メイドの過去話 『終結』 2/2
※前回の話を大幅改稿した結果文字数増えたんで分割しました。
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見なくても、即立ち影響は無いと思います。
森の中心に位置する『神樹』。
神樹は、この森にとって必要不可欠な存在だ。
森の潤沢な魔力の殆どはこの神樹から供給されており、森に住んでいる全ての亜人が、各々の信仰している宗教と神樹を関係づけることによって、神樹を崇拝していた。
そんな神樹を守るかのような、そんな様相で神樹の周囲を円上に囲んでいる建物群があった。
そこはエルフの政治の要を司る機関が密集する『政府中心区』であり、ヒューゼを招集した長老がいる建物――『長老院』という建物もそこにある。
ヒューゼは招集書を手渡された翌日に、集合時間の数十分以上前に元老院に到着した。元老院は、政府中心区の中でも、特に目立つ――ということは無い。
けれども、唯一の特徴を言ってしまえば、政府中心区の中でも華奢な建物だと言うことだ。
ヒューゼは取り敢えず、長老院へと入り、身分証を提示した。そして、約束の時間となるまで、小さな待合室で数十分過ごし、長老がいる部屋へと監視役を担っているエルフの青年と一緒に赴く。
「ここから先は私は行くことが出来ませんので」
監視役の青年はヒューゼを促した。
長老というエルフにとって絶大な権威を誇る役職上、賤しい身分の者が謁見することは許されない。本来であれば、ヒューゼの地位では姿を見ることすら叶わない人物だが、ヒューゼは本来であればもっと上の役職につける実力の持ち主だ。
故に、特別措置として謁見することを許されている。
しかし、そんな特別措置を受けた当人としても、長老と会うという行為は非常に緊張する。数回深呼吸をし、意を決して数回のノックをして「よろしいでしょうか? 」と扉の向こう側にいるであろう長老に尋ねた。
「良いぞ、入れ」
何処か高慢そうな高いの声がドア越しから聞こえたことをしっかりと確認し、ヒューゼは観音開きのドアを、汗ばむ手でゆっくりと押し開ける。
観音開きのドアの向こう側は、一瞬視界の確保に手間取るほどの薄暗闇が部屋を覆っていた。少しするとヒューゼの目も暗さに順応し、部屋の内装や長老の姿が目視できるようになった。
「お久しぶりです、長老」
ヒューゼは一歩手前に出て、片膝をつきながら頭を垂れる。
「頭を上げて良いぞ」
そのような言葉が聞こえてきたので、ヒューゼは頭を上げて長老――一人の少女へと視線を向ける。
「久しいな、ヒューゼ。お前と話すのも十年以上前になるか」
「はい、長老」
そう言って、少女はヒューゼに向けて微笑んだ。ヒューゼも少女に向けて軽く微笑む。
今、ヒューゼの目の前に座っているいかにも幼気な少女は、この森で一番の有力者であり、それと同時にこの森で誰よりも生き永らえている人物だ。
長老という役職は、この数千年間、一度も変わっていない。ヒューゼはまだ生まれて間もなかった頃も、目の前の少女が長老という役職に付いていたし、今だってその役職を全うし続けている。
「お前をここへと呼んだのは他でもない。例の事件の娘についてだ」
「例の事件……。あぁ、そのことですか」
例の事件とは結界破壊騒動のことである。
「その少女がどうかしたんですか?」
「単刀直入に言おう。ヒューゼ、お前にあの娘を預かってもらいたい」
「……はい?」
長老から直々の呼び出しであるため、一応何を言われても驚かない気構えで参ったつもりのヒューゼ。しかし、その気構えを容易く打ち砕く程度の言葉に思わずヒューゼは生返事に近い返事を長老へと返してしまった。
その様子に微かに微笑む長老。
「もう一度言おう。お前にあの娘を預かってもらいたのだ」
「それは……一体どういう理由で」
「あの娘は殺すことは、世界規模の損害に通づると私は判断した」
「――世界規模の損害」
ヒューゼは長老が言った言葉を復唱してみた。しかし、どう唱えようが、心中でその言葉を反芻しようが、意味が理解できなかった。
確かに、あの少女の剣技を考慮すれば、惜しい気がしないでもない。あれ程の絶技を持っている人間は世界を探せども、中々いるものではない。それはヒューゼも認める。
けれども、『世界規模の損害』というほどでもないような気がした。
「理由は聞いてもよろしいでしょうか」
「あぁ、いいだろう。あの娘は『神に愛されし者』だ」
「……」
その言葉を聞いて、ヒューゼはなるほどと納得した。確かに、そのような人物を死刑に処してしまえば、世界規模の損害と成り得る。
そもそも神に愛されし者とは何なのか。
それは神から寵愛を受け、その身に特別な力が宿った者を指す総称だ。『神に愛されし者』は基本的に数百年に一人現れるか現れないかの確率で発生する。けれども、ほとんどの者は己が特別で神聖な力を身につけていると自覚する前に命を落とす。
その理由は、単純で、ランダムなのだ。『神に愛されし者』の別称は『神の気まぐれを受けた者』等と言われるぐらいに、何処の誰が神の寵愛を受けたのか予想が出来ない。
故に、多くの者が自分が特殊な人間だと自覚せずに死んでしまうのだ。
だからこそ、生きている状態で発見される『神に愛されし者』は非常に珍しい。
「お言葉ですが、長老。何故、私なのでしょうか」
「理由は簡単だ。お前が一番見聞が広く、差別思考が無い。他の者に預けてしまえば、それは奴隷と同じ価値に成り下がる。私はそんなことを望んでいるわけじゃない」
「では、何をお望みなのでしょうか?」
「……あの少女の記憶は探ってみた。すると、とある男の言葉が、記憶に刻まれていた」
「それは、何でしょうか」
「『幸せになれ』」
静かな口調で長老は言う。
「それは、今までの事の経過と、事件の真相と共に、まるで書き置きのように刻まれていた。きっと、レベトリア怪盗団の幹部たちは全てを見通して、事の計画を練ったんだろう。そして、私があの少女に同情を抱いてしまうのも、きっと予測済みだったんだ」
長老は言葉を一旦区切り、そして言い放った。
――答え合わせをしよう。
▲▲▲▲
全ての発端は、レベトリア怪盗団の一人が斬首刑となった瞬間から始まった。
結論から言ってしまえば、これは恐らく『復讐劇』に該当するだろう。
レベトリア怪盗団は義賊だった。主に悪政を働く貴族を目標にして、金品を盗み、不正を暴く。それが彼らの主な活動だった。盗んだ金品は独自のルートで換金をし、貧しい貧しいと悲嘆に暮れている人々にばら撒く。
それ故に、彼らは庶民の大半から支持されていた。当然だ。颯爽と現れて颯爽と去っていく。見返りを必要としないのは、理想の正義像だ。
まぁ、そのような行為を続けていれば、貴族たちからは目の敵にされる。レベトリア怪盗団を敵視した貴族たちは『レベトリア壊滅同盟』なるものを作り、本格的にレベトリア怪盗団の捜索が始まった。
まず貴族たちは、レベトリア怪盗団を見つけ出したものには報奨金を出す、と発布した。
けれども、貴族たちの下へ情報は一切入ってこなかった。理由は2つある。
一つは自分たちを虐げた貴族たちが落ちぶれていく姿は、虐げられた当事者にとっては愉快なものである、という感情的な面。
もう一つは、レベトリア怪盗団を捕まえられるわけがない、という一種の諦観のようなものがあったからだ。だから容易に手を出そうとして、徒労に終わるよりも、レベトリア怪盗団の活躍を見る方が良かった。
だが、貴族たちも一筋縄ではいかない。
貴族たちは、報奨金を受け取ることが出来る条件の敷居を下げた。『見つけ出した者』を『有力な情報を提供した者』と変更し、報酬の内容も『報奨金』だけではなく、『地位』もつけた。
すると、最初の情報が全く集まらない状況が嘘だったかのように、各地でレベトリア怪盗団を見たという情報が相次いだ。
ここにも巧妙な手口があり、情報を提供した最初の数人に報奨金を渡し、口コミで『レベトリア怪盗団の発見の手がかりと成り得る有力な情報提供者には、報奨金と相応の地位を提供する』ということを広ませたのだ。
貴族たちも路上に貼られた紙片など、見ないことは理解している。
そして、その思惑は見事に当たり、瞬く間にレベトリア怪盗団を応援していた庶民たちは、レベトリア怪盗団を貴族たちに差し出そうとする敵となった。
この時期から、レベトリア怪盗団内で慎重を喫し、怪盗団の行為を控えていたことも影響している。
庶民が支持していた『レベトリア怪盗団』という組織は、大胆不敵且つ全てを正す正義像だ。ことが落ち着くまで身を潜めようとしているような虚弱な組織ではない……等と言ってな。
我ら長寿のエルフとは違い、人間とは余りにも短命だ。流行も川の流れのように、古き流行は流れ、また新たな流行が始まる。
レベトリア怪盗団という正義像を掲げる流行は過ぎ去った。
結局、義賊として行動していたレベトリア怪盗団は『賊』と民からも認識されるようになってきた。
レベトリア怪盗団は元々、弱気を助け悪しきを挫くという思想の下に集った集団だった。だからこそ、団員の一人一人は悪しき世界を是正するという崇高な認識で活動していた。
「自分たちが何故追われる身に堕ちなければいけないのか。本来は追われる身分は、貴族たちなのに――」
そう思っても、多勢に無勢であるため、彼らは逃げなければいけない。
けれども、国一つを敵として、逃げ延びることなど不可能に近かった
最終的にレベトリアの最愛の妻が捕縛され、斬首刑に処された。首は、晒し台に乗せられ、腐敗するまで放置された。
そんな晒し首を人々は嘲笑する。
「あそこまで栄華を誇っていたレベトリア怪盗団も、今では罪人扱いか」
ここから、レベトリア怪盗団はおかしくなった。あの娘の記憶から映像を喚起したから、非常に映像としては曖昧だ。記憶の映像には靄がかかったようになっている。けれど、その悲しみは想像を絶するような悲しみだったのかもしれないな。
戦っていた相手に破れ、味方だと思っていた民衆からは見放された。
――全てから裏切られた彼らは、全てに復讐するために壮大な計画を練った。
まず最初は、レベトリア怪盗団を盗賊団とさせた。それにより、レベトリア怪盗団という名前は一緒でも、内部構造が全く異なる新たな『レベトリア怪盗団』として認知される。
つまりは、レベトリア怪盗団の名を騙った偽物だと、レイルド王国民に認識させたのだ。そうすることによって、そこそこの警戒と知名度を上げる事ができた。
そこから紆余曲折が有り、盗賊団となったレベトリア怪盗団は団員の増員を図った。地道に、なおかつレイルド王国に悟られないように団員を増やすのは、かなり難しい作業だったらしい。
けれど、全てを復讐するという憎悪に駆られている彼らは、目的遂行のために手段は選ばなかった。
そうしてレベトリア怪盗団は崇高なる目的を掲げていたはずの集団に、荒くれ者を数多く引き入れたんだ。
そこからは、お前が知っている通り、ここの森近辺の安全問題として浮上するほど、レベトリア怪盗団は暴れ回った。これで、レイルド王国民に恐怖を植え付けることが出来、民衆への復讐は完了したわけだ。
いや、完了した……とは彼ら的には言えないな。どちらかと言えば、彼らはレイルド王国民に対して、未だに憎悪を抱いていた。
だからと言って、いつまでもレイルド王国民を殺していればいいってものじゃない。
彼らには、もう一つの目的があるんだ。
討伐同盟を組んだ貴族への復讐、という目的がね。
憎悪の度合いで言えば、王国民よりも貴族の方がかなり大きいに違いない。
そして、最後の目的を達成するために、慎重且つ大胆にレベトリア怪盗団は行動を起こした。
まずは、義賊行為の経験を活かし、貴族の館へと潜り込んで、直接交渉をしたらしい。
『この国を転覆させるつもりはないか』という謳い文句で……だ。
当時、政権が変わり自民族至上主義じゃなくなり、不満が溜まりに溜まっていた時の『訪問』だ。もちろん貴族も馬鹿じゃない。
けれども、レベトリア怪盗団はかつての正義像のそれではない。ただ愚直に己の正義を執行するんじゃない。彼らは復讐のために、様々な悪しき手段を学んだ。
昔の彼らはただ純粋に高めた己の武の技術だったけれど、その時の彼らは言葉・賄賂・脅迫等様々な手段を駆使するようになっていた。それらを駆使し、貴族たちを翻弄し、甘言を弄し、貴族を次々と取り込んでいた。
ん? 何故、その場で貴族を殺すことはしなかっただって?
理由は単純だ。
――殺すだけじゃ物足りなかったんだ。
だからこそ、レベトリア怪盗団の規模を、国レベルで厳重注意をしなければいけないほどまでに大きくさせた。そして、そんなレベトリア怪盗団へと資金提供を行っていた事実が公になってしまえば、その家は厳重処罰が与えられる。
復讐の遂行は間近まで迫っていた。後は、自分たちが肥大化させたレベトリア怪盗団に協力をしていた証拠物品を残し、各家の主人である人物を殺すだけだった。
だが、ここで問題が発生した。
君も見ただろう人間が『エルフ狩り』をしたいと言い出したんだよ。
あの娘に殺された貴族たちだ。
あの貴族はレイルド王国でもかなりの重鎮だったが故に、傲慢さも他の貴族の追随を許さないほどだった。それにあの貴族たちの権限と財力を考えれば、下手に逆らってしまえばレベトリア怪盗団の真の目論見が暴露してしまうかもしれない。
だからと言えども、君も知っている通り、『普通』では、外界からはこの森に入ることは出来ない。フウリックによって展開された結界が、外界からの侵入者を拒絶しているからだ。もちろん、そのことは貴族たちも知っていた。
……何回も言っているが、貴族たちも馬鹿ではない。無駄に頭はよく回る。
レベトリアが森に侵入することは無理であるという旨を貴族たちに話すと、彼らは徐ろに懐から、フウリックの結界を破壊することになる『黒い石』をレベトリアに提示したんだ。
そこから、計画が急激に変わった。
復讐を果たした後に、本来であればレベトリア怪盗団という根っこをこの世の中に残したまま、ひっそりと自決をするつもりだった。
けれども、どうせ世の中から汚点を消すであれば、自らが恐怖を植え付けたレベトリア怪盗団という『悪』も貴族と一緒に消してしまえ、という思考へと至った。
――そこからは、君の見たとおりだ。
これが、こと顛末だ。
▲▲▲▲
「あの娘はね、正直に言ってしまえばレベトリア怪盗団の最後の良心だった。そして、私自身同種の人間に対しては感情的になり易い」
そう言って、長老は話終えた。
ヒューゼは無言のまま、退出をする。
薄暗闇の中、一人の少女はごちる。
「――尻拭いは、他人にさせるもんじゃないんだけどさ」
▲▲▲▲
「それでは、自己紹介をしよう。私の名前はアリレム・ヒューゼだ。君の名前を私が付けたいと思う」
「……」
少女は話さない。いや、話せないという情報をヒューゼは聞かされた。彼女は言葉というものを知らない。常時『サーペレイス』という感情の起伏を極端に制限する薬を服用していたせいだ。
かと言って、元々感情の起伏が乏しいのか、それとも薬の副作用なのか、少女の何処か無機質な視線は、薬の薬効が抜けきった今でも、依然ヒューゼに向いたままだ。そこには殺意や憎悪等、一切篭っていない。かと言って、親愛の情が浮かんでいるわけでもなく、ただその瞳は無機質だ。
「異論は無いかな」
そのことにやり辛さを感じるヒューゼ。一応、頭を撫でてみたが、反応が変わらない。無機質な視線でヒューゼを見るだけだ。
「……異論は無いね」
嘆息をしながらヒューゼは目の前の少女を改めて見てみる。
触れてしまえば折れてしまいそうなほど儚い印象であるのに、程よく筋肉は付いている。きっとそれは待遇が良い、等ということではないのだろう。
武器と同じだ。
武器は手入れしないと、錆びたりして切れ味が落ちてしまう。だからこそ、武器は手入れが欠かせない。それと同じで、少女を万全なコンデションに調整させないと、十全な価値を発揮することは難しい。
髪は短く切られている。後ろ髪は首に装着させられている首の鉄輪までの長さで、後ろ姿を見れば少年のようだ。
服装は、牢屋から出てきたばかりだったために、何処か雑巾を彷彿とさせる黄土色の服装だ。
ふと、観察していると、服や体に乾いた泥が付着している。そういえば、とヒューゼはこの間の戦いを思い出し、ここまで少女は汚れていなかったことを思い出す。
「すまない」
胸の中に嫌な蟠りが溜まるのを感じながら、少女の服を捲ると、赤黒い痣が所々にあった。それはまるで斑点のように所々に点在しており、一部は骨が折れてるのではないかと思わせるほど酷い痣もある。
「……これは」
恐らく、尋問や取り調べなどで暴行を受けたのだろう。
「……可哀想に」
そう呟いてみたが、ヒューゼ自身本当に少女のことを哀れに思っているのか、分からなかった。目の前で無機質な視線をヒューゼに注いでる少女は、あの時死んだ仲間の何人かを手に掛けたかもしれない存在なのだ。
エルフにとって、この少女は憎悪を向けるべき対象だ。だからこそ、少女のことを哀れに思うこともしなければ、少女に暴行を加えた人物を攻めようなどとも思わない。
「……でも、きっと君は悪くない」
悪いのは、君をそういう風に育ててしまった人間だ。長老はレベトリア怪盗団の最後の良心、等と綺麗事を言っていたが、その綺麗事の産物がこの少女だ。
ただただ、感情を露わにすることもなく、暴行を受けても顔を顰めることもない、そんな無機質な少女へと成長させてしまった。
改めて、ヒューゼは目の前の少女のことを哀れに思った。
けれど、少女に哀れみを感じた瞬間に、一つの固有名詞が頭のなかに思い浮かんできた。
それは既に文献にも残っていないであろう、原初のエルフの歌の一節に出てくる慈愛の妖精の名前。
「君の名前は『ジェア』だ。よろしく、ジェア」
依然と無機質な視線がヒューゼへと注がれていた。
はい、やっと物語が進みます。
ご迷惑を掛けてすみませんでした。




