18、嗚呼、つらし。
なにげに両者、満身創痍ってどんだけよ。
制服に着替える途中、自分の背中の傷を器用にチラリと見て表情を和らげる意味が分からない。
なんでそんなに満足そうなのヨ。リアルにヘンタイか。実はワタシの回りってそんなのばっかだったのか。
機嫌よさげにいつにも増して甲斐甲斐しく朝食の支度から片付けまでこなしてるけどサ。
「こっちが休みの時はワタシが家事を出来るから効率が良いってハナシだったわよネ?」
アンタの理想とはかけ離れてるわよ。
さすがに強く噛まれたりはしなかったけどなんともしつこくて、こっちが翌日が休みなのをいい事にそりゃもう好き放題された気がする。
それなのにむこうはぴんぴんしてて、むしろ上機嫌で朝の家事をこなし「俺、今日早番だから。昼過ぎには帰るからごろごろしてろよ」なんて言って元気に、それこそ意気揚々と鼻歌でも歌い出しそうな勢いで出勤して行く警官。
それを布団の中から見送り、そのまま遠慮なく昼近くまで寝てやったわ。
当然でショ。
「ごめんねニーニャ! ホントはもっと早く出す予定だったのに僕が余計な事言ったから出しづらくなったんでしょ!? 妻からもすごく怒られたんだ。ほんと考えなしで申し訳ない!」
休み明け、首にスカーフを巻くというあからさま感満載の残念な姿で出勤すればフェネック課長からは減給、降格も辞さないと言わんばかりの勢いで謝り倒された。
……なんで知ってる。
はっと来客カウンターの上を見れば、ハムタさんがものすごい反応速度で顔をそらした。
寝かしつけの恩を仇で返しやがって。
後で食べ物の詰まったその頬袋、いじり倒してやるからな。
「いえ、課長はちゃんと考えるよう言ってくれたじゃないデスか」
遠い目でここは大人として上司を立てる。だから一刻も早く頭を上げていただけませんかね。一般市民も訪れるカウンター内で頭を下げるのはやめましょうヨ。これ、可愛い系の上司をいびってる性悪女にしか見えない気がするのよ
そしてフェネック課長がそんな場所で大声で謝罪なんてするもんだからさぁ!
その数日後の来客がまたやらかしてくれた。
「すぐ届け出したかったのに上司の方ににちょっと待ったら祝い金増えるって言われて出しづらくなったんですよね。ニーニャさんだってつらかったんですよね、それなのにすみません」
そう言って随分としょげたウグイス娘が運んで来たのは四つ葉のクローバー。
わざわざ役所の窓口カウンターに来てまでそんな事をするんだから計算あっての事かもしれないけど、可愛い小鳥にそんなしおらしい態度見せられたら「あー、ウン。いいよ」と言うしかない。
例えそれが奥に鎮座する心優しいフェネック課長のハートを再度えぐる事になっていても。
それに小鳥さんからの四つ葉のクローバーなんて正直言って嬉しかったりするし。
ただその誤解はどうにかしたい。
「結婚に待ったをかけられてつらかった」的な事実なんてない。一切ない。
「まさかあんな納得のさせ方があるとは思わなかったっすよ。その発想はなかったっつーか。やっぱかっこいいっすね」
仕事帰りいつものようにパン屋の前を通れば店が終わって周辺を掃除していたらしい奈々と、夕勤前らしいモカくんが盛り上がっていた。
「元カノ、最後の方完全に引いてましたからね。『可愛くない所が可愛い気がするとか、もはや病気か』なんてセルフツッコミ、もう名言っすよね」
モカくんの力説が続く中、頭痛と眩暈を覚えた気がする。
ワタシは「警官の説得トークスキル」を期待したのにあの男、何やってんのヨ。
それだけでもキツイと言うのに、ワタシの本採用が決まった後アイツは休みの日を利用して『鯛の塩釜焼』なんて手のかかる、それこそ料理人さんとかに注文するような料理を作りやがった。
ワシザキが自宅のオーブンからそれを取り出した瞬間、思わず腰が引けた。
美味しかった。
確かにめちゃくちゃ美味しかったけどサ!
「就職祝いに鯛の塩釜焼作ったんでしょ、先輩、マジパネェ」
モカくんは本気で尊敬しているようだけど、やめといた方がいい。最近あいつはアホなんじゃないかという気がしてきたからサ。
スーパーのオウムの奥さんにわざわざ鯛の注文して、塩を大量購入したりするから常連の九官鳥の奥さんに声をかけられて、当然隠すような男じゃないからあっという間に知れ渡ったじゃないの。
「ワシザキくん、お手製の塩釜焼食わせてくれたんだって? 愛されてるなー」
「まったくなぁ。ものすごいクールなタイプかと思ってたけど実は熱い男だったんだな。ニーニャほんといい男捕まえたな」
以前おごってくれたゴウダさん達はしみじみと言いながらグイグイ絡んできた。
何が腹が立つって、アイツはこの町を熟知した警官。
それなのにスーパーでそんな話したらどうなるかなんて、ちゃんと分かってるでしょうが!
「えげつないくらいの外堀の固め方、まじパネェっすよセンパイ!」
モカくん、まだ言うか。
「んー、でもワシザキさんのは天然っていうか、本能的なものなのかも」
なぜか興奮気味のモカくんと、対して奈々は落ち着いた様子で首を傾げる。
「言葉は悪いかもしれないけど、狙った獲物を確実に仕留めるために自分に有利になる地形にうまく追い詰めるワシ、みたいな?」
可愛く首を傾げながらなんておっそろしい事を言い出すかな、この子は!
そんな内容だったらモカくんの発言を訂正するような真似しなくていいわヨ。
「そっか、生粋のハンターっすもんね。うわ、センパイまじカッケー!!」
モカくん、そろそろ黙らないとアホの子みたいになっちゃうから。
またワシザキに怒られるわヨ。
誰かこのアホの子達引き取ってくれないかしらね、と周囲を探したけど奈々の恋人のちーちゃんも交替前のはずのワシザキも見当たらない。
そんな中、また奈々が不穏な事を言い出した。
「ワシザキさん、ニーニャさんを『面白い』って言うけどあれって『可愛い』とか『萌えポイント』だと思うんだよね」
「あ、多分そうっすよ。最近彼女さんとどうっすか的な事聞いたら『ナニナニが面白い』とかよく言ってますから」
……若モン達の会話にはついて行けねーや。
「あれ、そういやもう届け出したんでしたっけ?」
さっさと帰るに限ると思った所でモカくんもまた、ワンコ系好きにはたまらないだろう仕草で首を傾げる。
「……まだだけど」
素朴な疑問に小さく答えれば、奈々に生ぬるい表情で見られた。
「実はあいつが残念な奴だって気付いて迷ってんだろ」
トットコと音が聞こえそうな軽快なリズムで歩いて来たポメラニアン署長は、実にニヒルな笑みを浮かべてちょこんと座って首を傾げる。
……なぜ警察署のワンコ系の面々はこうも可愛い系仕草を見せてくるのか。
相手を油断させるためか。そうなんだな。きっとそうに違いない。
「あ、署長さんこの間の夜どうされたんですか? なんか『ぶらーん』ってなってましたけど」
「ああ、婚約祝いに飲みに連れて行ってやったら俺の方が盛り上がって飲み過ぎちまってな。アイツに送ってもらったんだよ」
「そうだったんですね。空見上げたらぐったりした署長をワシザキさんが鷲づかみにして飛んでるから、部下の下剋上かと思って驚いちゃったじゃないですかー」
奈々、アンタいやな光景目にしたもんだわネ。
それでもってゲコクジョウってナニ。
このコの言う事だからロクでもない事じゃないの。そんな笑いながら言う事なの。
「前にもちょっと体調悪い時に飲んで送ってもらった事あんだが、その時はちゃんと抱えてってくれたのになぁ。さっさと帰りたかったんだろうな」
ポメラニアン署長がこちらを見るのに合わせ、若モン二人もこちらを見て嫌なニヤニヤ笑いを浮かべる。
やめなさいよその顔。ワタシ関係ないわよ。
それにアイツ、飲んでいようが夜だろうがやっぱり飛べるんじゃないノ。
ヒトの血の強い鳥類は腕に羽が備わっているケースがほとんどで、腕たる羽で飛ぶから荷物は持てない。
ワシザキみたいに骨ばった長い指の鳥の足があるなら多少の物は足で掴んで運べるけど。
上司を足で掴んで運んだのか。
ほんと田舎はすごいワ。
「あいつ硬派だと思ってたんだがなぁ」
それまで楽しそうに若モンの会話に混じっていたポメラニアン署長は、ふと遠い目でそう言った。
「いつも冷静で咄嗟の判断もちゃんと出来るし、フットワーク軽いし、飲酒資格1級で接待もそつなくこなすんで他でも高評価だったんだが」
部下をべた褒めした後、何とも言えない哀愁を漂わせるポメラニアン署長。
気の毒に。そんな部下はいない事に気付いたらしい。
しかもその部下はヘンタイの気がある。
「でも、まぁプライベートでヨメ命なのは結構な事だし、ヨメ限定で変態なのは罪にゃ問われねぇからな。ネコが猛禽にかなうワケねぇんだ、諦めて結婚してやれや」
ポメラニアン署長はそれまでの悲壮感が嘘のように晴れ晴れとした表情でそう言ってニッと歯茎を見せて笑ったけど、残念ながらこちらは笑えない。
そしてさすがはベテラン警察署長、部下の性癖も正確に把握しておいでで。
そこへ、これほどまでかというレベルにタイミング悪く響く鷲の鳴き声。
「奈々、ちょうど良かった。河原で子供らからもらったんだけど、消費に協力してくんねぇ?」
ワシザキはふわりと器用に片足で着地した。
残る片足で掴んでいた大きな紙袋を手に取ると口を開いて見せ、中を覗いた奈々は声を上げる。
「わ! まだあったんですね! いただきます」
そこには袋いっぱいのツクシ。
ツクシ、美味しいんだよネ。ネコの手でハカマを取るのが億劫で自分ではしないから滅多に食べられないケド。
「前にいただいたクマネコさんのタケノコも美味しかったです」
「ああ、あれは美味しかったわネ」
思わず奈々に同意する。
これまたワシザキがもらって来たあれもすごく美味しかった。
実はタケノコなんてどれも大して変わらないと思っていたのに、タケノコ堀名人と名高いパンダのおじさんが選んだ逸品はやっぱり違った。
もうあれで山菜の時期は終わったかと思ったのに。
「河原って事はペーター君とかフータ君ですか? またみんな採りまくったんですね」
ああ、子供って採るのが楽しくなって止まらなくなるもんネ。
しかもヤギ頭のペーターやブタ頭のフータならハカマを取らずにそのままサラダとかにして大量に食べられるから、その感覚でこんなに大量にくれたのネ。
「ああ、助かる。さすがにこんなには食えねぇから。千秋の分も取っていいぞ」
「ホントですか?」
あらあら、嬉しそうな顔しちゃって。
奈々やワシザキの毛の生えていない手はハカマを取るのに向いてるもんね。
普段ちーちゃんに何かとお世話になっていると思っている奈々は、こういう風に自分が活躍できる時にそれは嬉しそうな顔をする。
「帰ったらハカマ取るから」
ワシザキはそう言ってワタシにも袋を渡し、これまたニヤニヤ顔をこちらに向けるモカくんと勤務交替の引継ぎを始めたけど。
これよ。
これなのよ。
こういう事言ったり、塩釜焼なんて作ったりするからワタシはワシザキに食べさせてもらってるって誤解が生まれるのヨ。
ワタシ料理するのに。
そしてなぜかその誤解をワタシ以上に不満に思っている奈々が「ニーニャさんってお料理上手ですよ。『だんでらいおん』でガトーショコラ焼いてたのもニーニャさんですし」と必死になって周囲にフォローしてくれるのも「そこまで言わなくても」とは思うけど善意なのでありがたいとは思う。
ただ、問題はその後で。
「ニーニャさんはものすっごい可愛いんですよ! みんな誤解してるけど! 私ワシザキさんが羨ましくて仕方ないですもん!」
「結婚届だって出すタイミング逃して『すぐ出すと待ちかねてたみたいだし、かと言ってあんまり後になってもワシザキさんに悪いし』ってうごうご考えてるんですよ! 可愛くないですか!?」
などと毎回そうヒートアップするのはどうにかして欲しい。
パン屋の変態娘が方々であるコトないコト熱弁してくれたおかげで気がつくと「ああ見えてニーニャは意外と料理が出来て、実はものすごい恥ずかしがり屋の可愛い女……らしい」という、これまたむずがゆさに叫び出したくなるような誤解が生まれていた。
しかも。
それだけでも実に不本意なのに、この話題になるとワシザキが何やら難しい顔をするようになった。
もともときっつい顔立ちの男だから、初めてその様子に気付いた時は「何そんなにキレてんのよ」と文句を言ったくらいの凶相だった。
どうせワタシがどんな女か知っているから「現実との格差に物申したい」とかなんだろうけど、それはワタシのせいじゃない。
まったくもって━━解せぬ。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
ニーニャさんの可愛さは自分だけが知ってればいいワシザキさんでした。
「もふっとね!」を執筆していた頃はこの二人がどうこうする想定はなかったのに勝手にくっついて、勝手に結婚決めて、勝手にラブラブになりました。
肉食カップル恐るべし。
ただくっつく想定ではなかったので千秋さん・ワシザキさん・ニーニャさんは同級生という雑な設定になっています。
ニーニャさんだけは2つくらい年下にしとけばよかったかな、と。
途中までワシザキさんは「なんていい男なんだ」と思っていたのに、段々斜め上に羽ばたいて行かれました。ちょっと悲しい。猛禽類だから仕方ないか。




