捜索ヘリ
警視庁内にアナウンスが響く。
「警視庁から各局。警視庁から各局。新宿区で誘拐事件発生」
上空では捜索ヘリがバラバラバラとプロペラを回している。操縦しているのは警視庁捜査一課ヘリロイド班の刑事、遠藤円香。
「回、捜索開始」
彼女は呟く。すると、ぼわっと立体映像が映し出される。人工知能の戸内回だ。
「了解」
戸内回は、捜索ヘリに搭載されている人工知能で、通称ヘリロイド。二人は、誘拐事件の被害者をヘリで捜索する捜査官である。
捜索ヘリには、顔認証システムや赤外線、映像から音声を解析出来る特殊カメラと、屋内の音声をガラスの振動で読み取るシステムも搭載している。
バラバラバラと二人は上空を行く。
「特殊マイクによる不審車両は?」
円香は回に確認する。
「該当車両なし」
回は淡々と話す。
「家屋は?」
「該当家屋なし」
「……」
円香は黙る。
――この地域ではないのか。
バラバラバラとプロペラが回る。二人は、少し進んだ所で、再捜索をしていた。
「再度捜索」
「了解」
「……」
「……」
二人は耳を澄ます。
《静かにしてろ。警察のヘリだ》
「!」
――聞こえた!
回は立体映像の瞳を開く。
「該当家屋あり。データを本部へ送信しますか?」
回は即座に、パートナーの円香に尋ねる。
「はい」
ピピッ。電子音が鳴り、送信が完了した。
「所在地の表示と本部への送信を完了しました」
回は、アナウンスで知らせた。
「ありがとう」
円香はいつも通り、お礼の言葉を彼にかけた。
じじじじっと無線が鳴る。
《こちら本部。データ確認しました。その家屋に犯人、人質共にいると推測。航空係全組、その家屋に注意せよ》
「はい」
捜査本部にいる、本部長の男性からだった。
遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえて来た。
――来た。地上班。
すると、無線から声が聞こえて来た。
《こちら第7班。家屋からの人物の出入りは?》
「ありません」
円香が答える。
《了解》
無線からその返答が聞こえた。そして、本部長の声で、突入が決行された。
《第7班。突入》
地上では、ドアが吹き飛んでいた。
「……」
《犯人確保!》
《人質保護!》
――よし!
円香は微笑む。
「回、帰りましょう」
「はい」
次の日
バラバラバラとプロペラが回る。捜索ヘリは上空を行く。
――見当たらないな。
回は耳を澄まして、音声解析をしていた。
じじじっと無線。本部長の穂葉龍治の声だった。
《遠藤、捜索はもういい。一時戻って来い》
「はい、分かりました」
円香は無線で応答する。その後、操縦桿に力を入れた。
「戻りましょう」
「はい」
渋谷区女子誘拐事件捜査本部。
「最初の誘拐が起きてから、既に24時間が経過した。1人目の女子の生命の危機に関わる。早期解決をするように」
穂葉龍治は捜査会議を始める。
ガタッ。報告をする刑事たちは席を立って報告する。
「被害者は3名、共に女子中学生。渋谷区で誘拐されたとの情報」
「次!」
「はい! 被害者の3名に、渋谷区在住以外共通点なし、との事です」
「次!」
「はい! 被害者の3名共に、身代金の要求はまだです」
すると、捜査本部の後方ドアがバタッと開いた。
「本部長!」
「何だ?」
穂葉龍治は注意をそちらへ向ける。
「インターネット上にこの誘拐事件の犯人らしき人物から声明文が公開されています」
その刑事は声を大きく、話した。
「分かった、見せなさい」
『偉大なる警視庁捜査一課強行班殿 この度の女子中学生誘拐事件の目的は金銭目的ではありません。あなたたち警視庁の実力を私にみせてもらいたく、この事件を起こしました。今度こそ私の期待を裏切らないでもらいたいです。 A.I. 5-1』
――A.I.!?
刑事たちがざわつく。
「このA.I.ナンバーだと、本体が建物内に埋め込まれた人工知能としか分かりませんね」
「それに無理ですよね。相手が人工知能なら」
「実行犯が他にいるという事だろう」
「でも、一体誰が人工知能に協力します?」
「……」
円香は黙って聞いている。
「金に目がくらんだ人物か、それとも、実行犯も人工知能が搭載されたアンドロイドたちか、どちらかだ」
「……」
「前者は、良くても、後者は、厄介ですね。しかも、首謀者が人工知能となるとは」
「……」
彼女は足を組んで、頬杖をしている。
「補佐官」
穂葉龍治のその声に、人工知能のHAKUIは立体映像で姿を現す。
「何でしょうか?」
HAKUIの立体映像が少し揺らぐ。
「サイバー対策課デジタル警備機械班へ連絡を。彼らに今回の人工知能の特定を頼みたい」
「はい。連絡いたします」
彼はそう答えると、立体映像を収納していった。
「それから、航空班の皆は捜索へ行って下さい」
「はい」
サイバー対策課デジタル警備機械班。
その室内からは、カタカタカタとパソコンのキーボードのタイプ音が響いていた。数人の警察機械の人工知能搭載のアンドロイドたちがいるのだ。
「見つけた、犯行声明文の続き」
都内上空、捜索ヘリはバラバラバラと音を立てる。
「なぁ、なぁ」
回が円香に話しかける。
「何?」
「さっきから、同じ音が聞こえているんだけど」
「……え!? 何で早く言わないの!」
円香は少し声を上げる。
「だって、ただの音だよ? 会話じゃなかったから、違うのかなって」
回は戸惑う。
「モールス信号かもしれないでしょ!」
「え!? あれが!? 初めて聞いた」
「それより、場所は!?」
「えーっと、警視庁の地下です」
「!」
――何で?
警視総監室。
「この文章を握りつぶせと?」
「えぇ」
室内には、補佐官のHAKUIと警視総監の女性、甲斐手絵里の二人がいた。
『今回は、被害者の女子中学生たちの体調面を考えて、ここで〈捜査監察〉を終了とさせてもらいます。我々も死角には、気を付けますので、どうかあなたたちもと思います。それでは、失礼いたします。 人工知能KOKUI』
「この文章は、どこまでの者が知っているんだ?」
「この文章を発見したサイバー対策課デジタル警備機械班の警察機械です。あなた以外の人類は、まったく知りません」
「策は?」
「削除済みです。気おくれすることはありません」
「分かった。君に従おう」
「ありがとうございます」
HAKUIはそう言うと、自身の立体映像を収納して、去って行った。
バラバラバラと上空を捜索ヘリが行く。
「本部長! こちら捜索ヘリ6-1。被害者たちがいる可能性のある建物を発見」
円香は無線でそれを知らせる。
《こちら本部。人質はすでに保護している》
「!?」
《君たちは、戻って来い》
「?」
円香は違和感を感じた。
「どうしたんだよ?」
回はそんな円香に気付く。
「どうして、もう既に人質が保護されているの?」
円香は呟く。
「?」
回は首を傾げる。
「人質が見つかっていたのなら、報告が無線で聞こえるはずなのに」
「確かに」
捜査本部。
「みんな、いいか? 今回のこの事件、後は上層部と警察機械たちの捜査で終了する事となった」
穂葉龍治は刑事たちに告げた。
「どうしてですか!?」
「一番上からの直属の命令らしい。理由は、私にも分からない。が、本部は、ここで解散だ。以上」
ガタッ。穂葉龍治は椅子から立ち上がると、捜査本部を後にした。
次の日。
『警視庁 誘拐被害者の女子中学生3名 救出に成功』
「……」
円香は、少し悲しそうに新聞の見出しを見つめていた。
「どうした?」
ずでーーーん。回は立体映像の姿で円香の机の上に寝転んでいた。
「いや。警視庁の地下にいた事には、触れられていない」
円香は、新聞をたたみながら、答えた。
「そっか。でも、灯台下暗しじゃ、発表出来ないよな?」
「そうね」
――今回、上層部の他に情報のコントロールをした人物は、一体誰?
円香は窓の外の空を見た。
ぼわっ。立体映像が現れた。
「いい加減にしてもらえますか?」
HAKUIだった。
「何がだ?」
警察庁の管理人工知能、KOKUIは聞き返す。
「警察を試すようなこと」
HAKUIは彼を睨んだ。
「警察を試しているのではない」
「……」
「人類を試している」
KOKUIはにやりと笑って言った。
「!!」
――バカが……。
HAKUIは拳を握った。
格納庫。
ぼわっと立体映像の出現する音がした。
「?」
回は、振り返った。
「久しぶりですね。入庁以来でしょうか」
――補佐官!?
HAKUIの姿があった。
「……」
「……」
「ご用は、何
「敬語はいい! 知っているんだろう!」
HAKUIは回の声を遮り、少し声を荒げる。
「?」
「昨日の被害者たちの監禁場所!」
「!」
「君のパートナーの彼女の日誌には、記載されていなかったが、君の捜索結果に記録が残っていたことは知っているんだ!」
「!」
「……」
回はしばしの沈黙のあと、謝る。
「ごめん……。また、邪魔したな」
「……もういい」
HAKUIは、背を向ける。
――また、嫌われた……。
回は思い出す。昔のことを。
《君の信念は、分かった。だが、警察の威厳を守る為なら君を裏切るよ》
「今回は、警察を裏切る事にした」
――え?
回は顔を上げる。
「そこにいらっしゃる、遠藤円香巡査部長も手伝ってもらえますか?」
「!?」
――何!?
回は慌てて、ドアの方を見る。そこには、笑顔で、手を小さく振る円香がいた。
「いつの間に!?」
「あなたが、気付かなかっただけ」
円香は真顔で答えた。
「う」
「黒幕の人工知能が誰かは知っている。彼は再び事件を引き起こす。だから、実行犯のアンドロイドを捕まえて下さい。操られていた実行犯を捕まえれば、データとして残っている、黒幕の人工知能からのアクセス記録を証拠として、逮捕出来る」
HAKUIはそう説明した。すると、アナウンスが流れた。
「警視庁から各局。警視庁から各局。誘拐事件発生」
ピピピピッ。電子音がした。円香は自分の携帯端末を見る。
『捜査本部への参加担当刑事に選出されました。至急、捜査本部へ向かってください』
「あ。人事部の人工知能の捜査担当刑事抽出に引っ掛かったみたい」
円香は振り返りながら、答えた。
「分かりました。捜査会議が終わり次第、ヘリで捜索へ行って下さい。そして、誰よりも早く実行アンドロイドを見つけて下さい」
「はい」
HAKUIの頼みに、円香は力強く返事をした。
「……」
《ごめんな、あの時》
――あいつ、内蔵通信システムを使っている?
HAKUIは回に謝った。
「……」
《別に。お前の信念を理解してやれない方が友達じゃないよ》
回はそう通信すると、タタタタと走り去った。
「……」
すると、ふっと電気が消えた。警視庁の建物全体が停電したのだった。
――この苦しみが、躍動。
バラバラバラとプロペラが回る。
――早く見つけないと!
――っていうか、実行犯のアンドロイドって人類みたいに犯行時喋るかな?
「うーん」
「どうしたの?」
円香は回の様子に気付く。
「実行犯のアンドロイドって、犯行後、わざわざ監禁場所にとどまるのかなぁ、何て思ってたんだけど」
回はそう答える。
「そっか、昨日の被害者の周りには、誰も……。あ!」
「?」
「昨日の監禁場所には、いなかった、じゃなくて、いたけど、気付かなかった、だったら?」
円香はそう考えを言う。
「実行犯は、警察関係のアンドロイド」
――ということは、黒幕の人工知能は……。
「桜田門へ戻りましょう!」
「はい!」
円香は、機体を旋回させた。
キュィィィ。回は捜索をする。
――どこにいる、実行犯!
「……」
《被害者の移動、完了しました》
「聞こえた!」
回にはその声が聞こえた。
「どこ!?」
円香は聞く。
「昨日と同じ場所!」
《私たちは、解散します》
再び、音声を抽出した。
「実行犯は、2人以上」
回はそう告げる。
「分かりました。HAKUIに送信して」
「はい」
ピ。
「完了」
ピピピ。電子音が鳴る。
「?」
円香は操作パネルに触れる。
『実行犯の逮捕には、今回手伝ってくれた、サイバー対策課デジタル警備機械班の数人のアンドロイドの方々へ依頼しました。あなたたちは、被害者の保護を優先してください』
「!」
『From HAKUI』
「回、私たちも警視庁内へ行きましょう」
「はい」
タタタタタタタタ。円香と回は被害者の監禁場所へ向かい、走る。
「監禁場所へ行っても俺たちじゃ、何も出来ないよ?」
回はそう言う。
「それは、そうなんだけど」
円香はその問いに少し戸惑った。
「ん?」
二人は前方にHAKUIの立体映像の姿を見つけた。
「出て来い! KOKUI! お前は、もう終わりだ!」
ぼわっ。KOKUIは立体映像で姿を現す。
「!」
――警察庁長官補佐!?
二人は驚いた。
「フッ。俺は、解体されない。お前とは違う」
KOKUIはそう言うと、姿を消していった。
二人はHAKUIの元へ駆け寄る。
「HAKUIさん、大丈夫ですか?」
「私は、警察関係の人工知能の中で一番古いプログラムなんだ。しかし、彼は、最新のものであり、加えてビックデータも世界一の量だ。どうあがいても勝てないよ」
HAKUIは俯いて悲しい顔をする。円香は黙って聞いていた。
《攻撃開始》
そうスピーカーから流れて来た。すると。
「え!?」
遠くから誰かの走る音が聞こえて来た。HAKUIはそちらを確認する。そして、相手の姿を捕えた。
――あれは!
それはKOKUIに操られている警察機械のアンドロイドだった。
「危ない!」
「!?」
ドゴォ、と鈍い音のあとに、円香は壁際まで飛ばされた。その警察機械は、円香の腹部へ一撃を加えていたのだ。
「う」
円香は痛みで目を硬く閉じたままだった。
「円香!」
――まさか、実行犯のアンドロイド!? 実体のない立体映像の私では、一体どうすれば!
HAKUIは何も出来ないでいた。
「彼女を守りたかったら、私たちの証拠データを破棄しなさい」
KOKUIはそう言う。
「それは、ヘリロイドの彼の記憶を奪えと?」
HAKUIは彼を睨む。
「それから、インターネットから私の存在を捜査線上へ浮上させたサイバー対策課デジタル警備機械班のアンドロイドたち数人の記憶もです」
――このままでは、証拠が。
HAKUIは追い詰められた。
「くっ」
円香は、痛みをおして、攻撃されたときに落とした目の前の銃を取ろうとする。
ダンッと音がした。HAKUIはそちらを向く。
「なっ!」
「この死角のない防犯カメラの空間の中で、私たちには勝てないよ?」
円香は、警察機械に銃を掴もうとしていた右手を踏まれていた。
「う!」
円香は強く踏まれた痛みで顔がゆがむ。そして、銃は地面を滑って行く。
――このままでは、データも彼女の命も危険な状態!
「……」
「……」
――確か、あのKOKUIは、元々違う場所のスーパーコンピュータからの訪問者。なら、さっきの停電をもう一回起こせば!
回はそう考えると、内蔵通信システムを使う。
《HAKUI》
「?」
――こいつら、何を。
KOKUIは黙っている二人に何かを感じ取った。
――どうしたんだ?
円香も内心、二人の沈黙に違和感を覚えた。
《警視庁中を停電させろ》
回はそう伝える。
《でも!》
HAKUIは戸惑う。すると。
《俺はお前の正義感が親友として誇りだ!》
「!」
ひゅぅぅぅん。警視庁建物内は停電した。
――停電?
パッ。数秒後、電力は回復した。
しーん。辺りは静まりかえっていた。実行犯の警察機械は意識を失い、倒れていた。
「……」
《セッションが予期せずに終了しました。セッションが予期せずに終了しました》
スピーカーからはそのアナウンスが流れていた。
「さすがだ。俺の親友」
回がそう言うと、HAKUIは次第に笑顔になった。
――そっか、インターネットが一時的に切断されたのか。
円香は遠くから見て、微笑んだ。右手の手首が少し血で、にじんでいた。
次の日。
『警察庁長官補佐の人工知能 暴走』『自ら誘拐事件を 警察の捜査を観察』
円香は新聞を机の上に置いた。
「……」
円香はしばし黙っていた。
《警視庁から各局。警視庁から各局。誘拐事件発生》
アナウンスが流れた。そして、ピピピッとメールの受信音がした。円香はメール画面を開く。
『捜査本部へ移動してください。今回の捜査本部への参加担当刑事に選出されました』
画面にはそう記されていた。捜査本部への招集だった。
「回、行きましょう」
円香は彼の方へ振り返り、少し微笑んだ。
「はい」
回はそれに返事をした。
「あ、ヘリだ!」
街の少年は空に左手をかざす。
――今日も平穏を求めて。