは首を傾げながら答える。
「――聖書やコーラン、エノク書の天使の名前……神の使い」
「うん、劇中でヒロインが天使の名前をつけるんだ。
番号だと分かりづらいからって」
「――これほしい」
センは神が降りてきたのを見たような目で、体と顔を近づけフジに言った。
ふわりと前髪があがり、一度だけ見たセンの素顔と赤い瞳がフジに迫る。
「あ、えっと」
フジよりも身長の低いセンが上目遣いで見てくる。
いつも正面または少し見下されるからか、このような視線は慣れない。
それ以上にセンが期待の眼差しをフジに向けている。
まるで父親におもちゃを強請る娘のようだった。
「腕が折れちゃってるしこれを渡すのはちょっと……」
フジはセンが両手で大切に持っているプラモデルに目を落とす。
このアーマードビーストとパイロットは神経がつながっている設定で、このダメージを受けるととても痛いだろう。
フジは照れ隠しにそんなどうでもいいことを考えていると、
「治そう。
そして神の使いとして祭壇に並べる。
これもこれも!」
興奮した声で言いながらセンは、他のプラモデルを手に取りフジに見せる。
全て同型機――兄弟機という設定のプラモデルだ。
「じゃあ、今度模型屋に買いに行こうか。
新しく作ったほうがセンさんとしても、いいと思うよ」
「新しく作る……新たな試練」
「あ、じゃあわたしも行きます!
またあの場所に行ってみたかったんですよ」
「タカミさんも……」
神が降りてきたのを見たような声で言いながら、センは目を見開いたのがフジからも見えた。
センもタカミのことを女神のように思っているのだろう。
「はい、一緒に行きましょう」
「――うん」
センはデートに誘われたことに喜んでいるような返事をした。
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今度はケントがプラモデルを手に持って、熱心に見つめている。
「このロボットの手はいいな……」
だが見ているのは当然手だった。
「ロボットの手相って分かるの?」
「分かるさっ。
最近知ったんだが、仏像もちゃんと手相が作られているんだっ。
それはキャラクターだって同じだと俺は思っているっ」
「アーマードビーストはひとの形を模して作られたって設定だけど、プラモデルだとそんなに精巧に作られてないよ」
「いやいや、これだけでも分かるよっ。
このロボットやそれを操縦するパイロットたちは過酷な戦いを強いられている。
仲間を失ったりしても、生き残るために必死だ」
「……ケントくん、このアニメ見てる?」
推測で言っているにしては正確過ぎる情報に、フジは目を円くしながら聞く。
「いいや、君のプラモデルも初めて見るよ」
ケントの穏やかな表情は嘘をついているようには見えない。
「手相の新しい見方や考え方を教えてくれたのはフジくんだ。感謝してるよっ」
「あ、うん……ありがとう」
最近はこうして礼を言われることが多くなった。
それでも未だにフジは慣れることができず、顔を赤くしながら頭をかく。
「だが、俺はフジくんの手のほうが魅力的に感じるね」
「えっ!?」
ケントはフジの手を取り、美しい貴金属を眺めているようなうっとりとした目で見つめ始めた。
フジは違う意味で顔を赤くし始める。
「女性のようなきれいなラインと白さ、だが男性の手の浮き出る血管や曲げたときの骨の動きの両方を併せ持っている。
まさにいいとこ取りと言ってもいいっ!」
「は、はぁ……」
早口でまくし立てられたフジは、言い返しが思いつかずに曖昧な声をだした。
「通常男性はどんなに化粧をして、毛の処理をして、きれいな服を着たとしても、手を見ると性別が分かってしまう。
だがフジくんっ!
君は恐らく手を見ても男の子だと分からないだろうっ!」
「それは、褒めてるの?」
「褒めてるさ。手相も、手も、フジくん自身もっ」
ケントは意中の女性を褒めるような表情でそう言った。
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「休憩にしましょうか」
足の踏み場ができたところで、タカミがそう言った。
「でもここだと狭いから、リビングに行こうか」
フジが提案し、メンバーをリビングへと案内する。
階段を降りる足音がとても多く、感じる騒がしさが新鮮だった。
「お母さん、リビング借りるね」
「いいわよ~」
リビングは片付けが終わったようで、いつもどおりきれいだった。
ソファーに座って、地震のニュースをテレビで見ている。
「おばさまぁ、お湯をお借りしてよろしいでしょうかぁ。
お茶を持ってきたんですぅ」
「あらあら、素敵ね」
母は片付けたばかりの食器棚から、急須と人数分の湯呑みを取り出す。
「さ、みんなテーブルに座って座って」
「テーブルはいつも広いし、椅子も多いと思ったけど、まさか役に立つ日が来るなんて」
フジはそうつぶやきながら椅子に腰掛ける。
「こんなこともあろうかと用意しておいたのさ」
「はいはい、あなたはあたしと仕事部屋に行きましょうね」
リビングの入り口で腕を組んで偉そうな顔をしている父の耳を、母は引っ張って行った。
「ご両親……仲良さそう」
「変なひとだけどね」
センの羨ましそうな言葉にフジは苦笑いをしながら答える。
「ところでナスナちゃんはどんなお茶を持ってきたんだいっ?」
「今日はナスナスペシャルブレンドを持ってきたんですよぉ~」
テキパキと準備をしながら、ナスナはケントの質問に自慢げに答えた。
「それって、前に僕にごちそうしてくれたの?」
「はぁい。
さらに改良を加えてますよぉ。
今まで匂いにはこだわってきましたがぁ、お茶は初めての挑戦なんですよぉ。
ですからぁ、不安がありましたぁ」
ナスナはそう言っているが急須からお茶を注ぐ様子は、かなり手慣れているように見える。
「ですがぁ、フジくんがおいしいって言ってくださったのでぇ、挑戦してみようって思ったんですよぉ。はいどうぞ!」
そうして目の前にお茶が配られる。
漂う香りは、前にごちそうになったものよりもさらに味わい深くなっていた。
その香りがリビングに漂い、まるで違う部屋にいるような気分になる。
「ナスナさん、まるでメイドさんみたいです~」
「――同志ナスナは……視覚的にもリラックス効果がある」
「茶碗を置くときの動きがおもてなしの心を感じるよっ」
「ありがとうございますぅ」
タカミ、セン、ケントが口々にナスナを褒めているのを見て、
(ホントはお嬢様なのに、なんでこんなにメイドさんみたいなんだ……)
ふわりと揺れる制服のスカートを見てフジはそう思う。
「フジくんも、ありがとうございますぅ」
「ぼ、僕はまだ何も言ってないよ!?
確かにナスナさんメイドっぽいとか思ったけど、まだ雇いたいとかホントのメイド服着せてみたいとか考えてないから――」
「いいえぇ。
フジくんの言葉のおかげでぇ、わたくしの悩みが小さなことだったと気付かされたんですよぉ」
「あ、そういう」
フジは思っていたことを口走ってしまい、頭から湯気が出るほど顔を赤くした。
リラックスするため目の前のお茶をゆっくりと飲む。
「――私も同志フジのアドバイスのおかげで……幸福部のみんなと仲良く慣れた」
「俺の言ったとおりだろっ。
フジくんが居たからいい方向に道を変えることができるひとが居るってっ」
センもケントもフジに笑みを見せる。
「フジはいい仲間に巡り会えたんだな」
「そうね。みんな、フジのことよろしくね」
いつの間にか父と母がソファーでやりとりを見守っていたようだ。
微笑ましいものを見ているような穏やかな顔をしている。
「それはそうと、わたしたちもお茶貰っていいかしら?」
「さっきからいい匂いがしてたまらないんだ」
そう言うとふたりは夫婦茶碗を差し出す。
「はぁい~、よろこんで~」
ナスナはそよ風のように動きながら、茶碗を受け取った。




