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琥珀紅の色  作者: ぺnon
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第一話 居候先

「ごめんねぇ。遅くなっちゃって。」



彼女は雨道を走る(リーフ)を器用に操作しながら拓雅に謝罪した。



「いえ・・・それより雨、凄いですね。」



後部座席に座る拓雅は窓に打ち付ける雨の水滴を横目で見ながら、ルームミラーに映る彼女の様子を窺った。


彼女は鏡越しに微笑んで

「こんなのどうって事ないわ。ちょっと揺れるけど、我慢してね。」

と言うなり、思いっきりハンドルを切った。


まるでカーチェイスでもしているかのように車体が烈しく傾く。

なんの準備もしていなかった拓雅は軽々と身体を持っていかれ、案の定、ドアに勢いよく頭をぶつけた。


対する彼女は慣れた手つきで徐々に速度を上げていく。

荒いとはいえ、彼女自身は思わず笑みが零れる程に楽しんでいるようだ。


拓雅はなんとか体制を立て直すと、ジンジンと痛む頭を右手で押さえた。



「これが、ちょっとですか。」



「そうよ。なんなら今から本気で行ってあげようか。」



「・・・遠慮しておきます。」



彼女の本気を想像しただけで寒気がした。

拓雅は気分転換に超高速で通過していく窓の外に目を向けた。

外の景色と言っても、夜九時をとうに過ぎているため見えるものなどある筈もない。

視界に広がるのは漆黒の深い闇だけで、窓ガラスにへばり付く滴以外は全て流れ星のように跡形もなく消えて行く。



「神崎先生。僕、これからどうなってしまうんでしょうか。」



拓雅は窓についた水滴を指でなぞった。

本来なら変化のない筈の水滴がガラス越しに触れた瞬間、四散する。



「そうねぇ・・・。」



ミラー越しに拓雅の姿を捉えた彼女は、何か考える口調で呟いたかと思うと突如、急ブレーキを踏んだ。



「・・・!!」



前のめりにまたしても頭をぶつけた拓雅はキッと抗議の目を彼女に向けた。が。



「別にどうにもならないわ。」



十分に拓雅を無視した彼女は茶色の瞳を前方に見据えたまま動かなかった。



「少なくともあんな風には、ね。」



彼女の言動に怪訝な表情を浮かべた拓雅は車のライトが照らし出していた影に思わず言葉を失った。


目の前を塞ぐようにして立っていたのは、一見少女と見紛う程華奢な容姿をした少年だった。

背中に棒状の何かを布で包んだものを背負っているところから怪しいが、何故か全身血まみれで白いシャツには斑のように赤い斑点がこびり付き、顔もところどころ血で汚れていた。

左手には一本のナイフが握られており、雨に混ざった赤い液体が刃から零れ落ちていく。


鮮やか過ぎる紅い瞳で少年は真っ直ぐに車内を睨み付けていた。



「―――――。」



拓雅はしばらくの間、蛇に睨まれた蛙のように動けなかった。

少しでも動いたら自分の明日はないと直感でそう思ったのだ。


拓雅の硬直が解けたのはバタンと車のドアの音が聞こえた時だった。

運転席を見ると彼女の姿がない。

前方に目を戻すと、ピンク色の傘を広げた彼女が、少年の元に駆け寄っているところが目に入った。


(危ない!)


拓雅は身を乗り出して叫びたかったがどうしても音にはならなかった。


少年の殺気がこもった目が彼女に向く。そして一瞬ナイフの鈍い光が走ったかと思ったが、それは杞憂に終わった。

少年は彼女にナイフを差し出しただけで何もせず、彼女も何食わぬ顔で少年からナイフを受け取り、ハンカチでそれを包んだ。



「拓雅君。助手席にタオルがあるでしょ。取ってくれる?」



彼女は少年を傘の内側に入れて車の傍まで連れて来た。

拓雅は躊躇いながらも助手席にあった真っ白のタオルを彼女に手渡した。



「ありがと。」



彼女は拓雅に微笑むと少年に傘を持たせて彼の黒髪を拭きはじめた。


真っ白だったタオルは瞬く間に赤く染まり、少年を一通り拭き終わる頃には、服以外はまともな状態に戻っていた。



「さ、貴方も車に乗って。」



彼女は後部座席のドアを開け、少年を拓雅の隣に乗せた。

拓雅は何とも言えない威圧を少年から感じて出来る限り左端に身を寄せる。



「それにしても驚いたわ。まさか貴方から迎えに来てくれるだなんて。」



車を再発進した彼女はやけに嬉しそうな様子でミラー越しに笑いかけた。

対する少年は腕組みをして彼女を睨め付ける。



「迎えになんか来るか、バカ。血気が切れただけだ。」



「あら、もう薬がなくなっちゃった?ごめんごめん。帰ったら渡すね。」



可愛い顔をして思わぬ毒気を放った少年に対し、慣れた様子の彼女はまるでケロッとしていた。




それからしばらくは三人とも無言だった。

拓雅は相変わらず萎縮し、彼女は極めて上機嫌に鼻歌なんかを口ずさむ。

少年は腕組みをしたまま目を閉じ、静かに神経を研ぎ澄ませているようだった。





「着いたよ。」



拓雅がうつらうつらし始めた頃、彼女の一言と同時に車が急停車した。

勢い余って窓ガラスに頭をぶつけたせいですっかり目が覚めてしまった。


頭を抱えながら車から降りた拓雅は、周りが緑に囲まれた森林だという事に初めて気が付いた。

目の前には閑静な住宅街にありそうなごく普通の一軒家。

表札には『神崎』という彼女の名字。

街中にしては自然すぎる環境に拓雅は目を丸くした。



「驚いた?でもね、こう見えてもちゃんと街中にあるのよ。」



彼女はパンツのポケットからニコちゃんのキーホルダーが付いた鍵を取り出した。

それで一軒家のドアロックを外すと拓雅と少年を室内へ招き入れた。



「ようこそ。ここが今日から拓雅君(あなた)の家よ。」




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