可愛いその友達
楽しんでいただければと思います。
クルト視点になります。
(※2019.1.20誤字修正しました)
僕が騎士を封印して、三年が経った。
その間に何度か恋人もできたけど、性格の不一致だったり家庭の事情だったりで別れ、今も独り身である。
そんな僕は、ある日スティーナと出会った。
その後成り行きで偽の恋人役としてよく遊ぶようになって、僕はスティーナのいろんな部分を知っていった。
最初に見た蹴りもそうだけど、スティーナは思い切りがよくて男の子っぽいところがある。
僕が子供の頃に遊んだ遊びをそのまま懐かしいと言って遊び出したり、ちょっとした段差を軽々と飛び降りたり。修繕のために屋根に登っていた時は目が飛び出るかと思うくらいに驚いた。
だけどどんなに男の子っぽい言動があってもスティーナは女の子である。
足元の悪い場所で手を差し出したり、花畑で簡単な花冠を作ってあげたり。
当然のように女の子にするそれらの振る舞いに、スティーナは必ずといっていいほど驚いて恥ずかしそうにした。そしていつもは悪戯に煌めかせている翠の目を伏せて小さく「ありがとう」というのだ。
それがなんだかたまらなく可愛いと思ったのは内緒である。
だって言葉に出したら――本物の恋人になりたいと願ってしまいそうだったから。
そんな特別な友達のスティーナが怪我をしたのが発端だった。
「先輩、相談があるんですが」
あれこれ考えて、昼食時に目の前に座っている先輩に声をかけた。
「んー、なんだ?」
先輩が愛妻弁当を摘まみつつ何の気ない返事をしたのを聞いて、僕はそっと昨日の出来事を思い出した。
昨日はスティーナと遊ぶ日で、時計台の裏側を見学しに螺旋階段を上った。
そうして辿りつく直前、数段上を行くスティーナに小さな影が飛びだした。――男の子である。
男の子とまともにぶつかり後ろへと体勢を崩すスティーナの手を、僕はとっさに掴んで引っ張り上げた。
あんな螺旋階段を落ちてしまえば大怪我になりかねない。スティーナの手を掴めたのは本当に幸運なことだった。
その反動で僕がかわりに階段を転げ落ちたわけだけど――本来なら引っ張り上げて抱きとめられなきゃいけない筈だった。少なくとも準騎士時代は反動に耐えれたと思う。
「しばらく稽古をつけてもらえませんか?」
どの部署にいても、どんな仕事をしていても、騎士は常に体を鍛えることを義務付けられている。だから最低限度はやっていたつもりだったけど、どうやらできていなかったようだ。これでは拙い。
足を捻るくらいですんだスティーナだったけど、今日の朝もちょっと足をかばっているように見えて自分が情けなくも思った。
「クルトが自主的になんて珍しい」
正直な話、僕は剣術が苦手だった。
見習い時代はなかなか剣術試験に合格することができずにいたし、どちらかというと机に向かっている方が性に合っている。
おまけに叙任してからこの方ずっと事務室勤務で現場に触れていない僕は、たぶん騎士団では最弱といってもいいくらいだろう。
「ちょっと自分を見直して危機感を覚えました」
「そうか。まぁいいことじゃないか?いつ何時何があるかわからないからな」
ちなみに先輩は事務室勤務にしては珍しく鍛えている方だった。
忙しくて鍛錬に時間を割けない時は昼休憩を早めに切り上げて剣を振ることすらある。
そんな先輩に稽古をつけてもらえば、きっと効率もいいだろう。
「毎日ってのは難しいが、週に三日くらいならいいぞ。急な話だから今日はなしとして、明日からでいいか?」
「はい。お願いします」
「了解」
「ありがとうございます」
表立っての騎士を辞めてはいるものの、僕が騎士であることには変わりない。
とりあえず今日は――体力底上げの基礎鍛錬でもしておこう。これから毎日朝晩に行えばそれだけでもかなり違うはず。
「ところでクルト」
「はい?」
これからの計画を確認していると、先輩がじっと僕のお弁当を見つめていた。
「その弁当、本当にうまそうだな」
「美味しいですよ」
特にメインの肉料理は何ともいえず、最高である。
お昼に駆け付けていた時はほんのりあったかくてより美味しかったのを思えばちょっと残念だけど、それでも他のお弁当とは比べ物にならないほどの美味しさである。
「例の弁当屋だろ?」
「はい」
「俺も子供が産まれたらしばらくはそこの弁当買おうかな」
先輩の奥さんは今妊娠八ヶ月。
たぶん子供が生まれてすぐはいろいろと大変だろうから、愛妻弁当を辞退する気でいるんだろう。
「お勧めですよ」
と言って唐揚げを食べようとして、唐突にその手を後ろに引っ張られた。
「いただき」
きょとんとしたまま、自分の手を追った視線の先で唐揚げが誰かの口の中に消えた。
「お、美味えな」
もぐもぐと口を動かしているのは、四ヶ月ほど前に王都を旅立ったルーカスさんだった。
確か最後に山の都を回ってから帰ると言っていたっけ。
「おかえりなさい」
「ただいまーっと」
飄々としたルーカスさんはそのまま隣に座ると、まじまじと僕のお弁当箱を覗きこんだ。
「ひょっとしてその弁当あれか?王宮手前の青い旗の」
「あ、そうです。知ってます?」
「おー、知ってる知ってる。買った事ねえけど人気なんだってな」
流石はルーカスさん。王都にはほとんどいないはずなのに、よく知っている。
と、感心していたら残りの唐揚げも摘ままれた。
あっ、僕のがと気づいた時には時既に遅し。
「なるほどな。アイツもがんばってんのか」
飲み込んだ後にルーカスさんが珍しく穏やかな笑みを浮かべた。
いつもの人をからかうようなものでも、標的に食らいつく獰猛なものでもないその笑みはすごく優しげで、ちょっと目を疑ってしまった。
「え?」
「なんでもねえ」
思わず目を見張っているとルーカスさんはすぐに首を振ってその笑みをいつものものへと変えた。
「そういやクルト。そこの弁当屋の子とはどうなんだ?」
ふと思い出したように先輩が問いかけてきた。
「スティーナですか?昨日も一緒に遊びましたよ」
怪我をさせてしまって、頓挫してしまったけど。
「遊んだって、デートだろう?」
「うーん……まぁ、そのはずですけど」
はっきりとは言ったことはないものの、先輩は僕との何気ない会話の中でスティーナのことを察知し、恋人だと思っている。もちろん表向きは恋人だから間違ってはいないんだけどね。
「え、なにクルト。そこの弁当屋の女と親しいのか」
「そうですよ」
ちょっと驚き気味のルーカスさんに頷けば、ルーカスさんは「ふうん」と天井を仰ぎつつ首筋を掻いた。
「ま、いっか」
どうしたんだろう。
そう思ったところで遠くからお腹に響くような怒鳴り声が響いた。
「やべ、見つかった」
途端にルーカスさんが身を翻して駆け出した。
「あいつ、よくもまぁ毎回仕出かすよな。セス団長の声だろあれ」
ルーカスさんは王都へ帰ると必ずと言っていいほど悪戯を仕掛ける。
それは情報部内だけではなく騎士団内の至る所で行われていて同僚も上司も、団長ですら関係なく標的にされるのはもはや有名な話であった。
「ですよね」
騎士封印を決めた翌日の事を思い出しながら、僕はメインの抜けてしまったお弁当を平らげた。
唐揚げ楽しみだったのにな。
+ + +
そうして毎日、基礎鍛錬と数日置きに先輩に剣術の指南をしてもらった。
その結果、今までは家に帰って掃除洗濯をこなして寝てたんだけど、鍛錬に時間をかける分家事がおろそかになっていた。
というわけで。
今日、僕は安息日にもかかわらず家にいた。
前日にスティーナには伝えている。たまにお互いの都合で午後からになったり、逆に午前中だけになったりすることもあったから初めてというわけでもなく、そう珍しいことでもなかったはずなんだけど――
『そ……っか』
昨日のスティーナはなぜかちょっと残念そうな顔をした。
どこか行きたい場所でもあったのかなと思ったけど、違うらしい。
午後からにしてもらう理由も伝えて謝れば一つ息をついて「わかった」と頷いてくれた。
僕は手を叩いて気合を入れると溜めてしまった洗濯物を見つめた。
繁忙期になると構ってられなくなるから洗濯屋さんに頼むんだけど、そうじゃなければ基本的には自分でやっているのだ。
タライに水を張り、石鹸を用意。
さぁやろうか――と腕をまくったところで玄関がノックされた。
なんだろう。僕の家に用事のある人なんてそうそういない。
「どなたですか?」
言いながらドアを開けると、そこにはバスケットを手にしたスティーナが立っていた。
「え、どうしたの?」
昨日のことは話していたし、なによりデートの時は僕が迎えに行っているわけだから間違えたというわけではないのは確かだ。
目を丸くしていると、スティーナは別段なんでもないように口を開いた。
「暇だったから、手伝いに来たわ」
「え、手伝いって」
意図がわからない僕を余所に、スティーナは横をすり抜けて家に入ってきた。
「家事。溜まってるんでしょ?」
もちろん溜まってる。だからデートは午後からにしてもらったんだけど。
手伝うって。手伝うって――
「悪いよそんな」
慌ててスティーナの後を追って居間に着く。
「いいわよ別に。暇だったからっていったでしょ?」
基本は整理整頓されているから見られて困るような惨状でもなくて慌てはしないけど、洗濯どころか掃除も滞っているから居た堪れない。
「ふうん。こんな家だったんだ」
スティーナは腰に手を当ててそんな僕の部屋をぐるりと見回した。
家は知っていてもうちに入れたことはなかったのは、スティーナが未婚の女性であることと、自分の中にある淡い恋心の蓋を開けないためでもあった。
それがまさか、こんなに呆気なく破られるとは思いもしなかった。
そんなことを考えていると、スティーナは持ってきたバスケットから持参したらしいエプロンを身につけた。
――フリルのついたひらひらのエプロン。
シックな服ばかりのスティーナが。
僕はつい言葉を失った。
「……なによ」
少し恥ずかしそうにしながら上目遣いに睨んでくるスティーナは、壮絶なほど可愛かった。
どうしよう。
なんか、もの凄く胸が痛い。
女の子扱いした時のスティーナを見た時も心が締め付けられるようだったけど、これは比じゃない。
――やっぱり僕、スティーナのことが好きだなぁ。
「似合ってないのはわかってるわよ。これは貰い物で、使わないともったいないから使ってるだけよ」
無言でいる僕になにか勘違をしたらしいスティーナがなにやら言い訳めいたことを言っている。
うん。スティーナが言っていることはよく分かる。使えるものは使わないともったいない。これに関しては僕とスティーナは同じ思想だしね。
だけど似合う似合わないに関しては全く意見が違う。
こんなに可愛いのにどうしてスティーナはいつもおとなしい格好ばっかりするんだと常々思っていた。思っていたけど、これはあまりにも可愛すぎる……!
「で、何を手伝えばいいの?」
どこか居心地の悪さを感じたらしいスティーナに促されて、僕は頭を振った。
僕がスティーナのことを好きなのはともかくとして、それを表に出すかと言えば出すわけがない。だってスティーナは僕のことを信頼して恋人役を頼んだのだから。
静かに深呼吸して、いつものように笑って、いつものように答える。
「本当に手伝ってくれるの?」
「じゃなきゃ来ないわよ。ほら、お昼御飯用に食材も買ってきたんだから、追い出すような真似しないでよ」
どうやらここで作ってくれる気らしい。
――スティーナの、作りたてのごはん。
平日のお弁当もデートのお弁当もやっぱり朝作られているから冷めているわけで。
知らず唾を飲み込む。
「もちろんしないよ、そんなもったいないこと!」
「現金ね」
僕のあまりの勢いのよさにスティーナはちょっと呆れているようだった。
「溜まってる家事って何?」
「えっと、主には掃除と洗濯かな。洗濯はほんと、溜めすぎちゃったし自分でやるから、よかったら掃除をお願いしてもいいかな」
「見られて困る物はある?」
真っ先に思いつくのは叙任時に支給された騎士団の紋章が刻まれた懐中時計。だけどそれはすでに僕のズボンのポケットに入っているし、もし見られても裏蓋を外さない限りは分からない。
「思いつかないかなぁ」
それ以外ではもともと物は少ないし、人に見られて困るようなものと言われても思いつかない。
ふと騎士服の存在を思い出したけど、これに関しては予備も含めて全部本部の更衣室に置いてあるしね。
「寝室も問題ないわね?」
「あ、うん」
洗濯するからってシーツも変えて整えてるから見苦しくもないはず。
「了解」
こうして僕らは各自分担して家事を行った。
僕はひたすら洗濯物と格闘して、スティーナはその間拭き掃除や掃き掃除などをこなしてくれて、その後は洗い終わった洗濯物を干す手伝いまでしてくれた。
僕はその間気づかれないようにスティーナを見たけど、動きに合わせてフリルが揺れる様は何度見ても可愛い。
こんなことを言うのもなんだけどスティーナはスタイルがすごくよくて、余計に引き立って似合うのだ。
「いつもは平日にやってるんでしょ?」
「うん」
「なんでまたこんなに溜まったのよ」
「最近帰りが遅くってさ」
ちなみに今は洗濯も終わって二人並んでご飯の準備をしている。
ここまでやってくれた上に一人で料理してもらおうとは思えない。せめてもと皮むきなどの下準備と洗いものをこなしていた。
味付けは絶対に手を出さないけどね。
「仕事、忙しいの?」
「繁忙期はもうちょっと先かな。わりと個人的な理由でね」
騎士の義務の範囲内だけど、自分が望んだことでもある。
「そっか。まあ無理しないように」
「ありがとう」
そうして出来た、あつあつの湯気立ち込める料理が目の前に出されると、僕はもう釘づけだった。
「そこまで目を輝かせられると、ほんと、作りがいがあるわね。どうぞ」
「いただきます!」
これ、これだよ。
僕が初めてお弁当屋にいったあの日にスティーナがくれた串に刺さった肉が思い起こされてじわりと涙がにじむ。
ここまで感動できるご飯を作るスティーナって、すごいと思う。
「本当にスティーナって家庭的だよね」
しみじみと呟く。
するとスティーナは胸を張ったようだった。
「まあね。結婚相手には絶対に後悔させないわ。朝晩は当然、お昼だって特製のお弁当をもたせるのよ」
ごくりと口の中のものを飲み込んで、ついスティーナの言うことを想像してうっとりする。
美味しいご飯に可愛いスティーナ。文句なしに旦那さんになる人は幸せになる。
――そこまで考えて、胸の奥がちりっと痛んだ。
「クルトこそどうなのよ。結婚相手にこれは、っていうアピールポイントとかないの?」
とそこでふと問われて、想像したものを追い出すように身を振り返る。
「僕?僕は何かあるかな」
ぱっと思いつくのは高収入なことくらいである。
でもこの家に住んでるあたりからして違和感を感じるだろうから言えない。
となるとあとは――
「結構何でもできるところ?修理修繕はもちろん、家事全般こなせるからお手伝いはできるよ」
真面目に応えると、スティーナは目を細めた。
「クルトらしいわね。クルトのお嫁さんになる人も幸せになるわ」
「だといいなぁ」
「どんな人が好みなの?」
さらに問われて一瞬言葉に詰まる。
好みの傾向なんて分からなかったけど、好きな人は目の前にいる。
「ちょっとした仕草の可愛い子かな」
恥ずかしそうにする姿がたまらなく可愛くて守りたいと思う。
「……やっぱり男は可愛いのが好きなのね」
何故か悔しそうにしているけど、僕の中でダントツに可愛いのはスティーナなんだけどな。
それからさっくり洗いものを済ませば、当然やるべきことは外出である。
エプロンを外していつもの見慣れた姿に戻ったスティーナに、いくらか頭が冷静になるかもと安堵する。
今日はいつもよりも刺激が強いし、表面上はうまく取り繕えてるはずだけど、これ以上はね。
「どこ行こうか」
先にスティーナの荷物を手に家を出て尋ねる。
「今日は市場を見て回りたいわ」
「わか――っ」
そうしてスティーナを振り返った僕はそこで言葉を失った。
エプロンは当然脱いでいた。
それはわかる。そしてうちに来る時に羽織っていたカーディガンを脱いだってこともわかる。
わかるんだけど、カーディガンの中に着こんでいた服が。
「どうしたの?」
いつもの調子のスティーナには他意がないことがよくわかる。
「……なんでもない」
白くて柔らかそうな胸と、強調するようにほんの少し見えた谷間。
強い意志で視線を剥がしたものの、しっかり見てしまったそれが頭から離れない。
「んじゃ、行こう」
そう言われて僕は無言で頷くのだった。
今日はかなりの苦行を強いられるかもしれないと、思いながら。
+ + +
それからは煩悩と戦う日々だった。
あの凄まじい可愛さを誇るエプロン姿は残念なことに一度しか見られなかったけど、胸元の開いた服や、ほんの僅かにスリットの入ったスカートは続いていた。
それに加えてどういうわけかスティーナはよくくっついてくるようになった。
腕を組んだり抱きついてきたり。その度に鼓動が激しくなりやんわりと離れるんだけど、それからは触れた柔らかさが忘れられない。
耐えろ。僕は紳士。僕は騎士。
騎士道精神を遺憾なく発揮して、スティーナの信頼に応えなければ。
……。
…………。
「ちょっと走ってきます!」
「おう、気をつけるんだぞー」
考えちゃいけない。見ちゃいけない。
だけどどうしても欲望が生まれる僕は結果、体力をぎりぎりまで削ることで凌いでいた。
「なんだ、随分元気だな」
「あ、ルーカスさん。お疲れ様です」
全力疾走する僕に難なく併走し始めたのはルーカスさんだった。
「何やってんだ?」
「ええと、その……煩悩を叩き潰そうかと」
詳しくいうのは憚られて、ぼかして答える。
するとルーカスさんは一瞬疑問符を浮かべて、そうしてにやりと不敵な笑みを浮かべた。
「んじゃあオレも鍛錬に付き合ってやるか」
「お願いします!」
走るだけでは到底足りなかった僕は、その申し出に勢いよく頭を下げた。
明日は安息日だし、スティーナに会うのだったらいつも以上に体を疲弊させたいところだった。
走り込みを終えると今度はルーカスさんに剣の稽古をつけてもらう。無駄な力が入っているところを指摘してもらいながら、幾度となく剣を交える。
「で、煩悩ってなんだ?」
束の間の休憩、ルーカスさんは隣に座って尋ねてきた。
先輩にも話していないスティーナとの本当の関係に一瞬口ごもるものの、僕はルーカスさんに騎士を辞めればいいという助言をもらってすごく楽になった過去がある。
だからだろう。僕はルーカスさんに相談することを決めた。
「仲良くしている弁当屋の女の子がいるんですけど」
「ああ、前に聞いたな。付き合ってるんだったか」
「実は偽の恋人なんです。友達で、スティーナにしつこく付きまとう男性を追い払う為に恋人役を買って出たんですけど」
「っほほー。そういう経緯か」
と、なぜかルーカスさんは仕切りに納得していた。
「だけど僕、どんどんスティーナの事が好きになってしまって。……友達として信頼をしてもらっての恋人役だったのに、それを裏切る形になってしまいかねないって思って悩んでて」
「つまりあれか。押し倒したりモノにしたいって言う欲望を抑える為に体力を削っていると」
「そうなんです。けど、最近それもちょっと厳しいような気もしてるんです」
一度口を開けば、あとはもう自然とこぼれ落ちる内情。
僕は手を組んで床に視線を落とした。
「いまはまだ多少赤くなるだけで平静を保っていられる……少なくともスティーナの目にはそう映っていると思うんです。だけどいつか襲ってしまうんじゃないかって、自分自身にヒヤヒヤしてるんです」
ひょっとしたら恋人役を降りたほうがいいのかもしれない。
だけど理由もなく降りるのはぎこちなくなってしまいかねない。
深くため息をつく。
「一回告白しちまえばいいだろ」
と、そんな僕にルーカスさんは事も何気に言った。
「ダメですよ、そんなの」
「きっかけはともかく、今相手がどう思ってるかなんて聞いてみなきゃわかんねえだろ?ひょっとしたら相手も自分の事が好きかもしれねえぜ?」
珍しく真面目な表情で言われて、反論もできずに思う。
スティーナが僕のことを好きだったらどんなに嬉しいか。毎日笑って過ごして、美味しいご飯作ってもらって、そして時折可愛い姿が見れるなんて最高だ。もしそうだったら、きっと僕は恋人なんて言わずに今すぐ結婚してもらいたいくらいである。
けど――
組んだ手に僅かに力が入る。
「……まあ、そういう可能性もあるって覚えとけ」
僕の無言の思いを受け取ったのか、ルーカスさんはそう言って立ち上がった。
「おっし、もうちょいやっとくか?」
「そうですね。今日のところはがっつりと、お願いします」
「おう」
そうして僕らは再び剣を構えるのだった。
身体を動かせば、悩みは忘れることができる。もちろん後になって思い出したりもするけど、今の僕はそうやってごまかしていた。
僕はそうして、幾度となくルーカスさんと剣を交えた。
「やりすぎたか」
「いえ、大丈夫、です。ありがとう、ございました」
やがて鍛錬を終えた僕は息も絶え絶えだった。
ちょっと、いや、かなりきつい。明日の予定もあるし早く寝てしまおう。
家に着いて手早く体を洗いあげてお風呂からあがると、パジャマを身につけるだけで温かい季節なのをいいことにそのままベッドへと飛び込んだ。
「ベッド幸せ。おやすみー……」
ものの数秒で夢の中へと旅立った僕は、とっても呑気だった。
自分を悔やむくらいに。
読んでくださりありがとうございます。




