第二話 ぶつかり合い
私はドライ社へ帰還していた。あの暴走者たちはフェイロイが残って始末をしているそうだ。彼が言うに、私は働きすぎ、なのだそうだ。全くそんな気はしないが、側から見ればそう思われるということなので、一応休みを取ることにした。暴走者の後始末は鎮圧課の課長である私がやるべきことなのだが………厚意を素直に受け取らないのはそれもそれで失礼なので、しっかりと受け取っておく。
私のデスクには書類が積み上げられている。暴走者鎮圧課の業務は、私が取り仕切るためこのような量になっているのだ。少し、私が善意で部下から引き受けた仕事もあるが。それはそうとして、やはり多い。毎日この仕事をこなしていては、いつか死んでしまうだろう。………過労死なら、戦死よりマシだろうか?そんなはずはあるまい。生き残ることが、一番良いのだ。
コーヒーのマグカップに手を伸ばす。今の時刻は深夜の一時。だいぶ眠気も回ってきた。頭がぼやっとする。こんな状態での仕事は、確実に良いものとはならない。カフェインを摂取して、覚醒するのだ。そうして伸びた手はカップの取っ手を掴むことなく、こつりと指先がぶつかり、そして落下した。
気づいた時にはもう遅い、既に床にその中身をぶちまけそうになったその時、何者かの手がそれを阻止した。その何者かはカップをテーブルの上に置き直し、若干こぼれてしまったコーヒーをハンカチで拭った。
「あ………感謝する。」
見上げた先にいたのは、赤茶色の髪の毛をざく切りにした、年は二十半ばといったところの青年だった。優しそうな眼差しをしている。そうだ、この会社の人間は胸のところに社員情報を記してあるんだ。それを見れば、この男が何者なのかわかるだろう。
「………あなたは……全面戦争課の課長、リオンか。」
「ええ、はい。業務で用事があって………。」
全面戦争課。あまりいい噂は聞かない。なんでも、感情で勝利を掴み取るとか。それで暴走してしまったら、どうするのだろうか。私には到底考えられないな。
「………で、用事とは。お前も見ただろう。私が過労で死にかけているところを。」
私が低く喉を鳴らすと、リオンは若干申し訳なさそうに眉を顰めた。しかし、これでもさっさと話し始めないのにはむしろ好感が持てる。自分をしっかり持っているんだな。
「………ええ、はい、しっかりと。この目で見ました。」
「なら良い。体は大切にしろよ。」
「わかってますよ………。で、用事というのは、暴走者関連のことです。暴走者鎮圧課のあなたなら、きっと有益な情報が聞けると思いまして。」
そうか。暴走者関連か。なら、私に聞きにくるのには筋が通っている。暴走者鎮圧課課長。暴走者について知るのに、私ほど適役なインタビュイーは居ないだろう。しかし、なぜ全面戦争課の課長が、暴走者について知りたいのだ?
「………一つ、質問をいいか?何故暴走者について知りたい?」
純粋な疑問だった。まっすぐ背筋を伸ばし、リオンを見る。頬に切り傷、袖で隠れているが、手首に火傷痕。適切な治療を受けていないのか、それとももう治したのか。
「………そうですね、一つは、全面戦争中に、暴走者の乱入が増えてきたこと。」
暴走者が増えている。これは、周知の事実だ。そして、増えた暴走者全員を暴走者鎮圧課で始末するわけではない。当然、普通の戦場にも紛れ込んで、甚大な被害を出す。当然の結末だ。適切な対処を覚える。マニュアルを作る。管理職としてやらねばならないことだ。
「もう一つは、暴走者にならないために。」
………私が全面戦争課のリオンを嫌うのには、理由がある。彼は戦場で仲間の動揺を抑えない。仲間の喪失を悲しむ。そして、昂った感情も利用して、勝利する。特殊感情反応スーツを危険な方法で利用している。そもそも、感情の昂りは暴走者の原因になる。何かを失い、何かを信じられなくなり、そうして暴走者は発生する。まさに、リオンがやっていることだ。部下たちの感情を引き出し、それで戦う。危険すぎる。いつ暴走者が生まれてもおかしくない。
ただ、今回の一件で見方が変わった。少しだけだが。現に彼は私に対処法を聞きに来ている。暴走者にならない方法を模索している。なんとかしようとしているのだ。しかし、それでも危険な奴という認識は変わらない。そんなに暴走者にしたくなければ、感情を引き出させないのが一番だ。何故それをしない。
「………良いだろう。やってやる。」
だが、この男、自らの考えをそう簡単に曲げそうには見えない。私が注意したとて、彼なりの主張が始まるだけだろう。それは面倒だ。興味のない男の演説に時間を奪われるのは勘弁だ。特に疲れ切っている今の私には。だから、私は対策法を教えるだけにしておいた。そっちの方が、費用対効果は高い。私はリオンのために席と紙、ペンを用意した。そして、みっちり三時間語ってやった。それでくたばるかと思ったが、なんだ、普通に熱心にメモを取り、時々質問までしてくるじゃないか。
「………ありがとうございました。今後に活かします。」
そうして、暴走者についての講義は終わった。リオンが事務室から出た後に残ったのは、山積みの書類だけだった。
「…………ふぅ………。」
私はコーヒーに手を伸ばした。
「冷たっ!!」
すっかり冷めていた。




