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不幸少年フジと幸福部  作者: 雨竜三斗
第五章 幸福部の活動とフジの秘密
21/33

5-1 幸せの報告会

(キラキラした目で見ている……のかなぁ)


 フジはホームルームでの校内のワックスがけの話がまったく耳に入っていない。

 それほどセン言っていたことが気になっていた。


 この『キラキラした目』をどう解釈するか。

 現実に考えて人間の目がキラキラすることはない。

 タカミほど黄色くて明るい目をしていればそう感じるが、それも比喩表現でしかない。

 眼が光るのはロボットくらいだ。


 そんな表現はまるで好きなものを見ているときに使われる。

 ということはセンはタカミを尊敬の目で見ているのだろう。


 なら自分も――

「フジくん!」

「は、はいっ!?」


 タカミに声をかけられフジは慌てて立ち上がる。

 椅子が後ろに倒れて大きな音がするが、すでに放課後になっていたクラスの喧騒の中では些細な音だった。


「ぼーっとして、どうしましたか!?」

「あ、ちょっと考え事を」


「センさんのことですか!?」

「ち、違うよ!」


 違わない。


 だがタカミもその考え事に関わっており、話すのはなぜか恥ずかしい感じがして、目を泳がせながら回答をためらった。


「恥ずかしがらなくてもいいんですよ!」

 まるでフジの考え事が分かっている、と言わんばかりの笑みを浮かべる。


「わたしはひとを好きになることは幸せなことだと思っています!

 フジくんは、誰かを好きになってひとつ幸せになったんですよ!」


「誰かを好きになるのは幸せなこと?」

 フジはタカミの言葉を反芻するように復唱。


「そうです!

 ですがその話はまた今度しましょうか。

 なんといっても今日は週に一度の成果報告の日です!」



 部室に来るとナスナとケントが居た。


「フジくん、タカミちゃん、こんにちはぁ」

「やあやあっ、フジくんっ、タカミちゃんっ」


 ナスナはいつもどおり部屋のアロマディフューザーの準備をしており、ケントは印刷した紙を見つめていた。


「こんにちは! センさんがいらしたら今日の報告会を始めますよ!」

「報告会って一体何の?」


「この学校は、どんな部活も常識の範疇であれば少人数でも、立ち上げられるのはご存知ですよね?」


「うん、そのおかげで部活動がすごい活発なんだよね。運動部は強いし、文化部の活躍も目立つし」


「ですが、わたしたち幸福部のように、活動内容が分かりづらい部活だったり、立ち上げただけで何もしていない部活もできてしまいます。

 なので全ての部活は月に一度、活動内容を報告する義務があるんですよ!」


「自由には責任が伴うってこと?」

 フジはアニメで聞いた言葉でタカミの言うことを解釈する。


「そうです!

 さらに幸福部は『幸せになる方法を模索する』というテーマであれば、基本的に自由行動!

 活動の報告書を作るのもちょっと大変になってしまいます!」


「確かに……みんながみんな好きに活動しちゃうとそうなっちゃうね」

「ですから定期的に報告会を開いて、活動内容を知りたいんです!」


「それだけじゃ~ありませんよぉ。

 話をする場所を設けることでぇ、楽しい時間を過ごすことができますぅ」


「さらに他の子の話を聞くと、刺激ややる気を貰って自分の分野に活かすこともできるっ」


「なるほど……」

 フジは『報告会』と聞いてめんどくさそう、堅苦しいという印象を持っていた。

 タカミはきっちりとした性格のようだし、学校の決まりもあるため、なおさらそう感じてしまう。


 だがナスナとケントの張り切った声の話を聞いて、自分たちの活動のためであり、さらにそれを楽しく行っていると聞いて、堅苦しさはないのだと考えを改めて頷いた。


 そうしたところでドアを弱々しくノックする音が聞こえた。


「こんにちは……」

 今にも消えていきそうな語尾の挨拶とともにセンが、恐る恐るドアを開けて入ってくる。


「こ、こんにちは」

 フジは先日のこともあり、心臓が少し胸打つ感じを覚えながらも挨拶を返した。


「あら~センさん。こんにちはぁ」

「こんにちはっ」


 ナスナとケントはマイペースに挨拶を返すが、タカミは驚いたように口を丸くして、

「センさんから挨拶してくれるなんて……」


「よ、よくなかった?」

 驚いているタカミに、センはうつむく。


「逆ですよ!

 わたしは嬉しいです!

 今日のいいことポイントは間違いなく、センさんの挨拶です!」


 だがタカミはドアが閉まっているのに廊下まで響き渡りそうな声で喜んだ。


(センさん、嬉しそうだ)

 うつむいていた顔を上げて、歯を見せるセンを見て、フジは先日の話が活きていることを感じる。

 自然とフジの口角も上がり、胸が高鳴った。



 センが席についたところで、タカミはホワイトボードの前に立ち、

「さ、成果報告会を始めます! では最初にナスナちゃんから」


 部長らしく会を仕切り始める。

 名前を呼ばれたナスナはゆっくりと椅子から立ち、お嬢様のように両手を前で重ねて一礼。


「わたしはぁ、お茶の香りとぉ、リラックス効果について研究していますぅ。

 ハーブティーや緑茶の香りがとてもいいんですわぁ」


「匂いと味のふたつで幸せになれるんですね!」

 タカミはテンションを高くして両手を合わせた。


「ええ~。来週ぅ、部室に持っていきますのでぇ、よければ味わっていただけないでしょうかぁ」


「じゃあ、今度湯呑みなどを用意しなくてはいけませんね!」


「それはわたくしのほうでぇ、ご用意しているのでぇ、今度運ぶのを手伝っていただけますかぁ」

「分かった。任せてくれっ」


「ぼ、僕も手伝うよ」

(多分そのお茶、先日頂いたやつだし。ちゃんとお礼できてなかったからね)


 フジがそう思いながら手伝いを名乗り出ると、タカミがこちらを見て満足そうな笑顔をしていた。

 フジはそんなタカミと顔を合わせると、心臓が締められる感じを覚えて反射的に目をそらす。


「ではわたしは置く場所を考えておきますね!」

 ちらりとフジがタカミの方を見ると、表情は爽やかな笑顔に変わっていた。


(た、タカミさんなんであんな笑顔で僕を見ていたんだ……)

「ありがとうございますぅ」



「では、次はケントくん」

「俺は手相の変化について研究を始めたっ」


 そう言いながらケントは前に出て、ホワイトボードに大きめの用紙に印刷した二枚の写真を並べた。

 フジはそれを見るとすぐに自分の手を見る。


「フジくんの手相を何度か見せてもらったんだが、このように太陽線という重要な線が変わってきているっ。

 怪我のせいとも考えられるが、怪我をしていない箇所も変化を起こしていたっ」


「そんなことってぇ、あるんですねぇ」

「同志フジが試練を乗り越え……運命を変えた。そう考えられる……」


「センさんの言うとおりかもしれないっ。

 だから手相は変化するのか、変化した手相は影響をあたえるのか、様々な資料を見て研究を始めているっ。

 成果がでるのはしばらく先になりそうなのが残念だが」


「新しい発見をしたんですね! すごいです!」

「フジくんのおかげさっ」


 そう言ってケントはフジに嬉しそうな笑顔を向けた。



「次は、センさん!」


「私は……神の使いの像を考えている……。

 神は一柱だから……使いがいないと信者が増えた時や……異教徒との戦いがあると大変……。

 だけど……神の使いの姿がよく見えなくて……難航している……」


「スケッチとかあるんですか?」

「これ……」


 タカミの質問に、センが見せたのは力強そうなキャラクターの絵だった。

 フジは神の使いと聞いて、天使を想像したがこの姿では悪魔や魔獣だった。

 もっと近い印象として、フジの家にあるプラモデルたちだった。


「まだぼやけた感じ……」


「だが強そうだ。フジくんはこういうの得意そうだがどうだっ?」

「同志ケントの言うとおりかもしれない……。

 同志フジに……今度またアドバイスを乞う……。

 いいかな……?」


「えっ、僕が?」


「同志フジの得意なことだと思う……。

 だから……またよろしくお願いしたい……」


「は、はい」


「『また』っていうことはぁ、センさんはフジくんになにかお願い事をしたんですかぁ?」

 ナスナの言葉に、センは攻撃を防御するように腕を前に出す。


「あ……、大したことじゃない……。話を……聞いてもらっただけ……」

「そうでしたかぁ。とっても仲良しさんになったんですねぇ」


「わたし妬いちゃいます!」

「えっ!?」


 タカミの一言にフジは声を上げたが、センは声を出さなかった。

 だがセンが目を見開いた(ように見える)。


 フジとセンの驚くようなことを言ったタカミだが、その口調と穏やかな笑顔では、全く嫉妬をしているように聞こえない。


「でも、わたしはセンさんとフジくんが仲良くしてるのはうれしいですよ!

 わたしとも仲良くしてくださいね!」


「も、もちろん……」

 タカミの言葉にセンはうなずき、そのまま顔は下を向く。

 フジの視点から、ほんのりと頬が赤くなっていたのが見え、フジは首を傾げる。


「私からは……以上……」



「最後にわたし!

 タカミから報告です!

 わたしはフジくんが幸せになれる方法について研究をしています!」


「えっ!?」

 フジは動揺のあまり思わず立ち上がる。

 まさか自分が研究テーマにされてるとは夢にも思っていなかった。


「な、なんで?」


「無意識のうちに『不幸だ』なんてつぶやく方を、わたしは見過ごすことができません!

 なのでわたしは幸福部に誘い、フジくんに幸せになれる方法について知ってもらっています!

 他にもいろいろと計画していますよ!」


 彼女の得意分野である風水でフジの部屋をリフォームする気なのだろうか。

 それともフジの登下校を一緒にしてくれるようになるのだろうか。

 それともフジの外出時の悩みを解決してくれるのだろうか。


 いろいろな予想はできるが、タカミの声からは、フジが予想全ての行動を実行するだけの強い熱意と意欲を感じた。


「そ、そうなんだ……」

 フジは少し引きながらも相槌を打った。


「はい! ですから一緒に幸せになりましょうね!」

「う、うん」


(そ、そう言われるとまるでプロポーズだよ……)

 フジは真っ赤になった顔を両手で覆った。



「こんな感じでみんなで金曜日に成果報告会を開いているんです!

 といってもあまり堅苦しくなく、簡単に分かりやすくがベストです!」


「すごいね……まるで社会人だ」


「そんなに立派なものじゃない。各個人好きなことを喋ってるだけさっ」

「社会人のミーティングは……もっと難しい……。

 発表する側も……聞く側も……高いコミュニケーション能力が必要……」

「わたくしのご両親の事務所ではぁ、もっと激しい討論をされておりますよぉ」


(ほ、ホントに討論なのかそれ)

 おっとりとした声で言うが、ナスナの言うそれは、センとケントの言うミーティングとは違う気がした。


 ナスナの家の大広間でスーツ姿の男性がずらりと並び、恐ろしい剣幕で怒号を飛ばし合っているのを想像していると、

「フジくんはまた入ったばかりなので成果報告ではなく、今日までの活動の感想を聞かせてください!」


「か、感想?」

 またも自分に当てられるとは思っていなかった。

 さらに言うならば『入ったばかり』ということは、ほぼ部員扱いをされている。


「なんでもいいんですよ。もうすでに幸せとか、愛の告白でもいいです!」


「おっ、そんな幸せそうなものが聞けるのかっ」

「すてきですぅ」

「同志フジ……」


 ナスナとケントが微笑ましい目でフジを見ているのに対し、センは前髪の向こうの赤い目で睨んでいるようにフジからは見えた。


「ささ、前に出て!」

 四人の期待の眼差し(ひとり違うふうに感じるが)にフジはしぶしぶ、立ち上がりホワイトボードの前に立つ。


「えっと……みんな生き生きしてるって思ったよ。

 自分の興味のあることとか、幸せになれる研究とか一生懸命で、それが幸せなのか僕には分からないけど、みんなすごい」


「はい、ありがとうございます!」

「いいんだ」

「もちろんです。こんなに褒めていただいて感謝ですよ!」


 そうフジに告げるとタカミは一本締めのように手を叩いて、

「では今日は解散です。お疲れ様でした!」



「みんな行動力あるなぁ」

 部室にはタカミとフジだけが残っていた。

 他の三人は報告会でやる気が出たのか、それぞれ自分の研究を進めるため部室を出ている。


「幸せになりたくないひとなんていません!

 幸福部は幸せになるために、最大限努力するひとの集まりですから!」


「じゃあ、僕は?」

 タカミの考えと自分がここに居る理由が合わない気がして、フジは首を傾げた。


 自分は成り行きだったり、タカミに惹かれたりという理由でここに居る。

 それはタカミの言う幸福部の活動理念に反するのではいかとも思えてきた。


「フジくんも、幸せになるために努力できるひとだからです!」


「そうかなぁ」

 タカミの中ではフジも幸福部の行動理念に則っているらしい。

 だがフジは幸福部に通うようになってからも『幸せになるための努力』をしているようには思えなかった。


「ところでフジくん、週末は空いていますか?」


「う、うん」

 フジは反射的に返事をしてしまったが、

(あ、これはまずい返事をしたかも)


 そう思ったが後の祭りである。

 タカミは好きな男の子をデートに誘うのに成功したように、頬を赤くして笑った。


「よかった~! 一緒にね、お出かけしたいって思ってたんですよ!」

「ぼ、僕と?」


 本当にデートの誘いのような言葉に、フジは体が火照ってくるのを感じ始めた。

「そうだよ。フジくんにはもっと幸せになってほしいから」


(僕に幸せになって欲しいから?

 ということは、これはもしかしてデートの誘い……?

 こんなことがあっていいのか?)


 タカミは先日、恋や愛で幸せになるのもありだと言っていた。

 つまり、フジがタカミに恋してそれで幸せになってほしいということにも解釈できる。


(それなら喜んでタカミさんとデートしたいけど、大きな不安はある。なんの服を着ればいいんだ?)


 フジが外出の際に着ていく服はたくさんあるが、あまりひとに見られたくない格好だった。

 普段ひとりで居るし、友達らしい友達も今までいなかったので、服で困ったことはない。


「で、でも僕とふたりだと不幸になるかもしれないけど……」


 ここはやんわりと断ったほうがいいかもしれないと判断して(怖気づいたと頭の片隅から声が聴こえたが)フジはそんなことを言った。


「大丈夫ですよ!

 前に一緒に帰ったときはなにごともなかったじゃないですか!」


「学校から家までの距離なら、大した距離がないから大丈夫だと思うけど、街まで行くとなると絶対になにかあるよ」


「それでも大丈夫です!

 みんながついてますから!」


「み、みんな?」

 思わぬ言葉にフジは目を円くして聞き返した。


「ですよ! 週末はね、みんなで街に出て幸せ探しをするんです!」


「……はい?」

 目をパチクリさせてもう一度聞き返す。


「具体的には、幸せに慣れそうなアイテムやヒントが書かれていそうな本、おいしそうなスイーツのお店とかを探すんです!」


「はぁ」

 部活動という名目でただ遊びに出かけたいだけなのではないか。タカミの遠足前のテンションに、フジは曖昧な返事をした。


(デートじゃないのか……。

 そりゃそうだよなぁ。

 そんなにおいしい話はないよなぁ)

 そして肩を落とした。


「どうしたのですかフジくん!?

 暗い顔になってしまって!

 他に懸案事項があるんですか!」


「ううん。みんながいるから大丈夫だよね……」

 確かに懸案事項はある。だががっかりしたのはそんな理由ではない。


 本当にタカミとデートならば、それこそ幸せにしてもらえるかもしれない。

 それに、フジの『懸案事項』を教えてしまってもよかったと思っていた。


「では、明日十時に駅の北口、銅像前にお願いします!」

 だがこれ以上は断る理由を作ることができず、結局行くことになってしまった。

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