そして僕らは
序盤クルト視点、中盤スティーナ視点、最後はクルト視点に戻ります。
楽しんでいただければと思います。
(※2019.1.20誤字修正しました)
ベッドに飛び込んでどれくらいしただろうか。
気持ちよく夢の世界へ旅立った僕はベッドの軋む音と聞き慣れた声に現へと帰ってきた。
とはいえ、まどろみ半分の目が明けきらない状態だけど。
ぼんやりと目を開けたそこはまだ薄暗くて夜なんだということはわかった。
月明かりが部屋の中に漏れていて、カーテンを閉め忘れていたことに気づく。
「クルト」
名前を呼ばれて、寝返りをうとうと仰向けになったところで何かが口を覆った。
柔らかくて温かい何か。
一体何が――
寝起きの頭が一瞬で覚醒して身を起こそうとしたら上から何かに覆われた。
柔らかくて温かくて、いい匂いがする。
これは、人、女性……?
極限まで目を大きくさせてせめてもと視線を巡らせた僕の頭によぎったのは数年前に薬を盛られた時のことだった。
驚きとともに怒りを覚えた僕は覆いかぶさる人物の肩をつかみ、少しだけ力を入れて引き剥がした。
そうして見えたのは――月明かりにきらめく翠の目。
思わず息を飲む。
「スティーナ、なんで」
やや呆然とした僕の上にはスティーナが四つん這いになっていた。
スティーナは少しの間僕を見つめて、そしてもう一度覆いかぶさってきた。
「ちょ、待って。待ってスティーナ!」
押し倒されながらもなんとかキスを避けて目を覗き込む。
翠色の目には激情が湛えられていて、質の悪い冗談なんかではないことがよくわかる。
「どうして?何があったの」
全然わからない。
どうして僕が押し倒されているのか。
どうしてスティーナがそんな顔をしているのか。
だけどスティーナは僕の問いには答えず、今度は自分の服に手をかけた。
あっと驚く中で服は一瞬にして脱ぎ捨てられ、下着が目に入る。
拙い。まずいまずい。
身体の上に座り込まれている僕はスティーナを跳ね除ける事も出来ずに慌てて両手で目を隠した。
「ダメだから!それ以上は本当に、ダメ!」
女の子を力でねじ伏せる事は出来ないし、それがスティーナともなればなおのことである。
そんな躊躇を全く気にすることなくスティーナは僕の片手を掴んで自分の胸に押し当てた。
「スティーナ!!」
さすがにダメだと力一杯手を引いて、声を張り上げる。
僕の声は空気を震わせ、その怒号にスティーナはようやく動きを止めた。
「一体何があったの?」
もうその一言に尽きる。
ゆっくりと息を吐いて脇に丸まっていたシーツをそっと下着姿のスティーナの身体に巻きつけて隠す。
スティーナのことは好きだけど、これは違う。こんな辛そうな顔のスティーナは頼まれたって押し倒したくはない。
「冗談や悪ふざけじゃないのはわかる。なにか困っていることがあるなら相談に乗るよ。だから、ちゃんと話して」
大声を上げてしまったこともあって、ゆっくりと極力優しい声で告げる。
スティーナは人をからかうことはあるけど質の悪いものは絶対にしないし、どう考えても事情があるようにしか見えない。
だから、そう言ったんだけど。
「な……によ」
スティーナは小さく声を震わせた。
俯いたままのスティーナのシーツを握る手も僅かに震えていた。
「なによ」
さっきよりもしっかりとした声に、続きを聞こうと耳をすませる。
「ここまでさせておいて手を出さないなんて、なんなの!?私は、そんなに、女としての魅力がないって言いたいの!?」
「――っ」
ぐっと顔を上げたスティーナは大粒の涙をこぼしていた。
「それともなに?そんなに可愛い女じゃないと駄目なの?そんなに、私は対象外!?」
全く予想外の非難に僕はただ瞠目した。
スティーナが何を求めているのかがわからない。
手を出さない。女の魅力がない。対象外。
スティーナの言葉を反芻して、反芻して、反芻し返してようやくゆっくりとピースがはまっていく。
誘惑。夜這い。失敗。涙。
それは、だけどそれは――
「どうして……?」
純粋な疑問が口から洩れた。
だって僕らは友達で。好きな人ができたら恋人役を解消する仲で。
「なんでわかんないのよ!」
呆然とする僕の胸ぐらをスティーナが掴んだ。
両手で掴みあげられて揺さぶられる。
「なんで気づかないのよ!」
――スティーナが、異性として僕のことを好き?
まさかそんな。
呆然とする僕の目の前でスティーナは手の甲で涙を拭うと息を吸い込んだ。
「クルトの大馬鹿!私がどれだけ……どれだけ、好きだと、思って」
震える唇では最後まで言い切れなかったらしい。
スティーナは尻すぼみに消えていく言葉と共にしゃくりあげた。
――相手がどう思ってるかなんて聞いてみなきゃわかんねえだろ。
不意にルーカスさんが言っていた言葉が思い出される。
好き。その一言がすっと胸の中に落ちてきて、僕の固まった心を溶かしていった。
「ぅっく……」
スティーナが僕を好き。
そう分かった瞬間、身体が勝手に動いた。
僕の上に座り込んで声を上げているスティーナを両手でしっかりと抱きしめる。
「僕も好きだよ」
泣きじゃくるスティーナによく聞こえるように、その耳元でしっかりと告げる。
「ちが、その好きじゃ、なくて」
「うん。友達としてじゃなくて一人の女の子として、スティーナの事が好き」
まさかこの思いをスティーナ自身に伝えることになる日が来るなんて、全く想像していなかった。
少しだけ力を強めて抱きしめる。
シーツで巻かれているとはいえ、その身体が細いのがよくわかった。
「……え?」
「たった一人の女の子。僕の唯一」
壊れてしまわない程度に、だけど腕に力を入れればスティーナが困惑に身じろぎをした。
愛しい存在が腕の中にいることが堪らなく嬉しい。
「だって、可愛い女が好きって」
「スティーナはいつだって可愛いよ?できるならお嫁さんになってほしいって思ってた。絶対スティーナと一緒になれば幸せなのにって」
今まで抱えていた想いに胸が少しだけ苦しくなって、苦笑混じりに息をつく。
すると胸の中のスティーナはぐっと顔を上げた。
「だったら何で……!」
その顔は涙が止まった代わりに、怒りに目がつり上がっていた。
「――友達だから。僕のことを信頼してくれて恋人役を頼んでくれたのに、その僕が好きになっちゃうなんて信頼を失うことになるでしょ?」
「そんなの……っ、それに、私告白したのに」
「え?」
思わず目を瞬かせる。
スティーナが僕に告白をしていた?
「時計台で」
ちょっとむっとした声を聞きながら記憶を手繰る。
時計台でスティーナが怪我をして、抱きかかえて。おんぶにしてと言われた時はちょっと驚きもしたけど、その後のスティーナはいつもと様子が違っていた。
そう、あの時は――
「気が動転して何かと言い間違えたんだろうって」
あの時僕はすぐには応えられなかった。
一瞬嬉しさが体内を駆け回り、すぐに冷めたように否定した。
そうして友達としての対応をとったんだけど。
「なによ、それ」
「……ごめん」
思えばスティーナの様子が変わったのはあの後からだ。
家に押し掛けて、可愛いエプロンを着て。密着するようにして抱きついてきたり、色っぽい格好をしたり。
全ては僕に好きになってもらう為。
「僕、ひょっとして余計な我慢してたのかな」
「そうね」
素直に手を伸ばしてよかったのかもしれない。
スティーナは、手を伸ばしてくれていたのだから。
「今からでも遅くない?」
「遅いわよ」
間髪いれずに拒絶されて肩を落とす。
そんな僕にスティーナはくすりと笑って、頬に触れてきた。
「でも――許してあげるわ。その代わり責任はとってもらうわよ」
「もちろんだよ。僕の恋人……ううん、お嫁さんになってください」
スティーナは一緒にいると楽しくて、可愛くてたまらない。
色眼鏡で見られることもなくありのままを見て、そして好きになってくれたのなら、きっとこれ以上の女の子はいない。
そして見据えた先のスティーナは頰にまわしていた手を首まで伸ばし、僕を引き寄せキスをした。
「尻に敷いてあげるから、覚悟しなさい」
そこに映る表情はいつもの気の強そうなもので、それでいて目だけは泣きそうなほど嬉しそうにしていた。
* * *
夜這いは失敗した。
上手くいかない誘惑に苛立ち、悲しみ、激情のままに押し倒したけど、クルトはそんな私を押しとどめた。
――だけど思いは通じあったらしい。
私はクルトの事が好きで、必死に落とそうとした。
クルトは私の事が好きで、だけどそれを隠して誘惑に必死に抵抗していた。
思い返せば随分と滑稽な話だった。
だけど――なんとなく私達らしい気がした。
「それはともかくとして」
泣き、笑いあった後、クルトはふと表情を引き締めた。
どこか怒っているような視線を感じて自然と姿勢を正す。
「ひとつお説教しないといけないことがある」
説教。
……そんなことをされるようなことをしただろうか。
「女の子が夜遅くに出歩くなんてしちゃいけません」
なるほど。
確かに一般的にはそうかもしれない。
「ここに来るまでの間に誰かに見つかったらどうなってたことか。本当に危ないんだよ」
「クルトの家までは兄ちゃんが連れて来てくれたから大丈夫」
なにより夜這いを勧めたのは兄ちゃんなのだ。
最大の色仕掛けは夜這い。それをしなくてどうする、と。
「……え、いや、待って。お兄さん公認なの?」
一瞬ぽかんとしたクルトは多いに戸惑っていた。
それに対して大真面目に頷く。
「兄ちゃんは調べ物が得意だから、クルトのこと調べてたみたい。いい奴だって言ってた」
そしてクルトは私の事が好きなはずだって、背を押してくれたのだ。……私はいつまで経っても進展のない状況に焦燥感を抱いての強行だったけど。
ちなみにクルトの家の鍵を開けたのも兄ちゃんだ。ピン一本で数秒。やってることは盗賊っぽいけど、あれで列記とした騎士なのが不思議でたまらない。
クルトはしばらく口を開け閉めしていたけど、やがて大きく息をついた。
「……お兄さんに挨拶に行かなきゃ。それからお母さんにも」
何とも苦い物を含ませた声音に思わず噴き出す。
「別に堅苦しいことはしなくていいわよ。母さんも公認だし」
「僕、スティーナの家族には絶対頭があがらないと思う」
なんて言っていて、兄ちゃんと母さんに挟まれたクルトを想像する。
「振り回されることは間違いないわね」
母さんも兄ちゃんも、ついでに私も人をからかうことが好き。
とても我が強くて独特なのはそれぞれに認めているし、そんな中にクルトが加われば、ね?
「それは全然問題ないんだけど」
「そう?」
確かにクルトなら苦笑し、やや困りながらもいろんなものを受け止め、流してくれるに違いない。
クルトは優しいだけではないからきっと上手くいくだろう。
遠くない未来を思い浮かべて、私は自然と微笑んだ。
「挨拶、そう、挨拶。だけどその前に」
と、何かを思い出したのか、今度はクルトが姿勢を正した。
ベッドの上に座り、姿勢を正している二人の姿はきっと傍から見れば奇妙なものだろう。なんて考えているうちに、クルトはしっかりと頭を下げた。
「ごめん、僕、一つだけ隠していたことがあるんだ」
え、なに。
あまりに真剣に頭を下げているのを見てぱっと思いついた定番は借金と隠し子。
まさかクルトに限ってとは思うものの、その様子にやや不安を覚える。
そっと頭を上げたクルトの表情には緊張感が漂っていた。
「僕、事務職って言ったんだけど、ちょっと違うんだ」
仕事の話?
別に実は現場に出ていましたとか言われても怒らないけど。
「その、実は僕……騎士なんだ」
職人だったとかでも問題ない。堅実で真面目に仕事さえしているなら多少の嘘は――騎士?
何度も瞬きをしてクルトを見つめる。
騎士。
真っ先に思い浮かぶのは兄ちゃんの顔。
そして親友のトゥーレさんや恩人のオスクさん、よく見る広報部の顔触れの中にクルトを加えようとして失敗する。
クルトが騎士。騎士のクルト。
「いや、それはちょっと無理が」
真面目な顔をして言う冗談ではない。だけど冗談にしか聞こえない。
否定するとクルトは苦笑した。初めて見る笑みだ。
「……うん、僕が騎士っぽくないのはわかるけど。これで認めてもらえるかな」
と、クルトはナイトテーブルに置かれたいぶし銀の懐中時計を手に取るとその裏ぶたを外した。
その内側にはよく見る騎士団の紋章があり、その下にはクルトの名前も刻まれていた。疑いようもない証拠品に思わずまじまじと見つめる。
クルトが騎士。想像がつかないけど、すぐわかるような嘘を、それも手の込んだ嘘を仕込むような男ではない。
きっとクルトは本物の騎士なんだろう。
「騎士服の方がわかりやすいかもしれないけど、僕、本部に置いときっぱなしなんだよね」
あまりの事実に黙っていると、クルトはそう言った。
クルトの騎士服なんて見たことがない。いつも私服だったし。
あれ?そういえば……
「ひょっとしてお弁当の配達頼まなかったのって」
「あー、うん。所属がばれるからね」
どうやらお金がなくて配達を頼まなかったわけではないらしい。
無料で配達すると言った時も悪いから、と言っていたのはそういうことだったのだ。
「騎士団本部からうちの弁当屋までって結構離れてるわよね」
王宮勤めの高収入な独身男をターゲットにした店だったから、当然うちの店は王宮に近いところにあった。
だけど騎士団本部はといえば割と離れている。往復だけでも昼休憩の大半がなくなってしまいかねない。
「最初の頃は大変だったんじゃないの?」
この中級層の住宅街から王宮、そして王宮から騎士団本部までの朝の経路。
それから騎士団本部と王宮までの昼の往復。しかも着替え込み。
そりゃあ昼に店に来るのが遅い時間にもなるわけだ。
「いい運動になったよ」
どうりで弁当だって毎日買えるわけだ。
姿はともかく収入はぴか一なのだ。
「なるほどね」
そう呟くと、クルトはちょっと気まずそうに語った。
「叙任当初さ、僕が騎士だっていうだけでいろんな人から声がかかったんだよね」
見たこともない人から言い寄られて、付き合って。
「だけどみんな騎士だからって、それしか見てなくってさ。僕自身を見てくれる人には出会えなくて」
きっと森であんまり人と接することなく暮らしていたのが原因で、他の人ならここまでにはならなかったんだろうけど、とクルトは漏らした。
思い悩んだ末に先輩騎士に提案されたのが、騎士を隠すことだったらしい。
「それからはのんびりしてるよ。住みやすい地域に引っ越して、僕が僕らしく生活してもなにも非難されないし、なにより色眼鏡で見られることがなくって、気持ちもだいぶ楽になったと思う」
そのあたりはなんだか兄ちゃんに似ていなくもない。
兄ちゃんは女に言い寄られることはあまりなかったみたいだけど、貴族ばかりに囲まれる王宮勤めの護衛部は明らかに性に合っていなかったのだ。
情報部に異動してからの自由っぷりはやりすぎだとは思うけど、それでも生き生きとしている兄ちゃんを見ればクルトの言うこともよくわかる。
「なるほどね」
クルトも騎士としてみられるのが苦しかったんだろう。
「別に気にしなくてもいいわよ。騎士だからって変な目で見たりしないわ」
元気づけるように頭を撫でると、クルトは少しだけ甘えるように視線を向けてきた。
「中級層に住んでても?」
「中級層に住んでても」
というか、うちだって兄ちゃんが騎士だけどこのあたりに住んでいる。
「継ぎのある服を着てても?」
「継ぎのある服を着てても」
きっと言い寄ってきた女の中にはそれを否定した奴もいるんだろう。
「鞄を補修してても、家政婦を雇ってなくても。騎士だろうが騎士じゃなかろうが、クルトはクルトなんだから」
なにより私が好きになったのはありのままのクルトである。
ご飯を美味しいと頬張る姿。優しくて、一見頼りなさそうにも見えるのに実はしっかりしているところ。素朴だけどクルトのまわりはいつだって心地がよかった。
クルトの負った傷を癒すようにゆっくりと言い聞かせれば、クルトはちょっとだけ頼りない顔になった。
「そのままでいいのよ」
「ありがとう、スティーナ」
「ん」
それにしても、クルトが騎士とは一体誰が想像できたと言うのか。
普段身近に騎士がいるというのに全く気付かなかった。
クルトに惹かれていった当初、高収入ではないことに悶々と悩んでいたのは一体なんだったのかと思うと苦笑しか出てこない。
まさかずっと近くに理想中の理想の男が目の前にいたとは。
そうして一息ついて。
今度は別の疑問が沸き起こる。
「でも騎士って、どこの所属なの?広報部でも護衛部でもないわよね」
ふたつの部署はどう足掻いたって騎士服で堂々と民衆に姿を晒す仕事だ。
管理部と教育部は若手はほとんどいないはずだし、ましてや情報部なんてあり得ない。
「情報部だよ」
「情報部う!?」
いやいやいや、だって情報部は兄ちゃんの所属している部署だ。情報部は各地を飛び回る仕事だから王都暮らしをしているのはおかしい。
あ、でも全く別の人物として組織に潜り込んで日々その組織の監視をしている騎士もいるって噂も聞いたことがある。
いやいや、そもそもクルトは本部で働いているようだし。
目まぐるしく考えていると、クルトが答えをくれた。
「事務室勤務なんだ」
情報部事務室。聞いたことはある。兄ちゃんがいろいろ報告書を提出したりしてるところ。
情報部にも取りまとめの部署として騎士長をはじめに何人か事務担当の騎士がいるんだったか。
兄ちゃんのいつもの言動を思い出してはっと気づく。
夜這いをけしかけた兄ちゃんはクルトについてなんて言っていた?
――たぶんそいつ、ティナのこと好きだぞ。
――森育ちの二十五歳。ピンクとオレンジの混ざったような目の色が特徴で性格は温厚。周囲に振り回されがちだが芯は強い。主な仕事はデスクワーク。
――いい奴だな。素直で優しくて。
「そういうことか」
クルトのことを調べたのだと思ってたけど、そうじゃない。知っていたのだ。
兄ちゃんに、してやられた。
「どうしたの?」
突然押し黙り額に手をやる私に、クルトが首を捻った。
そのクルトは――この様子じゃ私の兄ちゃんが騎士だってことは知らないんだろうな。
きっと兄ちゃんが同じ部署の先輩だなんて知ったら飛び上がりそうだ。
そこまで思い至って、自然と口の端があがりそうになるのを押しとどめた。
――ここはやっぱり驚かせないと、ね?
そうして私は幸せに満ち足りながらも、兄ちゃんや母さんによく似た悪だくみを企てるのだった。
* * *
それからどうなったかって?
翌日、僕は王都に帰ってきているらしいお兄さんやお母さんに挨拶をしなければと朝一番にスティーナの家へと向かった。
とにかく誠心誠意向き合わなければいけない。
だけどそんな僕を待ち受けていたのは、とんでもない人物だった。
「おっ、なんだ早かったな」
腕組みをして仁王立ちしているその人に、僕は立ち尽くした。
「……る、る……」
スティーナとは髪の色が同じなだけでそれ以外の作りはどう見ても似つかないのに、その表情だけは否定しようもないくらい同じで悪戯に輝いていた。
「紹介するわ。私の兄ちゃん」
ぱくぱくと口を開け閉めするだけで声の出ない僕の横でスティーナが目の前のお兄さんと同じ笑みを浮かべていた。
「情報部調査騎士のルーカスだ。よろしくな?」
なんて握手のために手を差しのばされるものの、僕は動くことができなかった。
そんな、まさか――スティーナのお兄さんがルーカスさん!?
「いやー、まさかクルトとティナがなー」
「おっ、なに上手くいったの?」
玄関先で立ち尽くす僕に、ルーカスさんの奥からスティーナのお母さんが顔を覗かせた。よく見れば、その目の色は鳶色で。
その鳶色の目を見た瞬間、僕は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
なんで気づかなかったの僕!
ていうか、そう、名前だってそういえば――
「う……うわあぁぁ」
情けない声が漏れるけど、取り繕うことなんて到底できない。
僕、ルーカスさんに昨日の夜スティーナのこと相談したよね!?
それでもって確かスティーナの夜這いはお兄さん公認で。
「う、嘘でしょう……!?」
やばいまずいどうしよう。これどうすればいいの。
スティーナのこと夜這いさせるくらい追い詰めて泣かせて、しかも僕はルーカスさんにすっごく情けない相談までしてて。
えっと、笑ってるけど、ひょっとしてもの凄く怒ってたりとか。
いやそんなのどうだっていいよ。そうじゃなくて。
「っ、ルーカスさん!」
僕は頭を抱えていた両手と膝をついてルーカスさんを見上げた。
「おう、なんだ?」
そんな僕の態度は少しだけ意外だったのか、ルーカスさんは笑みを消してきょとんとした。
その目を見てお腹の底から声を出す。
「不甲斐なくスティーナさんを泣かせてすみませんでした!僕、スティーナさんのこと大好きです!これからは泣かせないようにきっちりと守りますので、どうか結婚を許して下さい!」
「――っな」
しっかりと言い切ると、隣に立っていたスティーナが絶句したようだった。
「許さないって言ったら?」
真面目な顔をしたルーカスさんに、指に力が入る。
「許してくれるまで何度でもお願いします。諦めません。僕は、スティーナと結婚したい」
負けるもんか。たとえ相手がルーカスさんでも怯まない。認めてもらえるまで僕は頭を下げ続けよう。
覚悟を決めてしっかりと見上げると、ルーカスさんは口の片一方を吊り上げて笑みを浮かべた。
「よし、採用。スティーナへの愛しかと受け取ったぜ!」
後ろではお母さんも似た笑みを浮かべて親指をたてて見せていた。
そんな二人に長く安堵の息をつく。もともと緊張していたけど大先輩の――しかも次期騎士長候補にまでなった――ルーカスさんが相手だなんて心臓が飛び出しそうなくらいのものである。
よかった。とりあえず許可はもらえた。
全身に入っていた力を深呼吸と共に緩めたその瞬間、
「なんてこっ恥ぱずかしいこと言ってくれてるのよ!」
僅かに身体を震わせていたスティーナが怒声を上げて家の中へと駆け入った。
呆気にとられて見送ってしまったけど、その耳が真っ赤になってることだけは気づいてしまった。
「ティナちゃんったら初心なんだからー」
「気障男にゃ動じなかったのに、クルトには弱いっぽいなー」
再びにやにやと笑う二人に顎で家の中を示される。
行ってこい、という意味合いを受け取った僕は立ち上がるとミエト家へと足を踏み入れるのだった。
読んでくださりありがとうございます。




