表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士団は恋が好き  作者: 葵翠
【諦観】アントン
32/79

後日談.若葉と陽だまり

 楽しんでいただければと思います。

 エリサ視点になります。

 (※2018.12.24 一部内容を追加しています)

「用意はいいかな?」


 アントン様がキッチンに顔を出した。

 わたしは少しだけ慌てて残りの支度を済ませると、バスケットを握ってアントン様の元へと駆けよった。


「お待たせしました」


 今日は久しぶりの外出だった。

 アントン様の傷の具合も良く、そろそろ自宅療養も解けるとのことで散歩に出ることになっていた。


「行ってきます」


「いってらっしゃいませ」


 少し砕けた格好のアントン様も色っぽいけど、外出用のきりっとした衣服に身を包む姿はすごく格好がいい。

 歩き出すと同時、アントン様がわたしの手に指を絡ませた。


「え、と……?」


 するりと滑らかに動くアントン様の指に少しだけどきどきしていると、アントン様は僅かに目を細めて微笑んだ。

 そんな笑顔に魅入っていると――ふと指が離れ、そこにあったはずの重みがなくなったことに気づいた。

 視線を落とせば、昼食の入ったバスケットがいつの間にかにアントン様の手にあった。


「ありがとう、ございます」


「どういたしまして」


 楽しそうに景色を眺めるアントン様の横顔を見て、わたしは密かに胸を高鳴らせていた。


 ――アントン様は本当に素敵な人だった。

 わたしなんかには心の底からもったいないと思う。

 どうしてアントン様が私を好きになってくれたのか、不思議でたまらなかった。


「王宮の庭もいいけれど、こうして公園に来るのもいいものだね」


 公園内をのんびりと歩いて、噴水や、その近くで遊ぶ子供たちの姿につい笑みが浮かぶ。


「はい。みんな元気で、とっても気持ちがいいです」


 そうして芝生にあがって、敷布を広げる。

 そこに腰をおろせば緑の香りと温かい日差しに自然と身体の力が抜けていく。


「平和ですね」


「そうだね」


 それだけの言葉を交わして、のんびりと景色を眺める。

 お互い無言だったけど、なんだか心地が良くてわたしはこっそりとアントン様に寄り掛かった。

 アントン様はそんなわたしをみて小さく笑い、そっとわたしの髪を梳いた。


「そろそろ復帰しようと思っている」


 そう切り出されたのは、どれくらいたってのことか。

 やや身を起こしてゆっくりとアントン様に向き直れば、アントン様はいつもの穏やかな表情で続けた。


「とはいえ、まだ完治していないからね。当分の間は護衛部を抜けて教育部に身を置くことになる」


 騎士団の部署は詳しいことは分からなかったけど、きっとそこはあまり体を動かさない部署なんだろう。


「しばらくは見習い騎士の教育に励むよ」


 アントン様ならきっといい先生になるだろう。

 失敗して落ち込んだ見習い騎士達をそっと、だけど力強く前へ押し出す姿が目に見えるようだった。


「それから怪我の具合を見つつ、衰えた身体を鍛え直して――一年以内には護衛部に戻りたいと思っている」


「やっぱり護衛部に戻るんですね」


 なんとなく予想はしていた。

 時折お見舞いにやってくる騎士様達はほとんどが護衛部のようだったし、そんな騎士様達との会話には早くに戻りたいというセリフも聞こえていた。


「特殊護衛は常に人手不足だし、なにより私は護衛部が好きだからね」


 正直、アントン様は剣を手にするよりも何かを愛でている方が似合う気はした。

 どうしてこんなに穏やかな性格なのに剣を握っているんだろうって不思議だった。だけどそれはたぶん、アントン様の好みによるところらしい。


「怪我、しないでくださいね?」


 好きな事を仕事にもてるのはすごく幸せな事で、わたしももそれは身をもって知っている。

 だから心配は心配だったけど止めることはできなかった。


「心配をかけてすまないね。ありがとうエリサ」


 アントン様はそう言うと梳いていたわたしの髪を掬い上げて、そこに口づけを落とした。


「っあの」


 あまりにも自然な動作でそんな事をされて、思わず顔が熱くなる。

 その、多少の触れ合いは屋敷でもしていたけど、ここは外で。


「どうかしたかな?」


 アントン様はわたしの思いには気づかないのか、小さく首を傾げた。


「恥ずかしい、です」


 少しだけ俯いたまま訴えると、アントン様は腰を抱き寄せた。


「や、あのっ」


 慌てて身を引こうとしても、ビクともしない。

 さすがは体を鍛え抜いている騎士様だわ。じゃなくて。


「愛しているよ、エリサ」


「っ!」


 耳元で囁かれて思わず体が跳ねる。

 とても艶のある声が直接頭に響くようで、なんだか腰が抜けてしまいそうになる。

 とても太刀打ちできないわたしにアントン様はくすくすと笑って腰を離した。


「懐かしいね。君と初めて言葉を交わした時も耳元で囁いたものだったね」


 言われて初めて会った時のことを思い出す。


 春の披露会。

 そこでわたしは演奏をするはずだった。

 なのに当日になって、突然楽師長からそれを覆されたのだった。


『あなたのその質の悪いヴァイオリンの音色を陛下の御耳に入れるなんて以ての外だわ。別の人にしてちょうだい』


 それまで楽師見習いに見向きもしなかった楽師長からの一言。それだけでわたしは選抜から外されてしまった。

 悔しくて悲しくて、いつも練習に使っていた場所で一人泣いている時に、アントン様はやってきたのだった。


 柔和な声でハンカチを差し出されて、わたしは余計に大泣きしてしまったのをよく覚えている。

 あの時アントン様は泣き止むまでずっと隣にいてくれた。

 エボニーのような落ち着いた色合いの髪は緩やかに毛先が波打ち、同色の睫毛が縁取るローズウッドの瞳はやや垂れ目がちで、なんだかすごく優しげだった。

 そうして差し出されたまま涙で汚したハンカチを巡って取り合いになり、アントン様はわたしの抵抗を奪うために耳元で囁いたのだった。

 耳にあたる吐息と、それまで確かに感じなかった色っぽい声に思わず顔を赤くして動きを止めたのを逃さず、アントン様は身を引いたのだった。

 そうして戸惑うわたしに、アントン様は振り返らずに言葉をかけた。


『次の披露会を楽しみにしていますよ――がんばってください』


 強く、優しく、しっかりとした励ましの言葉に、わたしははっとした。

 何も言わなかったのにアントン様は泣いている理由を知っていて、思わずヴァイオリンを見つめたものだった。


「あの時のアントン様の励ましの言葉で、わたしは頑張れたんですよ」


 負けてはいられない。次の披露会こそは成功させて、宮廷楽師になるんだ。

 そう思って前を向いたことを伝えれば、アントン様は嬉しそうに目を細めた。


 ヴァイオリンの対価として演奏を求められ委縮するわたしに、駆け出しでもプロなんだと、胸を張りなさいと背中を押してくれた。

 失った宮廷楽師の証であるヴァイオリンは、小さくはなったけれど、元のヴァイオリンを再利用して宮廷楽師の刻印をそのままにミニチュアのヴァイオリンとして蘇らせてくれた。


 はじめはただアントン様に喜んでもらいたくて頑張っていた。

 だけどある日、わたしはそんなアントン様に一瞬で恋に落ちた。


 ――おや、眠り姫のお目覚めかな?


 キーアと遊び疲れてお庭で眠ってしまった時、寒くないようにとブランケットをかけた上でわたしの横に寄り添ってくれていたアントン様に。


 ――おはよう。


 その心地の良い温かさと優しげな笑みに顔に熱が集まってしまったのは、昨日のことのように思い出せる。


 アントン様はいつだってわたしを優しく包んでくれるようだった。

 傍にいると心が温かくなって、何かあってもまたがんばろうって足を踏み出させてくれるような、そんな力が沸いてくるようだった。


「アントン様は、わたしにとって陽だまりなんです」


「陽だまり?」


「はい」


 一緒にいると明るくて、温かくて、つい微睡んでしまうような、そんな心地の良い人。


「ぎらつく強い太陽じゃなくって、優しくあっためてくれる。わたしにとってアントン様は大切な栄養なんです」


 ふふ、と笑って目をつぶる。

 だからこそアントン様に拒絶された時は震えるほど寒くて、凍えてしまいそうだった。だけど――それでもアントン様の温かさを思い出したわたしは、それを糧にヴァイオリンを弾き続けた。せめて、これまでの感謝を最高の演奏で返そうと。それがわたしに出来ることなんだっていい聞かせて。

 あの時のことを思い出していると、横座りした膝に重みが重なった。

 疑問に思って目を開ければ、膝の上に寝転ぶアントン様と目があった。


「それは私も同じだよ」


 驚きに口をあけるよりも早く、アントン様はそう言って私の頬に手を当てた。


「君のその若葉のような瞳は力が漲っていて、惹かれずにはいられなかった。若くてたくさんの可能性を秘めているその瞳に、私は一瞬で心奪われてしまったんだよ、エリサ」


 眩しそうに見上げる瞳はいつもの穏やかさの中にどこか蕩けたものが混じっていて、冷めたはずの頬が再び赤くなるのが分かった。


「そんな君の瞳に、私も力をもらっていた」


 真っ直ぐに見つめられて、頬に触れるアントン様の手にそれを重ねる。

 涼しげな風が吹いて、髪が揺れた。


「ハーヴィスト家には密かに運命の音というものが伝わっていてね」


「運命の音、ですか?」


「そう。一般的に言えば運命の人だね。身を焼くほど焦がれ、全力で添い遂げる相手のことをいう。ちょうど一年前になるね。私はエリサが演奏するところを見て、良い楽師だと思った。心が満たされる思いで、何度も君が練習している場所に足を運んでは聴き入っていたんだけれどね」


 そんな。

 アントン様が目覚めて、そして駆けつけたハーヴィスト子爵から、アントン様が夏の披露会の時にはすでにわたしを想ってくれていたと教えてもらった。だから引き抜きをかけなかったと言われたんだけど。

 でも、もっと前から、想ってくれていたの?


「それまでは楽師として惹かれているのだと思っていた。だけど春の演奏会のあの日、エリサと初めて顔を合わせて悟ったよ。一人の女性として惹かれていたのだと。きっと君の音色が私を呼んでくれたんだろうね。まさに運命の音だと思ったよ」


 鼓動が激しく鳴り響く。

 目を瞠るわたしの手を引き寄せると、アントン様は一転して悲しげに瞳を揺らした。


「――私の独りよがりで楽器を与えたり、突き放したりしてしまって申し訳なかった」


 おかげで波乱が増えてしまっただろう、とアントン様が言った。


「考えが足りずに、一歩間違えれば君の未来は暗いものになるところだった」


 それはきっと暴行未遂のことだろう。

 あれは、あの三人を楽師長が唆したことが原因だった。

 楽師長は私と同じヴァイオリニストで、わたしを排除しようとしてのことだったらしい。

 だけどそれはアントン様と出会う前、春の披露会からのものだからアントン様は関係がなかったと思う。ヴァイオリンをもらっても、もらわなくても、遅かれ早かれ何かが起こっていたはず。


「アントン様のせいじゃありませんよ」


「だが――」


「ちゃんと守ってくれたじゃないですか」


 反論しようとするアントン様を遮って、ね?と首を傾げる。

 それでも不満そうな顔をしていて、わたしはさらに続けた。


「これからも、守ってくださいね?」


 ちょっと強引だったかもしれない。だけどこれ以上アントン様に後悔させたくなくて、有無は言わせないとばかりににっこりと笑えば、やがてアントン様は苦笑した。


「ああ、約束しよう。一生涯をかけて君を守ろう」


 そうしてしばらく見つめ合い、アントン様がそっとわたしに手を伸ばした。

 身を屈めるようにわたしを引き寄せ、顔が近付く。

 そっと目を閉じて唇が触れる瞬間を待ったその時――


「見つけた!」


 元気な声があたりに響いた。

 びっくりして身を起こすと、駆けつけるキーアの姿が目に入った。


「アントン様が甘えてるっ」


 と、キーアはわたし達を見て指をさした。

 思わずあたりを見回し、そして膝の上に寝転がるアントン様に視線を落とし、羞恥心に身を固まらせた。


 ――公衆の面前でなんてことを!


 両手で顔を覆い俯く。

 つい話に夢中になっていて気づかなかったとはいえ、膝枕に、キスだなんて、なんてことをしていたんだろう。


「いいだろう?婚約者だからね」


 対するすアントン様はわたしの膝の上に寝転んだまま悠然とキーアに告げた。


「ずるい!わたしもいれて!」


「しょうがないね。おいで、キーア」


 と、膝が軽くなってアントン様が身を起こしたのがわかった。


「えへへ」


 そっと顔を上げると、キーアはわたしとアントン様の間に座って満面の笑みを浮かべていた。


「キーア、学校は?」


「終わったよ。今日はアントン様とエリサお姉ちゃんが公園でピクニックって聞いてたから、そのまま探しにきちゃった」


 キーアはそう言って学校にもって行っている鞄を示した。


「なるほど。それじゃあそろそろお昼にしようか。今日は全てエリサが作ってくれたんだよ」


「わーい、楽しみ!」


 そうしてアントン様が脇に置いていたバスケットをあける。

 温かな日差しの中、わたし達は家族のように仲睦まじく過ごすのだった。

読んで下さりありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ