6-2 フジの部屋の模様替え
「どうぞ」
フジがドアを開けてタカミを招き入れる。
女の子どころか、男友達も自分の部屋に入れたことがないフジとしては、胃の痛みを感じるほど緊張している。
汚いと思われないだろうか、臭いと逃げ出されないだろうか、キモいと顔をしかめられないだろうか。
タカミがそんなことをする女の子ではないことは分かっていても、フジとしては不安で仕方なく、今も左手を強く握って震えを抑えている。
それに対しタカミは異性の部屋にもかかわらず、まったく緊張していないようにフジの目から見えた。
目に入ったものに飛びつき、
「プラモデルがいっぱい!」
「逆に言うとそれしかないよ」
「本もあります!」
「漫画とアニメの設定資料ばかりだよ」
「これ小説ですよ!」
「ライトノベルって言って、アニメっぽいデザインがされた小説だよ」
と興味のそそられる物へと近づいて、ころころと転がるように移動していく。
「ラノへだけど、小学生の頃はこれを学校で読むのは許されてなかったんだ」
「わたしたちの学校の図書館にはありましたよ!
市立図書館にもコーナーが設けられてるのを見てます!」
「今はそれなりに寛大になったけどね。
今でも読んでるとバカにされることもあるジャンルだよ」
「そんなことありません!
フジくんが好きならそれが一番大切なんです!」
初めて出会ったときに不幸エピソードを全て肯定的に解釈するのと同じように、フジの部屋の要素をポジティブに解釈するタカミ。
そのハイライトの笑顔には一片のくもりも汚れもない。
「こんなに好きなものに囲まれて生活できるっていうのは、幸せなことだと思いますよ!」
タカミは両手を広げて、自慢するように言う。
「そうかな……」
だが当の持ち主はあまりすごいとは思っておらず、首をかしげるばかりだった。
「でも、もっといい配置があると思うんですよ!」
タカミは両手を自信有りげに強く握り、雑多に並べられただけのプラモデルたちを見る。
「風水的に?」
「はい! ロボットはひとの形を模した物、つまりお人形さんと変わらないんですよ!」
「確かに、このアーマードビーストはひとの形を参考にした人工筋肉などで作られてるって設定はあるけど、そういうものなのかな?」
「そういうものなんですよ! だから――」
タカミは大きく息を膨らませて、
「模様替えをします!」
腰に手を当てて堂々と宣言した。
「リビングがちらりと見えたときに、わたしはいい配置だと思いました!
ご両親がとても幸せそうな顔をしていたのも納得です。
ですから君の部屋をもっと幸せになれるようにしたいですね!」
「ぷ、プラモデルは捨てないよ!」
「捨てません。それは君の幸せの一部です。
場所を変えたり、ポーズを変えたりしましょう。
そうすればこの子達が幸せを運んでくれます!」
フジは並ぶプラモデルを見つめる。
どれもこれも壮絶な戦いと、生まれながらにして戦うことを宿命されたキャラクターたちの血が滲んでいるようなデザインと、敵兵士の血肉を食らってきたビーストの顔をしている。
他のプラモデルといえば、現在も紛争地域で使われている戦車や、何年も日本やアメリカの空を睨み続けている軍艦ばかりだ。
ひとから見れば野蛮だと思われそうな種類ばかりである。
そんなプラモデルが好きではあるが、フジに幸運を運んでくるとは思えず、タカミを信じられない顔で見ている。
「じゃあさっそく始めましょう。
まずは種類ごとに置き換えます。
ロボットはロボット、軍艦は軍艦、戦車は戦車」
タカミはピンチになっている部隊を立て直しに来た指揮官のように、ハキハキとした声で指示を出す。
「そうしたら軍艦のプラモデルたちを、映画に出てくるみたいにきれいに並べてください」
「きれいにって」
「そうですね、インターネットで調べてみましょう」
フジはスマホに充電器を指してブラウザアプリを開く、適当なワードを入れて画像検索。
「これとか、行進みたいで素敵じゃないですか!」
タカミが勢い良く近づいて、スマホの画面を覗き込んでくる。
指さされてるのは観艦式の写真のようだが、そんなことに頭がまわらないほど、フジの頬とタカミの頬が触れ合いそうなどころまで接近。
フジは横を向くことができずスマホの画面ではなく、タカミの丸い宝石のような顔に視線がいく。
「こ、こんな風に並べればいいんだね」
「そうです。そして船を窓の方に向けてください」
「う、うん」
フジはタカミから逃げ出すようにスマホをベッドに置いて、すぐに画像で見た並べ方を再現してみる。
大型艦、周囲にイージス艦を並べて、船の間隔を合わせた。
「こうかな?」
「うん!
かっこいいですよ!
船の先を外に向けることで気の通りを良くしました。
さらに、悪い気が外から流れてこないようになります」
「そういうものなの?」
「だって、この船はフジくんの部屋を守ってるんですよ。
さらにフジくんを七つの海に連れて行ってくれる船でもあります」
「ロマンティックだね」
「そういう気分が、幸運を呼ぶんですよ」
タカミは、ピーターパンに手をひかれるウエンディのような笑顔で言った。
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「次に戦車ですが、これを横一列に並べましょう」
女性指揮官のようにタカミは右手広げ、左から右にずらりとトランプを並べるように動かす。
「船みたいに並べないの?」
「戦車は似たような形のがありません。
ですから、博物館みたいにしたらいいと思います」
「じゃあこれは風水的にどんな効果が?」
「フジくんは、模型屋さんでプラモデルの箱が並んでいるのを歩きながら見ていると、どんな気分になりますか?」
「楽しい、ワクワクする、かな」
先日タカミとナスナと一緒に行ったとき、言われて気がついたことでもある。
自分はあの空間に居ると楽しいのだ。
フジはそれを思い出すと、口元が少し緩む。
「それと同じ効果が得られます。
さらに戦車で気の流れる道を作るんです!」
プラモデルを置く予定の場所をタカミはゆっくりと、博物館でタペストリーを眺めているように、両手を後ろで組んで歩く。
今は何も置かれてないスペースだが、タカミはなにかが見えているような顔をしてスペースを見ていた。
「ほら、こうして歩いてみるとわたしとフジくんのふたりで、戦車博物館を歩いている気分になりませんか?」
「あ、うん……デートみたいだ」
言ってしまったと気がついて、フジは顔を真っ赤にする。
なんでその言葉を選んでしまったのか。
自分はタカミとデートがしたいのだろうか。
いやしたいだろう。
先日街に遊びに行ったときもそうだったが、幸福部のメンバーと居ると普段不幸な目に遭うつまらない街でも楽しいと思えた。
もしタカミとふたりっきりならば、それはデートに近いだろう。
さらに初対面でお弁当の食べさせ合いをしたタカミならば、手を繋いで仲良く歩くこともできるかもしれない。
ラッキーガールで自分の不幸を打ち消してくれる。
さらにかわいい女の子とデートならば、それは幸せと言っていい。
そんなことを想像して口走ってしまったのだ。
だがフジのような冴えない男とデートするのはイヤかもしれない。
男子とふたりで出かけても、女の子側はデートと思っていないということが多々あるらしい。
フジも勘違いをして調子に乗って、あとでそんなつもりじゃないと言われる。
だからタカミは引いてしまうかもしれない。
自分とタカミは、幸福部の部長と仮入部部員というだけの関係だから。
「そうですね! デートみたいなんですよ!」
フジの予想とは反して、タカミはフジの両手を取って口走った言葉を肯定した。
思いもよらぬ理想的な返しにフジの顔も、耳も、首から下もどんどん赤くなって行くのを感じる。
心臓も恐らく最速で稼働し、タカミにとられた両手から熱が伝わっているんじゃないかと思えるほど熱い。
「だから、そんなデートがしたいと思えるように部屋を飾るんですよ」
「は、はい、分かりました」
#
タカミとのデートを意識して震える手をなんとか抑えながら、プラモデル動かしていき、よいよ雑多に並ぶロボットのプラモデルが残る。
「最後にロボットですね。フジくんはアニメでみた映像を覚えていますか?
それと同じポーズで並べてみましょう」
「もちろん。
でも落として壊しちゃってるから、同じ武器は再現できないかも」
窓を開けたら風で倒れた、フジがコケたところで棚にぶつかり落とした、いじっていたら折れたなどで何度も修理をしている。
だがそれでも修復不可能になったパーツは数多くあった。
まるで激しい戦いを繰り広げ、ツギハギ状態になってるようだと、並ぶアーマードビーストたちを見てフジは思った。
「でしたら、そこはアレンジするんです」
「アレンジ? どんな?」
「壊れちゃってるなら、頑張って戦ってボロボロになっている様子を見せることができると思うんですよ」
丁度思っていたことを逆に利用しろというタカミのアイディアに、フジは目を円くした。
「モデラーの用語で『ウェザリング』をするってこと。
わざと傷をつけたり、泥や焼けた跡を塗装で再現して、ジオラマにしたり、物語のワンシーンを再現したりする」
「そうです!
やっぱりモデラーの皆さんはすごい想像力を持ってるんですね!」
当然『ウェザリング』なんて言葉をタカミは初めて知っただろう。
センと話をしたときにタカミは成績優秀だと言っていたのを思い出す。
勉強ができるだけでなく、彼女は頭もまわるのか、それとも、
「これも風水の本とかに書いてあったの?」
風水の考えの応用かもしれないと思いフジは聞いてみた。
「いいえ、これはわたしのオリジナル風水です」
「お、オリジナル?」
センが自身で宗教を作ったと聞いたときと同じように驚いた。
「はい!
風水の考え方を守りつつ、フジくんの趣味や好きなものでいかにして気の流れを良くし、幸運を呼び寄せていくか考えていたんです」
「い、いつころから?」
「模型屋さんに一緒に行ったあとから考えていたんです。
フジくんのお話を聞いていて、部屋の様子などはある程度想像できましたから」
「タカミさん……すごいね」
フジは唖然としながらタカミに驚きの言葉をかける。
「ありがとうございます」
それをタカミは褒め言葉として受け取った。自慢したりしない、素直な笑顔だった。




