3-2 ケントはフジが気になる
「やあ、フジくんっ」
今日はケントひとりだけが部室に居た。スマホを置いてフジを椅子に座るように促す。
「君の手相、改めて時間をかけて確認したいんだがいいかなっ?」
「うん。いいけど、そんなに気になる?」
自分のような不幸な存在の手相が、そこまで興味深いものなのか。フジは首をかしげた。
「気になるねっ。
というより、あまりに信じられなくてね……ずっと調べてたんだ。
こんなことがありえるものかって」
「僕の手相が、信じられない?」
「そうさっ。
先日も言ったが僕は千人以上の手相を見てきたんだ。
誰もが幸運に恵まれる手相、または一長一短だったりして、極端に不幸な相が見えるひとはいなかった……」
「でも僕はその極端に不幸な相をしていた」
「そうさっ。おっと、ダジャレになってしまったなっ」
笑ってごまかすケントはそれでも絵になっていた。
女の子だったら今の言葉で黄色い悲鳴を上げていただろう。
「じゃあ、はい」
フジは左手を再度ケントの前に出す。
「では失礼するよっ」
今回は最初からルーペを取り出して手相を見始めた。
「やっぱり太陽線も財運線もない……。
先日は驚きのあまり見てなかったが運命線もとても薄いが、財産線はそれなりにあったねっ。
フジくん、差し支えなければどんなお家に暮らしているのか教えて欲しい」
「うちは一軒家二階建てなんだけど、両親の仕事については僕もよく分かってないんだよね。
一週間ほど家に居たり、と思ったら急に一ヶ月留守にしてお土産持って帰ってくるって感じ」
「ふむ、だが生活に困っているわけではなさそうだねっ」
「多分」
家庭の事情について両親はほとんど話してくれない。
給与はどのくらい貰っているのか、家賃やローンはあるのか、そもそもふたりがどんな仕事をしているのかフジはよく理解してない。
聞いても『フジはそういう心配しなくてもいいんだよ』と言って、ちゃんと答えてもらったことはない。
そのうえふたりはペンネームで呼び合うし、フジにもペンネームで呼ばせるので本名も実は知らなかったりする。
そんなフジはケントの質問に、曖昧な返事をするしかなかった。
「だが、問題のトラブル線が他の線にツタのように絡んでいる……。
これのせいで財産線が見えづらい。
こんな手相なら、君が歩けばあらゆるものにぶつかると言っているのもよく分かるよっ」
「そんなことも手相から分かるんだ」
「もちろんさっ。手相は人生の尺図みたいなものだからねっ。
明るい笑顔のグラビアアイドルも、手相を見たら暗い過去を背負っていることが見えたりすることもあるよっ」
「すごいね……」
ケントの手相占いで今のところ間違ったところはない。
そのうえ丁寧な言葉づかいに、優しい声で話されるとなんでも話してしまいそうな気さえする。
「写真も撮らせてもらえるかなっ?」
「う、うん。でも、なにに使うの?」
「研究さっ。これはデジタルデータで確認してみたいほど、貴重な資料になるよ」
言いながらケントはスマホのカメラでフジの手を撮影した。
「僕みたいな人間でも役に立つんだね……」
「無価値な人間なんていないさっ。
君が居てくれたから、いい方向に道を変えることができたひとは居ると思う。
俺だってそうだっ」
手相を見ていた顔を上げて、ケントはまさに自分がそうだといいたげな誇らしげな顔を向けた。
「そうなの?」
「君のおかげで、世界がまだまだ広いということを知ったんだ。
少なくとも俺は感謝してるよっ」
ケントはどんな女の子も恋に落としてしまいそうな優しい笑顔と、純水のような澄み切った声で言った。
「あ、ありがとう……」
(そんなこと言われたの初めてだ……)
あまりにまっすぐ礼を言われ、フジは顔を赤くしながら顔をそらした。
不幸の星の下に生まれた自分には、なにひとつ取り柄がないとフジは自身のことを思っていた。
だがそれでもケントは自分に価値があると言ってくれる。
(もしケントくんが女の子だったら、あるいは僕が女の子だったら、恋に落ちてたかもしれない……ってなに考えてるんだ僕は!)
思考がおかしくなっていったことに気がついたフジは、合わせて思考をそらすため、目の前のケントの笑顔を変えてもらうために話題をさぐり、
「け、ケントくんは自分の手相は見たことあるの?」
と早口気味に質問した。
「もちろんさ。とても幸せな手相をしているんだっ」
「幸せな手相って」
「見てごらん」
ケントは自分の左手を開いて前に出す。
その手はすらっとしており男子の武骨な形ではなく、ガラス細工のようだった。
「俺の場合は『運命線』『太陽線』と『ビューティー線』がとてもはっきり出ているっ。
これは仕事などで成功しやすいひとの相なんだっ。
手相を仕事にするかは分からないけど、将来は安泰するだろうと思っているっ」
自分のテストの結果を自慢するような言い方で、ケントは手相の説明をした。
フジからすればとても自己分析ができているふうに聞こえて、質問のしようがなかった。
「他の部員の子の手相も見たことある?」
「もちろんっ、みんな素敵な手の持ち主さっ」
スマホを操作して、フジにも見えるように前に出す。
「こんな感じで手相を見た後写真を撮らせてもらってるっ」
ケントの見せてきたデータフォルダには手の写真がずらりと並んでいた。
色を変えたらホラー映画のワンシーンか、モンスターの群れになってしまいそうだとフジは思う。
「これがナスナちゃんの手相だねっ。
まず『財産線』がとてつもなく濃い。
先日言ってたように豪華なお屋敷に暮らしているというのも納得がいくよっ」
「環境が手相に現れてるってことだね」
「さらに長い『生命線』にまっすぐ伸びた『健康線』からして、この子は大きな怪我も病気もなく過ごすことができるんじゃないかと思えるねっ」
「確かに病とか怪我とは無縁ってタイプかも」
ナスナが健康を害しているイメージがフジには想像できず、ケントの手相分析に頷く。
「そしてこれはセンさんの手相っ。
『神秘十字線』という、霊感のような不思議な力を持っているひとに出る相を持っている。
こんなに珍しい手相を持っているひとがいるなんて、本当に驚いたよっ」
「なんとなく分かる気がする」
自ら宗教を立ち上げるという行動力、神のお告げが聞こえ、試練を乗り越え幸せになるという考え、そして禍々しい御神体。
自分には見えていないものが、センには見えているのだろうとフジは感じているので、ケントの分析にも素直に同意する。
「対して『ファミリーリング』と呼ばれる家族に関わる相が薄いっ。
彼女はおばあちゃんっ子だと聞いている。
あまり詮索はしないが我々とは少し違う家庭環境にあるのだろう」
詮索はしないというケントの言葉に、フジは想像をやめる。
自分の両親も、その親や親戚について語らないし、聞いても答えてくれない。
皆事情があるのだ。
「最後にタカミちゃんの手だ」
ケントは声のトーンをひとつあげて、
「この子の手はすごいっ。
『運命線』『太陽線』は俺以上に濃く、『マスカケ線』という天下取りの相があるんだっ。
これは将来大物になるだろうと思うっ」
「……それもなんとなく分かる気がする」
フジの不幸エピソードを全てポジティブな考えに変換し、さらにフジの不幸体質を中和するほど幸せオーラを放つ存在。
いつも笑顔でいて、歩けばポニーテールを元気に揺らし、フジのような冴えない男子にも手を差し伸べてくれる慈愛の心を持っている。
そんな存在が将来どんな仕事について、どんな偉業を成し遂げるのか、フジには想像もできない。
「だが、お金に関する相が少し薄いのは気になるっ。
特に『財産線』はフジくんよりも薄いのは失礼ながら意外かもしれないねっ」
「僕より薄い?」
あまりにも意外な情報にフジは目を円くして首を傾げる。
この世に降臨した幸運の女神そのものと言っても信じられるタカミという存在が、自分よりも幸薄いパラメータをもっているとはまったく思えないからだ。
ケントも同じように不思議に思っているようで、自分の分析に意外そうな顔をしている。
「フジくんの『財産線』は少し太いというもあるけどねっ。
タカミちゃんの家について僕たちはなにも知らないし、本人が話さないなら詮索はしない。
だが、この薄さはあまり良くないことは確かだ」
「それって僕より不幸ってこと?」
「本人はそう思っていないかもしれないし、それを隠しているかもしれない。
だがもしタカミちゃんが困ったときは、俺達はすぐに彼女を助けてあげたいっ。
そうナスナちゃんとセンさんと話したことがあるほどには、タカミちゃんには『なにか秘密』があるだろうなっ」
「なにかあったときには……。僕もそう思うけど、なにができるかな」
そう考えフジは目線を落とす。
自分にはプラモデル作り以外の特技はない。
この技術だってネットで見るモデラーたちには遠く及ばず、あまり価値はないものだと感じている。
タカミ以外にも困っているひとが目の前に現れたらなにができるのだろうか。
自分だけが困っていると言って、助けてくれたひとになにができるのだろうか。
「ちょっと暗い話になってしまったねっ。詮索するのは俺の悪い癖だなっ」
間が悪そうにケントは右手でうなじを擦る。
そのポーズもファッション雑誌のモデルのようで、台詞も含めてフジからはかっこよく見えた。
「ううん。幸福部のみんなが仲間思いなのがよく分かったよ」
笑顔を振りまくタカミを皆が大切にしている。
彼女にそれだけの魅力があり、思われている分だけ幸せなのだろう。
フジは関心と羨望、そして自身もそうありたいという思いをを含めた感想を口にした。
「だが、マイナス要素を差し引いてもみんなすごい手相だっ。
『マスカケ線』を持っているひとはタカミさん以外だと徳川家康が有名かな。
さらに『神秘十字線』に関してはあんなに濃いのはセンさんだけだっ」
「徳川家康ってあの?」
「そう。歴史の授業で出てくる徳川家康さっ」
「……薄々気がついてたけど、この部活のひとたちってすごいんだね」
フジはヘビに睨まれたカエルのように体を固くする。
ケントも含めて、かなり運気に恵まれた手相をしていることが、今の解説でよく分かった。つまりそれは、幸福部は特別な人間の集まりだと言える。
そう考えるとどうして自分がここにいるのかが、疑問だ。
「その中でもタカミちゃんと君の手はきれいだ」
「きれい?」
「おっと、良い手相だってことさっ。フジくんももっと自信を持つといいよっ」
ケントは言い直したが、治す前の言い回しに疑問を持ちフジは首をかしげた。




