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騎士団は恋が好き  作者: 葵翠
【諦観】アントン
33/79

五年後の二人

楽しんでいただければと思います。

「それじゃあいってくるよ」


「行ってきます」


 屋敷の前に待たせている馬車を背に、私とエリサは四人に声をかけた。

 見送りはサカリとマイラ、そしてキーア。


「いってらっしゃいませ」


「いってらっしゃい、アントン様、エリサママ」


 手を振るキーアに私は少しだけ不満顔を見せた。


「毎回思うんだが、どうしてエリサはママなのに私は様なんだい?」


「だって、アントン様はアントン様だもん」


「面白くないねぇ」


 ぶつぶつと文句を言えば、エリサがくすりと笑った。

 怪我が治って婚姻を交わした私達はキーアを養子として迎え入れることにした。

 サカリもマイラも、そして何よりキーアともよく話し合って決めた。

 新たに養子を迎えることもできたけれど、エリサはそれよりもいまいる家族を大切にしたいと言ったのだ。

 キーアはエリサをママと呼び、第二の母親として慕っているけれど、私の事はあいも変わらず様付けなのが不服である。


「ほら、そろそろ打ち合わせに間に合わなくなりますよ」


 サカリに促されて、私は頷いた。


「それじゃ、家のことを頼んだよ」


「かしこまりました」


 そうして二人馬車に乗り込む。

 馬車に揺られることしばし、私は向かいに座るエリサが楽しそうにしているのを静かに見つめていた。


 ――今日は夜会だった。


 同伴必須の場でなければ私は護衛騎士として、エリサは楽師として参加している。

 今夜もその予定ではあるのだけど、少し心配事があった。


「いいかい、決して他の楽師たちと離れてはいけないよ」


 普段通り夜会の演奏を楽しみにしているエリサを眺め、私は口を開いた。

 普段そんなことを言わない私にエリサが瞬きする。


「もちろんよ?というか、場所の移動はないのはアントンも知ってるわよね……?」


 確かにそうだった。

 けれども心配なことに変わりはない。


「詳しくはいえないけれども、今夜は少し荒れそうでね。巻き込まれないように他の楽師たちの元にいてほしいんだ」


 今夜は夜会での襲撃情報が出ているのだ。

 これまでにそういった経験は何度もあり、婚姻を果たした後も小さなものを少なからず目の当たりにしているエリサは少しだけ心配そうにペリドットの瞳を揺らした。


「気をつけてね」


「もちろんだよ」


 エリサはあの怪我を負った時のことがやはり忘れられないらしい。

 確かにあの時の怪我は酷いものだった。

 私はあの後しばらくは治療に専念し、一時護衛部を外れたほどである。自宅療養が解けた後、教育部で見習い騎士の教育係をする傍らで衰えた体を鍛え直した。

 そうして貴族に名を連ねる者しかなれない特殊護衛の人数があまりにも少ないことも相まって、今は再び特殊護衛としての日々を過ごしていた。


「なに、きっとたいしたことはないさ」


 さして問題でもないと私はさらりと言ってのけた。


「無理はしないでね」


「大丈夫だよ」


 鷹揚に頷く私は、今回の襲撃の内容を思い出して胸中苦笑した。

 今夜の襲撃計画は稀に見るほど本格的なものだった。

 どうやら公爵の一人が扇動して軍の将軍格と隊長格が数名乗り込んでくるらしい。

 軍隊を動かしての大規模な内乱にならなかったのは、ひとえに軍に身を置いている潜入騎士の情報操作のおかげだろう。

 対して会場内入りできる特殊護衛は全員でも十に満たない。相手が武装して乗り込んでくる中で素手で相手取るのは少々、いや、かなり厄介なものではあった。


「ほら、うちにもようやく新人が入ったしね?」


 今夜のことに思いを馳せつつ、私は心配をおくびにも見せずに笑った。

 今年、ようやく一人特殊護衛に新人が入ったのだ。


「レーヴィさんよね。楽師の中でもすごく人気よ」


 無表情で寡黙な新人レーヴィ。

 レーヴィは見習い入団した時から武術全般に長けていた。剣術だけでなく体術にも優れていた彼は実のところ平民だった。

 本来ならば貴族しかなることのできない特殊護衛だけれど、あまりにも特殊護衛の人数が少なさ過ぎてついに痺れを切らせたオスク騎士長達がやむなしと判断し、強行に出たのだ。

 戸籍をいじり、レーヴィは現在ユハナ男爵として活躍している。


「強くて格好良いいものね」


 騎士団一と言われていたトゥーレ騎士長に負けず劣らず整った顔立ちのレーヴィは、いつもご令嬢に囲まれて困惑していた。

 最近ようやく同年代の友人を見つけたらしく、少しずつ貴族社会に溶け込んできているようだけれど、まだまだである。


「おや、エリサもそう思うかい?」


「もちろんよ。物語の王子様みたいじゃない?」


 当然とばかりに頷くエリサに片眉を上げる。


「これは大変だ。奥方が心を奪われそうだ」


 するとエリサは驚きに目を大きくさせ、慌てたように視線をさ迷わせた。


「ち、ちがっ」


 わかりやすい反応につい笑みが漏れる。

 それを見たエリサが頬を膨らませた。


「もう!」


 演奏する姿は洗練されているのに、それ以外のエリサの言動はどうにも実年齢よりも低い気がする。

 その差もまた可愛らしいと思えるのは愛しい人だからだろうか。


「そんなわけで、今夜も大丈夫さ」


 私は笑いながらエリサを宥めるのだった。


 + + +


 襲撃はなかなかに骨の折れるものだった。

 相手は私達、護衛部騎士相当の強さ。

 同等の強さをもつわけだけれど、武器を手にしているのとしていないのとでは格段に差があった。

 もちろん会場外に待機している騎士は帯剣していたわけだけど、場外は場外で当然ながら邪魔立てが入り、応援が来るまでの間はかなりの苦戦が強いられた。


「お疲れ様です」


 将軍達を捕らえ全てを収束させた後、肩で息をする私に手を差し伸べたのはレーヴィだった。


「おつかれさま。よくやったね、レーヴィ」


 その手を取り立ち上がる。

 レーヴィはこの襲撃において存分に力を振るった。おそらく特殊護衛の中で一番の活躍だっただろう。


「医務室まで付き添います」


「怪我自体はどれも浅いから詰所で問題ないよ」


 あちこち切り傷だらけではあるけれど、幸いなことに致命的なものはない。

 どちらかというと体力の方が底をつきそうだった。私は息も荒く、やや足元もおぼつかない。

 そんな私に対して多少息を乱してはいるもののしっかりとした足取りのレーヴィは無言で肩を貸してくれた。


「私もそろそろ歳かな」


 ありがたく肩を借りて歩き出す。

 二十にも届かぬ若手との差にそろそろ引退という言葉がちらつく。


「アントンさんにはまだいてもらわないと困ります」


 見上げるとレーヴィは無表情だったけれど、彼の口にする言葉はいつも本心だった。


「まだ学ぶことがたくさんありますから」


「ご令嬢のあしらい方とか、ね」


「……そうですね」


 レーヴィの声に苦味が混じったのがわかる。

 戦闘技術に関して教えることはほとんどない。あとは貴族社会をどう乗り切るか、だろう。


「ここまででいいよ。あとは自分で歩こう」


 廊下の角で私はレーヴィの肩を離れた。

 レーヴィは一瞬怪訝そうな顔をしたものの追求することなく隣に並んだ。呼吸を整え、姿勢を正す。

 そうして角を曲がり暫く、予想通りの姿が落ち着かない様子で行ったり来たりを繰り返していた。

 黒のワンピースに金の髪、そしてペリドットの瞳。


「アントン!怪我の具合は?歩いてて平気!?」


 エリサは私の姿を認めると駆け寄り縋り付いてきた。


「所々切り傷はあるけど、見ての通り平気だよ」


 安心させるように腕を広げてみせると、エリサは安堵の息をついて瞳に涙を滲ませた。


「心配性だね。これでも私は特殊護衛の精鋭だよ?」


 よしよしと頭をなでればエリサは私の服を掴む手に力を入れた。


「五年前は意識不明になったじゃない!」


「あの時は咄嗟だったからね。そんなヘマはもうしないさ」


「本当に平気?」


「もちろんだよ。何なら抱きかかえてあげようか?」


「もうっ」


 もう一度微笑めばエリサはむっとしながらもその身体から力を抜いた。

 そんなエリサを軽く抱きしめると、こちらの心も落ち着いてくる。

 やはり先ほどレーヴィの力を借りずに歩いてきて正解だった。

 肩を借りたままではさらに心配させていただろう。


「心配しなくても、そう簡単に君をおいてはいかないさ」


「絶対よ?」


 ぎゅっと強く抱きしめられ、心を満たされる。


「もちろん」


 そう頷いて抱きしめ返したところで、ふと視線を感じ顔をあげればレーヴィと目があった。その目は少し驚いている。


「すまないね、レーヴィ。なにぶん妻は心配性でね」


「っごめんなさい、同僚の方がいたのね!」


 私がそう声をかけるとエリサは跳ねるようにして私から離れ、レーヴィはあまりに年の離れた私達に小さく瞠目するのであった。


 歳の差二十。何としてでも長生きしなければ。

 そう心の中で意気込み、私は前へと進むのだった。

 読んで下さりありがとうございます。

 これにてアントン編すべて終了となります。あんまり大人な余裕がなく残念な結果になりました……。


 次回は堅物騎士の略奪愛をテーマに6月中に投稿できるといいな、と思っています。

 またお付き合いいただければ幸いです。

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