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彼が最強と呼ばれる所以!!  作者: 犬ちゃん
第一章 森の民達
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メイドの過去話 『記憶』

あと、少し続くと思います

「ココらへんでいいかな?」

 

 ヒューゼは先ほど調査をしていた部隊から少し離れた場所にいた。もちろん、彼らと対面するのが気不味くなり、場所を変えたということではない。彼らは今、少しだけ感情的になっているだけだ。

 であれば、もちろん意図して行った行動では無いのだけれども、場所を変えたのは調査隊の彼らにとってもよかったのかもしれない、そう予め思う。


 「……私は取り敢えず、ここから離れたほうがよろしいでしょうか?」


 案内役のエルフが言う。しかし、ここでヒューゼは気がついた。あまりにも急いできたので、目の前の彼女の名前を尋ねることを忘れてしまっていたのだ。

 けれども、今更名前を訊くというのもどうだろうか。そもそも、彼女とヒューゼの関係性を考えれば、名前を聞かなくても支障を来たすことはない。

 そこまでヒューゼは考えて、やはり一応礼儀として名前を聞いておこうと思い直す。


 「……いまさらながらに失礼だけど、君の名前をまだ聞いていない。良ければ、名前を教えてくれないか?」

 「本当に今さらですね」


 そう言って、案内役のエルフは苦笑する。しかし、気を悪くした様子は無い。


 「私の名前はルイです。こちらこそ、よろしくお願いしますよ。ヒューゼ隊長」


 ルイは快活な笑顔を浮かべる。その快活な笑顔は、かつてヒューゼの娘であったとある少女のことを彷彿とさせ、ヒューゼは思わず感傷的な気分になってしまう。

 しかし、頭を軽く降ることによりそれをはたき落とす。今の状況にはあまり相応しくない感情だ。

 ヒューゼは公私混同しないように心掛けている。仕事に自分の感情が入り混じると、思うように事が運ばない。魔術という、長年生きてきたヒューゼでさえ知悉しているとは言えない魔術は、よりにもよって感情によってコンディションが変化するのだ。

 だからこそ、余計に私情を仕事に持ち込むことなど出来るはずがない。


 「あぁ、取り敢えず、君は調査隊の彼らへと行ってくれないか? そして、よければ彼らを見守っていてくれないか?」

 「そうですね。私はそうさせてもらいます。ヒューゼ隊長も頑張ってくださいね。何か結果が出ることを、願っています」


 ルイはそう言って軽く頭を下げ、調査隊がいる方向へと走りだしていった。すぐに、彼女の姿は緑々に茂った草木に覆われて、見えなくなる。


 ルイの姿が完全に草木に覆われて消えるまで、ヒューゼはルイが走り去って行った方向を見ていたが、気を取り直して、空を見上げる。茂った葉の隙間から、蒼然とした空が垣間見えた。

 

 そして、視線を再び下へと戻したヒューゼは、周囲を見渡しながら歩く。ヒューゼが何をしているのかといえば、彼が今から行うであろう『独自の調査』に最も適した場所を探しているのだ。


 しばらく、森林の中を歩いていると、先ほどルイと別れた地点から然程(さほど)離れていない場所に、そこはあった。


 「見つけた」


 ヒューゼはそう小さく呟きながら、草木を掻き分けてその場所へと近づいていく。衣服に引っ掛かる枝に苦戦しながらも、少々の苦労を経て到着した場所は、空白だった。

 木々や草花が一切生えておらず、土が剥き出しになった円形の空間だった。木々が生えていないが故に、葉が日光を遮らせることないために、その円形の空間には絶え間なく明るい光に満ちている。


 「あー、う゛ん、う゛ッ」


 声の調子を確かめながらヒューゼはその空間に近づく。そして、喉を軽く唸らせながら空白の円形へと足を踏み入れる。


 すると、ヒューゼは体に一種の爽快感を覚える。空気が変化したのをヒューゼは認知した。青々しい草原に吹く一陣の風のような、そんな爽やかさを彷彿とさせる空気だ。

 この空間に足を踏み入れるのも久々だとヒューゼは思った。

 今現在、ヒューゼが足を踏み入れている空間は、普通の森林が茂っている空間とは少しだけ性質が異なる場所である。


 魔力というものは、万物にでもなることが出来るエネルギーだ。しかし、それと同時に、魔力というのは、虚弱な物に対しては一切の容赦を知らない。

 ヒューゼが爽快感を感じている円形の空間は、それをある意味証明していた。ヒューゼが歩く足元には、枯れ果てた草花があり、腐食した木々が土と成りかけている。それらは、つい最近までこの円形の空間を埋めていた、植物たちだ。

 魔力の吹き溜まりという言葉がある。

 一定以上の濃度の魔力が、突如出現し、周りの生物を死滅させる現象のことを総称して言う言葉だ。そして、ヒューゼが平然と……あるいは、何処か気持ちよさそうに歩いている空間はその魔力の吹き溜まりと呼称される空間であるのだ。


 植物が枯れ果て、死滅する程度の魔力の塊がその空間に出現している。


 しかし、その死の空間に足を踏み入れて平然としているヒューゼ。その様子を見て、ヒューゼがどれほどの強者であるのかが、理解できる。


 「あー、あー」


 円の中心まで到着したヒューゼは、そのまま声の調子を少しだけ確認する。

 

 ヒューゼの声は普段の話し声とは違い、響きを持った低い声を出していた。


 「さて、じゃあやるか」


 何処か照れ臭そうに顔を一瞬だけ歪めたヒューゼであったが、気分を切り替えて真剣な表情をすると、ヒューゼは口を大きく開き、歌い出した。


 すると、ヒューゼの歌声に呼応するかのように、周囲に風が吹き始めた。最初、それは何の変哲もない不可視の風であったけれども、いつしかその風に薄く若葉色が着き始めた。

 その若葉色は次第に色が濃くなり、若葉色は夏草の若緑へと変色し、ヒューゼの体を覆った。

 

 ヒューゼはふと、歌を歌いながら思い出を巡らせていた。それは先ほどの感傷的になった思い出よりも前の代物。フウリックという森の英雄が生まれる遥かずっと以前の千年以上前の思い出だ。

 懐かしい、ヒューゼは歌を歌いながらそう思った。


 昔、種族間での啀み合いが表面化する以前の時代に、エルフは『歌う宝石』と呼ばれて、慕われていた。


 ヒューゼが世界を放浪していた主な目的も、『歌』のためだった。ヒューゼは元々は吟遊詩人だったのだ。持ち前の『声』を用いて、人々に五絃の弦楽器『レベティリャシ』を片手に歌を歌っていたのだ。皆が一様に笑顔になり、酒場で酒を飲みながら、陽気な音楽を演奏する。

 それは技術もなく、ただ音を合わせて体を動かしているようにしか見えなかったけれども、それでも陽気な雰囲気が伝播し、酒場が賑わったのも覚えている。

 

 もちろん、普通の人間がヒューゼと同じように演奏をし、同じように歌ったとしても、あのようなことは起こらない。


 それも当然で、エルフの『歌声』には、魔術や科学では一概に言えないような不思議な力が宿っていた。

 

 ヒューゼは歌を歌い続ける。ヒューゼが歌っている曲は、妖精に語らうために作曲された『妖精とお話』という曲名の歌だ。

 基本的にゆっくりな曲調ではあるけれども、厳粛な歌詞と荘厳なヒューゼの歌声が合わさり、それが森に響いている。


 すると、曲の中盤まで歌うと、若緑色の風のベールが、緑色の光を発する球となった。その球は暫くは空中にただ目的もなく漂っていたけれども、ゆっくりとヒューゼに近づく。そのまま、ヒューゼの額に近づき、ヒューゼと融け合うように、頭の中へと浸透する。

 それを目視ではなく、体感で認知すると、ヒューゼは歌うのを止めた。


 ――記録が再生される。


 ヒューゼの頭に溶け込んだ若緑の光を発する球は、内に溜め込んだ記憶をヒューゼの頭にへと吐き出した。


 瞬間に、頭に強い衝撃を受けたと錯覚をし、思わず体がよろめいた。


 『森の記憶』がヒューゼの頭のなかで再生されている。それは広大な自然が広がる膨大な量の記憶だ。

 

そして、この膨大な量の記憶は、植物に依存して生き長らえている『妖精』が視た記憶であった。


 妖精は基本的に植物に寄生して生活している。ほとんどに意思などなく、世界の理に則り生きているのだけれども、この森の妖精は普通の植物に寄生する妖精とは異なっている。


 この名も無き森には、豊富な魔力が空気に含まれている。故に、妖精が生存するために、意識のキャパシティの全てを植物に与えることなく、ある程度自我を保ったまま、ここの森の妖精は生きているのだ。


 そして、その意思を持った妖精と『語る』ことによって、記憶を共有させてもらう。


 それがヒューゼの行う調査であった。


 しかし、であれば、なぜ、もともと先行していた調査隊がこの行動をしなかったのかといえば、エルフの生体が今と昔では異なっていることに起因する。エルフはヒューゼが吟遊詩人として各地を放浪している間に、レイルド王国となる前の集落としての人間たちと度々戦を重ねていた。


 それ故に、森の民のエルフの人口が減少したのだ。その対策として、他地域を住居にしていたエルフたちと合併した政策があったのだが、その時に失念していた。


 なぜ、他地域に住んでいるエルフが同じような特徴を持つ外見であったとして、中身や特性が異なっていると考えなかったのか。


 当時、合併したエルフの民族は、『目の良い』民族であり、その血筋が『歌声』の血を薄めたのだ。

 けれども、『目の良い』という特性と『歌声』の特性が交じり合い、相殺したというわけでもない。その合併したエルフから一世代次のエルフ達は、2つの種族の特性を半減させたかのような能力を所持した。


 『不可視のものがある程度見える』能力と『不可視のものと話す』能力だ。

 これによって妖精や、妖精の上位互換である完全独立個体のエルフェを、エルフは可視することが出来る。

 字面から考えれば、『歌声』よりも利便性が高そうに見えるが、『話す』と『語る』では意味合いがかなり違ってくる。エルフェのほとんどが天邪鬼であり、彼女たちは本心を告げることは無い。

 一貫的に不信をしているからこそ、本質を見通せるはずがないのだ。そもそもフェアリや妖精に、言葉という概念は存在しない。言葉という着飾った会話で話をしている限り、それは『話す』留まりだ。


 彼女たちから本音を聞き出すためには、言葉などという着飾ったものではなく、歌声の音色とその歌声に篭った不思議な力が必要になる。


 ちなみに、先祖返りという現象も存在し、幼少期から反抗期までにエルフェが見えないと、ほとんどが先祖返りをしている可能性が高い。


 ヒューゼは再生された記憶に精神を集中させる。


 再生された記憶の始まりは、空だった。これは妖精が見た映像だ。空を泳ぐように飛び、かなり上空まで飛んで、止まった。

 結界だ。結界に阻まれ、出ることが出来ない。

 不満に思ったのか、数回妖精は結界を蹴るが、当然それで結界が破れるわけもない。結界が解けることが無いと理解したのか、妖精は一旦結界を離れる。それでも諦めるのが惜しいのか、数回空中で三次元的に飛行するが、結局は地上へと視界が下がっていった。


 しかし、地上に下る際に、この妖精が興味を示すことがらがあった。


 結界の外側で、何かしらをしている人間たちがいたのだ。

 

 人数は6人で、3人が体格の良い男たちで、無骨な剣を腰にさげていた。残りの3人は、何処か学者然とした風貌の細い男たちで、何かしらを語り合っていた。

 

 ヒューゼはその記憶を見ながら、恐らくあの6人の男たちがレベトリア盗賊団であるのだろうと推測した。状況から考えれば、それに違いない。


 3人の男は結界の外側へと意識を向け、残り3人の細い男たちは結界へと視線を向けながら、そのまま話し合っている。何処か、白熱した様子で、話し合っていた三人だったけれども、どうやら意見が纏まったようだ。周辺に人影がいないか確認するように、そろそろと結界に近寄る。


 ヒューゼは何が起こっても見逃さないように、記憶の細部へと意識を集中させた。すると、ヒューゼの精神が急激に摩耗していくのが意識出来た。

 しかし、ヒューゼは自分のことなど構うものかと言うように、そのまま記憶の鮮明さを維持させる。


 3人の細い男のうち、一人がローブの中から何か石のようなものを取り出した。その石は黒い光沢があり、一瞬大理石か何かだと思ったのだけれども、見れば見るほど、禍々しい気配を発している。

 これはこの世に存在してはいけない代物だ、そう直感で判断できるほどに、禍々しく、黒いオーラを纏っていた。

 その禍々しい黒い石を、結界へと恐る恐ると入った様子で近付ける男。それを見守る男たち。ヒューゼも思わず、片付を飲んでことの経過を見守った。


 そして、ヒューゼにとって、最も恐るべき自体が、起こった。


 禍々しい黒い石が光を発した。思わず視界が白み、視界が役に立たなくなるが、視界が回復するとヒューゼは目の前で再生されている光景に疑問を抱くのも放棄するほど驚愕の光景に見舞われていた。


 禍々しい黒い石を持った手が、結界を貫通していたのだ。

 絶対不可侵の結界を、いとも容易く。

 

 ヒューゼは目の前で淡々と再生されている映像が、本当に現実のものかどうか不信感を抱かずにはいられなかった。それほど、ヒューゼの中でフウリックが張った結界は信用性があり、森を絶対的に守ってくれている守護者であると認識していたのだ。

 しかし、妖精が共有した記憶に嘘など一つも存在しない。妖精は基本的に天邪鬼だが、彼女たちの記憶には嘘が交じる余地が無いし、そもそも嘘を混ぜるという低俗なことを妖精はしようとしないだろう。


 「何故だッ!!」


 ヒューゼは混乱が極まり、思わず声を荒らげた。


 そして、それと同時に、精神の緊張が解れたのか、額から若緑の光を発する球が飛び出てしまい、記憶の共有がストップしてしまう。

 ヒューゼは思わずしまったと思ったけれども、状況判断からしてこれ以上悠長に構えていられない。昔のレベトリア盗賊団なら今知らず、ただのならず者集団と化したレベトリア盗賊団であれば、熟すまで時を待つなどしないはずだ。

 

 この結界を通り抜けられる手段があると把握すれば、襲撃の準備ができ次第、ここを襲ってくるに違いない。

 早急に、里に戻ってこのことを報告し、隊を編成しなければ。そのような思索を巡らせていると、ヒューゼの背後から枝を圧し折り、葉をかき分けてくる慌ただしい音が聞こえた。


 「ヒューゼ隊長!!」


 その焦燥感に満ちた声は、先ほど別れたルイの声だ。振り返ると、体中に土が付着していたり、けたのか膝から出血していた。その姿を見て、相当急いできたのだろうとヒューゼは思った。


 嫌な予感が湧いてきた。


 「大変なんです!!」

 「何が、何が大変なんだ」


 ヒューゼは嫌な予感を犇々(ひしひし)と感じながら、ルイに訊く。すると、ルイは乱れた呼吸を正そうとせずに、荒い息でこういった。


 「レベトリア盗賊団らしき人間たちが、襲来しました」


 

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