エピローグ
目を覚ましてから初めての夜、私とカイは体を横たえてるムクムクのお腹に寄りかかって暖をとった。
モップみたいな毛並みは固めだけど、見た目以上にあたたかくて気持ちいい。
トルカナの森の空気は目覚めたばかりの私の体に良いらしいので、今夜は大事を取ってこのまま休むことにした。
カイのランタンに精霊さんがいてくれるおかげで、お互いの顔が見えるぐらい明るい。
何気なく身動ぐと、カイは側に置いてあった自分のローブを私にかけてくれた。
大きくなった私でもすっぽり覆う大人サイズのローブだ。
(まさか五年も経ってたなんて……)
意識の中では眠ってる事が多かったけど、感覚としたら三、四日ぐらいの感覚だった。
でも目が覚めたら私の手足はまるで別人みたいに伸びていて、肩出しのナイトドレスも胸の膨らみのおかげでちゃんと着こなせていた。
何より髪が長い。
でも一番時間の流れを感じたのは、背も肩幅も大きくなったカイを見た時だ。
襟足が少しはねてたアッシュグレーの髪もひとまとめにできる程伸びてるし、顔から首のラインもゴツゴツしてて男らしい。
だけどどこか色っぽく見えるのは、私に向ける眼差しがやさしいからかな。
とにかくとにかくカッコ良くなってる!
そんな事を考えてたら、カイは頬を赤くして耳をパタパタ、と揺らした。
「……お前、さっきからこっち見すぎ」
「え? だって久しぶりだからつい……」
「こっちが恥ずかしくなるだろ」
そう言ってカイは私を自分の前に座らせて後ろからギュッと抱き込んだ。
昔は同じぐらいの身長だったのに、こんな事ができるようになったんだ。
何だかおかしくて口がゆるんでしまう。
「カイ、助けてくれてありがとね」
「礼を言われる立場じゃねぇよ。 俺がもっと早く帰ってたらこんな事にならずに済んだんだから」
「確かに寂しかったけど、またこうして会えたんだもん。 幸せだよ」
「……そっか」
この後、カイは色んな事を教えてくれた。
一つは次期国王になる筈だったラインハルトお兄さまが、あの日以来一度も人前に姿を見せていない事。
王族でも加護を無くした人間はやっぱり表舞台に立つ事は許されないみたいだ。
一応ランタッベルでは女王の存在も認めているから、このままだとマリアーナお姉さまが継ぐ事になる。
でも勉強の苦手だったマリアーナお姉さまが今更国務を果たせる訳でもない。
おかげで何度もクーデターが起きてしまい、床に伏していた国王様はとうとうフカルクに救済を求めたのだった。
これを機にフカルクから多くの調査団が派遣され、魔法や薬の研究、鉱石や名産品の取引などもどんどん盛んになり、国は人種を超えた交流がふえてきた。
勿論確執はまだまだあるけれど、二つの国を隔てていた国境のカベも取り壊そうという運動が起きてるとか。
「そういえば国境の壁が出来た本当の理由って何だと思う?」
「え? 戦争が起きるのを防ぐ為じゃないの?」
「実はあれ、三百年前にロウハさんがバイエノールさんを怒らせて出来た、ケンカの《《跡》》なんだってさ」
「ケンカしてあのカベができたの?!」
「あぁ。 だから今回仲直りした事が影響して両国の関係も変わってきてるらしい。 とんでもない話だよな」
「ホントだね……。 それにしてもそこまで怒らせるなんて何やったんだろう?」
「さぁ、神のみぞ知るってヤツだろ」
「神……」
「どうした」
「そういえば、ロウハさんって何者だったの?」
「ランタッベルを守る創造神だった」
「……え?! ウソ?!」
「バイエノールさんが言うんだから間違いない。 それにお前の兄貴の加護を返上させたのもロウハさんだからな」
「そ、そう……」
白シャツでサスペンダー、しかも裸足で生活してたロウハさんがまさか神様だったなんて。
もしかしたらあの時『僕が保証してあげるから大丈夫』って言っていたのは、『僕の力で何とかしてあげるから』っていう意味だったのかも。
あぁ、妙にしっくりきた。
「私たち、すごい人たちと出会ってたんだね」
「そうだな」
私達はクスクスと笑いあった。
「明日は一番にロウハさんに挨拶に行くか」
「うん。 やっぱりランタッベルにいるの?」
「あぁ。 『可愛い娘が安心して暮らせる国にするんだ』って今まで以上に張り切ってる」
「娘? ロウハさんて子どもがいるの?」
聞き返すとカイは目を丸くした後、眉を下げて笑った。
「……明日会えば分かるよ。 今日はもう寝て明日に備えよう」
そう言ってさっさとランタンの明かりを小さくしてしまった。
「まって! もっとお話聞きたいよ!」
「慌てるなって。 これからはずっと一緒にいるんだから明日に回したって問題ない」
「……」
「お前こそちゃんと起きてくれよ?」
カイはまるで縋るように私の首元に顔を擦りよせた。
伸びた前髪がちょっとくすぐったいけど、ちゃんとカイがそばにいるんだって実感できてうれしい。
「……わかった」
そうだ、これが夢じゃないことを確かめなきゃだ。
私はカイに体をあずけると、ゆっくりゆっくりと目を閉じた。
久しぶりにカイと一緒に眠れる。
だから明日は今よりもずっと幸せな気持ちで目が覚めるはずだ。
◇
次の日の朝、バイエノールさんも一緒にランタッベルの国境前の森に向かった。
ロウハさんが住むこの森も木々が青々と生い茂って空気もすごく澄んでる。
でも本人はそこをくぐり抜けていったもっと先にいるらしい。
五年も眠っていたせいで筋力がすっかり落ちていた私は、カイに抱えられながら森のさらに奥へと向かった。
「わぁ……!」
辿り着いた先は一面のお花畑。
青い絨毯のようにお花が敷き詰められていて、まるで空が足元に広がってるみたいだった。
私はドキドキしながらその空に足を置いた。
「ティルダちゃん! 目が覚めたんだね!」
ロウハさんは私を見つけるなり滝のような涙を流しながら、ギュウギュウに抱きしめてくれた。
「僕が不甲斐ないばかりに辛い思いをさせたね。 本当にごめんよ」
「ロウハさんの所為じゃないよ。 むしろお兄さまを叱ってくれたって聞いたよ? ありがとう」
「そんなのお父さんなんだから当然だよ!」
「……『お父さん』?」
ロウハさんが胸を張る理由がわからなくて、私はカイにチラリと視線をおくった。
するとカイはニッと白い歯を見せた。
「お前、ロウハさんとバイエノールさんの子どもになったんだよ」
「えっ?!」
「カイの提案なんだよ。 そもそも『精霊の愛し仔』は創造神の僕と精霊女王のバイエノールの力を分け与えた人間だからね。 だから僕達は家族になれるし、なれば王族と縁を切る事も可能なんだよ」
「話を聞いた時はホントにびっくりしたわ。 直感が働いたとはいえ、私達を結びつけちゃおうなんてとんでもないことを考えるんだから。 でもさすが、私が認めたコだわ」
よしよしとカイの頭を撫でるバイエノールさんに、満面の笑みでウンウンとうなずくロウハさん。
確かに王族と縁を切るなら神様と一緒になるぐらいしか方法がないかも。
でもそれを、カイが……?
「これからはロウハさんとバイエノールさんが親代わりだから二人の意見を聞いて暮らせばいい。 俺も頻繁に会いに行くから」
「カイ……」
「これが俺の見つけた一緒に幸せになる方法だ。 もうお前は自分の意思でどこへでも行けるから安心しろ」
『自分の意思でどこへでも行ける』
私がずっとずっと欲しかったものだ。
(ホントにとびっきりのプレゼントだ……)
そんな未来が来るなんて思わなかった。
幸せで胸が一杯になって、私は泣きながらカイの胸に飛び込んだ。
カイもまた、私をやさしく抱き締め返してくれた。
「さてさて、これから二人はどうするつもりだい? 君達が必要なら新居だってすぐに準備するよ?」
「それなら結婚式が先じゃない? 私は早く二人の子どもが見たいわぁ」
アハハウフフと私たちの未来を語る二人を見て、カイは顔を赤くしながら眉を寄せた。
「二人とも気が早いですって! 婚姻はともかく子どもは十六歳にならなきゃムリですから!」
『えー……』とあからさまに不満をもらすロウハさんとバイエノールさん。
王族じゃなくなっても、そこは国が決めたルールだから守らなきゃいけないからね。
でもそんなふうになれるまで、カイと一緒にいられたらうれしいな。
するとカイは私を抱き上げて微笑んだ。
「なぁティルダ。 お前さえ良ければまた一緒に旅に出ないか?」
思いがけない誘いにパッと目の前が明るくなった。
「お前を助けてくれた精霊達の仲間にお礼を言いたいんだ。 勿論お前の体が最優先だけど」
「行きたい! ……でもそれって結構な長旅になるんじゃないの? お城でのお仕事はしなくてもいいの?」
「俺はもう王族をやめて、精霊達を守る守り人になってるから問題ない」
「え?!」
「何だよ。 王族だった方が都合が良いのか?」
「ちがうよ! だって、あのお城にはちゃんとカイの居場所があったのに……」
「フラフラ旅ばっかりしてる王族なんて体裁が悪いだろ」
「そう、かもしれないけど……」
そもそも旅をしなきゃいけなくなったのは私のせいだから。
後ろめたくて目線をさげると、カイはそのまま私の額と自分の額をくっつけた。
「クライブにはだいぶ止められたけど、ちゃんと兄様達とは話がついてる。 それにこっちの方が俺の性にはあってるから良いんだよ」
確かにカイはディオン様や私のためにお城を出ていったりしたもんね。
思い出してちょっと口がゆるむ。
私はカイと額をくっつけたまま目線だけカイに向けた。
「カイが幸せならそれでいい。 カイが何者でも私は好きだから」
手を伸ばせば手を差し出してくれる。
笑えば笑い返してくれる。
泣いたら泣き止むまで一緒にいてくれる。
そんなカイが好きだから。
「よし、進むべき道が決まったなら早速お祝いだ!」
後ろで話を聞いてたロウハさんが、空へ向かって右手を勢いよく振り上げた。
「二人の新しい門出に祝福を!!」
歓喜の声は空に向かい、足元からはたくさんの薄青の花びらが舞い上がる。
まるで空のカケラが降ってきてるみたいで、その神秘的な光景に息を呑んだ。
「すごい、夢みたい……」
「夢じゃない。 全部、本物だ」
そう、これは夢物語じゃない。
私たちが旅して見つけた、夢のような本当の物語だ。
―――― 終 ――――




