5-2 幸せ探し
フジはギリギリまでなにを着るか悩んだ。
「いつも通りでいいのよ」
とギリギリまで悩むフジを見かねた母はそう言ったが、言われたとおりにするわけにはいかない。
その『いつもどおり』を見せないために工夫をしなくてはいけなかった。
クローゼットを開いては閉じ、タンスから服を出してはしまうを繰り返す。
ゆったり目の青いデニムのショートパンツ、フランス語の入った水色の柄シャツ、白いカーディガンという、ユニセックスな感じにすることで落ち着いた。
服が決まったのは出発予定時間を過ぎたあたりだ。
そこから簡単に化粧をしてから、慌てて荷物をトートバッグに入れて早足で家を出た。
(なにごともなければ余裕なんだろうけど、絶対なにかあるから急がないと)
フジの出発予定時間は、途中トラブルに見舞われることを想定して考えていた。
ここからなにかあると到着は良くてギリギリ、悪いと大幅な遅刻になるだろう。
そう思って走って駅まで向かった。
そんな予想は外れ、息があがりつつあるが、幸いにしてもうすぐ駅に着く。
ここまでの間、鳥の糞を落とされたり、犬に追いかけられたり、車に轢かれそうになったり、不良に絡まれたりしていない。
この角を曲がればあとは一直線だ。
(ここからは慎重に行こう)
とオンボロの家を目印に走る足の速度を落としていこうとすると、見覚えのあるポニーテールがウキウキと動いているのを見つけた。
「タカミさ――」
気になっている女の子の名前を呼んだそのとき、フジはなにかに躓いていた。
体を支えているはずの足は動かなかったので、反射的に手を前に出す。
フジは今日も転んだなと思って目を閉じると、
柔らかい物が転んだ衝撃を吸収してくれた気がした。
とてもいい匂いがした。
ナスナのアロマとも違うが甘くてとても落ち着く匂いだ。
さらに鼻や頬をくすぐる毛布のようなものがある。
触れているだけで心地いい感触だと感じた。
「フジくん! 大丈夫ですか!?」
現代社会を励ますアイドルのような明るく、可愛らしい声が耳元からした。
そこでようやく自分は転けそうになったところを、タカミに助けられたことに気がつく。
タカミの腕はフジをしっかりと抱きかかえていた。
「ご、ごめんね! 重かったよね?」
すぐに体制を立て直し、タカミにペコペコと頭を下げる。
「わたしは大丈夫ですよ!
フジくんこそ、無事でよかったです!」
身を引いて、闇を全て打ち払う太陽神のように笑うタカミを改めて見る。
赤いミニスカートに長袖のプリントシャツという、シンプルなコーディネイト。
一見すると安っぽいと言われてしまいそうな格好に思えた。
だがタカミの考えることだ、これらの衣装や組み合わせも幸せになるために考えられているのだろう。
「うん、タカミさんのお陰でまた不幸が減った気がしたよ」
ここまで来るのに何事もなかった。
さらにコケて痛い目にある前に、タカミが優しく抱きとめてくれたので、むしろ良いトラブルであったと言えるかもしれない。
「フジくんって思った以上に軽いですね!」
「……あはは、よく言われるよ。
体つきもそうだけど、よく女の子に間違えられるんだ。
おまけに身長も低いし」
先程のトラブルで分かったが、フジはタカミよりも身長が低かった。
恐らく幸福部でフジより身長の低いのはセンだけである。
タカミに抱きしめられた心地よさについて思い出せないでいるほど、フジにはショックだった。
「でもそれもフジくんの個性ですよ。
わたしはいいと思います!」
フジとしてはネガティブな個性だと思っていたが、タカミはやはり女神のような言葉でそれを肯定してくれる。
「ありがとう」
「はい! では集合場所に行きましょうか!」
#
紺ジーンズの上着に、プリントシャツ、黒のスカートの女の子が待ち合わせ場所でスマホをいじっていた。
シャツには禍々しいフォントの文字が書かれていたが、英語ではないらしくフジにはなんと書いてあるのか分からなかった。
その代わり、女の子が誰なのかは正面から見てよくわかった。
彼女はフジとタカミが一緒にやってきたのを見るなり、前髪の隙間からフジを睨んでいた。
「おはよう――タカミさん、同志フジ」
「お、おはよう……」
「おはようございます! センさん今日も一番乗りですね!」
赤いレーザポインタのようなセンの眼差しに気がついていないのか、タカミは元気な声でセンに挨拶をした。
するとセンはそのレーザポインタの電源を切って、
「幸せ探しの活動は――神の与えた試練の中でも最重要……。
一分一秒でも無駄にしたくないし――同志達の時間を無駄にさせたくない……」
「センさんのそのお考え、素敵だと思います!」
「……ありがとう」
そんなタカミの言葉を聞いたセンは、うつむいて小さな声でお礼を言った。
「はい!」
センはスマホを操作しているように親指を動かしているが、よく見ると画面は真っ黒だ。
「どうしました?」
「――な、なんでもない……気にしないで」
タカミの晴れやかな声に、センは慌てているような早口で答えた。
「おはようございますぅ~」
間延びした声がゆっくりとこちらにやってきた。
「おはようございます! ナスナさん!」
「おはよう」「おはよう……」
清楚な白ブラウス、ピンクのロングスカートのナスナは、きめ細やかな柄の高そうなバッグを持ってやってきた。
ナスナの家を考えると、このファッションを再現するのにどれくらいかかるのか、フジには想像もできない。
「おはよう、俺が最後だったみたいだねっ」
続いてさやわかな声のケントがやってきた。
「おはようございます!」「おはようございますぅ」「……おはよう」
白のパンツ、七分丈シャツを上に来たシンプルでさやわかな感じを受ける。
首からは銀色の星のネックレスをかけており、フジはそんなケントのファッションを眺めていた。
(僕もケントくんみたいにかっこよくキメられたらなぁ)
「おやっ、どうしたんだいフジくん?」
「あ、おはようケントくん」
「随分と俺を熱心に見てようだが?」
「あ、ふぁ、ファッションを見てたんだよ。ケントくん着こなしがかっこいいから」
「ふふっ、ありがとうっ」
(ケントくん、まるで女の子がファッションを褒められたときの返しだよ)
たまに出てくるケントのおかしな言い回しを不思議に思うが口には出せず、フジは軽く唇を噛む。
だが女性陣は、言い回しや様子を不思議に思っていないようで、いつもと変わらず幸せそうにニコニコとしている。
「では、第七回幸福部幸せ探し探検を開始します!」
タカミは高々と宣言をした。




