転校先2
八百万学園は幼稚園から大学までの一通り揃っている大規模な教育機関だ。
故にその敷地の広さは言うまでもなく拓雅を驚愕させた。
学生の数も半端なく多い。広場の賑やかさだけでも一つの街のようである。
中等部の校舎は中央の広場から北西の方向に進んだ所にある。
隣には初等部があり、渡り廊下での行き来が可能だ。
波瑠と別れて職員室に行った後、担任の中年女性に連れられて廊下を歩いていた拓雅は、ふと
曲がり角の所で足を止めた。
ホームルームで誰もいない筈の廊下に制服を着た少女がこちらを見て立っていたのである。
病的に白いすぎる肌に長い黒髪がよく映えるその少女は拓雅と視線が合うと、まるで溶けるように姿を消した。
「源川君、どうかしましたか。」
担任に訝しめられて我に返った拓雅は、慌てて首を振った。
それから四階の教室まで上がるのに同じようなものを四回は見た。
一回は最初の少女と同じようにただ立っているだけですぐ消えたが、残りは頭上を浮遊したり、クスクスと笑い声を立て、果ては拓雅の身体に纏わりついて来たりと行動的な奴らだった。
だが、いずれも担任は全く気付く様子がなく、視えてしまう拓雅は全てにおいてノーリアクションで行くのにかなり苦労した。
やっと教室に辿り着いた時、彼の心身はもうヘトヘトだった。
一階から四階まで上がるのにここまで疲れたのは初めてだ。
しかし、この疲れた表情で教室に入るのは拓雅の第一印象にひどく影響する。
拓雅は顔の強張りを無理矢理すっ飛ばしてから担任の後に続いた。
拓雅が入った途端、それまで賑やかだった教室内がシンと静まり返った。
生徒達の目が拓雅一点に集中する。
(こういうの苦手なんだよな・・・)
学級委員の仕事で前に出た事はあるが、目の前にいるのが全員初対面となると話は変わってくる。
何処を見ればいいのか分からなかった拓雅は一番後ろで正面の列に座っている生徒だけは初対面ではない事に気が付いた。
波瑠は拓雅と目が合うと、ニコッと天使の微笑みを浮かべて小さく手を振った。
「へぇ、霊感があるんですね。拓雅は。」
そう言いながら波瑠はコンビニで買った苺メロンパンを口いっぱいに頬張った。
苺とついている時点で、もはやメロンパンではない気がするが。
場所は中等部棟の屋上。
心身共に疲れた拓雅の様子を見た波瑠が昼休憩に連れて来たのだ。
「それだけならいいんだけど。」
拓雅は一口だけ残っていた梅のおにぎりを食べ終えると、頭上に広がる晴天の空を仰ぎ見た。
こうして見ると何も邪魔がない空はとてつもなく広い。
自分が別世界に来てしまったかのような錯覚すら感じる。
「時々連れて行かれそうになるんだ。それか、憑依されるとか。」
「ふーん。ちょっといいでふか?」
メロンパンをお茶で流し込んだ波瑠は拓雅の前に回り込み、右手の人差し指を彼の額に当てた。
「・・・なるほど。確かに霊感どころではありませんね。」
パチンッ!
「痛ッ!」
不意に走った痛みに、拓雅は額を押さえて呻いた。
犯人は当然、波瑠だ。
「何で・・・?」
「いえ、ただやりたくなっただけです。」
真顔で返され、拓雅は瞬時に怒るのを諦めた。
彼は案外、悪戯好きのようだ。
「話を戻しますけど、これは並の霊力ではありません。」
波瑠はおもむろに立ち上がると、フェンスの傍まで歩み寄った。
眼下には八百万学園の敷地が広がる。
「霊力は言い換えれば生命力。生きているものなら誰でも持っているものです。
普通なら身体の奥に仕舞い込んでいる力ですが、拓雅の場合はその一部が死んだ霊と同化しやすいので しょう。
だからこうして集まって来る。」
振り返った波瑠は、振り向き様に隠し持っていたナイフを投げた。
ナイフは拓雅の肩を掠めてコンクリートの床にカランと転がる。
「え・・・。」
あまりにも突然の事で固まった拓雅は、耳元で「ぎゃっ!」という声が聞こえた気がして首をガクガクといわせながら背後を振り返った。
そこには同じく身体をガタガタと震わせた小さな女の子がへなっと座り込んで目に涙を溜めていた。
その身体は向こう側が見えるくらいまでに透き通り、特に足に至っては形すら朧だ。
「今は一人しか憑いていませんけど、朝は歩道橋の所まででも四人はいましたよ。」
波瑠は真っ直ぐに少女の霊を見据えた。
少女はビクッと肩を震わせたかと思うと、たちまち姿を消した。
「やはり昼間だと本性を現しませんか。」
どこか残念そうに溜息を吐いた波瑠は、コンクリートの上に転がったナイフを拾い上げた。
「波瑠も見えるの?」
緊張の糸が解けた拓雅はおずおずと尋ねた。
「ええ、多少は。」
答えた波瑠は座ったままの拓雅を見下げて鋭い目つきで言った。
「いいですか。死にたくなかったらそれなりの術を身に着けて下さい。
ここは拓雅が以前暮らしていた町とは違います。」
厳しい口調の波瑠に思わず怖気付いた拓雅は予冷のチャイムの音など耳に入らず、ただ澄んだ波瑠の美しい瞳を見詰め続ける事しか出来なかった。




