43. エピローグ
「オスカー。お前、エリザに惚れただろ?」
アシュベリー商会の執務室。
向かい合わせでお茶を飲んでいると、マーサが唐突に言った。
「ぶふっ……いきなり何ですか、母さん……」
「汚いね。見てたら分かるさ」
オスカーは慌てて口元を拭った。
「エリザ嬢とは、十歳も歳が違うんだよ」
「ふん。そんなの関係ないね。大事なのは本人たちの気持ちだよ」
マーサはカップを置いた。
「じゃあ、私がエリザに良い相手を紹介してもいいのかい?」
「それは……」
オスカーが言葉に詰まる。
「でも、私はエリザ嬢に迷惑を掛けたし……」
「まだそんなこと言ってるのかい」
マーサは呆れたように息を吐いた。
「盗まれた金なんか、とっくにお前は補填しているよ。それに、お前が客に頭を下げて回っていたのも聞いてる」
オスカーは黙った。
「全部、エリザのためだろ?」
「……そうだけど」
「なら、何を迷ってるんだい」
「私は仕事ばかりで、今まで恋愛なんてしたことがないんだ」
「何言ってるんだ。誰だって最初は初心者だよ」
マーサは笑った。
「エリザが、そんなことで人を馬鹿にする女に見えるかい?」
「見えないよ」
オスカーはすぐに答えた。
「エリザ嬢は、素敵な女性だよ」
「なら、花の一つでも買って、デートに誘いな」
マーサはにやりと笑った。
「そうでもしないと、エリザは仕事ばかりするからね」
「……分かったよ、母さん」
オスカーは、その日のうちに花を用意させた。
そして――。
店の金を盗まれた謝罪を口実に、エリザをデートへ誘った。
❖❖❖❖
「オスカー様、もう気にしなくてもよろしいのに……」
そう言いながらも、エリザは花束を大切そうに抱えた。
男性から花を贈られたのは、初めてだった。
嬉しかった。
デートの日。
朝起きると、部屋には新しいドレスが用意されていた。
「これ……」
実はエリザは、ずっと自分の服を買えずにいた。
自分はもう平民だ。
貴族の令嬢のように着飾ることに、どこか躊躇いがあった。
ブルーローズでも表に立つことはない。
だから、必要ないと思っていた。
けれど――。
「私が着てもいいのかな……」
そっとドレスに触れる。
「でも、オスカー様が私のために用意してくださったんだもの」
エリザは侍女たちに手伝ってもらい、久しぶりに美しいドレスへ袖を通した。
階段を下りる。
その先で、オスカーが待っていた。
エリザを見ると、目を細めた。
「エリザ嬢。とても綺麗だ」
「……ありがとうございます」
同じような言葉を、以前にも聞いたことがあった。
けれど。
なぜだろう。
ダミアンから言われた言葉が、どれほど薄っぺらいものだったのか。
エリザは、この時初めて気づいた。
街へ出る。
食事をしても。
店へ入っても。
気がつけば、支払いはすべて済んでいた。
「オスカー様。私の分は自分で払います」
「いいんですよ」
オスカーは当然のように答えた。
「これは、紳士の嗜みです」
「でも……」
「今日は、私があなたを誘ったんですから」
エリザは何も言えなくなった。
今まで、自分が払うことが当たり前だった。
服も。
食事も。
贈り物も。
それを、愛することだと思っていた。
けれど――。
違ったのかもしれない。
自分は、なんて都合のいい女だったのだろう。
今更ながら、少し恥ずかしくなった。
オスカーとは、話も合った。
仕事のこと。
ブルーローズのこと。
働く女性たちのこと。
平民であろうと貴族であろうと、一人の人間として接すること。
誰に対しても礼を尽くすこと。
そして、仕事には決して手を抜かないこと。
エリザは、そんなオスカーを尊敬していた。
ブルーローズのために、自分の知らないところで何度も頭を下げてくれていた。
それを知った時から――。
少しずつ。
エリザの中で、オスカーを見る目は変わっていた。
やがて。
オスカーからプロポーズされたエリザは――。
嬉しそうに、頷いた。
❖❖❖❖
オスカーとエリザは結婚した。
ブルーローズは、ロズウェル伯爵領にも支店を構えた。
そこには、領地でしか買えない限定商品を並べた。
やがて人々は、それを目当てにロズウェル伯爵領を訪れるようになった。
陰りの見え始めていた領地に、少しずつ活気が戻っていく。
ブルーローズは、その後も成長を続けた。
子どもがいても。
長い時間働けなくても。
それぞれに合った形で働ける場所を作り続けた。
ドレスの人気が落ち着けば、化粧品を持ち歩ける小さなポーチなど、新しい商品を生み出した。
そのたびに店には人が集まり、笑い声が増えた。
店で。
街で。
そして、遠く離れた土地でも。
ブルーローズの商品を見かけるようになった。
その印には、いつも――。
四つ葉のクローバーをくわえた、青い鳥がいた。
小さな刺繍から始まったブルーローズ。
その青い鳥は――。
今日も、羽ばたき続けている。




