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ザ・ブラックホール  作者: 久我島謙治
第二章 ―奇病―
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 ――西暦2051年2月16日(木)16:23 【東京都千代田区永田町・内閣府庁舎内】


「武田! 朝鮮半島で本格的な戦闘が始まったらしいぞ!」


 興奮した様子で同僚の佐藤勝哉さとうかつやが廊下から入ってきて秀雄にそう言った。


「何だって?」

「外事の奴から聞いたんだが、辺野古の海兵隊は既にソウルに向け出発したらしい。第七艦隊も出航準備中とのことだ」

「我が国の対応は?」

「現在、対応を協議中だとさ。まぁ、米軍の後方支援と海上封鎖というところだろう」


 2020年代末には、在韓米軍は韓国から完全撤退していた。元々、国連軍として駐留していたものを休戦協定違反での在留だったのだ。韓国の軍事力が北朝鮮を十分に上回っていることや、反米感情の高まりによる世論の影響もあり、2010年代には撤退の議論が盛んに行われた。その裏に北の工作員の存在があったことは、諜報機関である内調内では周知の事実だったが。


「何で急に……」

「中国の後ろ盾が無くなったからじゃないか?」

「その話も信じられないんだが……?」

「例のバイオハザードだかの影響で中国政府とは連絡も取れないらしいからな」

「資源を中国に頼っていた北朝鮮には時間が無くなったというわけか」

「そういうこった」

「それにしても中国の感染症は、大丈夫なのか?」

「ロシアに避難した中国人の話では、感染するとキョンシーになるそうだ」

「キョンシー?」

「昔、映画で有名になった中国版のゾンビだよ」

「生ける屍のようになるのか? 狂犬病のように脳がウイルスに冒されるとか?」

「そうかもしれんな。民衆を暴徒に変えるのだから、生物兵器としては優秀だろう。あっという間に他国を混乱におとしいれることができる。殺すよりも有効だ」


 戦場では、敵兵を殺すよりも戦闘不能になる怪我を負わせるほうが有効だと言われているそうだ。怪我をした兵士を助けるために部隊のリソースが割かれるためだ。


「本当に中国が作った生物兵器なんだろうか?」

「中国政府の対応を見る限り、それしか考えられないだろう? 内戦下のチベットで発生したというのも符合している」


 内戦に決着をつけようとチベットで新兵器の生物兵器を使用したが、何らかのイレギュラーが発生して感染が拡大してしまった。その後始末をするために中国政府は奔走ほんそうしている。

 そう考えれば、確かに辻褄つじつまは合う。


「武田君、南部課長が呼んでたわよ?」


 廊下から上田恭子に声を掛けられた。


「ありがとうございます」


『何故、他部署の上田恭子を使って呼ぶのだろう?』


「そういや、南部課長と上田恭子がデキてるって噂を知ってるか?」

「本当かよ?」

「上田恭子がおっさん好きなのは本当らしいな」

「へぇー。じゃあ、行ってくる」

「おお、頑張ってな」


 秀雄は、立ち上がり廊下へ向かった――。


 ◇ ◇ ◇


「失礼します」


 秀雄は南部課長の部屋に入った。


「おぅ、呼び出して済まなかったな」

「いえ」

「朝鮮半島のNLL――北方限界線――で本格的な戦闘が始まったことは知ってるか?」

「はい、先ほど佐藤に聞きました」

「耳が早いな」

「外事課の知り合いに聞いたそうです」

「なるほどなぁ。在日米軍も派手に動いているし、漏れて当然か」

「マスコミへの発表は?」

「我が国の対応を協議してからだな」

「…………」


 秀雄が黙ると南部は言葉を続けた。


「来てもらったのは、中国の感染症の件だ。国内で何か見つかったか?」

「いえ、今のところは特に。佐藤が言っていたのですが、民衆を暴徒化する感染症というのは本当なのでしょうか?」

「ああ、それについては、アメリカからも情報が届いている。各地で暴動が起きているようだ。元々、暴動の多い国だから、感染症隠蔽(いんぺい)の件で暴動が発生していると思われていたらしい」

「違ったのですか?」

「ああ、今は感染者が暴れているという説が有力だ」

「市民を暴徒に変える生物兵器……そんなものが本当に存在するのでしょうか?」

「現状では、一番説得力のある仮説だな。そんなことができるなら、他国をあっという間に混乱させることが可能だ」

「恐ろしいですね」

「ああ、だから我が国には絶対に入ってこないようにしないといけない。アメリカはサンプルを欲しがっているみたいだがな」

「ワクチンを作るつもりでしょうか?」


 症例を聞く限り狂犬病のような脳を冒すウイルスの可能性が高い。その場合、一番有効なのはワクチンだろう。


「表向きはそうだろう」

「まさか。いくらアメリカでも他国にそんなものを使ったら孤立してしまいますよ」

「公然と使うはずがないだろう。生物兵器禁止条約は前世紀から存在している。だが、加入や批准している国でも秘密裏に開発しているところがあると考えられている」


 中国も生物兵器禁止条約に加入している。しかし、日本のように署名・批准といった厳格な手続はしていない。南部の口ぶりでは、中国やアメリカ、そしておそらくロシアでは現在も開発されていると考えられているということだろう。


「話が脱線したな。アメリカがどうするかはともかく、今は我が国にこの感染症が持ち込まれないようにすることが重要だ」

「日本で暴動が起きていないか調べるというわけですか?」

「そうだな。近年、我が国では暴動は発生していないから、起きたらすぐに分かると思うが」


 日本でも小規模な暴動はまれに発生している。西成暴動のようなドヤ街で起きるものや、デモ隊が機動隊と衝突して起きるものがある。憲法改正前後は、デモ隊による暴動が多数発生していた。

 しかし、ここ数年は中国の内戦などもあり、小規模な暴動も発生していない。デモの発生件数自体も減っていた。

 これは、デモを起こす左翼勢力の裏に中国の工作員が潜んでいた証拠でもあった。プロ市民と呼ばれる外国の工作員から金を受け取りデモを起こす者たちが居るのだ。


「分かりました。注意しておきます」

「それにしても、今年は一体どうなっているんだろうな?」

「確かに……」


 太陽系に接近してきたブラックホールによる人類滅亡の危機に加え、中国発の得体の知れない感染症、100年近く休戦されていた戦争の再開と普通では考えられないことが次々に起きている。


「では、失礼いたします」

「頼んだぞ」


 秀雄は、南部課長の部屋から退出した――。


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