幽鬼2
「やはり一番に反応したのは両角さんでしたか。」
波瑠が一歩踏み出すと、奥村恵が険しい表情で睨み付けた。
それを目で制した両角は人の良さそうな細い目で波瑠を見据える。
「両角先輩だろ、波瑠。学園の中じゃ俺の方が上なんだぞ。」
「すみません。内と外の区別をつけるのはどうも苦手で。」
そう言うと波瑠はナイフについている両角の血を味見するかのように一舐めした。
「・・・相変わらず不味い血ですね。」
瞬間、溜息をもらした波瑠の瞳が紅に染まる。
「殺るのか。この俺と。」
両角は鼻で笑うと片手を空に向かって掲げた。
すると、白い影が幾多も現れ、一瞬にして波瑠の周りを取り囲んだ。
「いいだろう、相手になってやる・・・殺れ。」
両角の号令でそれまでユラユラと揺れていた白影が瞬く間に人型を帯びた。
「幽体を操る幽鬼、か。所詮、俺の敵じゃない。」
波瑠はナイフを右から左手に持ち替え、まだ形が朧だった白影の胸を一突きで貫いた。
途端に白影は白煙と化し、風に流されて跡形もなく四散する。
その光景を見届ける事無く、波瑠は横へと跳んだ。
それまで彼がいた場所に大鎌を振り上げた白影の刃が突き刺さる。
その白影の背後に素早く回り込み、胴体を真っ二つに分断。振り向き様に横に薙ぐ。
横薙ぎに遭った三つの白影をかいくぐって続けざまに新たな白影が姿を現したが、波瑠はそれに怖気付く事は無く、逆に笑みさえ浮かべて次々と白影を薙ぎ倒していった。
「おいおい、お化けまで殺せるのかよ。参ったなあ・・・。」
両角は言っている事と違って全く参ってなさそうに頭を掻いた。
すると、両角の足元で寝かされていた拓雅の瞼が僅かに震えた。
ゆっくりと目を開けた拓雅は、今、自分が置かれている状況が全く呑み込めずに繰り返し目を瞬かせた。
知らない男のバックに夕暮れの綺麗な空、男の傍には奥村恵が控えていて、険しい表情で一点を見詰めている。
彼女の視線を追った拓雅は白煙に見え隠れする波瑠の姿を捉えて息を呑んだ。
「波瑠・・・!」
掠れて出た声は両角の耳に届いてしまったようだった。
両角は身じろぎした拓雅の首を突然掴んだ。
起き上がりかけた頭がコンクリートに打ちつけられ、拓雅の意識は再び遠くなる。
「おっと、忘れてた。まだ狩りの途中だったな。」
両角は不敵な笑みを浮かべて錫杖を取り出し、それを拓雅の額に翳した。
「動くなよ。すぐ楽になるからな。」
再度環が激しく揺れ始め、拓雅の瞳孔は限界まで開いた。
身体のありとあらゆる部分に力が入らなくなり、瞬く間に抜かれていく。
気持ち悪いとさえ感じる奇妙な感覚は徐々に拓雅を苦しめた。
「いいねぇ。これだから狩りは止められねぇ。」
両角はまるでうっとりと見惚れるように悶え苦しむ拓雅の様子を見ていた。
と、錫杖の環の一つが突然パキッと音を立てて砕けた。
限界を告げる錫杖を持ち上げた両角はチッと舌打ちをした。
「くそっ。まさかこれほどの霊力とはな。まあいい、これだけ吸い取れりゃあ十分だ。」
両角は拓雅の首に置いていた手を放し、立ち上がった。
急に空気が身体に入ってきた拓雅は咳込みながらも身体を起こした。
「次はもっと容量の大きいやつにしなくちゃな。」
そう言うと両角はもう一度片手を空に掲げた。
途端に波瑠を足止めしていた白影が掻き消える。
「両角!」
「波瑠、勝負はまたにしよう。じゃあな。」
紅い瞳で狼のように睨む波瑠を両角は軽くいなして、奥村恵と共に踵を返した。
「待てっ!」
納得できていない様子の波瑠は、人とは思えない跳躍力で両角の背後まで迫った。
だが、あと少しというところで突如、両角を白い霧のようなものが覆い隠した。
ナイフの刃先が空を切ると、今度は波瑠の目の前に奥村恵の顔が現れ、人差し指を向けてきた。
「縛。」
瞬間、波瑠が目を見開き、ほんの一瞬だけ動きが鈍った。
その隙に彼女の姿も霧に紛れ、霧が晴れた時にはもう彼らの姿はなかった。




