第2章 | パート14: 魔導通信
はぁ
静寂。
あまりの静けさに、自分の呼吸音さえも耳元で響く雷鳴のように聞こえた。
薄い霧に包まれた森の中、羊のような姿をした少年――**バニー**が、あらん限りの力で走っていた。息は乱れ、胸が激しく上下する。
**ドクッ、ドクッ、ドクッ!**
心臓の鼓動が、湿った土を蹴る足音と競い合うように鳴り響く。
背後の黒い影が、彼をさらなるパニックへと陥れた。一瞬振り返るが、そこには何も見えない。しかし、確かな恐怖が全方位から彼を圧迫していた。
「逃げなきゃ……行かなきゃ……」
こらえきれない嗚咽の合間に、彼はそう呟いた。
彼は苔むした巨木の陰に滑り込み、激しく体を震わせた。
手で口を覆い、泣き声を押し殺し、吐息さえも漏らさないように耐える。
夜風が静かにそよいだが、彼の耳にはそれが死の囁きのように聞こえた。
その時――**ガシャン、ガシャン、ガシャン!**
金属鎧の音がゆっくりと近づき、静寂を切り裂いて響いた。
重い足音がすぐそばまで迫る。
バニーは息を止めた。目は見開かれ、こめかみから冷や汗が流れる。
突然、鎧に包まれた手が彼の肩に触れた。
「ああああああああああ!!」
絶叫が空気を切り裂いた。彼は必死に身をよじり、逃げようとする。
鎧の人物は慌てて彼を制した。
「落ち着け! 落ち着くんだ、私だ!」
急ぎ足の声は低かったが、どこか優しさがこもっていた。
バニーが涙に濡れた瞳で見上げると、そこにいたのは後方部隊の現場指揮官――**カイト**だった。
**リアム**は膝をつき、少年の肩を優しく叩いた。
「私の話を聞け。お前はもう安全だ」となだめるように言った。
しかし、バニーは震えが止まらず、恐怖のあまり力なく座り込んだ。
カイトは溜息をつくと、優しく、しかし毅然とした動作でその小さな体を抱き上げた。まるで怯えた子猫を救い上げるかのように。
「大丈夫だ、坊や。もう安全だぞ」とリアムが言い、周囲を警戒して脅威がないかを確認した。
遠くで木の車輪が軋む音が聞こえた。二頭の巨大な鹿のような獣に引かれた野戦馬車が、木々の間から姿を現した。その上には戦略顧問の**チョサ**が座り、遠くを見つめていた。
「どうした、リアム!?」カイトが馬車へ向かって急ぎ足で進みながら叫んだ。一歩ごとに鎧が鳴り響く。
バニーはうつむき、途切れ途切れの声で言った。「後ろに……何かが……みんな、やられた……」
チョサはすぐさま立ち上がった。彼女のマントが風に翻る。
その眼差しは鋭かったが、泥と涙にまみれたリアム(バニーを抱える者)の顔を見て、その声のトーンを和らげた。
「あなたは……バニーね?」と彼女は静かに言った。
リアム(バニー)は困惑して顔を上げた。
「知り合いか、チョサ?」カイトが、少年が震えないように支えながら尋ねた。
チョサは遠くを見つめ、記憶を辿った。
「ええ……ミアのチームの子よ。弓兵部隊の回復師だわ。」
カイトは長い間その少年を見つめ、息を飲んだ。
周囲の空気が一瞬、凍りついたようだった。
その少年――バニーは馬車をじっと見つめ、その小さな瞳には恐怖と喪失感が入り混じっていた。
西の空から、遠く微かな咆哮が響いてきた……。それは、前線の戦いがまだ終わっていないことを告げる合図だった。
海の潮風が避難民たちの顔を叩く。デンドロの港は、急ぎ足の足音と押し殺した泣き声で溢れていた。
波が桟橋の柱にぶつかり、まるで西の大陸で起きている惨劇を不安がっているかのようだった。
土埃と血に汚れた濃緑のマントを纏ったチョサは、急造の監視塔となった馬車の上に立っていた。
彼女の目は地平線の彼方を見据えていた。西の方向では、閃光と魔法の霧が空高く舞い上がっている。
「急げ! 全員を第二、第三艦に乗せるんだ! 一人も取り残すな!」
彼女の低い声が、風に軋む帆柱の間に響き渡った。
子供たちは泣き、母親たちは彼らを強く抱きしめ、父親たちは青ざめた顔をしながらも強くあろうと努めていた。
チョサは馬車から降り、一人一人の安全を確認しながら歩いた。しかし、その瞳の奥には隠しきれない焦燥があった。
彼女は海岸の向こうに広がる遠い森を見つめた。
そこから、恐ろしい咆哮が聞こえてきた。深く、長く、空気を震わせる声。
足元の大地が微かに震えた。
チョサの顔がこわばった。
彼女はマントの中から、縁に複雑な彫刻が施された円盤状のクリスタルを取り出した。ルミネ製の中距離魔導通信機――魔法軍の高官しか持たない代物だ。
彼女はそれを起動した。
ノイズと唸り音が響き、まるでクリスタルの中に風が閉じ込められたような音がした。
「――ザザッ――……もしもし……――ッ――……こちらデンドロのチョサ……。ルミネの王都へ、至急回線をつないで!」
クリスタルの画面が揺れ、やがて豪華な屋敷の広間の映像がぼんやりと映し出された。
そこには、黒い髪を乱し、正装を崩した姿の**カイト**が、怪訝な表情で通信機を見つめていた。
「チョサか? ひどい声だな。一体何があった?」
チョサは真剣な眼差しで、荒い息を吐きながら言った。
「……カイト、最悪の事態よ。ジローとシンシアが……デンドロの三体の神話生物と対峙しているわ。」
屋敷の中が、一瞬で静まり返った。
数秒後、大理石の階段を駆け下りる急ぎ足の音が聞こえた。
ショートヘアの**メイ**が戦闘用ローブを纏って現れた。
その後ろには、クリスタルの付いた短槍を持つ**ジョイ**、地図の巻物を抱えた**ピタ**、鎧の紐を締め直す**リアム**、二本の短剣を弄ぶ**トリック**、そして部屋の隅に静かに立ち、鋭い眼差しで床を見つめる**ブラッド**の姿があった。
カイトは全員を見渡した。
「チョサの話では……三体の神話生物だ。ということは――」
「『狂暴』、『反逆』、そして『角を持つ者』……」
メイが沈痛な面持ちで言葉を継いだ。
「――目覚めてはならないはずの、三体の古の守護者ね。」
長い沈黙。
屋敷の中に時計の秒針の音だけがはっきりと響いた。
二階から、銀髪の少年が自分にはまだ大きすぎる木剣を手に、慌てて下りてきた。
**レオポルド**だ。
「僕も行く! 役に立てるはずだ!」と彼は大声で叫んだ。
しかし近づく前に、カイトが彼の肩に手を置き、優しく、しかし断固として言った。
「今回はダメだ、レオ。お前はまだ若すぎる。お前が行けば、助けではなく――犠牲が増えるだけだ。」
レオポルドはうつむき、剣の柄を強く握りしめた。
「……でも、僕もみんなを守りたいんだ。」
誰も答えなかった。ただ、静かな眼差しが、彼が階段を戻っていく姿を見送った。
カイトは仲間に向き直った。
「魔導艇の準備を。大きな船を待つ時間はない――遅すぎる。」
ピタが首を振った。「普通の舟では、あの運河を渡るのに二日はかかるわ。」
「だが、水面に魔力を流し込めば話は別だ」とトリックが薄く笑って答えた。
彼は手をかざし、空中に青緑色の魔法陣を描き出した。
⚜️ **デンドロへの旅路**
夜風が静かにそよいだが、彼らの下の海面はエメラルド色の魔法陣で輝いていた。
小さな舟は櫂を使うことなく、水面に沿って流れる魔力の奔流に乗り、猛スピードで滑走していった。
リアムは船首に立ち、戦闘用マントを翻しながら、腰の剣の柄を握りしめていた。
カイトは目を閉じ、海の声に耳を澄ませる。
メイは中央に座り、潮流を安定させるために魔力を集中させていた。
ジョイとピタは星の位置を確認し、航路が逸れないように見守った。
「……デンドロは今頃、地獄と化しているだろうな」と、ブラッドが誰を見るでもなく呟いた。
トリックは軽い口調で返したが、その瞳に光はなかった。
「あいつらが生きてたら、待ってなかった罪でジローに一発お見舞いしてやるよ。」
海が震え、魔力の流れがさらに強まったことを知らせた。
舟の下の光は、水中に閉じ込められたオーロラのように踊っていた。
夜明けが地平線を突き抜ける頃、彼らは遠くにデンドロの大地を捉えた――かつての緑豊かな森は半分が焼け落ち、黒い霧が飢えた獣のように渦巻いていた。
舟は岸辺まで滑り込み、静かに停止した。
桟橋ではチョサが既に待っていた。彼女の隣には、魔法障壁に覆われた巨大な馬車が控えていた。
彼女は手を振った。
「早く乗って! 前線へ向かうわよ!」
リアムが真っ先に飛び乗り、左右を固めるカイトとブラッドがそれに続いた。
車輪が軋み、砂埃を舞い上げながら馬車は猛スピードで走り出した。
風が、血と鉄の匂いを運んでくる。
遠くで――再び咆哮が聞こえた。
より大きく。
より近く。
メイはその音のする方向を見つめ、静かに呟いた。
「間に合ってくれればいいけれど……。
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