12、ネコがやりたい放題する
「あ゛あああぁ、さっぶい!」
肩をすくめ、コートの上からなお体を抱くようにして走ってくる細身のネコ。
絶対それ血行悪いだろ。肩凝るぞ。
「ご苦労サマ、今日はまた寒いネ」
ニーニャは寒さにぴょこぴょこと体を上下させながら、俺の隣にいた長毛種の犬頭の後輩に声を掛けた。
「うううぅぅぅ、ね、腕出てるけど寒くないノ? 見てるこっちが寒いんだケド」
年中ノースリーブの俺を嫌そうに見上げてゾッとしたように体を震わせる。
失礼な奴だな。
「さぶいー」
言いながら、俺が組んでいた腕を両手で持ち上げた後、風よけにするつもりらしく翼の中に潜り込もうとするがふと何かに気付いたように腕を止める。
こっちが仕事中だと思って思いとどまったんだろうけど、今は夕勤のモカに引継ぎ中の最中で、警報装置を引き継いだ所だ。
「もう交替した」
そう言ってやれば喜々として脇の下に潜り込んでくる。
「あ゛ーぬくー」
人の懐に収まると脱力したようにほっと息をついた。
おかげでこっちの懐には冷気の塊が入って来たようなもんなんだが。
まあ別にいいけど。
ただなー、この周囲の目。
コイツすっぽり羽の中に納まったから気付いてないだろ。
「よし、暖も取れたし一気に帰るカ」
脇の下でそう言うと羽の隙間から顔を出し、決意を固めているニーニャの後頭部に尋ねる。
「晩飯なに?」
「え、来るノ? 今日、明日とカレーで済ませよう作戦だったケド」
「3日目はカレーリゾットな。 買い物寄ってから行くけど何か要る物は?」
「あ、じゃあチーズと石鹸」
「石鹸は青箱のやつだよな?」
「それそれ。じゃ、いち、にのさんっ」
ニーニャは今度こそ呼吸を整えるようにし、俺に問答無用で翼を開くタイミングを強制して駆けて行った。
あんな町から離れたトコに家借りたりするから。
呆れながら、中断していた申し送りの報告を後輩のモカに続けようとすれば、こちらはこちらで呆けたような顔で俺を見てきた。
お前話聞く気あんのか。
「なんか、ナチュラルにイチャつかれたんだろうけど殺伐というか、熟年夫婦と言うか、あんまりラブラブな感じじゃないからどう反応したらいいか分かんないっす」
「……そりゃどうも。あと西地区のコリンズさんが街路樹が繁ってきて陽が入らなくなってきたって言ってたから」
「そりゃ役所の仕事っしょ。相変わらずなんでもかんでも面倒見いいんだから。え、付き合い始めたのって最近っすよね? あの事件の後だから……」
毛に埋もれた指を折りながら数えているんだろうが、こっちはヒトに近い手なもんで本当に数えられるのかいつも疑問に思ってしまう。
あの事件ってのはあいつの「往来で元カレ(黒獅子)殴打事件」。
まー、あれは平和なこの町じゃ衝撃的だったしな。
「あ、でも冬ごもり前からだから三か月くらいっすか」
「まあ、な」
正確には冬ごもり明けからだからもっと短いがな。
熟年夫婦みたいで悪かったな。ペラペラと良くしゃべるが、お前もう見回りの時間だろうが。
「でも先輩、意外っすね、今までずっと小さい彼女さんだったじゃないっすか」
よく覚えてんな。
まあそんな多いもんでもないから仕方ないか。
5日ごとに休日になる一般と違って休みが不規則だから、お互いフットワークが軽い方が会いやすくてラクだし、飯とか作ってやるの好きだったし。
「あれ? じゃあ先輩まさかの哺乳類ドー……」
「何言ってんだ。コイツ、新人研修の時にヒト寄りの彼女いたぞ。やっぱ翼持ちだったけど」
ククッと足元で笑うポメラニアン署長に、「うおっ、いつの間に」とモカがのけぞる。
「署長、うっさいっすよ」
あっさりプライベート暴露しないでほしい。
「え、新人研修って街でやる1年の研修っすよね? あの超激務の間に彼女作ったんすか? 猛禽すげぇ」
モカは本気で感心しているが。
初めてヒト寄りのタイプと付き合って「なんか違うな」と思ってこっちに帰る時に別れて、やっぱトリ系が良いわと思ってたんだけど。
小鳥タイプが相手だと春になってどうしてもお互い落ち着かず、その先にある子供の問題に直面させられて、それなら早いうちに、と終わらざるを得なかった。
それが、なぁ。
猫が癖になるなんて言った奴がいて、共感の材料が皆無だった俺は下卑た事を言う奴だなくらいにしか思わなかったのに。
今まで小鳥の彼女に飯作ってやってシェアして食べてたのが、作ってもらうとか。
可愛くない所が可愛いような気がするとか、つい頭とか撫でたらぐるぐる言って、やめると足りないとばかりに小さな頭を擦り寄せてくるとか。
普段は寄って来ないのに何を思ったか気がついたらなぜかすぐそばにいたり、気まぐれ過ぎてスイッチが全く分からないのが逆に煽られるとか。
こっちも30前になってストライクゾーンが広がったのか、ネコも悪くないなんて思うようになったとか、て言うか全然余裕でいけるとか、教えてなんかやらねーけど。
「奈々が言ってたけど飲酒資格更新するのか?」
以前おごってもらったゴウダさんに「また飲みに来たらいい」と言われて悩んでいるらしい。
夕食時ふと思い出して聞けば俺にバレたのが不本意だったらしく、ニーニャは一瞬微かに眉をひそめた。
「やっぱ更新料高いし、まだ悩み中。3級なら少し安いし3級でもいっかなーとか」
「俺いたら飲めるんだから更新しなくていいだろうが」
「えーでもそれだといっつもアンタと一緒に飲む事になるじゃない」
だからだ、この馬鹿。
てめえは酔っぱらうといつもの刺々したオーラが緩むわ、冷静な判断が出来なくなってアホみたいな事しでかすだろうが。
そんなトコ知ってんのは俺だけでいいんだよ。
モカはアフガン・ハウンド。
でもアフガニスタンのコなので、この世界では『アフガン』なんて使わないよな、と書けず。
今回のメインはニーニャさんの口癖がうつってるワシザキさん。