メイドの過去話 『怒り』
※エグい描写有り
2015/02/09 改稿 2015/02/10 改稿
「なんだって?」
ヒューゼは思わぬ事態に困惑した。
そして、先ほどの映像が繰り返し頭のなかで流れる。禍々しい黒い石が、フウリックが張った結界を破っている記憶だ。
背中に不快感が溜まり、手の内側が湿っている。ヒューゼが知らぬ内に嫌な汗が湧き出て、思考を否応なしに邪魔をした。
「妙な力を使って結界外から魔術による攻撃を受けました」
嫌な予感が的中した、ヒューゼは背筋が冷たくなるのを感じた。見えない魔の手が、背中を這って行くのを彷彿とさせ、思わず手に力が入った。しかし、ヒューゼは現実感を失わないようにしながらも、状況把握に務めた。
「……負傷者はいるか?」
「はい、二名が炎系の魔術に掛かり、火傷を負いましたけれども、命に別状はありません。軽度の火傷であり、動きに多少の支障が出る程度です。取り敢えず、調査隊の隊長命令で、その二名は里へと状況報告と援護要請をしに帰還しました」
「そうか」
ヒューゼは無意識的に下唇を噛んだ。
自分のせいだ。ヒューゼは自責の念に駆られた。自分が妖精の記憶に精神を集中させていたことが原因で、状況が把握出来ていなかった。そのせいで、調査隊の隊員たちが自分の身近で負傷してしまったのだ。
しかし、現在の緊迫している状況では、落ち込んでいる暇さえ無い。落ち込んでいる暇があれば、すぐにでも応援へ駆けつけるべきだ。
早急に現場に辿り着かなければ。
「分かりました」
「それじゃあ、行くぞ」
ヒューゼは靴に魔力を流し、魔道具を作動させる。それと同時に脹脛や太腿の部分に魔術を展開させる。ルイもそれに遅れて魔道具の作動、魔術の展開を行った。
ルイの走りだす準備が完了した瞬間に、声を掛け、二人は森の中を疾駆する。
▲▲▲▲
「な、なんですか……これは」
何処か戦慄した様子で、ルイは呟いた。
ヒューゼは感情すら浮かべる余裕が無く、ただただ無表情でそこに立っている。絶望感が腹の底に溜まるのが理解できた。
「……ひどい」
「……」
言葉が口から出てこなかった。しかし、目の前のそれらを見ていると、絶望感が怒りへと変化していくのが理解できる。乾燥し切った草原に、火が放たれ烈火となり、怒りが燃え盛る。
――それは、酷く目の前の光景と、色が酷似している。
最初は、『それ』を人型のものであったと認識出来ずにいた。現実感が極限まで削がれ、花のようだ、と目の前の超現実的なオブジェクトを見て、呆然と思った。
幾度も、花のようだ、という思考を繰り返し内心で呟いていると、それが輪郭を捉え、死体であるということが、理解できた。
そこで、ヒューゼは現実感を取り戻した。目の前がレイルド王国で見た、前衛芸術的オブジェクトと化している、その死体を、ヒューゼは見た。
死体は、確か先ほど数回会話を交わした調査隊の隊長だったはずだ。
先ほどまでは、魂が篭った瞳で、調査隊の指揮が低くなっていることに対して、こちらに申し訳なさそうな表情を浮かべていたはずだ。しかし、そんな彼は今、木に吊るされていた。
それも、殺したことを強調するかのような、格好で、首だけを吊るされ無様に死んでいた。
虚空の瞳をどこともつかない場所へ向けている。ヒューゼは思わず顔を見ることが出来ずに、彼の首の切断面をまじまじと見た。骨と喉と垂れた皮膚とが見えた。しかし、それらは乱雑な切断面であり、何処かの果実のように見える。歯型が残った赤い実の果実だ。
それはどうしようもなく、残酷な光景であったが、目を離すことが出来ない。
恐らく、彼は安物の刃物で首を切断されたのだろう。数枚の貨幣で購入できる剣は切れ味が悪い。しかし、人間の首ぐらいは切断できる。
そして、その安物の剣で斬った首の切断面がちょうど、彼のような切断面なのだ。
チッポケな剣で、掛け替えの無い命が消えた。
目の前の光景を目に焼き付けろ。死に様を見ろ。
「ルイ、私はとてつもなく、後悔している」
「……ヒューゼ隊長のせいではありません」
「しかし、私がここを離れなければ、こんなことにはならなかったんじゃないか」
ヒューゼは呆然と目の前の光景を見ながら言った。絶望感の乾いた空気と憤怒の炎が混ざり合い、どんなことを言えばいいのか分からなかった。
仲間の死など幾度と無く経験してきたはずだ。
数百年前、人間との約束を反故され、多くの同胞が辱められ、殺されたはずだ。
しかし、何故、ここまで自分は何も学んでいないのだろうか。同胞の死から何も学んでいないのだろうか。
ヒューゼは自分が泥沼の中へと沈み込んでいく気がした。足元が泥濘み、そしてそのまま踝まで沈むのだ。徐々に踝から、脛、足の第二関節、太腿と沈み込んでいく。
「私は、またもや命を――」
そのように悲痛な声を上げた瞬間だった。
「いい加減にしてください!!」
ルイが声を荒らげて叫んだ。いきなりのことで、ヒューゼはルイへと首だけを動かす。
ルイは顔を怒りと哀れみが混ざったような、複雑な顔をしていた。しかし、眉毛が八の字になった瞬間に、足取りを確かにヒューゼへと近寄り……
――そして、そのままヒューゼの頬に平手打ちした。軽く高い音が、森の中で響き渡る。
「あなたが、そんなのでどうするんですか!!」
「……ルイ」
「今、あなたがすべきことは何ですか。仲間の死をグチグチと言って、目の前の敵を見逃すことですか? 違いますよね!!」
「……」
「あなたが今、すべきことは、敵の進行を食い止めることです。こんな状況で、あなたが彼らに対して同情しても、彼らは喜びませんよ!! 」
「……あぁ」
そうだ。
やるべきことを見失う所であった。今、すべきことは死んでしまった仲間に対して憐憫の情を向けることではない。
我が同胞を辱め、殺したレベトリア怪盗団へと、怒りを向けることだ。
「すまないな、ルイ。君のおかげで、目が覚めた。私はやるべきことがある。それは、確かに同情じゃない。今、確かにやるべきなのは、被害を食い止めることだ」
「……そうです!!」
ルイはやっと目を覚ましたかと言いたげな表情で、ヒューゼを見る。
ヒューゼはその視線に苦笑した。確かに自分は余りにも情けなさ過ぎた。多くの死を見てきたからと言って、死という事自体に慣れるはずもないのだ。
確かに死者のことを哀れに思うのは大切なことだ。それが自分の仲間であれば尚更だ。
でも、それは過ぎてしまった事象でもある。目の前から過ぎ去り、どう足掻こうが改変しようもない出来事だ。無闇に嘆きよりも、死者が守ろうとしたモノを守るほうが有意義だ。
生者にとっても、死者にとっても。
ヒューゼは思う。そんなことを自分よりも遥か年下のエルフに思い知らされるとは思わなかった。おかげで、憑き物が取れたかのように気分がマシになった。
仲間の死は悲しい。
けれど、それをいつまでも嘆いていたら、他の何かも失ってしまう。
「……故郷を守るぞ」
「はい」
▲▲▲▲
レベトリア怪盗団は、森の中を闊歩していた。先ほど、複数人のエルフを殺害してからというもの、団員の全てが何処か機嫌が良い。それは、実質人間よりも生物的には格上である、エルフを意図も容易く葬ることが出来たことによる、一種の快感であった。
故に、多くの団員がエルフを殺すことが出来たという事実に快活に笑っているのだ。これならば、これから行うであろう大規模なエルフ狩りを楽に行えるだろう。そんな風に話し合っていた。
しかし、それは一瞬の内に吹き飛ぶ。
ふと、一人の団員が行列の内に立ち尽くした。そうすると、当然後列の団員たちは立ち尽くした団員が障害物となって進めなくなる。
「ッチ、何立ち止まって……」
視界を下方へと向けていた男は、立ち止まった男のことに気が付かずに、その男の体にぶつかった。
思わず舌打ちをして、視界を上方へと向けようとすると、ふと生暖かい何かが顔に掛かる感触がした。その妙に生暖かい感触を感じながらも、目の前の男の顔を見ようとして、失敗した。
いや、それは正確に言えば失敗とはいえない。
――首がなかったのだ。
目の前にあったのは、首を無くして立ち尽くしている男だった。首からは赤い何かが吹き出しており、状況を把握できない男はそのまま立ち尽くした。
誰かが、野太い悲鳴を上げた。それに続くかのように、続々と動揺が他に感染していき、男は状況を理解することが出来た。しかし、状況を理解しようとも、認識が付いていかない。
まさか、と思いながら、顔に付着した生暖かい何を手で拭って、目の前に翳してみる。
赤かった。真っ赤な手が、妙にぬめりとした光沢を放って、男の手に付着していた。
「……これは――」
状況を把握するために、男は敢えて口から言葉を出してみようと、口を開いた。
しかし、男は言葉を最後まで紡ぐことなく死んだ。
男の頭が横に引き裂かれ、そして、それは真っ赤な花を咲かす。
▲▲▲▲
レベトリア怪盗団の男たちは、ただでさえ身動きが取れない森の中で、恐慌に陥って虫のように動きまわっている。細い獣道を我先にと押し進み、他者を押し、多くの人間が転び、その転んだ人間を上からまた多くの人間が踏む。
その様子を見ても、ヒューゼは何も感じなかった。
ヒューゼは混乱を極めているレベトリア怪盗団に無感情に『ノーヴィ・ランサ』を発動させるために、片手を軽く頭上へと掲げた。
「『ノーヴィ・ランサ』」
ヒューゼが小さく呟くと、不可視の槍が掲げた腕に出現するのを感じた。出現させると、ヒューゼは形状を安定させるために、強固なイメージを想起する。
彼がいつも想像しているのは、殺傷力が皆無な棒状だった。
しかし、それは相手が殺意を向けるべき対象ではなく、互いを切磋琢磨する対象だからだ。
だから、目の前の人間たちには容赦することはない。
ヒューゼが想起するは『槍』。
先端には刃を、人を簡単に斬り裂く程の鋭さを、なるべく多くの人間が殺さるような長さを。
イメージが固まると、右手に確かな感触が伝わった。重さはない。当然だ。今、ヒューゼが金属特有の冷たさを有している不可視の槍は、風で出来ている。
それ故に、重さが無い。
とは言っても、人を容易に殺すほどの殺傷力を風の槍は有している。
ヒューゼは手のひらで、ノーヴィ・ランサの感触を改めて確かめ、それを情けなく蠢いている人の塊の中に放り込む。
すると、一人の男の胸部を風の槍が貫いた。そして、そのまま勢いは止まらずに、男の胸部を貫いたまま、風の槍は地面をも抉る。それが不可視の攻撃であるために、更にレベトリア怪盗団の団員は混乱を極めた。
しかし、ヒューゼが放った風の槍は、ただ相手を突き刺すだけで、終わりではなかった。
男が風の槍によって、地面に縫い付けられて数秒後、槍が刺さっている男の胸部中心を起点として、風の槍が爆発した。
目に見えるような爆発ではない。大柄の筋肉質な男一人をも楽に浮かせてしまうほどの風量が、四方八方へと放たれた。
多くのレベトリア怪盗団が宙に浮き、そのままかなりの速度で木々に打つかり、意識を落とした。
「見つけたぞ」
ヒューゼは静かに呟く。
彼の視線が届くところには、あれほどの風量でさえもびくりと動いていない、数人の人間だった。
ヒューゼは調査隊の惨状を見る前の道中で、妖精の記憶で見た禍々しい黒い石に付いて考察を重ねていた。
フウリックが張った結界はかなり強固なものであったはずだ
結界を解除する類いの魔術を結界が弾いてしまうことは、様々な実験から把握している。そして、物理的な衝撃も殆ど結界を打ち破ることは出来ないことも。
となると、結界を弾いたのは魔術では無いのかもしれない、とヒューゼは考えを根本から見直してみた。
であれば、全ての『魔術の根幹を消去する』というのはどうだろう。
つまりは、魔力自体を断つ物質。
今まで史実的にはそんな効果を持つ物質は存在しなかった。存在していれば、魔術というものがここまで発展することもなかっただろう。
けれども、そのような魔力を消す物質が存在しないなどとヒューゼは断定しなかった。
それは、フウリックという規格外の存在を間近に見たからこその価値観だ。普通の魔術を専攻している学者等とは鼻で笑うような言葉かもしれない。
しかし、有り得ない等という概念は存在しないことを、ヒューゼは経験から知っている。
魔力を断絶させる、言うなれば『魔力絶縁体』なるものも存在しない道理は無い。
そのようヒューゼは考えたのだ。
そして、それを踏まえて、ヒューゼはノーヴィ・ランサを使用し、暴風を四方八方に放った。
そうすれば、魔力自体を無効化する代物を持っていれば、ヒューゼが放った暴風を防いでしまうだろう。しかし、それでいい。まるで粉を粉吹きで掛けるように、選別に掛けたのだ。
それに別にこれが成功せずに、皆が一様に吹き飛んでも、ヒューゼにとってはどうでも良かった。
――里を守るために、自分が有する力を十全に使う。
それは変わっていなかった。
そして、成人男性が軽く吹き飛ぶほどの暴風に身を晒されても、身動ぎ一つもせずに立っていたのは数名だけだった。
まずは、妖精の記憶の中で見た黒いローブの三人組。それに何処か粗雑であるが洗練された雰囲気を持つ、大柄の男。
それと、腰に双剣を差した少女。
「さてと、3人か」
ヒューゼは怒りに身を浸し、けれども冷静に考える。
地の利はこちらにある。
後二話ですかな……?




