表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

第一話 日

 今日もまた、太陽が昇る。何度も、何度も、その煌々とした黄を大地に振り撒く。毎日、毎日それを繰り返す。夜になれば、また沈む。何度も、何度もその輝きを失い………そしてまた、光を取り戻す。私はそんな太陽のようでありたかった。何度日が沈もうとも、必ずやってくる朝のように───。


 私の勤めるドライ社は傭兵のような仕事をしている。金さえ支払ってくれるのなら、どんな戦地に立って赴く。どんな命令だって遵守する………わけではない。限度というのは必ずある。だが、それこそ会社一つぶん、安全区が買えるほどの大金を積まれたのなら、この会社で掲げられている仁とか徳など全てほっぽり出して、どんな仕事でも引き受けるだろう。会社などその程度のものだ。しかし、他の会社を見るに、このドライ社はまだマシな方だと思う。例に挙げるとするならば、アインス社は新入社員に身体改造を施すらしい。業務に必要だとかで、脳に人工知能を埋め込んだり、情報を死守するために自爆機構の装着が義務付けられたり。こういうことから考えて、私の会社は比較的マシといえよう。改造施術は推奨されているが、やるかどうかは個人の意思だ。


 私の会社での役職は暴走者鎮圧課課長。暴走者鎮圧課、というのはその名の通り暴走者を鎮圧するための課だ。オルランド事件で再確認されたように、暴走者というのは極めて危険な事象だ。何かに取り憑かれたように破壊行動を起こす。見境なく全てを更地にせんばかりに。それらの目にはもう何も映っていない。たとえ目の前に立ちはだかる人物が友人だろうが親の仇だろうが最愛の人だろうが関係なく、ただ殺戮する。一体何がしたいのか。それは、理解できるものだろうか。とにかく、そのような狂人たちを相手するのが私たち暴走者鎮圧課の役目、というわけだ。

 まあ、暴走者が毎日のように出てくるなどあり得ない。だから、私たちは基本的に暇だったのだ。そう、暇だったのだ。だがしかし、この世界中に花弁を撒き散らしたあの喰憶蛾鱗片離散事件以来、自己の感情をどうにも抑え切れず、暴走者になる人間が多発している。喰憶蛾は感情を貯める生物だ。そのタンクを壊してしまったのだから、世界中に感情の破片が噴き出すのは自然なことだろう。壊さなければよかった、とも言い切れないのが厄介なところで、あのまま変異個体の喰憶蛾を放置していたら、きっと安全区に住めない多くの人間が死んでいただろう。しかしそのせいで、安全区内で暴走者が出るという事件が多発するようになったのは問題だが。


 私たちは特殊感情反応スーツと呼ばれるものを着用して戦地に赴く。特殊感情反応スーツとは、その名の通り感情によって形態を変化させるスーツで、着用者の性格にその形状や機能が影響を受けることが特徴的だ。何もこれは我が社だけの技術ではなく、一般に広く流通しているものだ。一般に流れているスーツは、感情によって強化されたり弱体化したりするのが問題であるが、我が社で使用されている特殊工房製品はその波を制御し、安定した出力を維持できる。その代わり、かかる金は段違いだ。これを壊してしまったものは自費で買い替えなければいけない。しかし、これが壊れるということは、それ即ち死を意味する。あってないような制度だ。

 更なる機能として、そのスーツからは武器が生成される。本当に、無から生成されるのだ。武器を生成した場合、精神的にひどく疲労をするという問題点はあるが、そうやって生成された武器は通常の工房製品と比べ高出力な場合が多いため、積極的に使用すべしということがマニュアルに示されている。それは建前で、実際はコストの削減だろう。特殊感情反応スーツで金がないから、せめてもの節約で武器は無しにしようということだ。まあ、削減になってはいなさそうだが。株主たちに対する節約アピールだろう。


 今日もまた、上からの出撃命令が入った。昨日、一昨日、これで三日連続だ。皆、疲労しているというのに、上はそんなことお構いなしだ。この会社の理念は仁義礼智信だったはずなのだが。

「ヨウラン課長、今日はグレータウン周辺で起きた暴走者の鎮圧依頼ですね。」

「そうだな、準備をするように伝えておいてくれ。」

 部下のフェイロイが資料を読み上げる。その資料があまりにも分厚いものだから、一体どんな鎮圧作戦を任されたのか気になった。

「はい、今回の暴走者は一筋縄では行かないようです。ゼクス社の近辺で起こった事件ですので、迅速な制圧が求められます。何度かゼクス社の二等社員が鎮圧を試みたそうですが、どれも失敗に終わっています。特徴は───」

「もういい、現場に行ってから判断する。」

 これ以上長ったらしい文章を聞いていると思考を鈍らせる原因になりかねん。それに、実際に見て判断した方がよっぽど正確だ。文字だけで判断できるほど、暴走者は簡単じゃない。しかし、自分の仕事が途中で遮られたことに、フェイロイは少し落ち込んでいた。

 グレータウン。そこは特に暴走者の危険度が高くなる傾向にある。それは、かのオルランド事件が発生した場所であり、決戦兵器の被害を最も大きく受けた場所。どちらが関係しているのかはまだ調査が行われていないため、知ることはできない。そして、誰も調査をしようとしない。そこは明らかに異質な気配が漂っているからだ。住人はもう指で数えられるほどしか残っていない。

 いや、こんなことを考えるな。任務には必要ない。必要最低限だけ関わる。それが一番だ。


 ドライ社戦闘部門暴走者鎮圧課職員、出撃。それぞれがオーダーメイドのスーツを着用し、目的地へと行進を始める。目指すはグレータウン。暴走者は一名。迅速なる制圧を開始する。

 私たちはグレータウンへ向かう列車に乗った。いや、なんだ、先ほどあれだけ意気込んだのにも関わらず、こうして座席にゆったりと座っているのは………なんだろう、言葉には言い表せられないものがある。徒歩で行くのはなかなかに骨が折れる上、時間もかかってしまう。仕事の効率を考えるなら、列車を利用するのが一番ではある。だが、それでも………もう考えるのはやめだ。どうせ考えても無意味じゃないか、こんなこと。営利企業の社員でしかない私がカッコ良さとかを求めて何の得になるんだ。

 大人数での予約なため、一車両まるまる貸切みたいな事になっている。私の会社は社員同士の関係が良好な方なため、このような大人数での移動の時は、決まって話が盛り上がる。これから命をかけた任務だというのに。しかし、そのお気楽さを私も持てたら、多分この仕事ももっと楽な気分でこなせるようになるんじゃないかな、と思う。

「課長は最近どこかいいお店見つけました?」

 急に横の席から話しかけられて、少し驚く。

「ああ、何の話だ。すまない、聞いていなくてな………。」

 シンチェンは少し申し訳なさそうな顔をした。彼は我が課の中でもトップクラスのフレンドリーさを持つ人物で、おそらくドライ社の中で彼と一度も喋ったことのない人間は居ないだろう。彼は活発であり、一人が大嫌いなのだ。この前など、つまらない人間代表みたいな私を昼食に誘ってきたりもしたほどで───。

「課長、聞いてますか?」

「あ。」

「もう、何の話か尋ねたのなら、ちゃんと聞いてくださいよ〜。寂しいじゃないですか。今、みんなで美味しい食事処の話をしていたんです。課長は何かありましたか?」

 考え事をしすぎるのも良くない。そう思った。

「そういえば、前行ったところは美味いブルスケッタを出していた。あれはカルメーロの料理店、という名前だったはずだ。」

 へえ、と皆が興味のような視線を向けてくる。私が外食で少し洒落たところを選んだのが意外だと言いたいのか。

「じゃあこの任務が終わったら食べに行きましょうね。課長が良いって言ったところは多分良いところです。」

 ああ、と頷き、会話から外れる。これは私のルーティンである。仕事の前には、一人物思いに耽る時間を取る。精神統一。それをしないとどうもうまくいかない。これは私の課なら皆知っていることなので、この時間だけは皆も瞑想をする。やはり、落ち着いて任務に向かう、と言うのは重要なことだと思ったのだろう。


 ゼクス社の敷地内に到着する。敷地内と言っても、安全区全てがゼクス社の管轄内であるため、それは途方もなく広い。住居地区も研究地区も何でもある。会社の敷地内だけで自給自足できるほどだ。

「やあやあ、ようこそおいでくださいました、ドライ社の皆様方……。」

 ゼクス社のお偉い方と思われる人物が私たちを出迎える。ワックスで固められた髪、パリッと糊付けされたスーツ。上質な品であり、社内でもかなりの立場の役職だろう。金を持っていることは確実だ。

「はい、依頼を受けて参りました。ドライ社の暴走社鎮圧課課長のヨウランと申します。本日は、グレータウンに発生した暴走車の鎮圧ということでよろしいでしょうか。」

 困り眉がこの男のデフォルトなのだろうか。悲しそうな顔を先程からずっと見せてきている。感情を扱う研究をしていると、自分自身の感情は消失していくものなのだろうか。

「ええ、はい。どうも、私どもだけでは処分できず………よろしくお願いします。」


 グレータウン。別名、灰の街。今ではまともな家一つ残っていない、完全な荒廃地区。かつては様々な研究所が乱立し、極度の無法地帯となっていた場所。

「………まったく、ひどい状況になっている………。」

 その場所に着いた時に、真っ先に出てきた言葉がそれだった。資料で見てきた惨状ではあったが、やはり実際に見るのとではワケが違う。あの事件から全く触れられていないのだろう、かつての崩壊した状態がいまだに残っている。あちらこちらに死体が放置されているし───もうそれらは人の形をなしていないが───、鼻をつく匂いが漂っている。こんなところ、好き好んで近づく奴なんていない。

「………本当にここに暴走者がいるんですかね?とても何かいる気配はありませんが………。」

「う〜ん、でも、確かにここにいるって言ってましたからね〜。探せば見つかるんじゃないでしょうか。」

 それぞれが集中して、暴走者を探している。この静まり返った場所で、私たちの声だけが響く。もう、私生活に関しての話題を持ち出すものはいない。この切り替えの速さは、誇っていい部分だと私は思う。

「────────────」

 しかし、一体何だというのだろう。先程から、胸騒ぎがする。周囲を見渡しても、何の違和感もないし、音もしない。灰色の空は依然として灰色のままだし、静まり返った周囲は変わらず何の音も発さないままだ。

「────────────」

 ふと、後ろを振り向いてみた。私の背後に続く部下たちの口は、動いていた。私の耳には、何の情報も届いていなかった。音は、しなかった。

「ッ!!」

 咄嗟の判断で、その場から退避する。そしてそのわずか数秒後、私が立っていた場所に、何かの木片が突き刺さった。音は、しなかった。

「総員、戦闘準備!」

 私の声を聞いて、動いていなかった部下たちも戦闘体制に入る。なぜ気がつかなかったのだろう。既に、暴走者はそこにいた。私たちが歩いている場所、その上に、それは潜んでいた。

「まさか空にいたとはな………あのテカ頭……情報は渡しておくべきだろう……!」

 暴走者は、通常の人間には起こり得ない超科学的現象を引き起こす。有名なもので言えば、チャンヒョヌの「幻惑」だ。代表例と言っても過言ではないだろう。簡単に言えば、人の神経系を組み換えてしまう。訳がわからなくなる、のだそうだ。今回の暴走者は、空中闊歩か。それとも、無音か。

 今私たちが相手にしている暴走者は、全身が黒いモヤで覆われていた。本体がよく見えない。暴走者は、その性質が外見に現れやすいため、どんな対処法が効くのか、だいたい判断できる。この場合、虚飾による暴走だろう。ならば、存分にそのお飾りを見せてもらおうではないか。

「特攻班ッ、左右から回り込み攻撃対象を分散させろ!支援班は各々共鳴感度をコントロールし、前線の面々に支援を!看破班は特徴を探れ!対処方五を試せ!殲滅班は───」

 指示を飛ばし、盤面を支配する。相手よりも数が多く、そして団結している。だからこそできる芸当である。しかし依然として、音はしなかった。部下の声は聞こえない。音で状況を判断することもできない。そして他を見るに、どうやらこれは私一人に起きている現象のようだ。きっと───

「────────────」

 やはり。ターゲットをされていた。後ろから切り掛かってきた暴走者。その短刀をスーツの籠手で弾く。振り向き、戦闘体制を整える。

 暴走者は二人いた。音を消していたのがコイツで、空中を闊歩していたのが、今部下たちが相手しているヤツだ。こちらは全身から粘性のある体液を滲ませている。暴走理由は憂鬱、だろう。対処が面倒な部類に入る。だから、今回は正しい手順を全て無視して力でねじ伏せる。

「………一対一でも、私は負けんぞ。」

 スーツの共鳴度を上昇させる。スーツが変質を始め、瞬きする間に、炎を纏った鎧へと変化していた。青くゆらめく炎。初めこれを出現させた時は、扱いに迷い、しょっちゅう火傷をしていたが、今ではもう自由自在に扱える。

 暴走者は青い体液を撒き散らしながら突進してくる。青い液体は私の方にも飛んできたが、それは炎に焼かれ蒸発した。やはり、安定している炎は火力が高い。

「考えもなしに攻撃に転じるのは、あまりいい策とは言えないぞ。」

 こんな助言をしても無駄だとは知っているが、染み付いた癖なのか、無意識で口にしてしまう。その度に、無駄な行動だと顔を顰める羽目になる。しかし今回ばかりは大丈夫だ。相手が相手であるから。

 相手の手に握られた不定形の───それでも鋭利な刃物だとわかる───銀の物体が、私を刺そうとやってくる。単純な軌道。これが予測できない訳がないだろう。横に跳躍し、楽々と回避する。そう、暴走者は基本的に生前より思考力が低下する。ただ一つの目的に囚われてしまうからだ。だから、数で圧倒するか、実力差で捩じ伏せてしまえば簡単に鎮圧完了という訳だ。それこそ、復讐が目的の暴走者以外なら、犠牲など僅かばかりも出させない。

「────────────」

「何を言っているのかわからないな。いや、分からなくていい。………仕事だからな。」

 私が先程から独り言を言っているのは、無音型の暴走者に対するれっきとした対処方法である。無音型に無口で立ち向かっては、精神をダメにしてしまう。共鳴、と言ったらいいのだろうか。自分まで暴走者になってしまいそうになる。だから、何もかもを口に出すようにする。

「暴走者鎮圧マニュアルに確か書いてあったはずだが………忘れてしまったな。取り敢えず、四肢機能を破壊し、即時致死処理をすれば良いんだ。確認は三段階する。………面倒な規則だが、まあ、念には念を入れているのは結構なことだ。」

 四肢機能の破壊は、一旦省略する。そもそも、これだけ接近したのなら、首を切り落とせば済む話だ。どうせすぐに終わってしまうのだから、多少体力を消耗するとしても、確実な方法で仕留めたほうがいいだろう。

「奥義-無窮海雲!」

 どこからともなく鳳嘴刀が出現する。これもまたスーツの力である。全身にずっしりとのしかかってくる疲労感があるが、これは武器を生成したことによる精神的疲労なので、たいしたことはない。時間が経てばすぐに治る。

 右足を一歩前に踏み出すと同時に、頭部めがけて薙刀を全力で振り下ろす。円を描くように、空にかかった雲を切り裂くように、私はそれを切断した。音はしなかった。何も残さずに、それはひどく静かに生き絶えた。


 部下たちの方を向けば、あちらも鎮圧作業は完了していた。フェイロイたちの足元に、見るも無惨な方法で鎮圧されたであろう死体が転がっている。仕方がないことだ、スーツは個人個人によって性能が変わってくるのだから、彼らを相手にすればさまざまな方法で蹂躙されるのは必然だ。現に、空中歩行の方の死体は、所々焦げている上に足が変な方向へ捻じ曲がり、腕がなぜか増殖し、虫食い穴ができている。その他の損壊ももちろんあるのだが、それをいちいち気にしていたら鎮圧課の面々の能力全てを語ることになってしまいかねないので、控えておく。

「課長!完了しましたよ〜!」

 それはよかった、死体は片付けておいてくれ、とシンチェンに返事をする。仕事を任されたからか、彼は喜んで皆に指示を飛ばしていた。まず、暴走者の死体は完全に焼却、又は消滅させなければならない。一体なぜこんなルールがあるのかは不明だが、何かしらの事故が過去にあったのだろう。私が読んだマニュアルには、そう書かれていた。新人の時のものだから、今では変わっているかもしれないが、やり方は部下たちに任せた。今は、思考を休める時間だ………。


 ドライ社は、傭兵業を営む会社である。暴走者鎮圧課、全面戦争課が今最も酷使されているだろう。最近の治安はずっと悪くなってきている。暴走者は増え続け、安全区の上層部では他会社との睨み合いが続き、反乱事件も多数報告されている。もし、何かお困りなら、ドライ社に依頼をしてみれば良いだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ