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騎士団は恋が好き  作者: 葵翠
【諦観】アントン
31/79

結ばれる終曲に未来を見る

楽しんでいただければと思います。

2017.5.24少女の髪色を変更しています。

 あれ以降、私は完全に彼女との接触を絶った。

 目を瞑れば彼女の笑顔が浮かび、感覚を研ぎ澄ませば空を飛び回るかのような軽やかなヴァイオリンの音色が浮かぶ。

 けれども私は彼女と言葉を交わすどころか、目を合わせることもなかった。あの狭い空間にも足を運んでいない。

 心の中は常にどこか寂寥を訴えていたけれど、それもこの歳になれば操作できるものでうまくやり過ごしている。


 そうして時は過ぎ去り、季節は冬。

 花々は彩りをなくし草木も凍えるような寒さに眠りにつく。

 そんな外の様子とは裏腹に、会場内は暖かく煌びやかな様相を醸していた。


「今年も皆、余念がないね」


 王子殿下の誕生会。

 会場内での護衛にあたる中で私は思わず王子殿下を取り囲む可愛らしい姫君達をみて苦笑した。


「陛下の二の舞にはならないという気合が半端ないな」


 私の隣で笑うのはテームである。

 テームとは昔、共に武術を鍛えた仲だった。武術に特化したリスティラ家へ騎士を目指す私が弟子入りをしたのだ。


「陛下が恋愛結婚されたのは皆痛かっただろうからね」


 幾つになっても婚約者を決めなかった陛下に周りは色めき立っていたけれども、残念なことに社交界に参加する女性は陛下を射止めることができなかった。

 ある日突然、陛下付きの侍女であった男爵令嬢に求婚されたのだ。

 通常であれば男爵令嬢と次期国王の婚姻など考えられないのだけれども、かなり強引な方法で陛下はそれを実現させた。

 そんな過去の出来事に、貴族達は次代こそはと目を光らせているのである。


「君のところはいいのかい?――こんにちは、レディ」


 ふとテームの足元にくっついている小さなお姫様に身を屈めて微笑めば、テームの愛娘は顔を真っ赤にさせながらも嬉しそうに微笑んだ。花のような笑顔にこちらも心が和む。


「うちこそ恋愛結婚して欲しいものさ。好きな男と一緒になるのがなによりだ」


 テームは言いながら愛娘の頭に手を置いた。


「そう言いながら、好きな男性を連れてきたら反対するんだろう?」


 これまで二人の息子を鍛えていた時とはまるで違い、待望の娘が生まれたテームはそれはもう目に入れても痛くないほどの可愛がりようだった。

 身を屈めたまま見上げると、テームはやや複雑そうな顔をした。


「今現在、反対中だ」


「おや、もう意中の相手が?」


 もちろん五歳のお嬢さんの恋心は一時のものの方が強い。けれどもすでにそういったものを意識しているところは、やはり女の子と言ったところだろうか。

 もう一度お姫様に視線を向ければ、なぜかもじもじした様子で私を見上げていた。


「あのね。わたしね」


「なんだい?」


 目を見合わせると、お姫様は両手を広げて私に飛び込んできた。


「アントンさまと結婚する!」


 きらきらした瞳で私を見上げるお姫様の傍らで、テームが額に手を当てた。


「頼む、やめてくれ」


 深いため息をついているところを見て、思わず声をあげて笑った。


「そうかい。お嬢さんは私が好きなのか」


「うん!」


 元気よく頷くお姫様の両脇に手を入れて抱き上げると、それはもう満面の笑みを浮かべている。

 かなり予想外だったけれども、光栄なことに小さなお姫様はどうやら本気のようだ。


「あのね、かあさまも言ってたの!アントンさまは素敵な人だって」


「それは嬉しいな」


「待て、初耳だ」


 唸るようなテームを視線で宥め、腕に腰かけるようにお姫様を抱え直せば、その小さな手で更に抱きついてきた。子供は無邪気で可愛らしい。


「だいたい何でこんな、父様と同じ年の男を好くんだ」


 テームは不満なようで頭を振っているけれど、お姫様はそんな父親に振り向くと小さく舌を出した。


「アントンさまはわたしのこと子供扱いしないもん!一人のレディとして扱ってくれるもん!とうさまとは大違いよ」


 どうやら子供扱いがお気に召さないらしい。けれどもテームからしてみれば可愛い可愛い我が子である。子供扱いするなという方が難しい。

 テームはやや肩を落として嘆息した。


「ありがとう。けれどもきっともっと素敵な人はたくさんいるかもしれないよ」


「いないわ。アントンさまがいっちばんよ」


 私に促されたことが不服らしいお姫様は頬を膨らませた。


「そうだね。私が一番というのも否定はできない。だけどいろんな人と出会ってみると、もっと素晴らしい出会いがあるかもしれない。これから先、いろんな人と会って、いろいろな話をしてごらん?そうすれば、君の未来はもっと輝かしいものになるはずだよ」


 ゆっくりと優しく言うことで、お姫様は膨れていた頬を下げ、頷いた。

 そこへ、会場に控えていた楽団がそれまでの緩やかな曲調から溌剌とした曲調へと演奏を切り替えた。

 フルートの音が軽やかに跳ねまわり、ヴァイオリンがそれに続く。

 ふと楽団に目を向ければ、曲調と同じく軽やかな動きで弓を引く金髪の女性が目に入る。


「どうした、アントン?」


 テームの問いかけに、私は静かに彼女から視線を外した。


「いいや、なんでもないさ。――ほら、ダンスの時間だよ。素敵なダンスを見せてくれるかな?」


「わかったわ。ちゃんと見ててね」


「もちろんだとも」


 私がそっと床に下ろすと、お姫様は中央に集まった子供達の輪へと加わり、その中に見つけた知り合いの男の子と手を取り合ってまわり始めた。


「さて、と。そろそろ見回りに行かないとかな」


 胸ポケットの懐中時計で時間を確認し、私はテームに向き直った。


「ああ。子供ばっかりの中でも護衛は必要だからな。おつかれさん」


「小さなお姫様には素敵なダンスだったと伝えておくれ」


「わかった」


「それじゃあ、また」


 そうして私は会場内の巡回を始めた。

 最近は夜会や舞踏会などといった殆どの社交界の場で演奏する彼女の姿を見かけるようになった。

 耳にはヴァイオリンの音色が常に響き、それがより仕事への励みとなる。

 そして同時に、彼女の一層の活躍を密かに願うのだった。


「様子はどうだい?」


 テームと別れた私は会場内で目を光らせている同僚達に声をかけてまわった。


「おつかれさまです。特に今の所不審な様子はないです」


「そうかい」


 こういった貴族のみの参加が許されている会場内での護衛を果たすのは、騎士であっても貴族でなければならない。

 その為ここでは貴族家出身の護衛部の者しか立ち入れないのだけど、その人数はあまりに少なかった。

 結果、護りの薄いこういった会場内が一番命を狙われやすい。

 特に今は陛下が改革を推し進めており、保守派の動きが怪しいことから、常に警戒をしなければならなかったのだけど。


「今日は平穏なようですね」


 若手の騎士はやや安堵しているようだった。


「そのようだね。けれどもしっかりと気は張っておくんだよ」


 この会場入りできる特殊護衛の責任者として、やはり気は緩められない。

 最悪子供達を盾に取られかねないという状況を示唆すれば、若手騎士はしっかりと頷いた。


「それじゃあ、今後も頼んだよ」


「了解です」


 そうして最後に、と陛下の傍についている騎士へと視線を向ければ、ちょうど王子殿下にお祝いの花束を贈る為に二人の子供が移動しているところだった。

 子供達が去った後に声をかけようと足を止め、そこで違和感を感じた。


 ――確か少年は琥珀色の髪で、少女は群青色の髪の子ではなかっただろうか。


 二人とも以前会ったこがある。その記憶では少女はやはり群青色の髪色だった。

 記憶を確かめてもう一度子供達を見れば、二人の子供は王子殿下の目の前までやってきていた。


 最初に花を捧げる少年の髪は琥珀色。そして次に並んでいる少女の髪は、空色。


 私は咄嗟に駆け出した。

 杞憂ならいい。けれどもひょっとしたら。


 目の前で少年が場所を少女に明け渡し、少女は緊張した面持ちで進み、そして花束の重みによろめいた。

 少女はすぐ手前にあつらえられた階段で足を踏み外し――いち早く近くで見ていた貴族男性によって支えられた。

 会場がどよめき、そして胸をなで下ろす。


 けれども。


 貴族男性が少女を抱えたまま王子殿下の前まで連れて行き、そうして床に下ろす。その口元が、歪んでいる。

 貴族男性が少女の花束の中に手を突き入れた。奴の視線は、王子殿下の隣に立つ陛下に向けられている。


「陛下!」


 思いきり足を踏み込み手を伸ばす。

 強引に身体をねじ込ませた刹那――


 どん、という衝撃が腹部に走った。

 激しい痛みに奥歯を噛みしめて耐え抜く。


「捕えろ!」


 鋭く言い放てば、陛下の傍に控えたまま反応できずにいた後輩騎士がなんとか動きだした。

 男が取り押さえられる気配を察して、僅かに振り返る。


「ご無事ですね……?」


「ああ。ありがとう、アントン」


 いつもの笑みを浮かべつつも激情を湛えた陛下の瞳を見た私は、そこで意識を失った。


 + + +


 私は十歳の時にある病を患った。

 とても珍しい病で、完全な薬というものができていないものだった。

 一週間、意識が混濁した状態でうなされ、全身には蕁麻疹が広がっていたという。

 その時のことは覚えてはいないけれど、どうやら命に関わるほどの重症だったらしい。

 両親はどうにかして救えないものかと奔走し、未完成の薬に望みをかけた。


 結果、私は一命を取り留めた。


 薬を摂取した二日後には意識が戻り、五日後には蕁麻疹が治まった。

 見る間に体調を治す私に周囲はみな喜び安堵した。

 その薬にはある副作用があることを、ほとんどの者が知らされていなかった。


 ――その薬は、子を宿す機能の一部を破壊する副作用があった。


 知っていたのは、薬師と両親。弟にも知らされていなかったそれを告げられた時、私は理解ができなかった。

 まだ十歳の子供だった私はそれがどういう意味なのかわからず、半年の間、それがどのような未来になるのかを調べつくした。


 子を遺せないこと。

 それはつまり、ハーヴィスト家の跡継ぎをつくれないということ。

 両親はいずれ生まれるだろう弟の子を養子とすればいいと言っていたけれど、はっきりとわかるその未来に私は首を振った。

 弟の子が跡継ぎとなるのなら、初めから弟が後を継げばいい。

 すでに分かっているのなら、わざわざ弟から子を引き離すことはない、と。


 これが青年期に差し掛かった年齢であれば、大きな衝撃を受けていただろうし、すでに跡継ぎとして活動しているだろうから無理な話だったかもしれない。

 けれども幸いなことに、私は十歳だった。

 子を遺せないということに対して抱いたのは跡継ぎができないという事実に困ったという感情だけであり、まだまだ子供の自分に跡継ぎとしての仕事を教えられるようなこともなかった。

 むしろ両親から養子をとることを聞いて、それを恐れた。

 自分が今両親から引き離されたらどうなるだろうか。そう考えると不安で怖くて、悲しくてたまらなかった。それを仲のいい弟の子供にさせるなんて、そんなことはさせたくなかった。


 だから私は後を継がないと断言し、両親が諦めてくれるように行動を起こした。

 つまりは――ヴァイオリンを手放し、剣を握ったのだ。

 音楽関係のものを断ち切ることでハーヴィスト楽団への接触を断ち、今後、後を継がないことで職に就かなければならないことから、第二の憧れでもあった騎士を目指すことにしたのだ。


 私は懇意にしていたリスティラ伯の元へ日々通い、テームと共に武術に没頭。十六の時に試験を突破し、騎士団へと足を踏み入れたのだった。


 両親は時折悲しげな目をしていたけれど、命を救ってくれたことに感謝していた。

 もちろんそのことは両親にも伝えているし、私自身、騎士という自分を楽しんでもいた。

 けれども、そんな人生もどうやら終わりを告げるようだ。


 陛下を守れたのは、騎士としての誇り。

 その誇りの前に散れるのなら、大往生を遂げるというもの。

 なかなかにいい人生だったじゃないか。


 そう思ってふふ、と微かに笑った。

 そして――


「アントン、様?」


 恋い焦がれた相手の声が、耳に響いた。


 + + +


 うっすらと開けた瞳に飛び込んできたのは光だった。

 眩しいその光に弱く瞬きを繰り返していると、手を握られた。


「アントン様!?」


 ああ、最期に彼女の声が聞けるなんて。

 出来るなら良き伴侶と子供に恵まれて過ごす君を見守っていきたかった。


 触れる手の温もりに幸福と哀愁を感じながら、私は微笑んだ。

 夢の中でなら、最期に伝えるのもいいかもしれない。


「愛している、エリサ。叶うなら、君と添い遂げたかった」


 騎士として叙任した私は、ある時一人の女性と恋に落ちた。

 生命溢れる元気なその人はある時言ったのだ。


 ――子供はたくさん欲しい、と。


 愕然とした。

 子を成せないという事実がもたらす結果を目の当たりにしてしまったのだ。

 もしこのまま婚姻を結んだとして、どんなに望んでも子供が生まれることはない。

 それは、子をもつ歓びを相手に与えられないことに他ならなかった。

 家族の繋がりをなによりも尊ぶ暮らしの中では、それは絶望にも近い事柄だった。


 愛しい人に歓びを与えられず、それどころか悲しみをもたらすなど以ての外だった。

 そんな行いをする自身を許せなかった。

 だから私は――身を引くことにした。


 それ以来、恋人がいた事は一度もなかった。

 身も心も一歩引いたところにいたせいか、素敵だと思う女性は現れど、それが身を焦がすほどの恋心を生む事はなかった。

 彼女と、エリサと出逢うまでは。


「幸せな家庭を築いておくれ」


 願うように口にした私は、それだけで満足だった。

 瞬きを繰り返してもぼんやりとしたままだった視界を瞼で遮る。


 ――ああ、これで逝ける。


「あんとんさまの、ばかぁっ」


 どすん、という衝撃と痛みが全身を襲った。

 辛うじて悲鳴はあげなかったものの、あまりの痛みに感覚が冴え渡る。


「ダメよキーア!」


 慌てるエリサの声がして、腹部に乗り上げられた重みが消えていく。


「これ、は?」


 いまだに響く激痛に耐えながら、私は目を開けた。

 先程ははっきりとしなかった視界が明瞭に広がる。


「……アントン様?」


 そこは見慣れた寝室だった。

 奥にはサカリとマイラが驚いた顔で腰を浮かし、手前には涙を流しながら私を睨みつけるキーアと、それを抑えるエリサが居た。

 みな、少し窶れただろうか。


「あ、アントンさまあぁぁ」


 目を丸くするキーアがやがてその場に崩れ落ちた。


「キーア?どうしたんだい」


 慌てて身を起こそうとして、さらなる痛みに顔を顰める。


「嘘、目を覚ました……?」


 というマイラの言葉にようやく自分の状態に気づく。

 刺されて意識を失って、痛みはその傷が原因だろう。


「意識が戻った!」


 続いてサカリが声を張り上げマイラと抱き合った。

 歓喜の声をあげることしばし、私は静かに問いかけた。


「陛下は?」


「ご無事ですよ」


 まずは確認しなければと続けて問う。


「私はどれくらい、眠っていたのかな」


「一週間ほどになります」


 それは確かに、みな窶れるはずだ。私は心から侘びた。


「心配をかけたね」


「とんでもありません!アントン様が生き延びてくださるなら、これくらいなんともありません」


 サカリの言葉にマイラも頷いた。

 そうしてサカリはマイラから離れた。その表情は晴れ晴れとしている。


「こうしては居られない。お医者様を呼ばなければ」


 サカリは飛び出すように寝室を後にした。

 急ぐ時も走る事のなかったサカリが、とやや驚いていると、マイラと目があった。


「お加減はいかがですか?」


「腹部とても痛むけど、死にそうなほどではないかな。意識もはっきりしているし……キーアのお陰かな?」


 そう言ってくすりと笑えば、マイラは涙の浮かぶ目尻を指先で拭った。


「本当に良かった。アントン様にもしものことがあれば、と生きた心地がしませんでしたよ」


 マイラは言いながら孫娘の肩を抱いた。


「さ、席を外すわよ、キーア」


「やっ、なんで?せっかくアントン様が目を覚ましたのに!」


「アントン様はこれからエリサさんと大事な話があるのよ」


 言われて私は内心首をかしげる。

 大事な話?目覚めたばかりの私が一体何を話すというのか。

 するとどこか有無を言わせない笑みを浮かべてマイラは言い放った。


「アントン様。私共はしっかり聞いておりましたからね。ご自分の発言に責任を持ってくださいまし」


 自分の発言。責任。

 マイラの言葉を反芻して、さっと顔色が変わる。

 まさか。


「ほら、行くわよキーア」


「え〜」


 マイラはそれ以上は何も言わずにキーアを連れて退室していった。

 残されたのは、私とエリサの二人。

 エリサは俯いて黙ったままである。


「……ペルトマーさん?」


 悪足掻きにもほどがあると言われそうな呼び方に、けれどもそれを咎める人は居なかった。

 それどころか、エリサは返事をすることもなく俯いたままでいる。


「心配をかけたようで申し訳ないね」


 エリサは誕生会に奏者の一人として出席していた。ひょっとしたら私が刺された現場を目の当たりにしていたかもしれない。そう思うとエリサにはサカリたち以上に恐ろしい思いをさせてしまったことだろう。

 そう思い頭を下げるものの、やはり返事はない。

 そっと顔を覗き込むと、エリサは僅かに肩を震わせて涙を流していた。


「……った。アントン様が、死ななくて、本当に良かった」


 よく見れば、エリサの膝が涙に濡れていた。


「すまなかったね」


 私はゆっくりと身体を起こした。鈍い痛みが走るけれども、それどころではない。

 手を伸ばしてエリサの頰に触れ、上向かせる。そこに現れたペリドットの瞳に心が震える。

 ――ああ、本当に美しい。


「さっきのは、本心、ですか?」


 その瞳に魅入っていると、やがてエリサが口を開いた。


「……私は、なんて言ったかな?」


 はぐらかしたい気持ち半分、本音を告げたい気持ち半分の私は往生際悪く確認をした。

 するときっと睨むようにエリサは私を見つめた。


「あ、愛してると。添い遂げたかったと!」


 夢を見ていたつもりが、現実だったらしい。

 しかもあの時私はきっちりとエリサの名を呼んでいた。

 やはり、もう逃げることは出来ないようだった。


「――本心だよ。私はいつだって君に惹かれていた」


「だったら、どうして身を引いたんですか?」


「……君を不幸にはさせたくなくてね」


「そんなことっ」


 すぐさま否定しようとするエリサに、私は首を振った。


「私の身体はね、少し壊れているんだよ」


 そうして語る、昔話。

 エリサは静かにそれに耳を傾けた。


「家族を作ってあげられない。最愛の人を悲しませたくたい。ましてや君は私よりもずっと若い。残り長い人生の君を、一人遺して先に逝くような事はしたくはなかった」


 そう締めくくれば、エリサは少し怒ったように私を見上げた。


「たとえ結婚しなくても、私の心はアントン様にあります。この一週間、どれほど怖かったかわかりますか?結婚してもしてなくても、遺されることに変わりはないんですよ」


 それに、とエリサはぎゅっと手を握りしめた。


「家族を作れないなんて、そんなの間違ってます」


「どういうことだい?」


「アントン様には血の繋がった親兄弟の他にも家族がいるじゃないですか」


 言われて訝しむ。一体それは何を指しているのか。


「キーアも、サカリさんもマイラさんも、すでにアントン様の家族じゃないですか。たとえ血は繋がらなくても、みんな、素敵な家族ですよ」


 エリサの優しい笑みに私は息を飲んだ。


「キーアはアントン様に懐いているし、サカリさんとマイラさんもアントン様のことが大切で、アントン様もそうでしょう?みんなのことを本当に大事にしていて、わたし、なんて素敵な家族なんだろうって思ってました。血の繋がりなんて関係ないんですよ。例え血が繋がってなくても、家族はつくれるんです」


 そういった考えはしたことがなかった。

 思いもよらない見方に言葉を失い、そうしてこれまでを振り返る。

 三人は私にとってどんな存在だった?

 愛しくて大切で、絶対に失いたくはない、掛け替えのない存在。

 共に支え合って生きていくその存在は確かに家族と言い換えてもなんら不思議のないものだった。


 それまで凝り固まっていた家族の概念が、するりと形を変えて、私の中に収まった。


「だから――わたしもその家族に加えてくれませんか?」


 切実に、真っ直ぐな瞳で願うエリサに私は思わず苦笑した。

 額に手を当てて息をつく。


「君という人は――」


「だめ、ですか?」


 そんな私の反応にエリサの声が落ちこんだ。


「いいや、違うよ」


 額から手を下ろし、私はエリサを抱き寄せた。

 腕におさまる温かな感触。ふわりと香るエリサの匂いを感じて、心が満たされていく。


「私の家族になってほしい。愛しているよ、エリサ」


 欲しかった。

 手を伸ばして触れたかった。

 名を、呼びたかった。


 けれども、私はそれを禁じていた。

 それがどれほどに甘く、手放さずにはいられないか分かっていたから。


「わたしも、アントン様のことを愛しています」


 そっとエリサがわたしに腕を回す。


「ありがとう、エリサ」


 しっかりと抱擁し直そうと力を込め、


「っはは、痛いね」


 緊張感か何かが途切れたのか、痛みが私を苛み始めた。

 顔を歪めた私をエリサが慌てて横たわらせた。


「いまサカリさんがお医者様を呼んでいるから」


「ああ。それまでは我慢だね」


 死んだと思ったくらいの怪我だ。仕方がない。

 やや息の荒くなる私をエリサが心配そうに見つめていた。


「少し、目をつぶって休んでいてください」


「そうするよ。だけど、一つだけ」


「なんですか?」


「――手を、握っていてもらえるかな」


 先ほどのでは到底足りない。

 少しだけ甘えるように頼めば、エリサは心配そうな表情の中に恥じらいを見せて、それでも手を握ってくれた。


「ありがとう。気が和らぐよ」


「早く、良くなってくださいね」


「もちろんだよ」


 もう、この手を手放すつもりはない。

 絶対に幸せにして、決して放さない。


 握られた手に温もりを感じ、私は静かに決意するのだった。

読んでくださりありがとうございます。

これにてアントン本編終了です。

番外編か後日談を1週間以内に投稿できればと思っています。

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