『Q』
2000字ないぐらい。
グロもエロもホラーありません。
三年A組の教室でのことです。窓際最前列の吉村さんは後ろの席の後藤さんを振り返り、昨日観たテレビ番組の話を始めました。そのまた後ろの席に座っていた山口さんも会話を耳に挟んで、席を立って二人の横に立ち、会話に加わりました。その様子をちらと見たのは山口さんの後ろの席に座っていた金沢さんです。金沢さんは周りの会話にも意識を傾けながらカバーを掛けた文庫本を読んでいます。その文庫本が何の本か気になっているのは金沢さんの後ろの席の芹澤さんです。芹澤さんは窓に寄りかかって机と机の間の通路に立った相田さんの話を聴きながら時折金沢さんの読んでいる本にそれとなく視線を向けています。芹澤さんは友達が少なく、金沢さんには友達が全くと言っていいほどいません。芹澤さんは金沢さんを自分の小規模なグループに入れてあげたいと考えていて、会話の種を探しています。その芹澤さんに通路から話しかけ続けている相田さんは芹澤さんが中心になっている小規模な女子グループの中では割とかわいらしい顔をしている人です芹澤さんの隣の席の下川くんは筆箱に入っているペンを一本ずつ取り出してはそれをまた一本ずつ筆箱に入れるという作
業を繰り返しています。その下川くんの前の席の福沢くんは食あたり体質で、今日もトイレに籠もっています。福沢くんの前の席の青木くんはそのまた前の席で行われていることを席を立った状態で見ています。そこでは、藤田くんがみんなの筆箱の中身を借りながらペンをキャンプファイヤーのように積み上げて高い塔を作っています。周りには自然と男子が集まってきていて、二つ隣の列と廊下側の前から三列の田沢くん、千原くん、寺田くんの六人はみんなこちらへ来て、固唾を飲んで藤田くんの奇妙な挑戦を見守っています。その隣の列の女子もケータイのカメラを構えながらそれを見ています。隣の列の最前列の鈴木さんはグミベアを機械的なリズムと動作で口へ運びながらその後ろの席の遠山さんと、これフェイスブックにあげよーぜーといった話をしています。遠山さんは鈴木さんのグミベアを失敬しながらいいねいいねと笑っています。この二人のそんな何も考えていないかのようなやりとりの後ろでは、柏原さんが無言で黙々と携帯電話をいじっています。柏原さんはどうやら電話帳の登録名を全部一月ごとにローマ字にしたり漢字にしたりひらがなにしたりと変えている
ようです。その柏原さんの後ろでは、笹山さんと篠原さんと丸山さんの仲良し三人組が縦一列に固まって、卒業したらディズニー行こうねーといった話をしています。その隣には美大へ行く國村くん、その隣の席で美術部の宮川さん、國村くんの前の席で文芸部の中村くん、その隣で理容系の専門学校へ進む小林さんの四人が膝を付き合わせて一冊の美術手帖をのぞき込みながら意見交換しています。どこから話が飛んだのか、今度鎌倉の寺社巡りに行こうなんて話に発展しています。中村くんの前の席では佐々木くんが机に突っ伏して寝ています。佐々木くんはいつもこんな感じです。その前の三席は先述の通り藤田くんのペンの塔に群がっていて席を外しています。その隣の席は芹澤さんに話しかけていた相田さんの席です。その後ろの、斉藤さんと大島さんと手嶋さんの三人は何か違うと言いながら黒板にミッキーを書いて比べています。教卓の席に着いた内藤先生は遊んだらちゃんと消すんだぞーと三人に声をかけています。窓際の列の五人は教室の後ろのスペースで前日のサッカーの試合に熱狂しています。城田くん、飯島くん、田宮くん、加藤くん、渡くん、徳田くんの五人で、
五人ともサッカーやテニス、バスケットボールといった運動部に所属しています。加藤くんがワンセグで録画した動画でゴールシーンを何度も流し、五人は円を組んだり人差し指を空に突き立てたりしながらオイッオイッオイッオイッと声を上げて床を踏みならしています。その内ほかの男子も集まってきて楽しく騒ぎ出すことでしょう。
そして彼らの後ろの席は、
窓際最後尾は、
空席。
花瓶。
そしてすべての幻影が音もなく姿を消しました。
教室で楽しく過ごしていたクラスメイトや先生たちはすっと薄れて消えました。
窓際最後列の、誰も座っていない椅子に、久保山くんは座っていました。本当はもうこの教室には誰もいません。密室にやわらかくあたたかい午後の日差しが降り注いでいるだけです。三月も末の日曜日のことでした。
みんな、卒業したのだなぁ。
久保山くんは小さな微笑みを浮かべると、淡い光に包まれて消えました。
では問題です。この問題文には全部で何人の人が登場したでしょうか。
(以下計算用スペース)