後日談.もっと近くに
楽しんでいただけたらと思います。
スティーナとの結婚が決まって一ヶ月。
それはもうすごく忙しい日々だった。
騎士団本部ではからかいや憐れみ、驚嘆など様々な感情を浮かべた同胞たちにお祝いの声をかけられ、私生活ではルーカスさんが駐在騎士として山の都へ旅立つのに間に合わせるべく結婚式の準備が進められた。
結婚式なんてしなくていい、見世物なんて御免だと首を振るスティーナに騎士団ではよほどの理由がない限りは結婚式と披露宴を行って大盤振る舞いで溜まりに溜まった貯金を放出させなければならない決まりがあるからと言い聞かせたものだった。
本当ならドレスの作製には数ヶ月が必要なんだけど、そこは仕立屋さんになんとか無理を押し通してもらった。
そうして迎えた式はひたすらに感無量だった。
僕もスティーナも親族はほとんどいなくって、参列者の九割以上が紺色の詰襟の騎士だったけど、みんなが祝辞を述べてくれて幸せ気分だった。
急誂えだったにも関わらずドレスは一級品とも言えるほどの出来栄えで、リボンとレースをふんだんにつけられた白のドレスは言葉には言い表せないほどにスティーナを可愛らしくさせていた。
……本当は披露宴にピンクのフリフリドレスを着てほしかったんだけど、スティーナに全力で拒否されてかわりに結婚式のドレスを僕好みにさせてもらったのだ。
スティーナは顔を真っ赤にさせて恥ずかしがっていたけど、その様子が好きだってこと、スティーナはまだ気づいていないらしい。気づいたら怒るだろうから、これは僕の心の中での秘密である。
そうして式が終わると、今度はルーカスさんが山の都へ向けて旅立つことになった。
「んじゃちょっくら行ってくるわ」
「絶対に連れて帰ってくんのよ」
「おう、任せろ。ヒルダは必ず連れて帰る」
ルーカスさんは騎士長になる為に一時駐在騎士になるのだと思っていたんだけど、どうやら違ったらしい。
意中の女性との結婚にこぎつける為には駐在騎士になるしかないと結論を出し、だけどルーカスさんを手放したくない情報部を納得させるために戻ってきて騎士長の座を継ぐと断言したのだ。
事実を知ってちょっと唖然としてしまったけど、それが一途なミエト家、亡きお義父さんの血筋らしい。
「クルト、悪いけどティナと母ちゃんのこと頼むわ」
「お二人のことは僕がしっかりと守ってみせます」
幼くして家を支え続けたミエト家の家長であるルーカスさんには尊敬の念しかない。
何度も頷けばルーカスさんは苦笑して僕の肩を叩いた。
「んな堅くなんなって。家族だろ?」
なんて言われて感動したりして。
ばあちゃんを亡くして天涯孤独の僕だったけど、温かい家族に迎えられて本当に幸せ者だなと思いながらルーカスさんを見送った。
そんな僕には小さな野望があった。
この一ヶ月、自宅とミエト家を行ったり来たりしていた僕は当然ながらスティーナ達ミエト家の会話の数々を耳にしていたんだけど――
「ティナ、あんまり無理すんなよ」
「おやおや顔が真っ赤だねえティナちゃん?」
「ティナ――」
そう、ルーカスさんもお義母さんもスティーナのことを愛称で呼んでいるのだ。
毎回というわけではなくて、ちょっとからかってる時とか、甘やかせている時だけのようだけど、その近しい呼び方には憧れが募る一方である。
その呼び名を聞く度に僕も呼びたいなぁ、と思うのだ。
「兄ちゃんも行ったし、これで落ち着いた感じね」
「ちょっと寂しいんじゃない?」
「別に今までと変わらないわよ。もともと一年の中で兄ちゃんがうちにいるのなんて一ヶ月くらいのものなんだから」
僕の問いに肩をすくめるのは当然スティーナである。
確かにルーカスさんはほとんどを現場で過ごしていたんだけど、三年間帰ってこないっていうのは流石に、と思うんだけどなぁ。
なんて思っているとお義母さんも会話に加わってきた。
「ティナは素直じゃないから」
「そりゃあ尊敬できる部分もあるけど、いい年してブラコンとかないから」
にやにや笑いのお義母さんにやれやれとばかりに息をつくスティーナ。
だけどお義母さんはそれで止まることはなかった。
「そうかねえ。兄ちゃんの負担になりたくないからって高収入の男捕まえて婿入りしてもらうんだって息巻いてたくせに。それでブラコンじゃないって?」
「っそれは」
と、スティーナが言葉を詰まらせる。
お兄さん想いなのは言葉の端々で気がついていたけど、そんな事まで考えていたなんて。
あれ、でも。
「ねぇスティーナ。僕、自分で言うのもなんだけど高収入には見えないと思うんだけど」
騎士というのは知らなかったみたいだし、だったらどうして僕を……?
「知らな――」
「『私、クルト君の事が好きなの!クルト君ならお金持ちじゃなくたっていいわ!』」
ちょっと怒ったようなスティーナの言葉を遮って、お義母さんがまるで劇のヒロインかのように手を組んで告げた。
思いもよらないその行動に思わずじっとお義母さんを見つめる。
――私、クルト君のことが好きなの!クルト君ならお金持ちじゃなくたっていいわ!
頭の中でセリフを反芻して、ちらりとスティーナを見る。
「〜〜っ」
スティーナは口を引き結びながらも悶絶していた。
どうやら事実らしいその様子にじわじわと喜びが湧き上がる。
手を握ってありがとうと伝えようとしたところで、弾かれたようにスティーナが駆け出した。
「っ買い物行ってくる!」
財布を引っ掴んで勢いよく家を出て行くスティーナに、お義母さんが「まだまだだねえ」と楽しそうに漏らした。
「僕も行ってきますね」
「あいよ。ゆっくりしておいで」
忘れていった買い物籠を手にスティーナの後を追う。
恥ずかしがり屋で素直じゃないスティーナ。猫のような態度は、だけど僕にとってはたまらないくらいに可愛い。
「スティーナ」
その姿はすぐに見つけられた。
道の端で背を向けて立ち止まっていて、その隣へと並ぶ。
「な、なによ」
まだちょっとだけ赤い耳に気づいて小さく笑って、今度こそ手を握る。
「母さんが言ったことは嘘よ。そんな事、言ってないから」
「うん」
そっぽを向きながらぼそぼそと言い訳めいたことを口にするのを耳に頷く。
もちろんそのままのセリフを言ったわけではないのはわかる。だけど僕だったらなんでもいいというその内容はきっと変わらないわけで。
「ありがとうスティーナ」
きゅっと握る手に力を込めれば、スティーナはちょっとだけ身動ぎしたけど否定の言葉はなかった。
そのまま手を繋いで歩き出す。
大人しくなったスティーナは素直に寄り添ってくれて、そうしてふと思いつく。
今なら了承してくれるかな。
「あのね、スティーナ」
「なに」
まっすぐ前を見ながら、僕は僕の願望を口にした。
「僕もティナって呼んでいい?」
別に確認するような事じゃないとは思いながらも、なんとなく許可を得たかった。
結婚式も終わって夫婦にはなったけど、もっと近しくなりたかった。だから願いを込めて言ったんだけど。
「絶対、駄目!」
僕を見上げたスティーナは力一杯断言して、震える唇を引き結んだ。
翠色の目はやや羞恥に潤んでいて、なんというか、これはこれでいいかもしれないという思いが駆け巡る。
「ダメ?」
「駄目よ!絶対、何があっても!」
あまりの可愛さに思わず確認をとれば、やっぱり恥ずかしそうに否定するスティーナがいて。
思わず立ち止まってぎゅっと抱きしめると予想に反してスティーナは大人しく腕の中に収まった。
「じゃあ今は諦めるよ。でもそのうち呼ばせてね?」
そう耳元でお願いしてみれば、スティーナは僕の胸に顔をうずめたままおずおずと背中に手をまわしてくれた。
「そっ……そのうち、許してあげなくもないわ」
なんて小さく言われて、僕はくすりと笑う。
きっと、それは近い未来だろうと思いながら。
読んでいただきありがとうございます。




